世界経済フォーラムが毎年公表する「ジェンダーギャップ指数」。2021年度の日本の総合順位は、156か国中120位だった。なぜ、日本の順位はこれほどまでに低いのか。
ジェンダーギャップ指数は、教育・経済・保健・政治の4分野で構成され、この中で日本の順位が最も低いのは144位の「政治分野」だ。この分野は、「国会議員、閣僚、最近50年における行政府の長の在任年数の男女比」によってスコアリングされており、日本の政治分野の女性比率が圧倒的に低いことが主な原因となっている。
映像クリエイターのサポート事業を展開する株式会社Vook(以下、Vook)と、「女性の声がきちんと政治に届く社会」を作ることをミッションに活動する一般社団法人WOMAN SHIFT(以下、WOMAN SHIFT)は、この課題解決につながるアクションを起こした。
この二者が2022年4月から5月にかけて協働で開催したのが、「女性候補者を対象とした政治分野における動画活用のあり方を考える研究会」である。動画に特化したVookの講師が女性議員向けに、議員活動や選挙活動の助けとなる動画の作成方法を3回シリーズでレクチャーするもので、計24人の女性議員が参加した。
動画と政治。一見遠そうなこの2つをつなげると、どんなことが起きるのか。また、政治分野に大きなジェンダーギャップがあることで、どんな課題が起こっているのだろうか。
Vook代表取締役の岡本俊太郎さん、東京都台東区議会議員でWOMAN SHIFT代表の本目さよさん、東京都渋谷区議会議員でWOMAN SHIFTメンバーの神薗麻智子さんに、お話を伺った。
実践しながら学んでいく動画講座
そもそもなぜ、今回の企画が立ち上がったのだろうか。そのきっかけを、渋谷区議会議員の神薗さんはこう語る。
神薗さん「WOMAN SHIFTとして2023年の統一地方選挙に向けて何かできないかと考えていたときに、課題のひとつとして出てきたのが選挙活動における『発信の方法』でした。
これまでの選挙活動は、紙での宣伝や訪問といったアナログな方法に加え、インターネットを用いたとしてもブログでの文章やSNSでの写真を用いるというところに留まっていました。一方、世の中ではTikTokのような動画を用いたコミュニケーションが増えてきています。また、私たちが主なターゲットとしている子育て世代や若い世代へのコミュニケーションの幅を広げるためにも、動画での発信が必要だと考えるようになりました」
学生時代に議員の選挙活動のボランティア経験を持つVook代表の岡本さんも、その当時から同じことを感じていたという。
岡本さん「ボランティアとして、ビラ配りや街頭演説、有権者の自宅への訪問など、色々とやらせていただきました。そういった地道な活動はもちろん必要です。ただ、これからは政治活動でも新たな発信方法をもっと使っていくべきだと感じていました。
ひとりの有権者としても、投票の対象となっている議員さんの情報を得るのはなかなか難しいと思っています。ブログなどで発信されている方はいらっしゃいますが、もう少し議員さんを身近に感じられる発信があると良いなと。そのためには、動画は一番良い方法ではないでしょうか」
研究会は、忙しい議員の方々でも取り組みやすいよう、スマホでの動画編集を中心にプログラムを構成。動画編集ツールの使い方から撮影の方法まで幅広くレクチャーしていく。2回目からは参加者それぞれが動画課題を提出し、それに対するフィードバックも受けながら進められていった。
神薗さん「開催前は、議員の本業もあるなかで動画課題提出を必須とする3回の講座は負担が大きいのでは懸念していましたが、やってみると実際に自分たちが手を動かして作った動画に対してフィードバックをもらうというプロセスが効果的だったようです。講師がいるからこそ良い部分も改善できる部分もよくわかりましたし、有権者の方に伝わりやすい表現方法や興味を持ってもらえるアイデアもいただけました」
参加者が課題で作成していた動画は、自身の政策を真面目に紹介するものから、議員だからこそ知っている地域のお役立ち情報を親しみやすいトーンで伝えるものまでさまざま。岡本さんが話すように、動画は政策をわかりやすく伝えるのに一役買いそうだった。
動画は、「政治」と「有権者」の距離を縮めるツールになる
岡本さんは、政治分野での動画活用の可能性は今まさに広がり始めているところだと話す。
岡本さん「これからは、全てのコミュニケーションに動画が多用される時代になると思っています。今や個人のスマホで誰でも動画を作れるようになりましたし、若い世代だけではなく、50代や60代の方も動画を見る時代です。動画でメッセージを伝えて活動資金を集めるNPO、NGOなども増えてきました。
