生物進化の歴史から思考法を学ぶ。進化思考が導くこれからのイノベーションとは【イベントレポート】

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産業革命以後築き上げられてきた、都市型工業社会の暮らし。数十年で著しい経済成長を遂げた社会において、資本主義経済の概念はもはや疑う余地のない常識として語られるようになった。しかし、華やかな都市型工業社会の誕生に伴う負債として残されたのが、環境破壊や経済格差の課題である。その解決に社会全体としてアプローチすべく、2015年には国連が「SDGs(持続可能な開発目標)」を国際目標として掲げた。

それから5年。日本国内でも、大小問わず様々な企業がその達成に向けて動き出している。しかし、社会が抱える様々な課題の本質を、私たち一人ひとりは本当に理解できているのだろうか?

この疑問に向き合い、社会にさらなる変化を巻き起こすべく立ち上がったのが「進化の学校」だ。

「社会に機能するデザインの創出」を目指しデザインストラテジストとして横浜を拠点に活動しているデザインファームNOSIGNERの太刀川英輔(たちかわ・えいすけ)氏を講師とし、進化の過程から社会のイノベーションを学ぶべく、横浜市緑の協会・横浜市芸術文化振興財団とともに2020年12月横浜市旭区のよこはま動物園ズーラシアで開催された。

予習と復習のためのオンライン講座を含め全3回に渡って行われたプログラムには、横浜近郊はもちろん遠く石垣島から駆けつけた参加者もおり、およそ30名が受講。

本記事では、プログラム当日の様子や太刀川氏とズーラシア園長の村田浩一(むらた・こういち)氏のクロストークの模様と共に、進化の学校が導くこれからのイノベーションを深掘りする。

進化思考に学ぶ「創造性」

今回講師を務めるNOSIGNERの太刀川氏は、「地球環境が危機的な状況である今だからこそ、社会に大きな変化をもたらすソーシャルイノベーターの存在が必要である」ことを示し、「進化思考」という発想法の活用を提唱する。

進化思考とは、生態系の進化の仕組みから創造性(デザイン性)を学ぶ発想法のこと。例えばヒトの歴史では、4足歩行から2足歩行への移行や、大陸移動による住処の移し替えなど、生存競争と自然淘汰の中で「様々な変異」を繰り返しながら進化し、ヒトは今日まで生き残ってきた。

進化思考では、この「様々な変異」が生物だけではなく無生物も含めた全ての進化の手段であると定義している。その上で、その変異には一定のパターンやカテゴリーがあると考える。そして、私たちが何か新しいアイデアやデザインを考えようとするときには、このパターンに則して思考してみることでよりイノベーティブ(革新的)な発想を生み出すことができるのではないか、という視点に立っている。それが進化思考だ。

進化思考が定義する、進化のパターン

今回行われた進化の学校では、参加者たちがこの進化思考を学び、そして実際に用いてみることで各々の対象(事業やアイデア)をアップデートさせ、社会にイノベーションを起こす存在として共に学び合うことを目的とした。

取り組みの入り口として、1日目のオンライン講座では、2021年4月に出版予定の書籍「進化思考」に掲載されるワークを一足先に実践。その内容は、参加者それぞれが自身の暮らしや事業のなかで進化させたいと思うものを紙に書き出し、進化思考のパターンを参考に様々な変異の起こし方を試してみることで進化を想像・創造してみるというものだ。

オンライン講義の様子(右:太刀川氏)

「生命の共生・自然との調和」を感じながら学ぶ

そして進化の学校2日目、プログラムのメインである現地イベントの開催地となったのは、よこはま動物園ズーラシア。1999年に59種類315頭の動物と共に開園し、2020年には希少種を中心に100種類750頭にまで展示数を増やした。

「生命との共生・自然との調和」をテーマにした園内は、45.3ヘクタール(横浜スタジアム約17個分)の広さを誇り、アジアの熱帯林や中央アジアの高地、日本の山里など、各地域・気候帯ごとに動物展示を構成している。

