企業として、ダイバーシティ&インクルージョンに取り組んでいる自然派化粧品メーカーのLUSH(ラッシュ)。ダイバーシティとは、多様な人材が集まっている状態を指し、インクルージョンはその状態を発展させ、多様な人材が互いの違いを受け入れ、活かしあいながら、それぞれの実力を発揮できる状態を指す。
ラッシュは、LGBTQ+や難民も積極的に歓迎し、ラッシュと関わるすべての人がお互いの個性を受け入れ、誰もが平等に自分らしくいられる社会を目指している。ラッシュの「多様性」に関する考えをさらに知りたい方は、こちらの記事を参照されたい。
現在ラッシュでは、2020年7月より、世界中で活発化しているBlack Lives Matter(BLM)の動きを受けて、社内でダイバーシティ&インクルージョンの取り組みを加速させている。例えば、2020年12月には性別や人種、年齢、多様なライフスタイルへの配慮から『パパの足』『東方美人』といった商品名を見直したり、社員の意識改革の取り組みの一つとして継続的にダイバーシティ&インクルージョンについて考え、理解を深め、会話できる機会「ラーニング・ハブ」を社内で創出したりしている。
2021年2月にオンラインで開催された社内向けのラーニング・ハブでは、日本の風呂敷からインスピレーションを受けたラッシュオリジナルの風呂敷商品「Knot Wrap(ノットラップ)」でデザインの一部をコラボレーションしている、現在三重県にあるダウン症の人々のアトリエ「アトリエ・エレマン・プレザン」から元東京代表の佐藤よし子さんと佐久間寛厚さんをゲストに迎えた。
今回、アトリエ・エレマン・プレザンの方々から、ダウン症を持つ画家たちの性質やラッシュと出会ってから変わったこと、そして「多様性を受け入れること」などについての考えを伺った。本記事では、ラッシュとアトリエ・エレマン・プレザンが目指す、「自分らしくいられる場所」をつくるためには、何が必要なのかを、みなさんと一緒に考えたい。
「面白い作品の作家が、たまたまダウン症だった」
ダウン症とは、染色体の突然変異によって起こり、医学的には21番目の染色体が1つ多くて、3つに分かれている状態だ。ダウン症の症状を持つ人の一般的な特性として、筋肉の緊張度が弱く、心身の成長がゆっくりなことがあり、知的な発達にも遅れが生じる場合もあると言われる。700~1,000人に1人の割合で生まれ、決して珍しい症状ではない。
アトリエ・エレマン・プレザンは、そんなダウン症の人たちを中心としたプライベートアトリエとして、三重と東京で30年間にわたり造形活動を続けてきた。佐藤さんのご両親が創業し、ダウン症の人の心の在り方を、文化として発信している。ダウン症の人々のためだけのアトリエを、なぜ作ろうと思ったのだろうか。
答えはシンプルで、「面白かったから」と佐藤さん。
「現在は新型コロナの影響で閉鎖してしまいましたが、東京のアトリエでは、神奈川や埼玉、千葉など県外からも作家を受け入れていました。父が代々木で子ども向けのアトリエをやっていた時に、英太くんという男の子の作品に興味を持ちました。のちのちダウン症だとわかったのですが、父は絵だけを見て、面白い作品だと判断していました。」
最初は5人からスタートしたが、今は40名ほどの作家が所属している。
「主観にはなってしまいますが、彼らとずっと接していて感じる性質としては、平和的な感性を持っていることです。そして、受容する力があり、どんな状況でも受け入れてしまう。争いが苦手で、繊細すぎるが故に傷つきやすい一面もあります。」
そんなアトリエ・エレマン・プレザンとラッシュとの出会いは、偶然だった。雑誌『ソトコト』に掲載された当アトリエの記事を見たラッシュ社員が興味を持ち、東京のアトリエに訪ねて来たという。
「それまで作品が消費されたり、ダウン症という部分だけにフォーカスされたりすることを懸念していたため、企業との商業的なコラボレーションはお断りしていました。しかし、ラッシュのバイイング(買い付け)担当者の方はとても熱意があったので、2007年にクリスマス限定ギフト『チャリティボックス』のデザインをご一緒させていただくことになりました。」
2015年からはノットラップへと商品を展開している。四角いラップは絵に近いまま作品を見てもらえるので、特にありがたい、と佐藤さんは微笑んだ。
誰もが「自分らしくいられる環境」を整備
