花の都と呼ばれるフランスの首都・パリ。その名を聞くとエッフェル塔や凱旋門など華やかな風景が思い浮かぶ人もいるかもしれないが、実は街の大気汚染が大きな課題のひとつとなっている。世界の大気汚染データを集めるスイスの企業IQAirによると、その最も大きな原因のひとつが、車やトラックの排気ガスだという(※1)。
パリ市は、こうした大気汚染やCO2排出削減の観点から、ガソリン車やディーゼル車といった環境負荷の高い車の使用規制や段階的廃止を進めている。
そんな車への圧力が強まるパリ市で毎年開催される「カーフリーデー」に合わせて2020年に行われたのが、規制や罰則とは違った方法で「ついつい車から自転車に乗り換えたくなる」キャンペーンだ。
キャンペーンの名は、「Car-2-Bike(車から自転車へ)」。実施したのは、世界一の自転車大国として知られるオランダの首都・アムステルダムの自転車メーカー「Veloretti(ヴェロレッティ)」。彼らは、“実在する”車のナンバープレートを、なんと同社の自動車を一台購入するために使えるプロモーションコードにしてしまったのだ。
キャンペーンの詳細はこうだ。まず、Velorettiはパリに実在する500万枚ものナンバープレートを、「French license plate database」のデータを使って収集。そしてそのナンバープレートの番号を、同社のウェブサイトに搭載した特別なシステムで検証し、プロモーションコードとして認証できるようにした。例えば、ナンバープレートが「BL-721-AZ」であれば、プロモコード欄には「BL721AZ」と入力。ナンバーが実在すると確認されれば、割引が適用される。
さらに、このシステムでは入力されたナンバープレートから車種や製造年、使われている燃料などの詳細を特定。CO2排出量が多い車を持っている人ほど、より多く割引を受けられる仕組みだ。例えば、1996年発売のプジョーのディーゼル車を持つ人は、20%近くもの割引を得られたという。同社の400ユーロ程度の自転車を購入したとすると、80ユーロ(約13,000円)程度もお得になる。
このキャンペーンにより、Velorettiのウェブサイトの訪問者数は激増し、パリ市からの売り上げが2000%伸びるという大成功を収めた。パリ市としての自転車の購入数は、2017年比で5800%もの増加を記録し、1週間のキャンペーン期間中に177台もの自転車が購入された。仮に購入者が車を完全に自転車に置き換えたとすると、削減されたCO2の量は年間124トンにのぼると推定されている。
キャンペーンが行われた翌年の2021年10月、パリ市は新しい自転車計画「PlanVélo2021-2026」を発表した。ここでは、自転車レーンの拡大や駐輪場の増築といった、車に依存しない、人々のニーズに合わせた都市計画が重視されている。筆者のパリ在住の同僚たちによると、見た目には美しいパリの石畳が自転車では走りにくかったり、盗難被害が深刻だったりと、安全かつ快適に自転車が使える街にするには、課題も多いという。一方で整備された自転車レーンは以前より使いやすくなったなど、街の改革が徐々に進んでいることも感じられるそうだ。
環境により良い選択をした方が良いと頭でわかっていても、日々の習慣を変えるには、それを後押しするちょっとしたきっかけが必要だ。自転車という新たな選択肢を「お得に」増やす機会を提供したこの作戦は、その好事例なのではないだろうか。
【参照サイト】This bicycle manufacturer turns license plates into discount vouchers
【参照サイト】CAR-2-BIKE
【参照サイト】Veloretti
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