【前編】若者と共に考える気候危機のこれまでとこれから。パタゴニアの「クライメート・アクティビズム・スクール」

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──私たちは、人間が気候危機を引き起こしている実態を目撃する最初の世代であり、そしてそれを解決できる最後の世代である。

WWF−UKのCEO・Tanya Steele氏の言葉だ。

温暖化がもたらす環境や社会への影響が議論されるようになって久しいが、それでもなお地球の平均気温の上昇には歯止めがかかっていない。豊かな自然と生態系崩壊の危機がいよいよ目の前で起こり始めるなか、「私たちは、故郷である地球を救うためにビジネスを営む」をミッションに掲げるパタゴニアは2020年12月、気候のための行動を学ぶ若者へ向けた「クライメート・アクティビズム・スクール」を開講した。

本記事では、前編・後編にわたり同スクールの様子をご紹介しながら、気候危機を救うためのアクションについて今一度考えてみたい。

地球を取り巻く気候危機の現状

パタゴニアの取り組みを紹介する前に、気候危機の現状についておさらいしよう。

温暖化をはじめとする地球上の気候の変化に対し、かつては「Climate Change:気候変動」という言葉が一般的に使われていたが、その深刻度合いが増すにつれ、「Climate Crisis:気候危機」という表現が広く用いられるようになっている。その背景には、温暖化が招く生物多様性の喪失や、台風・洪水等の災害の頻発、海面上昇、水不足など、環境が急速に悪化している危機的現状がある。

IPCC(Intergovernmental Panel on Climate Change :気候変動に関する政府間パネル)は、1988年に国連によって設置されて以降、気候変動・気候危機に関する環境や社会への影響、その対策についての科学者や専門家の知見を集めたアセスメント(報告書)を公表している組織だ。過去5回にわたって発表されたIPCCのアセスメントでは、地球上で温暖化が発生していることは疑う余地のない事実であり、気候変動を引き起こしている要因が人間活動である可能性が極めて高いという見方が示されている。

同じくIPCCが2018年10月に発表した「1.5℃特別報告書」では、これまでと同じ速度で温暖化が進行すれば、早くても2030年、遅くても2052年までに地球上の平均気温がさらに1.5℃上昇すると予想されている。

そしてIPCCによるこれらの調査結果が、2015年COP21にて全会一致で採択されたパリ協定締結への流れを生み出した。同協定は、全世界共通の目標として、地球上の平均気温の上昇を産業革命以前の平均気温と比較して2℃よりも下回るように抑えることを定めた国際的な合意である。加えて、その昇温を1.5℃以内にとどめることを努力目標として掲げている。

このパリ協定の内容を踏まえて、世界各国は各国の目標とそれに向けた具体的な取り組みを作成し提出している。しかし、すでに産業革命時代から現在までに1℃近く平均気温が上昇していることを加味すると、それらの取り組みでは不十分で、パリ協定が掲げる目標達成は極めて厳しいとみられている。

実際、日本では2020年以降の新たな温室効果ガス排出削減目標として、2021年4月1日~2031年3月31日の取り組みにおける温室効果ガス排出量の削減目標を、2013年度比で−26.0%に設定している。しかし、気候危機に関する国際的な研究機関Climate Action Trackerは、26%減という目標では平均気温の上昇を2度に抑えるどころか、3度ないし4度の上昇を引き起こす可能性がある「極めて不十分」な目標数値であると示している。

また2020年10月には菅内閣総理大臣が、日本の2050年脱炭素社会実現を宣言した。一方欧州では、2019年の時点ですでに脱炭素社会を国家的な取り組みのゴールとする方針を表明していた。今後、世界の動きにさらなる遅れをとらないためにも、日本国内における脱炭素社会実現ならびに気候危機対策に関する積極的な姿勢が不可欠であり、そこに向けた具体的な取り組みに待ったなしというのが現状だ。

パタゴニアのこれまでの取り組み

そこで、今まさに気候の変動を目の当たりにしながらもこれからの社会を担っていく若者たちの具体的なアクションをサポートしようと立ち上がったのが、パタゴニアだ。

アウトドアウェアで知られる同社は、2025年までにサプライチェーンを含む事業全体の温室効果ガスの実質排出ゼロ達成を掲げている。これまでにもリジェネラティブ・オーガニック農業の推進や、自社製品の修理・修繕サービスならびに情報の提供など、その活動でアパレル業界のサステナブル化を牽引してきた。