アトリエ・エレマン・プレザンも、ラッシュも、組織として目指していることの一つは、誰もが「自分らしくいられる環境」を整備することだ。「アトリエが目指すこととラッシュが目指すことは似ている」と佐藤さんが言うように、この二者は出会うべくして、出会ったのかもしれない。そんなアトリエ・エレマン・プレザンがラッシュと関わり始めてからの一番大きな変化は、その環境整備のスピードが加速していることだ。
「以前はダウン症の方がどんな感性を持ち、どんな作品を作るのかという私たち自身の関心から、アトリエを運営してきました。同時に、彼らが自分らしくいられる場所を整備すると言っても、自分たちと画家のご家族くらいしか支援できる人がいませんでした。しかし、ラッシュと協働するようになって、他にも共感してくれる人がいるんだと気付くことができ、ダウン症の方々が作品を通してお仕事をする可能性が見えてきました。」
「ダウン症の人たちにとっての環境が整備されてきた」と聞くと、ダウン症を持つ家族や友人が身近にいない人にとっては、自分とは関係のない話だと思ってしまうかもしれない。しかし、佐藤さんたちが伝えたいことは、そうではない。
「ダウン症の人や社会的弱者が生きやすい環境は、誰にとっても生きやすい環境だと思います。そのために今、ダウンズタウン・プロジェクトを開始しています。キャンバス作品を販売した収益を充てて、カフェやグループホームなど、みんながそれぞれのペースで暮らせる場所を作っていきたいのです。私たちが作りたいのは、みんなが『自分らしくいられる場所』。自分が自分に戻れる場所です。学校や職場などどこかで無理をしている人が多いのではないでしょうか。環境さえ整っていれば、無理をしすぎる前に阻止できるはずです。ダウン症の人がきっかけとなった、みんなが許される、交われる場所を作りたいんです。」
自分の中の多様性。心の奥にある感性を大事に
ラッシュをはじめとする企業とのコラボレーションや、これから進んでいくダウンズタウン・プロジェクトによって、アトリエ・エレマン・プレザンに所属する作家や彼らが生み出す作品が社会に出ていく機会は今後も増えていくだろう。
一方、人はどうしても自分と違うものや未知のものに対して、恐怖心を抱く性質がある。ダウン症に限らず、自分が普段接しない性別や年代、言語、障がい、考え方を持つ人に出会うと、どう接していいのか分からずに戸惑ってしまったり、避けてしまったりする人もいるのではないだろうか。
今回のラーニング・ハブの後半でも、「ダウン症」から「多様性」へと話が広がった。
「多様性を受け入れるって難しいことです。本当に相手のことを知って受け入れて、自分もありのままでいることは、言葉にするほど簡単ではない。考え続けなければ実現しないですが、逆に言うと、考え続けていくことで実現できると思っています。」
そう佐藤さんが話すと、佐久間さんは、一人ひとりの中にある多様性について話をしてくれた。
「ダウン症の人は、『調和』という自然に近い感性を持っていて、彼らのセンスは一つの文化だと思っています。でも、それは誰しもが心の奥に持っている感性なんです。彼らを活かせる環境は、自分たちの心の奥にある感性を大事にできる社会だと思います。今、『多様性』とはこういう人もいる、ああいう人もいるということだと解釈されていますが、それは全部、僕らなんですね。一人ひとりの中にあるんです。ダウン症の人たちを大事にできるか否かは、自分の中にあるそういう気持ちを大事にできるかどうかではないでしょうか。」
自分らしくいるためには、「壁」が必要な時もある
「多様性を大事にしなきゃ」「みんなを受け入れないと」と思ってしまうことは、正直つらい。理性ではそう分かっていても、実際は難しいことも多々あり、自分の気持ちに反して無理をすると、自分が崩れてしまう。
佐藤さんは、誰しもが持っているであろう、自分と異なる存在との間に築いてしまう「壁」について話を続けた。
「多様性の『壁』は越えるべきものなのでしょうか。時には壁が必要な場合もありますよね。壁は自分を守るために、自分の心の中で作っています。それを丁寧に取り除くためには、相手を知ることがまず大事です。とは言っても、一人の人を知ることも簡単ではないので、全部の壁をいっぺんに取り払うのは大変です。自分のタイミングでできればいいのではないでしょうか」
納得していないことは無理に言葉にしなくていい
ラーニング・ハブに参加していた100名以上のラッシュ社員の方々からの多くのコメントがチャットに書き込まれた。
