“市民の対話”はこうして実現。バルセロナまちづくりの通訳者「Barcelona+B」インタビュー

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アーバニズムの発祥の地とも言われるスペイン・バルセロナ。美食、ガウディ建築、温暖な気候やビーチ……それだけではなく、そこで暮らす人々の生き生きとした様子や街のエネルギッシュな雰囲気が世界中の人々を惹きつける。そうした雰囲気がつくられる要因の一つは、バルセロナが独自に行う「まちづくり」だ。

バルセロナは都市を「生きもの」としてとらえ、都市生態学の観点からまちづくりを行ってきた。都市生態学的アプローチとは、都市の計画、設計、運営において、生態系の概念と原理を取り入れることで、持続可能な都市環境を創造しようとするアプローチのことを指す。都市を人間だけの空間ではなく、多様な生物も含めた生態系全体として考え、人間と自然が共生する都市空間を構築するものだ。

▶︎参考記事:スマートシティ先進都市バルセロナに学ぶ。市民を中心とした都市運営の生態学的アプローチ

バルセロナの街の様子。Image via Shutterstock

その一環として取り組まれたことのなかで、特に有名なのは「スーパーブロックプロジェクト」だろう。バルセロナの中心地は碁盤の目状の区画で構成されている。その区画の一部を歩行者と自転車専用のスーパーブロック(特別区間)にすることで、市民の安全と健康を守るプロジェクトだ。そこで増やされた街路樹には、ヒートアイランド現象を緩和する効果も見込まれている。

▶︎参考記事:再び「市民」を街の主人公に。バルセロナの新しい街づくり「Superblock Project」
▶︎参考記事:歩行者にやさしい街の経済効果とは?「車のない街」バルセロナを歩く

他にも、屋上緑化、垂直庭園、緑の回廊などのグリーンインフラストラクチャの整備、公共交通の利用推進など、バルセロナではそこで暮らす人々と動物たちにとって心地良いまちづくりが試行錯誤のなか行われてきた。

しかし、これら施策は政府が決まりをつくるだけではなく、市民や企業に巻き込まれないことには、本当の意味で誰もが心地よいまちを形成することにはならないだろう。そして多様なステークホルダーを巻き込む過程で、まちづくりの施策に生命を吹き込んできたのがバルセロナ市議会である。そして、そんなバルセロナ市議会がEADAビジネススクールB Labスペインフェレールとともに推進してきたのがBarcelona+B(バルセロナ・マス・ベー)の活動なのだ。

Barcelona+Bは、Ciudades+B(英語では“Cities Can B”)というグローバルな活動の中の一部であり、バルセロナをより豊かでサステナブル、かつインクルーシブな都市にすることを目指すアライアンスだ。B Corp認証について管理したり、認証を受けた団体とやり取りをするB Lab Globalの一部でもある。

彼らは日々バルセロナでどのような活動を行い、ステークホルダーとコミュニケーションを取りながら、どのような地点を目指すのだろう。この記事では、Barcelona+Bの活動を紹介するとともに、後半ではメンバーへのインタビューも掲載する。企業・行政・市民などさまざまなステークホルダーと関わり方や、社会的な話題をビジネスの空間に持ち込む際のヒントを聞いた。

​​バルセロナが抱える環境問題と社会課題に立ち向かう、Barcelona+Bの活動

大気汚染や経済的不平等……Barcelona+Bは、バルセロナ市が直面している課題に対応するため、複数のステークホルダーが連携して設立されたイニシアチブだ。同団体は、企業、市民団体、教育機関、そして公共部門のパートナーシップによって推進されている。

Barcelona+Bの活動は、「持続可能な都市と経済の発展を通じて、市民の生活の質向上」を目指すものだ。具体的なプロジェクトには、地域コミュニティの強化、教育プログラムの提供、環境保護活動、革新的なビジネスモデルの推進などがある。

Image via Shutterstock

彼らが重視するのは「持続可能性」「公平性」「包括性」の視点だ。これには、すべての市民が社会経済的利益にアクセスできるようにするための方策や、環境負荷の低減を目指す政策が含まれる。また、オープンイノベーションと市民参加を促進することで、政策決定プロセスにおける透明性と共有責任の原則を実現しようとしているのも特徴だ。

