コップに水を注いだり、パンにジャムを塗ったりする日常の風景。身近に認知症の人がいると、そんな「これまで普通にできていたこと」ができなくなる様子を目の当たりにすることもあるのではないか。
世界保健機関(WHO)によると、2021年時点で、世界には5,500万人以上の認知症患者がいるという。世界的に人口が高齢化するにつれ、2030年には患者が7,800万人、2050年には1億3,900万人にまで増加すると予想されている(※1)。
そんななか、認知症の進行を緩やかにするにはどうすればいいか、さまざまなアイデアが求められるだろう。
シンガポール国立大学のデザイン・インキュベーション・センターに所属する、デザイナーのポー・ユン・ルー氏は、認知症患者に昔から慣れ親しんだ動作をやってもらい、彼らが身体で覚えている記憶を呼び起こしたいという想いから、デジタルツールの「Rewind」を開発した。 Rewindは「巻き戻す」という意味だ。
Rewindの特徴は、手に持ったデバイスによる動作が、ペアリングされたモニター上に視覚的・聴覚的なフィードバックとして反映されることだ。
たとえば、ティーポットの注ぎ口のように先端が尖ったデバイスを持ち、モニターに映るティーバッグの入ったコップにお湯を注ぐ動作をすると、モニター上で紅茶ができる。お湯を注ぐときの音も反映されるため、デバイスを持つ人は、自分が本当に紅茶を作っているかのような感覚を覚える。
ポー・ユン・ルー氏によると、認知症の人は、同じ動作を繰り返すと記憶を保持する役に立つことを理解しない場合があるという。医者などが体を動かすよう促しても、レクリエーションに参加しないことが多い。そこで同氏は、彼らの感情に働きかけることで、つい動きを繰り返したくなる仕組みを作ったのだ。
Rewindは、シンガポールのホウガン地区にある介護施設の協力を得て開発されたという。デザイン・インキュベーション・センターのサイトにある動画には、介護施設にいる認知症患者がデバイスを使う様子が映っている。「懐かしい」「面白い」など、彼らの気持ちが動くきっかけになるといい。
ポー・ユン・ルー氏は、自身の祖母が認知症と診断されたことがきっかけとなり、工業デザイン学部の卒業論文でRewindのアイデアを練ったという。同じような境遇にいて、彼女の取り組みに共感を覚える人もいるのではないだろうか。
※1 Dementia(WHO)
【参照サイト】Design Incubation Centre
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