アメリカでは、政治分野でのパブリックリレーションズ(※1)が進んでいて、前回の大統領選挙でも動画が積極的に活用されましたし、TikTokを見事に使いこなす年配の政治家さんもいます。一方、日本でも2021年ごろから選挙で動画を使用する動きが活発化しています」
※1 組織とその組織を取り巻く人間との望ましい関係を創り出すための考え方、および行動のあり方。
政治分野で動画が活用されていくと、私たち有権者にとってもメリットがあるという。
岡本さん「有権者が問題意識を持ったとき、『どの議員さんがこの問題を解決してくれるのだろう』という疑問に答える動画や、自分が投票した人がその後どんな活動をしているのかを知れる動画があることは、政治分野において非常に重要だと思います。また、例えば街頭演説をする候補者を駅で見かけたら、その後電車に乗りながらその候補者の動画を見る、といったアナログとつなぎ合わせた使い方もできるかもしれません。
そんな風に、動画は政治と有権者の距離を縮めてくれるものになると思います」
『体力勝負』な議員活動の大変さ
WOMAN SHIFTはこれまで、『政策実現ができる女性議員を増やすこと』『地方議員を女性のキャリアの選択肢とすること』を目的に、45歳以下の女性議員を対象に、政策を実現に結びつけるための勉強会や、女性議員に必要なスキルを身につけるワークショップなどを行ってきた。2022年4月には一般社団法人化し、『女性の声がきちんと政治に届く社会』を作ることを新たなミッションとして掲げた。
本目さん「私はそもそも、『女性議員を増やしたい』という想いで議員になりました。しかし、いざ議員になってみるとあまりの大変さに議員を続けることを断念しそうになりましたし、周りにも同じような女性議員の友人たちがたくさんいたのです。
でも、そんなときに支えてくれたのは、やはり同年代の女性議員たちでした。ですから、同じようにしんどい思いをしている女性議員を減らすために、悩みや想いを共有できるコミュニティを作りました」
本目さん自身も感じてきた、議員として働くことの大変さはどのような部分にあるのだろうか。
本目さん「選挙活動では、有権者の方との接点があるほど認知度は上がりますし、どれだけ頑張っているかを判断基準に票を入れてくださる方も多いのです。そのために政治家が行う代表的な選挙活動のひとつが、駅での街頭演説です。
でも、あれってかなりの体力勝負なんですよ。
人によっては始発から終電の時間まで行いますが、子育てや家族のケアがある候補者にとっては、それはかなりハードルが高いことです。また、女性には妊娠・出産の可能性もありますから、それこそ選挙期間中に妊娠していたり出産後だったりしたら、その体力勝負を乗り切るのはますます大変になります。
議員活動そのものに関しても、夜中まで議会がある会派もあったり、ポスティングや訪問など物理的に身体を動かしてやらなければいけない仕事もたくさんあります。ですから、女性と男性の根本的な基礎体力の違いを考えると、体力や時間の配分は女性議員の大きな課題となってくるのです。
その点、動画での発信は、工夫次第で自宅や移動時間を利用して行えるので、そういった課題の解決策のひとつになってくれるかもしれません」
女性議員が増える事で、「多様な人」に優しい社会に
選挙活動の方法や議員の仕事の仕方が男性を基準に形作られている今の状況は、冒頭で言及した政治分野における女性比率の低さのひとつの原因となっており、それは現役の女性議員の仕事のしにくさや立場の弱さにもつながっているようだ。
神薗さん「私が当選したときに議会の3分の1が女性となり、そこからとても雰囲気が変わったと聞いています。また、多くの女性議員がセクシャルハラスメントを経験しますが、女性比率が40%を占める議会にはハラスメントを経験したことがないという方もいるようです。このように、議会に女性が多い方が、女性議員の立場は向上し、仕事もしやすくなります」
では、政治分野に女性が少なくジェンダーギャップが大きいと、社会にとってどのような影響があるのだろうか。
神薗さん「女性議員の数が少ないと、まず女性のための政策が実現しにくくなります。
男性ばかりの会議で、女性ならではの課題──例えば、フェムテックなどが話題にあがることはほとんどありません。やはりそういったことについては、当事者が声をあげないと政策に落とし込むことが難しいのです。
一方、今私が所属する会派は8人中5人が女性で、そういった話題が毎日活発に飛び交っています。そんな雰囲気に影響され、最初は驚いて聞いていた男性議員も徐々に一緒に考えてくれるようになってきました」
