食の選択肢を増やす。ジビエから考える「ベターミート」とは何か?

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ヴィーガンベジタリアンという言葉が浸透しつつあり、世界で菜食主義者が増加傾向にある。世界的な調査会社ニールセンによると、アメリカでは、2017年に植物由来の製品が前年比20%の伸びを記録し33億ドルの市場になったという。その背景の一つとして、肉の消費による環境負荷が高いということが挙げられる。

しかし、農業革命が起き、定住が始まる以前から人間は狩猟や漁業をして動物から命をいただいてきた。長い歴史の中で、肉や魚は人々の食文化の中に根付いており、食の世界をより奥深いものにすることにも貢献してきたのだ。こうした背景から、現代の食生活に浸透している肉や魚を今すぐ完全に生活と切り離すことは難しい人もいるだろう。

そこで今回ご紹介するのが、「ベターミート」という新しい概念だ。ベターミートの明確な定義はないが、美味しさだけではなく、食品安全や家畜の健康(家畜衛生)、快適な飼育環境への配慮(アニマルウェルフェア)、労働者の安全対策、環境保全にも配慮されて畜産された肉のことを指す。そのうちの一つに、「ジビエ」がある。

本記事では、持続可能な食の選択という視点から「ベターミート」について考えるため、愛媛の松野町にある野生鳥獣の解体処理場「森の息吹」にお邪魔し、鹿や猪などを食肉として加工している森下さんにお話を伺った。

「森の息吹」森下さん

「森の息吹」森下さん

野生鳥獣による被害対策から自然の命を敬って「いただく」行為に

農林水産省の調査によると、2015年の鳥獣による農作物被害金額は約176億円。特に森林が広がる地域では鹿や猪が山から降りてきて、柚子の新芽を食べたり、果物をとっていったりするなど、農家に及ぼす被害が深刻な問題となっている。

このような被害対策として捕獲された野生鳥獣はこれまで、埋却や焼却により9割が廃棄処分されていた。しかし、こうした人間によって命が廃棄されてしまっている状況に違和感を覚え、「山の命を美味しくいただこう」という人々の考えが今、広がってきている。

「森の息吹」は、野生鳥獣による農作物被害が特に深刻だった愛媛県松野町に7年前、町の施設として設立された。ここでは猟師さんが捕獲した野生鳥獣を解体処理し、食肉として加工してレストランや地元の道の駅などに卸している。森下さんは「設立当初は、町の住民から野生鳥獣による被害があったと電話がかかってきて、被害対策の相談にのったり、ハンターに電話をして対処してもらったりしていました。しかし施設ができた現在は、そうした被害は以前に比べて少なくなってきています。」と、語る。

一方で、「森の息吹」に運ばれてきた野生鳥獣でも、状態の悪いものは解体処理しないこともあるという。捕獲され運ばれてきた野生鳥獣のうち、食肉として加工できるのはわずか40%ほどだと、森下さんは話す。

「現在、松野町周辺で猟師さんが捕獲して当施設に運んでくる野生鳥獣の数は年間約1000頭です。そのうち約400頭を解体し、食肉として加工処理しています。食肉にならないものは産業廃棄物として山に埋められています。」

海外のものに比べて厳格な基準が設けられている日本のジビエ

また、一頭のうち、食肉として加工できる部分は全体の35%ほどだという。頭、脳味噌はセルベルと言って食べられる部分ではあるが、処理コストが高く市場の価格が見合わないという理由で、廃棄せざるを得ないという現状もある。また、他にも安全面や衛生管理上の問題で食用にできない肉もあるという。

「日本では野生鳥獣を解体するためのかなり厳密なガイドラインがあってほとんどの解体処理施設でそうしたガイドラインを守って処理しています。ガイドラインには約100の項目があり、一つでも項目に引っかかってしまうと、食用として出すことはできません。」

日本ではほとんどの解体処理場で、このような細かいガイドラインが定められており、ジビエ肉はその基準に従って処理されている。やはり食べる上では安全性の担保は第一である。その安全性のチェックが解体場での仕事の肝になり、美味しいジビエを提供するための鍵となる。

解体処理のガイドライン

解体処理のガイドライン、毎回このチェックシートを基準に処理している。

「森の息吹では一つ一つの工程に対してはかなり厳しいチェックをしています。食肉加工処理施設として、解体中はもちろん、真空パックする前、した後、冷凍、全てにおいて最大限気を付けていて『この肉は市場に出しても良い』『この肉はだめだ』という違和感を、捌く人間が養えるかどうかが大切です。現場を通すときの線引きが一番重要な仕事なのです。自分たちはあくまでも肉屋でしかないので、肉屋として、肉屋のやることを全力でやる。良いものを出し続けることを一番意識して仕事しています。」

