日々の速報ニュースを追いかけるのではなく、世界で起こる様々な事象の「本質」に迫るスロージャーナリズムを実践するオランダ発祥のWebメディア「コレスポンデント」。その国際社会向けとして2019年に創設された英語版の「The Correspondent」が、2020年末、コロナ禍の煽りを受けた財政難により閉鎖された(※オランダ語版は今後も続いていくという)。
前回の記事『情報社会を生き抜くヒント「ラディカルな希望」とは?【蘭メディア・コレスポンデントに学ぶ│前編】』では、筆者が2019年末にオランダを訪ねた際、英語版編集チームの編集長エライザさん、コンバセ―ションエディターのナビラさんに伺ったお話をご紹介した。今回の記事では、メディア閉鎖後の2021年2月末に行ったナビラさんへのインタビューのようすをお伝えしたい。イギリス出身で、コンバセ―ションエディターを勤めるためにオランダへと移り住んだナビラさんは、メディア閉鎖後もアムステルダムに滞在中。現在は、ICFJ(ジャーナリストのための国際センター)国際ジャーナリストセンターで働いているという。英語版コレスポンデントの閉鎖を受けて、彼女が考えたこと、学んだこととは?
Q.メディアの閉鎖について、ナビラさんはどう感じられましたか?
2019年末にメディアを立ち上げてから、新型コロナウイルスが蔓延し、あっという間の閉鎖になってしまったので、びっくりしたというのが正直なところです。私はコレスポンデントで働く以前から15年以上メディアに勤めてきたので、スタートアップメディアには継続リスクがあると分かっていましたし、自分たちがコレスポンデントというメディアを通して、非常に大胆で革新的な挑戦をしているという自覚もありました。
しかし、パンデミックの影響は流石に想定外でしたね。コレスポンデントでコンバセ―ションエディターを勤めた経験は素晴らしいものでしたが、1年という時間は、メディアビジネスの良し悪しを判断するためには短すぎたように思います。
閉鎖が決まってから「コレスポンデントに何が起こったのか」「どうして閉鎖に至ったのか」を現実的に把握しようと時間をかけて向き合ってきましたが、それについて自分のなかで考えつくせたとはまだ言えないような気がしていますね。
Q.コレスポンデントWebサイトでは、閉鎖に至った原因について、メディアとしての見解が詳しく紹介されていました。ナビラさん個人としては、メディア閉鎖に至る原因についてどのように考えていますか?
やはり大きいのは、財政的な問題だと思います。私は、「良質なジャーナリズムのためにお金を払う」という消費モデル自体は、近年徐々に一般的になってきているように感じています。
しかし、コロナ禍では、消費者のお金の使い方にも様々な変化がありました。例えば、地元の個人経営の飲食店で食事をするよう意識したり、クラウドファンディングなどの方法で個人を支援したり、ポケットからお金を出してちょっとした寄付を行ったり……相互扶助のためにお金を払うことが一般的になってきています。様々なものを支援するためにお金を払う機会が増えたこの状況下では、ジャーナリズムのためだけに割けるお金が減ってしまったのではないでしょうか。
また、今後も継続していくオランダ版のコレスポンデントですが、実は、オランダ版の購読者のなかには、今回閉鎖される国際版のコレスポンデントを同時に購読してくださっていた方が多くいたようなのです。多くの人が私たちのようなジャーリズムをサポートしようと、手を挙げてくれていたのは嬉しいことですね。しかし、裏を返すとそれは1つの国の同じ人々に依存してしまっていた、ということでもありますから、サステナブルな方法ではなかったのだと思います。
Webサイトでは、閉鎖の背景として、コロナ禍における人々の関心がワクチン接種や子どもの学校などの身近な事象に向くようになったこと、そしてそれらはコレスポンデントの扱いたいテーマとは離れていたことも紹介していましたね。確かにそういう面もあると思うのですが、個人的には、「日常の心配事で頭がいっぱいになってしまう人/気候変動や社会構造など大きなテーマについて考え続けている人」のようにきっぱり線引きができるものではないと考えています。
身の回りのことにしろ、環境や社会のことにしろ、人々は様々なものごとに少なからず興味を持っています。ですから、「あるテーマに対して興味がある人/一切ない人」と二分されるというより、「強い興味が向く対象や、興味を引かれるタイミングが人によって違う」と捉えることができるのではないでしょうか。
例えば、2021年1月6日にアメリカで議事堂襲撃事件が起こりましたね。民主主義国家において起こった衝撃的な事件を見て、「政治とは」「選挙とは」「民主主義とは」といったテーマについて想いを馳せた人も少なくなかったはずです。
「自由で公正な政治」「安全で快適な暮らし」という私たちの共通のニーズが脅かされている──こうした「ストーリー」を知ることで、それまで意識していなかった「民主主義」や「気候変動」というテーマがジブンゴトとして大きな意味を持ち始めます。すべては、そのストーリーをいつ知るか、ストーリーを感じさせるようなニュースといつ出会うか、というタイミングの違いなのではないでしょうか。
私たち英語版コレスポンデントの一つのテーマは、国家を越えた「トランスナショナル・ジャーナリズム」でした。「一つのメディアで多数の国や地域に対応」できるように設計してきたのですが、それは裏を返せば読者の居住地域ごとのニーズに応えづらいということでもあります。とても難しい問題だと思いましたし、今もずっと「トランスナショナル・ジャーナリズムとは何なのだろう」と考え続けています。
Q.メディアの閉鎖を発表したとき、読者からの反応はどうでしたか?