本目さんは、「女性議員が増えるとあらゆる人の声が政治に届くようになり、みんなが暮らしやすい社会になる」と続ける。
本目さん「仮に、24時間、365日働ける強い男性の政治家ばかりだとしたら、当然その人たちの声の方が政治に届きやすくなります。
男性でも、女性の声を届けようとしてくれる人はいます。でも、似たようなことを経験していないと、どうしても本当の意味で女性のためになる政策を作ることは難しい場合も多いのです。
例えば、ひとりでも子育てをしたことがあったら、双子の育児がどれだけ大変かということは想像しやすいですよね。一方、子育ての経験がなく、そこにあまり関心がない人だと、『子どもは可愛いから頑張れるでしょ』とか、『みんな育ててるじゃん』という様に、自分の想像で物事を考えてしまう。そうなると、さまざまなことが許容されない社会になってしまいます。
育児に関わりたいと思う男性にとっても、女性側が男性にもっと積極的に育児に関わって欲しいということを主張すれば、より育休なども取りやすくなっていくと思います。
ですから、当事者、もしくは当事者の声を政治にきちんと届けようとしてくれる人を増やすことが、女性だけではなく、『多様な人』に優しい社会を作っていくためには必要だと思います」
地方議員は、『一緒に街を作っていく仲間』
女性議員が増えることが、多様な人が生きやすい社会を作ることにつながる──では、ひとりの有権者である私たちには、そのために何ができるのだろうか。
本目さん「まず伝えたいのは、私たち議員を『政策』で判断してほしいということです。
この人はなぜ議員になり、どんなことをやりたいのか。これまでどんな政策をやってきて、これからどんな社会を作りたいと思っているのか、といったことですね。
一見良いと思っても、政策をきちんと確認してみたら自分の求めているものとは違った、ということもあります。例えば、『子育て支援をやります』と言っている議員さんが、病児保育(※2)には否定的なスタンスだった、という風に。その議員さんの子育て支援は、自分の求める子育て支援かどうか。そういったところまで確認して欲しいと思います。
※2 仕事を休めない親に変わり、体調に不安のある子どもを預かり世話をする保育サービスのこと。
また、その議員さんに投票して終わりではなく、議会できちんと区民の意見を代弁してくれているかどうかを継続的にチェックしたり、議員でいて欲しいと思う人に対しては、積極的に応援したりして欲しいですね。TwitterのリツイートやFaceBookのハートマークを押すのでも良いですし、もう一歩踏み込んで選挙活動を手伝ってくださるのも本当にありがたいです」
神薗さん「地方議会については、国政と切り離して考えてみて欲しいと思います。政治というとなんだかとても遠い世界だと感じてしまいがちですし、テレビでよく見る国会中継や国会議員のイメージがどうしても強いと思うんですよね。もちろん、それはそれで大事な政治の部分です。
一方、地方議会の議員は、シンプルに“ひとりの市民”であり、『自分たちの生活をより良くしていく』ために、地域住民の生活に寄り添った活動をしています。
私たちは、住民の皆さんからたまたま票をいただいて、『住民と行政をつなぐ役割』を担っているというだけ。そんな風に、議員のことを“一緒に街を良くしていく仲間”として捉えてもらえると、嬉しいですね」
編集後記
今回取り上げた女性議員のための取り組みは、長年問題だと言われていながらも解消されない政治分野のジェンダーギャップに一石を投じる価値のあるものだと感じた。また、本目さんや神薗さんが話すように、議員の発信を積極的に見ること、SNSを通して応援すること、選挙活動のボランティアをしてみること……私たち個人が政治に声を届けるためにできることは、実はたくさんあるのだということを実感できた。
一方で、女性議員やそれを応援する人たちの努力のみによってどれだけジェンダーギャップが解消できるかは、疑問に思うところでもある。政治はやはり男性の方が向いているという思い込みや風潮から多くの人が抜け出せない限り、政治分野の男性優位はこれからも続いていってしまう可能性はないだろうか。
だからこそ、今後もこの課題にアプローチする具体的な取り組みが生まれ続けてくることを期待したい。
【参照サイト】WOMAN SHIFT
【参照サイト】株式会社Vook
【参照サイト】映像の力で政治活動のデジタル化を支援。女性議員に向けた政治分野における動画活用研究会を開催
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