「知る、知っていることがすべての土台となっていると感じました。その上で今回のセッションであった『考え続ける』ということへ繋げていきたいです。」
「知ることがまず第一歩だということを再認識しました。知らないから怖い、というのは様々なものに共通すると思います。ダウン症の方のプラスな面をもっと知りたいと思うと同時に、難しい部分も知りたいと思いました。」
「『一人ひとりの違いに気づき、知ることは、自分の根底にも同じ要素があると気づき・知るということだ』というお話をきいて、インクルージョンについての印象がよりポジティブに捉えられました。」
「1人1人の感性を大切に、人を知り受け入れるのが自分を大切にする事に繋がると聞いて、自分を大切にすることも人を受け入れるのに大切だなって思えました。」
その中でも特に、考えさせられた質問があった。
最近特に多様性について学んでいたり、今回のセッションに向けてダウン症について調べたりしていて、「ダウン症に見られる特性(成長のペースが緩やか等)は個性の幅の一部である」という趣旨のことがよくあり、今回のお話も聞いてなるほどと納得しました。一方で、「ダウン症の方は純粋で平和的な感性やユーモアを持っている」という捉え方について、例えば「女性は気遣いができる」などの「良い言葉を使っていてもバイアスがかかった認識」との違いを自分でうまく見つけることができていません。エレマンプレザンさんの作品も、作品を制作している皆さんの表情も素敵で本当に魅力的で、取組みにも賛同できるので、自分の中にその違和感があることにモヤモヤしてしまっています…
バイイングチーム担当の細野さんが、まず答えた。
「なるほどなと思って読んでいました。『多様性』を受容することは、現実的には簡単なことではないと個人的にも感じています。一つ言えることは、問いを続けることが大事で、考えるのをやめてしまうと社会の分断が進んでしまう。モヤモヤしていてもよいのでは。答えを出すこと自体がバイアスや偏見になり、さらには分断を生んでしまうと、以前に佐久間さんがおっしゃっていましたよね。」
佐久間さんが、続けた。
「ダウン症の人たちは『天使』と言われることがありますが、理想化することは危険な面もあると思います。現実を見ないといけない。その上で、これまで説明してきたダウン症の人たちの特性の素晴らしさは、本来持っている性質なんですね。それがそのまま実現されていないとしたら、彼らの生きている環境に何か問題があるのではないかと考えています。無理しないでありのままでいられる環境にいれば、こういう作品が生まれるということを伝えたいと思っています。ご指摘いただいている点はとても大事なことで、xxだからooというのは決め付けにもなりますので、気をつけないといけないですよね」
そのあと質問者に対して、「納得していないことは無理に言葉にしなくいいから」とフォローする佐藤さん。
「障害の問題は、言葉を変えるだけで課題が解決されたと思ってしまうことがあります。今の質問のように、素朴な疑問を提示してみんなで話せる環境は大切だと思います」と佐久間さんがいうように、言葉は便利である一方、その奥深さや適切に言葉にする難しさを感じるときもある。
言葉にすることで、理解が進む一方、言葉にできないモヤモヤは削ぎ落とされてしまう。そのモヤモヤにこそ、大切な何かが詰まっているのかもしれないのに。
編集後記
ダウン症の人たちの特性や作品を通じて、「自分らしくいられる場所」について考えた1時間半。「自分らしくいられる場所」と聞いて、一人ひとりが具体的に想像するものは違うだろうし、同じ人でもその時々の年齢や心境、状況によって異なるだろう。
また、それは決して物理的な場所だけではないはずだ。何か好きなことに没頭しているとき。誰か好きな人と話しているとき。そんな時間や人間関係も、無理せず自然に自分らしくいられる。
つまり、「自分らしくいられる場所」は、思いがけず素の自分を発見したり、気付いたりする時間や空間、人間関係の中にあるものではないだろうか。
そして、それを発見するためには、強制されずに安心して自己および他者と対話ができる環境を整えることが必要なのだと思う。
その意味で、今回のようなラッシュのラーニング・ハブや、アトリエ・エレマン・プレザンのダウンズタウン・プロジェクトは、まさに対話を通じて「自分らしくいられる場所」を作ろうとしている時間と空間、コミュニティだと感じた。
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