人々をつなげるSDGsイノベーションラボ「UNLEASH」日本版・運営メンバーに聞く裏側

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昨今のSDGs(持続可能な開発目標)で扱われている、さまざまな社会課題。貧困や海洋プラスチック、気候変動などの問題は、自分の日常からかけ離れているような気がする人や、大きな問題すぎて自分に何ができるのかわからないと思う人も少なくないのではないか。

しかし、世界中の人が集えば、何かが変わるかもしれない。そんな希望を持った世界中の若者1,000人が一堂に会し、社会のためのプロジェクトや、ビジネスプランを共につくり出すイベントがある。それが、SDGsイノベーションラボ「UNLEASH(アンリーシュ)」だ。

Astrid Maria Busse Rasmussen

Image via Astrid Maria Busse Rasmussen

デンマークの非営利団体UNLEASHが立ち上げたこのイベントは、毎年一つの国を舞台として選び、地域を巻き込みながら開催されてきた。デンマークにある、寝食を共にしながら学ぶ市民学校フォルケホイスコーレのように、10日間かけて参加者がイノベーションプロセスを学び、アイデアを出していく。

1回目はデンマーク(開催レポート)、2回目はシンガポールで開催された。3回目の中国開催のあと新型コロナウイルス感染症(以下、新型コロナ)が世界的に蔓延し、現在ではオンラインで開催されるようになった。

そして2021年、UNLEASHの日本版となる「UNLEASH Hacks Japan」が立ち上がった。6月23日と7月3日の2日間のプログラムを終えた今、どのような学びが得られたのか。今回の記事では、日本版を立ち上げたナターリアさんと、運営メンバーである石ヶ森祐さん、尹素希さんに話を伺った。

UNLEASH日本版を運営するメンバーたち

Q. 自己紹介をお願いします。

ナターリアさん:UNLEASH日本版を立ち上げたナターリアです。国際基督教大学(以下、ICU)の修士課程で紛争解決について学んでいます。また、組織の顧客や従業員の満足度を上げるエンゲージメントデザインや、メディエーション(※1)のコンサルタントもしています。

※1 メディエーション=組織や、利害関係者の平和解決をするために仲介をすること

私はユーゴスラビア生まれで、何が戦争を生むのか、どうやったら紛争を防げるのかに興味がありました。また、水をめぐった紛争解決を学んでいて、さまざまな地域で水が枯渇していくなかで、建設的な解決方法を見出すことにも取り組んでいます。

ナターリアさん

ナターリアさん

尹さん:ICUの3年生、尹素希(ユン・ソヒ)といいます。NPOでボランティアをしながら学生をしています。興味のあることはSDGs、自治体のDXやIT活用、都市OSやスマートシティです。学校での専攻は公共政策で、政策や政治について勉強しています。

尹素希(ユン・ソヒ)さん

尹素希(ユン・ソヒ)さん

石ヶ森さん:石ヶ森祐(いしがもり・ゆう)と申します。尹さんと同じくICUに通う4年生で、開発学を専攻しています。科学技術政策やマネジメントに興味があり、どう市民理解につなげていくか、そして実際の政策につなげていくかを勉強しています。

石ヶ森 祐(いしがもり・ゆう)さん

石ヶ森 祐(いしがもり・ゆう)さん

Q. 日本でUNLEASHを立ち上げた理由は?

ナターリアさん:私自身、シンガポールのUNLEASHに参加して、国際的な若者たちが積極的にSDGsに取り組む姿を見てとても刺激を受けました。それからカナダやボスニア・ヘルツェゴビナでも開催しているのを見て、自分の住む日本でもぜひやりたいと思ったのです。

ICUの授業で、外交とSDGsに関するディスカッションがあったのですが、そこで登壇したユネスコの方が「平和構築の基礎は教育である」と話していたことが印象的でした。日本はこれまで平和を築いてきた経験やそれを支えてきた教育があることからも、UNLEASHを開催する意義があると思ったのです。

