ジェンダー・ポジティブ──社会的な性の役割やステレオタイプにまつわる問題をいま一度捉え直し、誰もが規範に縛られず、苦しまなくて済むような社会を目指す考え方のこと。
この世界は、さまざまなメディア・広告に溢れています。女性が食事の準備をして、家族で美味しいご飯を食べるもの。「ムダ毛のせいで気になってる人にフられた!」というストーリーで脱毛を促すもの。男性の薄毛コンプレックスをつついたり、輝くアイドルと自分を比較し、過度なダイエットに励ませたりするものなど。
そんな広告からもたらされる居心地の悪さや呪縛を乗り越え、一人ひとりがより生きやすい社会を目指していくため、IDEAS FOR GOODは2020年に【“ジェンダー・ポジティブ”な広告を考えるワークショップ】を開催しました。「街でよく見かける『アンチエイジング』などのメッセージを、より良いものにするなら?」というテーマで、さまざまなアイデアも飛び交いました。
誰も否定しない、縛らない。これからの広告のかたち【Media for Good “ジェンダー・ポジティブ”な広告を考えるワークショップ レポート】
ワークショップ開催から約2年半後、一つのジェンダー・ポジティブな動画が完成しました。オンラインコミュニティ「ACT SDGs」と有志の方々が、ワークショップで出てきたアイデアをもとに、一つひとつイラストを描いて制作したものです。
動画タイトルは『誕生日おめでとう、わたし』。どのような内容なのか、ご紹介していきます。
歳を重ねる=ネガティブ、ではないストーリー
動画は、一人の女性が駅で電車を待っているところから始まります。駅構内や、電車内には「あなたもアンチエイジング始めませんか?」「働く女性のダイエットサプリ」「ぽっちゃりさんの細身コーデ」「永久脱毛980円」「20代からの婚活」といった広告が溢れています。
ため息をつきながら帰宅し、テレビをつけるとまたアンチエイジングのCM。それを見る、誕生日を迎えたばかりの女性。友人からの祝いのメッセージを受け取り、食事をすることになります。
女性の誕生会。年の近い友人たちと集まると、自然と年齢の話に。友人の一人が「他の国だと、女性はミルクに例えられるんだって。時間が経つと劣化するって意味らしいよ」と発言。会話のなかで、「賞味期限」という言葉も出ました。女性はトイレで一人、「若さだけが価値なの…?」と悶々としています。
食事が終わり、バーを訪れる女性と友人たち。バーのオーナーは「男性だと逆にワインに例えられるの知ってる?」と声をかけます。そして「人はみんな、歳を重ねるごとにワインのように魅力が高まるものだと思うの」と教えてくれました。誕生日プレゼントと称して、女性にワインをご馳走します。
1年後、街には相変わらず広告が溢れていましたが、内容は少し変わっていました。健康的な肌を目指して、あらゆる形の美しさを見つめられるような化粧品のポスターや、多様な働き方を推進するキャリアマガジンなど。そんな広告に囲まれた街を歩く女性。再び駅のホームで電車を待ちます。
そして、またオーナーのいるバーの扉を開ける女性。1年前の誕生日のときとは違って、自分らしく笑えていました。
この動画では、街に溢れている情報がいかにコンプレックスを刺激し、それぞれの人が持っている偏見や思い込みをさらに助長させるものであるか、ということがさり気なく描かれています。そして一人の女性が「若さが価値であり、アンチエイジングを必ずしなければならない」という呪縛から解放されるストーリーとなっていました。
「どう伝えたらいい?」制作チームの悩み
広告やメディアの影響力を考え、建設的に「ではどういう物語だったら見てみたいと思えるのか?」までを追求してみた今回のプロジェクト。実際の動画制作にかかわった4人の方々に「学んだことや気づいたこと」「特に迷ったり、葛藤したりしたこと」を聞いてみました。
(以下、動画制作チームYukikoさん、Wakanaさん、Marieさん、Saoriさんの回答)
