人口1,500人の伝統的な村で「生きたワイン」を売る、フランス人オーナーの美学

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フランスでは、ワインは食事に欠かせない飲み物だ。ワイン愛好家だけでなく、多くの人々が特定の地域や葡萄の品種の好みを持ち、味にもこだわりを持っている。「今日はどの料理にどのワインを合わようかな?」と考えるのも、食事の楽しみの一つだ。そんな人々のワイン需要を満たすため、フランスでは全国にワイン産地が点在する。

首都・パリから南東へ約200キロほどの場所にあるサンセールは、中世の面影を色濃く残す古い城壁の村だ。この地域のワイン作りの歴史は古く、6世紀にはすでに葡萄畑が存在した記録が残っている。丘の上にそびえる村からは、ふもとまで放射状に葡萄畑が一面に広がり、どの角度で切り取っても美しい風景画になりそうな眺めである。

サンセール

サンセール

この人口約1,500人の小さな村にはワイン農家が大多数を占め、農家直営のワイナリーが数多く存在する。そんなワイン一色とも言える村の一角に、サステナブルな製法で作られたワインのみを扱うワインショップ「VUE sur Vignes」はある。店名のVUEはフランス語で「エコなワインショップ」の略だが、同時に「葡萄畑の眺め」の意味も持つ。

お店のコンセプトは、従来の製法で作られたワインからエコロジカルなものへの移行に貢献しようというものだ。そしてお店では、ワインの製法だけでなくロジスティクスについてもサステナビリティを念頭におき、扱うワインはすべて地元とその周り200キロメートル以内で調達できるワインに限っている。

今回、編集部はこのお店を訪ね、オーナーであるラファエルさんに話を聞いた。「自然と共存するワイン」とはどのようなものなのだろう。

この村でサステナブルなワインショップへ行き着いた背景は?

近年フランス国内のワイン醸造業界では、葡萄のビオ製法やバイオダイナミック製法、またワインのナチュラル製法は徐々に広がりつつある。一方でここサンセールでは、300件以上あるワイン農家の中で、こうしたサステナブルなワインへの取り組みはまだほんの一部にとどまっているという。

そんななか、サンセールで環境負荷や人体への影響を削減する方法で製造されたワインを広めようと、サステナブルな取り組みを行うワイン農家を応援するショップを開いたのがラファエルさんだ。彼のお店で扱うワインは、ビオ製法・バイオダイナミック製法によるものとナチュラルワインに限定している。そのコンセプトは地域でも注目を集めており、ラジオや新聞など地元メディアからの取材も多い。

ラファエルさんは、パリで生まれ育ったが、両親がここサンセールの近くにセカンドハウスを購入したため、サンセールへ頻繁に来るようになった。以前イベント関連の仕事に携わっていた際、夕食会などを設定する機会が多く、食事のメニューと合うワインをソムリエと協力して選択することも役割の一つだったため、ワインに関する知識は深かった。それがここサンセールの村とワイン、そしてラファエルさんを結びつけるきっかけとなったそうだ。

オーナーであるラファエルさん

オーナーであるラファエルさん

「サステナブルな製法で作られたワインだけを扱うワインショップがこの村には必要だ」

2019年、そんなアイデアを自分の中であたためていると、2020年にサンセールの自治体が観光開発に関連したプロジェクトの支援プログラムの募集を目にした。そこでラファエルさんのアイデアは見事当選し、クラウドファンディングで集めた資金によって2021年6月にワインショップの開店が実現することになる。

ラファエルさんは以前から、「有機農産物を広めること」そして「通常は割高となる有機農産物をより多くの人がアクセスできる価格で提供すること」に興味を持っていた。この村の主要経済はワインであり、訪れる多くの観光客はワインを目当てにやってくる。開店にあたって、ラファエルさんは地元ワイン農家の協力で日夜勉強を重ねたという。

サステナブルなワインとは?