読者の皆さんが私たちに送ってくれた言葉は、とても感動的なものでした。非常に多くの読者がコレスポンデントを存続させたい、と考えてくれていたのです。
これまでメッセージをくれた人の中には、私たちと同じメディア業界の人たちもいました。「コレスポンデントに触発された」と言ってくれた人もいれば、「すでに他国で私たちと同じような取り組みを行っている」という人も。私たちはメディアを閉鎖しますが、世界の様々な場所でポジティブなアクションを起こしている人々がいるということを知ると、わくわくしますね。
メディアの閉鎖という今回の結果を「失敗」だと結論づける人もいますが、私はそうは思いません。「55,000人の購読者が20,000人に減り、閉鎖に至った」という事象をビジネス的な観点から分析すると「失敗」にカテゴライズできるのかもしれませんね。しかし閉鎖する時点で英語版コレスポンデントには2万人の購読者がいた、ということは紛れもない事実です。今も、世界中の2万人の人々がコレスポンデントと一緒にジャーナリズムの旅をしたいと思ってくれている──それは、本当に素晴らしいことだと思っています。
Q.もし、コロナ禍が収束したら、コレスポンデントの英語版を復活させたいと思いますか?
それについては、まだ、深く考え切れていないような気がします。コロナ禍で、国境を越えたテーマについて扱う難しさも感じましたし……そうですね……今一つ言えるのは、「どうやったら私たちと同じような目的を持ちアクションを起こしている他の人たちの手助けができるだろう」とよく考えている、ということでしょうか。
私はジャーナリストとジャーナリズム研究者のハイブリッドな仕事をしているのですが、コレスポンデントを再開するかどうかという視点だけでなく、業界全体で、同じような考えを持った人たちとつながりアクションを続けていく方法を模索しています。
幸運なことに、私たちとともに働いていたライターの多くが、お互いに連絡を取り合ったり、気候変動や差別、ジェンダーなど、普遍的で重大なテーマについての執筆を今もつづけたりしています。「コレスポンデント」の肩書がないだけで、やっていることは同じなのです。
Q.コンバセーション・ベースト・ジャーナリズムやコンストラクティブ・ジャーナリズムを実践したいと考えている他の媒体へアドバイスをいただけますか?
不思議なことですが、パンデミックの影響で、飛行機に乗らなくても、世界中の人とオンラインで気軽につながれるようになり、世界はより民主化されたものになりました。
一方で、皆がオンラインでの情報発信やウェビナーなどを行うようになったので、「注目を集める」「集中してもらう」ことは少し難しくなってしまったように思います。エンゲージメントが欲しいのであれば、とにかく自分たちの「コミュニティ」を大切にすること、大事にしたい人たちに目を向けることです。そこで、仲間を見つけることができるでしょう。
また、それぞれの国の文脈の中で、多様な人々と対話する方法を見つける必要があります。そのためには、コラボレーションがキーになるのではないでしょうか。もしかしたら、一つの会社を作って、そこに人を集めるのではなくて、人々が世界中に点在しながらも協力して仕事をするような仕組みを作っていくべきなのかもしれませんね。
私はずっと、英語、スペイン語、日本語……など様々な言語が入り混じるなかで議論できるような環境を作っていきたい、大切にしていきたいと思っているんです。いつか、これを読んでいる皆さんとコラボレーションできる日が来るといいな、とわくわくしています!
Endless thoughtful experimentation is what @lahnabee did as conversation editor. She had a real vision of how to include people from all walks of life and connect them to experts.
And she was always there for me, even to invite kids! 😬
📭 Her deets: https://t.co/8oLpOQd2rd
+ pic.twitter.com/hU0QbV4Vu6— Irene Caselli (@irenecaselli) December 31, 2020
編集後記
過去に編集部を訪ねた際、彼女は「誰もが制作ツールを持つ現代だからこそ、メディアは自分たちの役割を定義しなおすべき段階にきている」と言っていた。コレスポンデントを愛する彼女が「英語版の復活」にこだわらないのは、ジャーナリストとして、またメディア研究者として「メディアの役割とは何か」「自分たちに何ができるのか」という問いに真摯に向き合い続けてきたからこそ見えた答えなのだろう。
果てしなく長かったような、あっという間に過ぎ去ってしまったような不思議な1年が過ぎる間に、私たちをとりまく環境も、生活様式も、各国の情勢も……様々なものが変わった。英語版コレスポンデントの閉鎖も例外ではない。だが、彼女たちのフィロソフィーに共鳴した仲間たちは、世界中に散らばり、今も変わらずコレスポンデントの旅を続けているのだ。
現在住んでいるというアムステルダムの自宅からオンライン取材を受けてくれたナビラさんは、取材を終えると、「懐かしいものを見せてあげる!」と言って、PCカメラを窓の外に向けた。通りの人気は少なく、雰囲気は違って見えるが、石畳や街灯、穏やかに流れる運河の美しさは記憶のままである。
「そういえば今日着ているカーディガンは、2019年末にあなたたちが編集部を訪ねてくれたときに着ていたのと同じものなの!」──ナビラさんはそう言ってカメラを自分に向け直した。窓辺から入り込む朝のやわらかな光に包まれ、彼女は微笑む。東京は午後7時。外は暗くまだ肌寒い。だが、その瞬間確かに、自分の頬にもふんわりと陽の差すあたたかさを感じたような気がした。
【関連ページ】コンストラクティブジャーナリズム
【関連ページ】スロージャーナリズム
【参照サイト】The Correspondent will stop publishing on 1 January 2021. We’d like to thank our members for their support
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