Q. 今回「ジェンダー・ポジティブ」な動画を作る側になってみて、気づいたことはありますか?
Yukikoさん:今回の動画ではさまざまなコンプレックスを刺激する広告が登場するのですが、自分自身が気づかぬうちにそういった広告の内容に納得し、受け入れていたことに気づきました。やはりバイアス(考えの偏り、偏見)がかかっていたのだと思います。
一方で、ワークショップが開催された2020年ごろと今とでは、広告を取り巻く状況が少し変わってきていると思います。働き方は多様性が受け入れられ始め、数は少ないですが体型や美についても様々なタイプの方が出演する広告が出てきていたり、少しずつ良い風潮になってきているのかなと感じています。
Marieさん:同じく、昔からアメリカのニューヨークで学んでいて、オープンな人々に囲まれていたので全くそんなつもりはなかったのですが、やはり「女性はこう」と一部受け入れていた、諦めていたところがあったのかもしれません。
Wakanaさん:今回の制作に関わるなかで、まず私は「歳をとること」がこんなにも人のセンサーに引っかかるのだという事実に驚きました。
また、イラストを描いていて気付いたことなのですが、自分自身も知らず知らずのうちに「痩せ型で髪が長く、シミもシワもない女性」ばかり描いていました。そういえば、ふっくらした女性を自然に描けていないなと。
Saoriさん:実際に作る側になってみて、これまで想像できていなかった「『こうあるべき』という考え方に捉われている人」にも想いを馳せるようになりました。そういう風に感じている存在を、作品を通してリアルに想像できたのは良かったです。
Q. 動画を作る上で、特に葛藤したポイントを教えてください。
Saoriさん:動画のなかに出てくるセリフや表情のニュアンスには、かなり気を遣いました。この言い方で伝わるだろうか、どう捉えられるだろうか。そういったことは、動画制作チームのみなさんと一つひとつ確認していきました。
Marieさん:動画を作っている2年間で、かなり「ジェンダーバイアス」に関する認知度が高まってきたように感じます。だからこそ、今私たちがあえてこれを出す意味はあるのか、ということは考えました。ですが、みんなの意識が上がっている今だからこそ、多くの人にこういった内容の動画を見ていただく価値があるのかなと思っています。
Yukikoさん:動画のストーリーのなかで1年後の駅に張り出されるポスター広告の内容が、難しいと思いました。状況が変わって少しポジティブになってきていることを表現したかったのですが、「じゃあ何がポジティブなのか?」という答えが自分の中になかったからです。そこで動画制作メンバーに相談し、それぞれの思う「ポジティブさ」を教えていただいたことは良かったです。
Wakanaさん:ワークショップには、自分も含め「不平等」や日常的な性による扱いの差に違和感を覚えやすい人が参加していたので、その場で共感はしやすかったと思います。
しかし実際に動画で、多くの「そういったことを気に留めてない人たち」にメッセージ伝えようとするとき、どういう伝え方がいいのだろうと悩みました。アグレッシブで批判的に伝えるのか、悲劇的に伝えるのか、寄り添って伝えるのか。自分たちなりの伝え方、物語の作り方については、かなり葛藤しました。
ジェンダー・ポジティブな広告・メディアのヒント
広告は、多くの人にとって助けになるモノやサービスの販売促進をするツールですが、私たちの頭の中にある無意識の思い込みや、偏見を掘り起こすこともできるツールでもあります。使い方によっては、人々のメンタルヘルスを損ねたり、断絶を生み出すきっかけにもなり得ます。
情報を発信するからには、ポジティブな社会に貢献するものでありたい。そんな人に向けて、ワークショップのレポートから改めて情報発信のヒントを抜粋してみました。最後に、一緒に振り返っていきましょう。
1. 決めつけない
性別で線引きをしない(例:「女性/男性/LGBTQIAなら~であるべき」などと決めつけない)ことを意識してみるのは、良いかもしれません。人を縛り付けるような固定概念を刷り込む表現は、よりよい社会づくりのためには避けたいものです。
2. 特定の人や状態を否定しない
ポジティブな発信は、「今の時点のあなたも素敵」が前提にあります。今の社会で一般的に良くないものとされるもの(しみやそばかす、その他のコンプレックス)も、「ダメ」なものはありません。
現状を否定するわけではなく、特に優劣もつけず、あくまで「より健康になるため」あるいは「あなたがもっとあなたを好きになるため」の提案をする、というスタンスでいると、自分自身も少し楽になるかもしれません。
3. 広告やメディアの目的を何度でも思い出す
広告の目的の一つは、商品やサービスを知ってもらう、購入してもらうこと。その商品やサービスを作る「目的」に思いを馳せてみると良いかもしれません。
あなたが情報発信しているのは、他人を不安にさせたり、コンプレックスを掻き立てたり、他者に好感を持たれるために焦らせたりするためでしょうか。商品を売るのは、「誰かの幸せな人生をお手伝い」することです。
今回のプロジェクトのように、さまざまな視点を入れた伝え方がさらに模索されることを目指して、IDEAS FOR GOODでは今後も世界の建設的なニュースを発信していきます。
※ この動画は、制作チームで様々な意見を出し合いながらできたもので、特定の誰かを批判することを意図してはおりません。この動画についてお問い合わせがある場合は、以下のアドレスまでお願いいたします。
ACT SDGs:actsdgs2015.2030@gmail.com