このような日本独自の厳しい基準があることで、日本のジビエは海外のものに比べても、高い品質を保つことが可能になるのだ。

サステナビリティという視点から見るジビエ肉の新たな可能性

ジビエは元々捨てられてしまっていたことを考えると、カーボンフットプリントが高い牛肉や豚肉などの畜産肉に比べて環境負荷は低い。今後ジビエは、食の多様性を考えていく上で選択肢の一つとなっていくと考えられる。

しかし現在はまだ供給量をコントロールしやすい牛や豚、鶏といった畜産肉がスーパーのお肉コーナーの陳列棚の大部分を占めており、鹿肉や猪肉といった野生肉は市場ではほとんど見かけない。鹿肉や猪肉は消費者には馴染みが薄く、まだまだ国内での認知が低いことが課題だと、森下さんは言う。

「未だジビエ肉に対して負のイメージを持たれている方が多いのだと思います。しかしジビエは栄養価も高く特に鹿肉は、高タンパク、低脂肪、鉄分豊富で健康面においても非常に優秀なお肉です。また味も美味しくあっさりして食べやすい。そうしたジビエならではの良さがもっともっと広がってくれればいいですね。」

また、最近では特にレストランシェフたちの関心の高まりもあり、少しずつジビエが注目されつつある。森の息吹では、全国の85店舗ものレストランにジビエを卸している。その中でも「無駄な殺生にせずに命を敬い、責任を持っていただきたい」という想いでレストランをオープンしたいと問い合わせをしてきた地元のレストランもあったという。

「ジビエを取り扱っているレストランやホテルには素晴らしい料理が多くあります。たくさんの方に食べて頂いて魅力を知っていただきたい。我々は肉屋として丁寧に解体し、良いものをより良いものにしてジビエの価値を高めていく事にこれからも尽力したいです。」

清潔に保たれた施設内で運ばれてきた野生鳥獣を解体する。

清潔に保たれた施設内で運ばれてきた野生鳥獣を解体する。

害獣ではなく、害人なのかもしれない

肉屋として美味しい肉を出す職人としての森下さんは、「鹿肉をより普及させたい」という想いがある一方で、自然界への人間の介入に対する疑念という、相反するもう一つの考えも同時に抱いているという。

「鳥獣被害の対策は、狩猟や網などのハード面の対策よりも、ソフト面が大切だと思うんです。たとえば、町に生ごみを捨てていると、山の動物たちも、町に餌があることを覚えてしまいます。ここにきても何もないという環境づくりさえすれば、動物は町に降りてこないですよね。そうした町の人たちの意識も変えていくべきだと思います。」

そう話す森下さんは、最後に私たちに問いかける。

「そもそも、鹿や猪たちは生きていくためにご飯を食べて歩いているだけなんですよね。それなのに、人間の勝手な都合で殺されている。害なのはどっちなのでしょうか。害獣ではなく、害人なのかもしれません。少なくとも地球は人間だけが住んでいるわけではないことを意識して、生活していかなければいけません。」

森の息吹の周辺、松野町の風景

森の息吹の周辺、松野町の風景

編集後記

地球上には食物連鎖を表す生態ピラミッドが存在する。最近は人間による技術の発達により、生態系のピラミッドが崩れかけているが、人間ももちろん生態系の一員であることは間違いない。自然や野生動物たちとどう関わっていくべきかに考えを巡らせ、人間のエゴにならないように、過剰な狩猟にならないように──命に敬意を払いながら、バランスを見つけていく必要がある。

施設を訪問した際、たまたま猟師さんから鹿が運ばれてきて、解体中の様子を見学させていただいた。解体している森下さんを目の前にして筆者が感じたことは、今私たちが食卓で、お箸やフォーク一本で口にしている食べものの裏側では、猟師や森下さんのように身体を張って動物の殺生に向き合ってくれる人が存在するこということだ。それと同時に、森下さんの捌き方はとても丁寧で、鹿、野生動物に対する敬意を感じた。

そして動物への敬意を持ち、自然の命をいただくという意識こそが「ベターミート」を定義するための大切な要素なのかもしれない。

【参照サイト】 森の息吹HP

Edited by Erika Tomiyama

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