またパタゴニア日本支社でも、北海道札幌市のフェアトレードタウン化を推進するほか、長野県白馬村では高校生や市民、一般社団法人Protect Winters Japanなどと共に、村の気候非常事態宣言発出に関わる署名活動をサポートしたり、スキー場の再生可能エネルギーの導入を後押ししたりと、様々な切り口から地球の持続可能性にアプローチしている。
*活動の詳細は、Protect Our Winters Japan のこれまでとこれからをご覧ください。

Moriharu© Patagonia, Inc.

今回パタゴニアが開催するクライメート・アクティビズム・スクールは、直近の未来を担う高校生や大学生をはじめとする若者がこれから先も安心かつ安全に生きることができる持続可能な地球の実現に向けた取り組みだ。若者たちが地球環境の現状に目を向けながらも創造性を持って未来を思い描き、さらに環境保護への具体的なアクションを起こすヒントを提供することを目指している。

2020年12月、環境問題に関心を持つ若者向けに、2日間にわたる座学と対話のセッションが行われた。「行動を起こしたいけれど何をしたら良いのかわからない」「仲間とつながり、みんなで一緒に取り組みたい」など若者が抱く環境への課題意識にアプローチするとともに、より良い未来に向けて包括的に行動するする知識ときっかけづくりを後押しするものだ。

1日目:世界の変化と出会う〜何が映り、何を感じ、何が浮かぶのか〜

プログラム初日は5名のゲスト講師を迎えてのオンラインセッションだ。参加者それぞれが自分自身の感情に目を向けることからはじめ、地球環境の現状や課題について深く学んだ。

どのような課題意識を持っているのかを自覚することで、気候危機に立ち向かう自分なりの目的を明らかにする。そしてその課題の背景にある歴史や今後の予測についてデータを交えながら理解し、「クライメート・アクティビスト」として今求められる具体的なアクションを導き出すという流れだ。

5名の講師による講義のポイントを以下でご紹介する。

▽下向依梨(しもむかい・えり)さん・三森朋宏(みつもり・ともひろ)さん:日本SEL推進協会

左:下向依梨さん・右:三森朋宏(日本SEL推進協会)

日本SEL推進協会は、持続可能な社会を築くチェンジメーカーを育てるために、SEL(Social Emotional Learning )の普及と推進に努めている団体。今回は、「自分を動かすものは何〜アウェアネスと共感がチェンジメーカーを育てる〜」をテーマに、脱資本主義的流れのなかで、”Emotional Intelligence(心の知能、感情的知性)”の重要性に着目した。

経済・ビジネスにおけるこれまでとこれからの比較としてダボス会議で発表された2020年に求められるビジネススキルを例にあげ、今後は物事を筋道立てて理論的に考えるだけではなく、他社の感情に共感する力、つまり感情を知能として扱う能力が求められていくという予想を示した。特に、コロナ禍でリモートによるコミュニケーションが一般化している現状においては、より一層他人の感情を意識的に察知する必要があると解説した。

▽江守正多(えもり・せいた)さん:国立環境研究所 地球環境研究センター 副センター長

江守正多さん(国立環境研究所 地球環境研究センター)

「科学者の声を聞く〜気候危機のリスクと社会の大転換〜」がテーマの江守さんのセッションでは、地球の温暖化の現状とその仕組みについて科学的な解説が行われた。

2015年6月開催のWorld Wide Views on Climate and Energy(世界市民会議)の調査の結果報告からわかる、世界と日本の環境課題の捉え方・考え方の違いに言及し、日本の人々は気候危機が人間生活を脅かすものであると認識しているにも関わらず、その対策は生活の質を低下させるだろうと感じる傾向にあると示した。そして、インターネットやスマートフォンの普及によって、今日までの30年間で社会が想像を遥かに超えるほど大きく変化してきたことに触れ、2050年の脱炭素社会実現に向けて残された30年という時間は決して短すぎることはないだろうとの見解を示した。

▽斎藤幸平(さいとう・こうへい)さん:大阪市立大学 経済学部 准教授 / 経済思想家・哲学

斎藤幸平さん(大阪市立大学 経済学部)