ズーラシアでは、動物園の主要な社会的役割を以下の4つに分類する。

  • 環境教育
  • 調査研究
  • 種の保存
  • リクリエーション

今回の進化の学校では、「環境教育」はもちろんのこと「リクリエーション:Re-Creation=再創造)」としての動物園の役割にも重点を置いている。生態系展示の場である動物園を開催地とすることで、直に動物を見ながら生態系について学び、私たち人間の暮らしが自然の生態系の一部であると認識すること、また環境全体を俯瞰的に捉えながら思考することができた。

卓上の学びだけではない。動物園だからこそ、その場で体感できる生態系の実情

都市にいながら生命と自然とのつながりを肌で感じられる動物園という環境だからこそ学び、考えられることは数多くある。その一つが「動物の気持ちになって考えてみる」こと。

進化の学校のカリキュラムとして行われたワークショップでは、床に敷き詰められたフェイクグリーンをオランウータンの生息地に見立て、参加者たちが実際にオランウータンが置かれている立場に立ってみることで、野生の現状を想像・体感した。

オランウータンとなった参加者たちは、それぞれが自身のすみかを確保する。そこへ、パーム油生産のための土地開発など様々な人間の都合が次々と押し寄せ、住処である緑が伐採されていく。そしてその過程で居場所を失ったオランウータンたちは絶滅を余儀なくされた。なかには、すみか自体は残されているにもかかわらず、生息地が隔絶されてしまったせいで繁殖できなくなり、死亡する個体もいるのだ。

ワークショップの様子。少しずつフェイクグリーンが取り払われていき、オランウータン達が居場所を失っていく。

WWFの発表にもあるように、森林伐採や農地開拓、温暖化等による環境変化の影響で、オランウータンの住処は2000年の時点で元々の生息域の80%が失われ、その個体数は過去100年の間におよそ80%減少したと言われている。

ワークショップの中で起こった森林破壊やオランウータンの絶滅は、まさにいまこの地球上で起こっていることなのだ。参加者はこのアクティビティを通して、便利な都市生活が当たり前となっているその裏側で、今も生息地を奪われ絶滅の危機にさらされている動物や植物がいるということを再認識することとなった。

そして、ワークショップを通して環境と生態系が直面している喫緊の課題について学んだ後、動物園内を実際に見て周り、危機に瀕している動植物たちを観察した。

園内ツアーの様子。

ホッキョクグマ:地球温暖化の影響で、およそ30年以内にその生息数が3割減るという推測もある。動物の保護と同時に環境保護が求められる最たる例の一つ。

ニホンツキノワグマ:山奥に生息地を持つ野生のツキノワグマが住宅街で目撃される件数が増えている。その原因と、共生に向けた対策が急がれる。

コウノトリ:1971年5月に兵庫県で野生での最後の一羽が捕獲され、野生絶滅となった。現在は飼育下での繁殖や野生復帰個体群によって個体数を増やす試みがなされている。

大企業よりも重要な、環境維持のステークホルダーとは?

本プログラムの参加者のほとんどは、地球環境への具体的な取り組みを企業内で実践している立場。そのような人々にとって発想の新たな切り口となるデータが紹介された。

WWFが公表したLiving Planet Report 2020によると、地球上の生物多様性は1970年からこれまでにすでに68%喪失されたという。さらに、2009年に提唱されたPlanetary Boudaries(地球の仕組みを損なわない範囲、地球の環境容量のこと)の概念でも、地球上の生物多様性はすでに消失されており不可逆的、つまりそれを取り戻すにはもう手遅れであるとも発表されている。

人間の経済活動と環境維持の両立をどのように行っていくのか。早急な対策が求められるなか、2020年の新型コロナウイルスの流行がその課題解決に向けた具体的な行動に拍車をかけている。それについて、太刀川氏は独自の視点から次のような疑問を投げかけた。

「新型コロナウイルスがコウモリからヒトへ感染したという説が持ち上がったとき、『コウモリは害獣なので駆除すべきでは』という議論がありました。しかし実際、コウモリは蚊を食べてくれる益獣として私たちの安全や健康を守ってくれる存在でもあります。もしも私たちがコウモリを駆除し、蚊の殺虫を人工的に行うとすると、そこには想像もできないくらい莫大な時間と費用、人的コストがかかることになります。つまり、経済的効果の面からみて、私たちの社会においてコウモリは非常に大きな役割を担ってくれているということです。これはコウモリだけに言えることではなく、全ての生物種が社会の中で唯一無二の役割を担っているからこそ環境が維持されています。私たちがまず耳を傾けるべきなのは、どんな大企業よりも生態系の声なのではないでしょうか。」