Q. 運営メンバーの2人がUNLEASHに関わるきっかけは?

大学生のふたり

石ヶ森さん:ICUで開催されたセミナーでナターリアに出会ったことがきっかけです。その時点で、日本でUNLEASHを開催することは決まっていたんですが、運営メンバーに日本の文脈を知っている人がいなかったので、僕が参加したという経緯ですね。僕個人としては、グローバルのプロジェクトを運営してみたいという気持ちもありました。

普段、SDGsに関する取り組みは、企業が利益をどう得るかが先行しています。UNLEASHはそこを目指すというよりも、関係者同士のWIN-WINを探っていくスタンスで、ビジネスや支援に寄りすぎていないことに共感しました。また、日本ではSDGsに関するハッカソン自体が少なく、エビデンス(根拠)をもとにしたアイデアが出てこないところから、UNLEASHのように原因特定から解決策まで考えるフレームワークをもっと日本でも実施していく必要があると考えました。

尹さん:UNLEASHのことは、石ヶ森くんから誘われて知りました。国際的な大学のICUといえど、普段は日本人の学生とのやりとりが多く、あまり英語を話す機会がありません。UNLEASHでは英語を積極的に使い、ソーシャルグッドなことに関心がある世界の学生たちとつながりたいと思いました。

UNLEASHを日本でやる意義は、学生たちがUNLEASHのファシリテーションの手法を体験できる点にあります。UNLEASHでは各チームにファシリテーターがつき、議論をしっかりサポートしてくれます。日本人の学生たちが海外の人たちと一緒に話し合うことで、たくさんの学びが得られますし、ユーザーインタビューの方法など、デザイン思考を用いた解決策が導き出せるので、良い実践が生まれるだろうなと思っています。

日本でSDGsハッカソンを開催してみて

Q. 実際に日本版を開催して、いかがでしたか。

ナターリアさん:イベントは大成功で、5つのチームからそれぞれソリューションが生まれました。優勝したチームは、普段は学校で学びながらUNLEASHにも参加してくれて嬉しかったです。

このチームから出されたのは、オンライン授業支援ソフトウェアです。新型コロナの影響で授業のオンライン化が進むなか、教授から学生への一方通行での授業がより多くなっています。そこで、対話型でより柔軟性の高い授業の実現に向けて、質問投稿システムや、役に立つコメントを上位表示するシステム、ビデオ画面表示の設定などを提案しました。

現在は、既存の学校教育とは違う形が出てきていますが、オンラインで世界中の人たちと一緒に学べるようになったこと自体は、長期的に平和構築につながっていくのではないかと思います。

Q. 他国の学生たちの参加の動機は?

石ヶ森さん:アンケートでは、「自国のSDGsに興味を持っていて、他の国のSDGsも知りたい」という回答が多かったです。日本の課題や事例に触れながら、自国の課題解決に生かしたいという気持ちですね。お互いに学び合って絆ができていくのは良いことだなと思います。

Q. 日本なりの工夫は?

尹さん:参加者募集の際には、英語を積極的に使って活動をしたいと思っている日本人学生に刺さるような表現を工夫しました。また、応募の時点で「なぜ自分が日本の課題を解決したいのか」を記入してもらい、明確な目的意識のある人に参加してもらいました。

今回、実際日本でイベントを開催してみることでゼロからイチをつくる段階がようやく終わり、どのような人を巻き込めばいいか明確になりました。これまでの失敗を踏まえて、次回以降取り組みたいです。

Q. 開催で苦労した点は?

石ヶ森さん:グローバルのやり方と、日本のやり方のバランスをとるのが難しかったです。

たとえば、デンマークの本部がイベント開催のスケジュールを組み立ててくれたときは、そのまま使うのではなく、日本の学生たちに合うように独自のサポートを加えたり、広報の仕方も、そのまま英語を訳すだけでは日本人に刺さる内容ではないので、文面を変える必要があったり。

あとは、時差の問題もありました。たとえば夜中の3時から参加してくれる人もいて、それ自体はありがたかったのですが、途中で寝落ちしたり、オンラインで来なかったりということも。