齋藤さんのセッションでは「想像力を解放しよう〜気候危機時代の資本と社会と自然」をテーマとし、これまでに築きあげられてきた資本主義社会の歴史とその仕組み、これから訪れるかもしれない脱成長・脱資本主義社会に向けた課題について共有がなされた。

例えば、働き過ぎで余暇を失っている「豊かな日本の貧しい生活」によって犠牲にされてきたのは、私たち人間だけではなく地球環境も同じだ。斎藤さんは、経済成長を追求するあまり、人だけでなく環境にも計り知れない負担がかけられてきたことを明らかにしたうえで、時代の転換期に立たされている私たちに必要なのは「想像力」であると述べた。加えて、サステナブルやエシカルといった言葉や概念を経済成長の手段として利用するのではなく、経済成長の限界を受け入れつつ創造性を以って経済循環システムの抜本的な変換に着手する必要があると訴えた。

▽枝廣淳子(えだひろ・じゅんこ)さん:大学院大学至善館教授 / 幸せ経済社会研究所 所長 / 環境ジャーナリスト

枝廣淳子さん(幸せ経済社会研究所)

枝廣さんのセッションは、「つながりをたどって、物事の全体像や構造を見てみよう〜効果的な変化のつくりかた〜」がテーマだ。物事に変化を与えるために必要な3要素として「熱い思い・冷静な思考力・動ける身体」を挙げ、システム思考を基盤とした変化の起こし方について解説を行った。

全ての物事にはつながりがあるというシステム思考の前提から、発生する全ての問題・課題の原因は人の行動自体ではなくその構造にあると捉えることで、自分や相手を責めることなく心の健康を保ったまま客観的な課題解決が可能になると示した。さらに、再生可能エネルギー導入がもたらす問題について分析するアクティビティを実施し、システムがパターンを内包しており、それが問題を引き起こしている可能性についてシステム思考的に明らかにした。

感情に意識を向けて、気候危機に立ち向かう内発的動機を得た1日

レポートの前編である本記事の最後に、7時間にわたる初日のセッションを終えて参加者から共有された気付きと感想を一部ご紹介する。

「感情に意識を向けてみることで、自分が無意識に固定観念に囚われてきたことに気が付いた。特に物事に対して自然と善悪判断を下してしまう傾向にあったが、感情は善悪の2分類にとどまらず、もっと様々に分化できるのだとわかった。」

「環境に配慮した製品を選ぼうと普段から意識してきた。しかし、脱資本主義や脱成長主義の考え方を学んで、例えばリサイクル原料でできた製品を買い続けているだけでは根本的な課題解決にはつながらないということを理解し、衝撃を受けた。」

「温暖化や気候危機は解決すべき課題であるという意識は持っていたが、それに対する自分なりの動機を持っていなかったことに気が付いた。座学と対話を通して自分自身の感情に向き合ってみて、私が地球環境を守りたい理由はこれからもずっと自然の雪のうえでスキーがしたいからだ、という前向きなモチベーションを得ることができた。

参加者の中には、資本主義の仕組みについて今まさに学んでいる最中だという現役高校生や大学生も多く、資本主義的な視点とは異なる新たな社会の見方に衝撃を受けたという声が多く上がった。その上で、これまでの資本主義に変わる新たな仕組みも考えられるのではないか、という議論も行われていた。

続く2日目は、1日目に向き合った感情や行動の目的をどのようにして実行に移すのか、すでに取り組みを始めているゲスト講師の方々とともに行動の起こし方からそれを計画に落とし込むまでを学ぶ、より実践的なセッションだ。

記事の後編では、プログラム2日目の模様をお届けするとともに、社会をどのようにして変えていくことができるか、具体的なアクションとその方法について考えていく。

【後編】若者と共に考える気候危機のこれまでとこれから。パタゴニアの「クライメート・アクティビズム・スクール」

【関連サイト】パタゴニア クライメート・アクティビズム・スクール
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【参照サイト】Climate Action Tracker
【参照サイト】日本SEL推進協会
【参照記事】パタゴニア クライメート・アクティビズム・スクール
【参照記事】IPCC 1.5℃特別報告書
【参照記事】2020年以降の新たな温室効果ガス排出削減目標
【参考文献】加藤三郎(2020)『危機の向こうの希望』プレジデント社

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