学校や大手中学受験塾での性的虐待、芸能プロダクションにおける性暴力など、子どもを狙った性犯罪のニュースは、これまで数多く報じられてきた。
2020年、ベビーシッターの男性2人による子どもへの強制わいせつ事件が発覚した。容疑者たちが過去にも性犯罪を繰り返していたことから、いわゆる日本版DBS導入への機運が高まり、2024年3月19日、日本版DBSを導入するための法案が閣議決定された。今回は、日本版DBSとその課題を考えていく。
日本版DBSとは。すでに働いている人も対象に?
日本版DBSとは、子どもに接する仕事に就く人に性犯罪の履歴がないかどうか、雇用主がこども家庭庁を通じて法務省に照会する制度である。イギリスのDBS(Disclosure and Barring Service)を参考にしている。政府は、日本版DBSを盛りこむ「こども性犯罪防止法案」の今国会での法案成立と2026年からの開始を目指しており、日本語では「犯罪証明管理および発行システム」や「無犯罪証明書」とも表される。
法案は、学校や認定保育所、福祉施設等に職員の性犯罪歴の照会を義務づけている。塾やスポーツクラブなどに対しては、任意の認定制となる。これから就労する人だけでなく、すでに働いている人も対象だ。
照会できる犯罪歴には、有罪判決の確定した前科のほか、痴漢や盗撮など各地方自治体の定める条例違反も含まれる。照会できる期間は、拘禁刑(2025年に懲役刑と禁固刑を一本化)の場合は刑期終了から20年、罰金刑の場合は10年と定められている。
イギリス、フランス、ドイツ……海外の事例は?
日本の今後を考えるうえで参考になるのが、イギリスのDBSだ。イギリスでは、子どもを巻き込んだ事件などを契機に議論が起こり、制度を何度か見直し拡大させてきた。例えば、当初は「子ども」だけを対象としていたが、現在では障がい者や高齢者などの大人も含むようになった。職種は、病院、教育機関、介護、保育、福祉、警備の一部というように幅広くなり、照会内容も犯罪歴だけではなく、警察からの懸念情報等も含むようになっている。「就業禁止者リスト」(約8万人)に掲載されていなくても、「危険度の高い人物」をチェックできる体制だ。
また、イギリス、フランス、ドイツには、職種にかかわらず雇用者が犯罪証明書を求められる制度があり、3か国とも子どもに関わる職種については犯罪歴照会を行うことが義務づけられている。
オーストラリアやニュージーランドにも同様の制度がある。オーストラリアでは州によって運用が異なるが、「Working with Children Check(WWCC)」という制度があり、子どもと直接的に関わる仕事をする人々は回答が必須だ。雇用者は国家警察の検査(犯罪歴記録の検査)と、報告された職場での違法行為の調査ができることになっている。
いま求められる、社会で「性」を考えていく体制づくり
こうしたイギリスの制度を参考にした日本版DBS。あなたはどう感じるだろうか。
犯罪歴の照会ができるため、労働者のプライバシーや職業選択の自由を侵害しているのではないかと懸念されるかもしれない。これに対しては、子どもの安全安心が優先されるべきであり、子どもに接する以外の職業に就けるのだから、職を選択する権利が剥奪される訳ではない、という考えもありうるだろう。
対象や職種の線引きが狭すぎる(あるいは広すぎる)のではないかと感じる方もいるかもしれない。これについては、イギリスのように長い年月をかけて何度も制度を見直し、議論によって「制度を育てる」ことも必要だろう。日本は児童ポルノに対する監視の目が厳しいとはいえず、 国連の推奨する包括的性教育も十分ではない。子どもたちに正しい性の知識や態度を身につけてもらい、潜在的な加害行為を防ぐことも重要だ。
性犯罪は、許されない。一方、そこに至るまでには様々な背景や事情が介在していることもある。加害を事前に防ぐと同時に、加害者の更生・治療プログラムも含めて、性犯罪を発生させない体制づくりが求められているのではないだろうか。
【参照記事】日本版DBSとは・意味
【参照サイト】これで、子どもたちの性被害を防げる? 教員などの性犯罪歴確認を義務づけへ 日本版DBS、国会に法案提出
【参照サイト】日本版DBSのモデルになったイギリス 責任者が明かした制度導入のヒントと抱える課題
【参照サイト】Disclosure & Barring Service公式ホームページ
【参照サイト】こども家庭庁公式ホームページ 第213回国会(令和6年通常国会)提出法律案
【参照サイト】イギリス・ドイツ・フランスにおける犯罪歴照会制度に関する資料
Edited by Erika Tomiyama