開催のようす

石ヶ森さん:また、UNLEASHはチームでアイデアを出していくので、カルチュラルセンシティビティ(cultural sensitivity:文化的感受性)、つまり文化が違う人同士のコミュニケーション準備を事前にもう少しやっておけばよかったなと思いました。オンラインで突然、まだ信頼関係ができていない人とアイデア出しをするのは、慣れていない人にとってはなかなか難しかったのかなと思います。

あとは、議論を進めていくなかで問題が発生した場合はこういうコミュニケーションをとってみましょう、というガイダンスを事前にお知らせしておけばよかったと思いました。次回以降は、日本の学生や、グローバルな議論の場に慣れていない人でも参加しやすいような工夫をしていきたいです。

日本の学生たちと共に、今後もSDGsに取り組んでいく

Q. 他に、気付きや成果はありましたか?

尹さん:UNLEASHの運営メンバーやファシリテーターとしてお手伝いいただいたみなさんのパワーに圧倒され、とても刺激を受けました。冗談を言って笑いあったり、ミーティングが難航しても笑顔で提案したり。人を元気づけるようなちょっとした工夫があるのだと学びました。

今までそんな人たちに会ったことがなかったので、今後の自分のロールモデルに出会えたことは、私にとって大きな収穫でした。それに、信頼し合える良いチームで進めていくことで、初めてソーシャルグッドなアイデアやプロジェクトが生まれるんだなと思っています。

石ヶ森さん:他国の人が日本文化をどう思うのかを知ることができたこと、そして他国の人が日本のSDGsについて考えて行動してくれたことは、大きな成果だと思います。一つの課題に対して、国を越えてみんなで取り組む姿を見ることができました。

印象的だったのは、ある参加者の人が、僕と尹さんにユーザーインタビューをしてくれたことでした。それがあったから、日本の文脈に基づく社会問題に対して、僕ら自身が客観視できましたし、他の視点で見ることができました。

今回参加してくれたみなさんが3年後、10年後にどうなっていくのかがすごく楽しみです。UNLEASHは参加者限定のコミュニティプラットフォームがあるので、みなさんの今後が見られるのもいいところだなと思います。

大学生のふたり

Q. 今後の展望を教えてください。

尹さん:UNLEASH日本版を社会的にインパクトがあるものにするには、より多くのパートナーシップを築いていくことが大切だと思っています。次回の開催からは、そこに重点的に取り組んでいきたいです。

石ヶ森さん:僕はこれまでUNLEASHのようなSDGsハッカソンに参加したことがなかったのですが、開催して胸を張って紹介できるようになったので、たくさんの人に取り組みを広げていきたいと思います。今後運営に日本人をもっと増やして、よりローカルの視点を入れてできるようにしていきたいと思います。毎年開催して、日本の課題について継続的に考えていきたいです。

編集後記

前回のUNLEASH事務局のインタビューでも、世界に貢献したければ世界の視点を入れる必要がある、ダイバーシティ・インクルージョンの必要はそこにある、という話をしていた。

日本で取り組まれているSDGsも、ダイバーシティは障害者を含めるといった議論が中心で、外国人、難民、難病の人、先住民などを含めた人々に及んだものは少なく、まだ狭義の意味で使われていることや、世界の問題との結びつけが弱いことは、課題と言える。

「早く行きたければ一人で、遠くへ行きたければみんなで」これはアフリカのことわざだ。

日本にある課題を解決しただけでは、本当の意味でその課題を解決したとは言えない。世界はつながっていて、ひとつの生態系システムとして存在している。だからこそ、国を越えた多様な人と一緒に、同時に解決していくことが重要なのではないだろうか。

寄稿者プロフィール:松尾沙織(まつお・さおり)

ライター・ファシリテーター。震災をきっかけに社会の持続可能性に疑問を持ったことから、現在はフリーランスのライターとしてさまざまなメディアで「SDGs」や「サステナビリティ」を紹介する記事を執筆。SDGsグループ「ACT SDGs」立ち上げる他、登壇、SDGs講座コーディネートも行う。また「パワーシフトアンバサダー」プロジェクトを立ち上げ、気候変動やエネルギーの問題やアクションを広める活動もしている。

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