Q. このお店で扱うビオ、バイオダイナミック、ナチュラルワインには、それぞれどんな違いがあるのでしょうか?

それぞれ、ワイン製造における異なるアプローチや哲学を持ちます。まず、ビオ製法では、葡萄の栽培に関して化学薬品を全て禁じており、天然成分からできているものしか使用できません。「Cahier des Charges」というフランス国内のガイドラインにより、その製法が示されています。

バイオダイナミック製法については、基本的にビオ製法のガイドラインに基づいており、その上で葡萄の栽培過程におけるそれぞれの手入れを月齢カレンダーに沿って行います。フランスのビオ基準は、EU基準よりさらに厳しい要件を課しているので、国内のビオラベルを取得すれば自動的にEUラベルも取得できるようになっています。例えば、同じビオ承認を受けた製品でも、国によって違いがあり、スペインとフランスでは大きく異なるのです。

ぶどう

バイオダイナミックラベルについては、「Demeter」という組織が発行しています。Demeterラベルは、ビオ製法に基づいたバイオダイナミック製法を証明するもの。加えて、フランスを中心にワイン農家のグループによって組織されたワイン専用のラベル「Biodyvin」もあります。Demeterラベルは主に土壌に焦点を充てたものですが、Biodyvinは、葡萄の収穫や葡萄の醸造過程も焦点に入れているので、より要件が多く「完成」したラベルと言えます。

農家の中には、ビオやバイオダイナミック製法を取り入れていてもラベルを取得していない場合もあります。理由としては、義務ではないこと、ラベル取得には料金がかかることなどがあります。加えてその後の検査もあるため、常に基準を維持する必要があるので大変なのです。

ナチュラル製法については、先の二つとは全く異なるものです。ワイン製造過程では、葡萄をワインにするためにいくつかの添加物を加えます。例えば、イーストや硫黄などですが、ナチュラル製法ではこれらを一切加えません。葡萄が自然に発酵するに任せるので、「生きたワイン」とも呼ばれます。通常の製法のワインは添加物で発酵を管理し安定させるのに対し、ナチュラルワインは瓶に詰めてからも常に進化し続けるのです。つまり製造者側は、ワインの「進化」具合を管理できないのです。とても良いナチュラルワインを作る醸造元もいますが、一方で製造が難しいワインでもあります。またその性質上遠方への輸出は難しく、主に地元で消費されるのも特徴の一つです。

「自然と共存するワイン」の難しさを、“シェアリング”で乗り越える

Q. サステナブルなワインへの取り組みや販売に際し、ワインの生産者が直面する問題は何でしょうか?

一番大変なのは、「自然」を尊重すること。ワインを作るには、年に一回葡萄の収穫を行いますが、毎年異なる気候条件や変化に対応していく必要があります。そして、サステナブルなワイン製造には、殺虫剤や化学肥料を使用しないことが前提にあります。例えば、雨が多い年は、葡萄の木が病気になる可能性が高くなります。そのためより多くの対策が必要となり、天然成分を使用した薬の散布を行いますが、通常の手入れより時間も手間もかかるのです。

また、冷夏で雹が降った場合、葡萄の木が凍ってしまうことも。これは農家にとっては大きな損害で、葡萄の収穫量が非常に少なくなります。このような予測が難しい天候の変化は、サステナブルな製法を採用するワイン農家にとっては大きな障壁となります。従来の製法からビオ製法へ移行するためには、毎年の天候によって収穫量が大きく左右されるという事実を受け入れる必要があるのです。

もう一つは、従来の製法からサステナブルな製法へ移行は、ワイン農家には大きな変革をもたらすことです。特にこれまで長く伝統的な製造法に従事してきた古い世代にとっての移行は、簡単なことではありません。ビオ製法への移行は主に若い世代が担っていますが、前世代の反対に合うこともあります。農家の人々の意識改革も必要なのです。

例えば、従来の製法で葡萄栽培をしてきた世代にとって、「良い畑」とは、農薬を使用した雑草のない「清潔な畑」でした。しかし、ビオやバイオダイナミック製法では、生態系を守り、むしろ雑草が生え昆虫も共存していた方が良い畑とされます。ワイン農家が製法を移行する際は、数年間試験栽培を実施することでその可能性を確認します。フランスではビオ製法を採用する場合、一部だけというのは認められていません。従来の製法かビオ製法かどちらかの選択をする必要があるのです。規模の大きい農家にとっては、より大きな投資と決断が必要となります。

サンセール

サンセール

Q. ではサステナブルなワインへ移行するインセンティブはなんでしょうか?

環境や人々の健康への農家の価値観と信念だと私は思っています。環境保全は、畑で作業する人々の健康保全でもあります。従来の製法で使用される農薬や殺虫剤をまず初めに浴びるのは畑の労働者。そしてその後ワインを飲む消費者も同様です。