太刀川英輔氏

太刀川氏が指摘するように、生物多様性が失われていくことは人間にとっても大きな脅威となり得る。なかには「コウモリが絶滅しても、蚊の殺虫は人間が担えば良いのではないか」という考え方もあるかもしれない。しかし、経済循環の中で生きている私たち人間が、蚊の殺虫に半永久的に資金を投じ続けることを、果たして約束できるだろうか。

野生生物がもたらしている経済効果や環境維持における貢献度を加味すると、野生生物は存在自体が経済活動であると捉えることもできる。近年、経済やビジネスの観点ではESG投資をはじめとする環境要素にも配慮した投資に注目が集まっているが、野生生物が担っている経済活動への投資も地球の持続可能性の確保における重要項目だという見方もあるのだ。

温故知新の精神で学び、新しい時代を創っていく

では、生態系の保護の重要性を私たち一人ひとりが理解し、社会全体として行動を進めていくためには何が必要なのだろうか。最後に、太刀川氏と村田氏がクロストークを通じて議論する。

左:NOSIGNER 太刀川氏、右:ズーラシア園長 村田氏

村田氏「環境や生態系の保全は、社会としてみんなで一丸となって取り組む必要のある課題である一方、それを『押しつけの文化』のように感じている人や、自分がやるべきことだと捉えていない人もいるのではないかと感じています。また関心自体は持っていても、動物愛護や保護ではなく、これまで地球や生物がどのような歴史を歩んできたのかに興味があるから、環境や生態系をはじめとする社会課題にアンテナを張っているという人もいるかもしれません。」

太刀川氏「日本には、今でもアニミズム*に近い思想が残っていますよね。その神を信じたり仏を拝んだりするような信仰心が根元にあるとすれば、外から外圧的に与えられる真新しい考え方よりも、『元々そうであった』とか『ルーツを取り戻す』というような感覚でのアプローチの方が受け入れやすいのではないでしょうか。理論的に考えても『かつてよりそうであったから』という理由があればルール化も法律化もしやすいはずです。」

*アニミズム:人間以外の生物や無機物にも魂や霊が宿っているとする精霊信仰の考え方。

村田氏「そうですね。もしかすると、我々はその感覚を失っているから、昨今の環境保全のための様々な動きに対して『海外からやってきた外圧的思想になぜ従わなければいけないのか』という反発心のようなものが生まれているのかもしれません。しかしそうではなく、もっと日本の土着の考え方や我々にとって身近な生き方、文化からヒントを得て行動していくこともできますよね。」

太刀川氏「その通りです。実は今から1500年前にはすでに、自然や生態系の循環システムについての描写がされていたことがわかっています。そして、我々の社会は今やっと、脱・人間中心的な考え方にシフトしていますが、この人間中心的な概念というのは、基本的にはキリスト教的な考え方で、日本社会の基盤にはその考え方はありません。日本は、もっとアニミズム的思考で、コメ一粒にも神が宿っていると考えます。ですから、何かひとつを絶対的なものとして中心に据えるのではなく、様々な存在を全体的なつながりの中でネットワーク的に維持していくというのが、日本のカルチャーです。」

対談の様子

太刀川氏「しかしながら、経済成長とともに発展していく社会の中で、私たちの生活から自然の生態系とのつながりが少しずつ解離していき、このアニミズム的な思考に即した生態系と人間社会とのつながりが私たちの実感から洗い流されてしまったように感じます。それでも、私たちはまだそういった感覚をどこかに持っているはずですから、少しずつそれを取り戻していきたいと思っています。」