バルセロナ中の団体と協業する、独自のプロジェクト

それではBarcelona+Bはどのようなプロジェクトを手がけているのだろうか。いくつか事例を見ていきたい。

インクルーシブなバルセロナを想像してうみ出す「Treballem+B」

Treballem+B(トレバレム・マス・ベー)は、バルセロナにおける労働市場の包括性と多様性を向上させることを目指すプロジェクト。このイニシアチブには、100以上の企業、公共機関、教育機関、および社会団体が参加し、障害のある人々を含むすべての人の労働参加を促進することを目標としている。参加組織は、障害のある人々の雇用をサポートするための共同の「行動計画(マニフェスト)」を作成し、SDGsの8「働きがいも経済成長も」に沿った取り組みを進めていく。

Image via Barcelona+B

プロジェクトは、特に労働市場での多様性と包括性を高めるための環境を生み出すことに重点を置いており、バルセロナ市および関連する多数の機関が協力する。労働環境の改善、選考プロセスの透明性の確保、そして多様な「才能」が市場に参加できる機会を増やすことが目指される。

上記の動画はTreballem+Bの中で行われたアートプロジェクトだ。2023年9月30日、労働の世界に多様性を取り入れることを訴求すべく、グローリエスタワーの前に300平方メートルを超える壁画「Diversity」が展示された。この壁画は、ニューロダイバースな才能を開花させるアート企業・La Casa de Carlotaのチームによってコラージュ技術を使用して作成され、肖像画の断片から「多様性の顔」がつくられた。そしてこの作品が、Treballem+Bのマニフェストへの支持を得るきっかけにもなったという。

「自社のインパクトを知ろう」無料ワークショップの開催

またBarcelona+Bは「¡Conoce tu impacto!(あなたのインパクトを知ろう!)」というプロジェクトも手がけている。これは2時間にわたる対面のワークショップであり、企業が社会的、環境的、経済的な影響を評価し、改善するためのツールと知識を提供する。

このプロジェクトでは、自団体のサステナビリティの側面における改善余地を特定できるほか、サステナビリティに関する最新のトレンドを学ぶこともできる。プロジェクトには、B Labが提供するツールが使われ、企業が自らの持続可能性の影響を理解し、それを改善するための具体的なステップを提供するトレーニングセッションが含まれている。バルセロナではすでに200社以上がこのプロジェクトに参加しているという。

「企業のサステナビリティ・トランスフォーメーション」を教育機関で学ぶ機会を提供

Barcelona+Bは企業だけではなく、教育機関ともつながりを持っている。彼らは、ビジネススクール・小中学校・大学などでも講義を行なっているのだ。そしてこれらの機会を通じて「教育がどのようにビジネスを変えていけるか」という問いを模索しているという。

Image via Barcelona+B

EADAビジネススクールとBアカデミクスの学者が主導するワークショップでは、「責任あるリーダーシップ」について議論された。それを強化するために必要な要素として「サステナビリティに関する知識の確保」「リーダーがステークホルダーとの現実的なつながりを保つこと」「影響を生み出すための個人のモチベーション」などのテーマが掘り下げられた。

このようにBarcelona+Bは、実務にも学問にも偏らず、また官民も問わず、垣根を超えたプロジェクトで「バルセロナをより良いまちに」「バルセロナからより良いビジネスを」と願う市民のモチベーションを醸成しようとしている。

市民や企業とどうつながる?Barcelona+Bメンバーへのインタビュー

このように多様なプロジェクトを手がけるBarcelona+B。内部にいる人々は、ステークホルダーに対してどのようなコミュニケーションを心掛け、どのようにバルセロナの未来を描こうとしているのだろう。彼らのオフィスを訪問し、María Vallejo(マリア・ヴァレーホ)さん、Elena Damiá(エレナ・ダミア)さん、Gertrudis Conde(ガートルード・コンデ)さんに話を聞いた。

左から、María Vallejo(マリア・ヴァレーホ)さん、Elena Damiá(エレナ・ダミア)さん、Gertrudis Conde(ガートルード・コンデ)さん