加えて経済的なインセンティブもあります。ビオ製法のワインをつくることにより、有機農業による新しい市場が生まれる。実際、ビオワインの市場は年々拡大していますからね。ビオ製法のワインはより多くの手間や時間が必要となるため、一般的に価格が高くなるのです。ただ、ここサンセールではビオワインと通常ワインの価格差が年々縮まっています。理由の一つには、初期投資がすでに回収可能な時期に来ていることがあります。また、ビオ製法を実践する農家では、必要な機材の共有や共同出資などでコストの削減を実現しています。つまり農家における「シェアリング」モデルですね。

「生きたワイン」を楽しむために

Q. ワイン作りは非常に複雑で繊細な作業であり、天候から収穫、醸造過程における数多くの要因がその味に影響すると思います。サステナブル製法で作るワインは、どの程度実際の味に影響するのでしょうか?

ビオ製法は70年代に取り入れられましたが、それ以来長期にわたり「味はいまひとつ」なワインというレッテルを貼られていました。私自身は、ビオワインも通常のワインも同じだと思っています。良いものもあればそうでないものもある。実際の味については、ビオ・バイオダイナミック、通常のワインにおける違いを感じることはほとんどないと思います。

ナチュラルワインに関しては、ふつうのワインとの比較では味に大きな違いがあります。硫黄を使わずに発酵を管理しない「生きたワイン」なので、常に味が進化しています。そのため匂いも味も独特で、これには土や野菜を感じさせるような匂いも含むのです。ワインの香りや特徴を示す形容の中で、こうした表現は決して良いものとされていませんが、私はこれらも単なる「違い」だと思っています。

例えば、日本には海藻を使う食文化がありますね。そのため、日本の方にとっては海藻の香りは決して嫌なものではないでしょう。フランスではそうした文化がないため、海藻の匂いは新鮮ではない魚介類や泥などを連想させます。一つの匂いを良い香りとするか臭いと表現するか、自分の日常生活に密着する記憶のどこに、何に結びつけるかによって異なるのです。ナチュラルワインとはそうしたものだと考えています。また、ビオや通常のワインでは見られない些少の発泡も見られます。

このワインは好きか嫌いか、好みが分かれる場合が多いです。これは普通のワインにも言えることですが、ナチュラルワインにも「訓練」が必要だと思います。まず舌が飲みやすいと感じるものから始め、徐々に冒険する、このステップが重要なのです。当店では、初心者から上級者向けまで多様なナチュラルワインを揃えていますので、以前ナチュラルワインを試して失望したという人にも、もう一度一から試してみるよう薦めています。

私がこの店を開いた理由の一つとして、来店いただくお客様とのワインの共有があります。お店では、ワインを楽しむためのトレーニングも兼ねて試飲が可能です。また、当店のサステナブルなワインに関する情報をお客様に提供することで、環境や健康の保全へも興味を持っていただけたらと思っています。

ワイン

編集後記

筆者は長年にわたってサンセールに定期的に滞在しているが、最近気づいたことがある。窓から入ってくる虫や庭を飛び回る蝶やバッタを頻繁に目にするようになったことだ。朝はうるさいほどの鳥の鳴き声を聞いて目がさめるようになった。ここ一年くらいのことだ。

隣人も先日同じことを言っていた。村の周りは辺り一面葡萄畑に囲まれているが、農薬のせいで鳥や昆虫が非常に少ないという話を以前聞いたことがある。確かに夏でも庭で蚊に刺されることも昆虫を見ることもほとんどなかった。ところが最近その事情が少し変わってきたのだ。

それはもしかすると、サンセールで農薬や化学肥料を使わないサステナブルな葡萄製法を取り入れる農家が増えてきたことがその背景にあるのかもしれない。まだ少数とはいえ、それでも確実に農家の意識改革は起こっており、環境と人の健康を守ろうとする人々の努力が少しずつ実になって生態系を修復しているのかもしれないと、今回の取材後、最近の出来事を振り返った。

【参照サイト】ナチュラルワインでつなぐ、取り戻す、そして生まれる、神戸のカルチャー
【参照サイト】イタリアの名門ワイナリーが、小学校を作った理由【土とリジェネラティブ#2】
【参照サイト】農業でCO2は削減できるのか?コスタリカの「リジェネラティブ農業」最前線【ウェルビーイング特集 #8 再生】

Edited by Erika Tomiyama

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