村田氏「その中で知っておきたいのが、この流れはただ昔の古き良き時代に立ち返ろう、引き返そうということではなく、温故知新の精神で学び、これから新しい時代を創っていこうとしているということです。つまり、昔の良いところを取り入れつつ、最新技術や情報の恩恵に与ったクリエイティブな世界を創るのです。そのために、まずは知るということが第一歩ですから、学びを得て次に進むことができる機会・チャンスを与えることを、この進化の学校でできれば良いという想いです。押しつけの思想を持ち出すことなく、それぞれの内発的動機を引き出していきたいですね。」

太刀川氏「そこで登場するのが、デザインの力ではないでしょうか?」

村田氏「まさに。生態系の保護に関してデザインの力を使うとすれば、例えば絶滅が危惧されている種類の魚がいて、『保護のために食べるな』というだけでは、なかなか受け入れられません。そこで、『その魚よりもっとおいしいものがあるよ』とか『こっちの方がもっと安く手に入るよ』とか、要するに人々の欲求に適応するように発想やデザインを転換してあげることが必要ですね。きっと、押し付けではなく欲求へのアプローチに変換された途端にすんなりと噛み砕けることもあると思います。その変換までもクリエイティブに、イノベーティブにやっていきたいですね。」

太刀川氏「そうですね。他にも、ポジティブなアプローチを設計することも重要だと感じています。例えば、絶滅危惧種の魚の保護の例を転用すれば、その魚を提供している店やそれを食している客に否定的な指摘をするのではなく、それを提供していない店や食べないようにしている客に肯定的な評価をするというようなことです。認証マークを作ってそれをメニューに載せるなどして、『当店はこの魚は提供していません』とポジティブなアピールをできるようにしてみるとか、ポジティブなことを言いたい人にはポジティブなことが発信できるようなデザインを作ってあげるということです。そうすると、だんだん周りからその動きが波及していって、それまで行動していなかった人も『どきっ』とする瞬間があるかもしれません。あくまでもポジティブな側からのアプローチで、参加することが楽しいと思えるような設計を考えていきたいですね。」

村田氏「そこに進化思考的なデザインを組み込めるように、進化の学校で学びを深めていきましょう。」

取材後記

今回の進化の学校は、生態系の進化の歴史から未来の事業の進化について考えること、そして生態系と人間社会とのつながりを総括的に捉えることが目的だ。このように聞くと、進化思考とは何か壮大なことのように感じてしまうかもしれない。しかし、思考すること自体は決して特別なことではなく、私たち一人ひとりが誰しも日常的に行っていることである。そこで私は、進化思考とは例え日常の些細な考え事であっても、自然とのつながりを意識したり、進化思考的な考え方を取り入れたりしながら思考する習慣を私たち一人ひとりが身につけることで社会全体を変えていこう、という実はとてもミクロな視点にたった考え方なのだ、と気づきを得た。

私自身も、自分について「創造性豊か」とか「発想力がある」タイプの人間だと感じたことはなかったが、太刀川さんの「進化思考を用いた創造は誰にでもできること」という言葉はとても印象的であった。取材を終えた後も、例えばメモをとる時や料理を盛り付ける時など、日常のふとした瞬間に「これを進化思考のパターンに当てはめてみると何が起こるだろう」と試しながら、少しづつ自分の創造性に働きかけている。この思考法が習慣となった先に何があるのか、私自身も学び体感し続けていきたいと思う。

【参照サイト】よこはま動物園ズーラシア公式サイト
【参照サイト】NOSIGNER公式サイト

【参照記事】WE BRAND YOKOHAMA 進化の学校 at よこはま動物園ズーラシア+オンライン<全3回>の開催について
【参照記事】NOSIGNER代表・太刀川英輔さんが、よこはま動物園ズーラシア園長・村田浩一さんに聞く、「動物園を創造的な場所にする方法」
【参照記事】HOSEI ONLINE|目に見えない「関係性」をデザインする「NOSIGNER」というあり方
【参照記事】日本人の根本的な世界観である「アニミズム」の本当の意味
【参照記事】オランウータンの生態と、迫る危機について
【参照記事】The nine planetary boundaries
【参照記事】New assessment highlights climate change as most serious threat to polar bear survival – IUCN Red List
【書籍「進化思考」特設サイト】https://amanokaze.jp/shinkashikou/

※本記事は、ハーチ株式会社が運営する「Circular Yokohama」からの転載記事となります。

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