Q. Barcelona+Bでは、企業・行政・市民などさまざまなステークホルダーと関わっているのが印象的です。彼ら・彼女らとつながるときに意識していることはありますか?

マリアさん「パブリックセクターを巻き込むことがカギだと思っています。そうすると、自然にプロジェクトに関わる人を多様にすることができ、官民のプロジェクトを両方動かせるのです。私たちの団体にはさまざまなつながりを通して話ができるという強みがあるので、色々なルートから市民のつながりの中に潜り込んでいます。会社だけではなく、市民が参加できる対話の機会を意識的につくっていますね」

エレナさん「Barcelona+Bには認証機関としてのある種の『信用』があるので、官民のステークホルダーと会話がしやすいと感じています。バルセロナには『気候計画2018-2030』があり、2005年と比較して一人当たりの温室効果ガス排出量を45%削減することを目標に掲げています。この計画には、個人の自動車使用を20%削減し、太陽光発電を5倍に増やすなどの具体的な行動が含まれており、そうした政策と同じ方向を向いているのも、この街で活動しやすいポイントです」

Q. 実際にプロジェクトはどのように進んでいくのでしょうか?

マリアさん「プロジェクトによってさまざまですが、企業などの組織が内部の変革を起こしたいという場合には、まず行動計画をまとめた『マニフェスト』を企業とともにつくり、それにサインしてもらいます。それ以降はそのマニフェストをベースに会話していきます。そして各組織から意思決定できる人に代表として会議に参加してもらい、次の3ヶ月でどのようなアクションをするか決める。そして3ヶ月後に、それがどのような結果になったかを報告するのです。変革に成功した組織をみて学ぶこともありますし、ビジネスのつながりもできます」

エレナさん「最近動いているプロジェクトとしては、サステナブルな取り組みを進める企業のCEO(代表取締役)だけが集まるミーティングもありますね。20人のCEOが一堂に会して、例えばインクルージョンの施策について、社内浸透のコツを教え合うのです。この場では、他のCEOに対して誰もが平等であり、誰も敵ではありません」

ガートルードさん「これはBarcelona+Bの中でもかなり大きなプロジェクトですね。20社のうち、B Corp認証を取得しているのは3社だけです。私たちはプロジェクトの中で、B Corpの認証を推しているのではなく、サステナブルなトランスフォメーション自体を促進しようとしています」

Q. プロジェクトでは、B Corpのつながりが活かされることもありますか?

マリアさん「もちろんありますよ。La Casa de Carlotaは、もともとB Corpとしてお互いに認知しあっていたので、一緒にアートのプロジェクトを実施することができました。他にもスペインの有名なシューズメーカーであるCamperと麻の記事を開発するHemperという企業が、麻からできた靴をつくるということでコラボをした事例もあります」

Q. バルセロナの人々は、一般的にサステナブルな移行に対してどう思っているのでしょうか?今後も都市として変化を起こしていく上で大切にしていることは何ですか?

ガートルードさん「バルセロナの人々は、気候変動の影響を感じやすい場所にいることが気候変動への意識の高さにつながっていると思います。夏に酷暑がやってくるなど天候的なこともそうですし、海に近い生活を送っていることで、その変化を身近に感じます。また、市民の手で状況を変えていくというアクティビズムが昔から文化として活発だということも特徴かなと思います」

エレナさん「移民が多く、文化が多様であることもバルセロナの特徴ですね。そうした環境で新しいアイデアが受け入れられやすいということはあると思います。そして特に若い世代では『気候変動対策』を支持する声が大きく、都市全体でパーパスのある企業に対する投資も増えています。ただし、移民政策も気候変動対策も、最近では『二極化』が起きていることも事実で、バルセロナに暮らす全員が納得しているわけではありません。例えば市民のウェルビーイングを考慮して車両の通行を制限する『スーパーブロック』も一部のドライバーからは反発の声があがっています」

マリアさん「そうした白黒つかない社会的な話題をビジネスの空間に持ち込むのも、Barcelona+Bの役割なのです。それぞれのステークホルダーを説得するときには、別の言語を使う必要があります」

ガートルードさん「バルセロナは『働くため』だけの街としてつくられたわけではありません。コミュニティのための場所として機能してきた側面が強いので、そうした価値観は崩さずにプロジェクトを進めていこうと思っています」

編集後記

「企業の人は経済的な利益が出る見込みがないと動いてくれないから」「自治体の人とコラボレーションするための手続きは煩雑だから」……自分とは異なる場所にいる人とコミュニケーションするのを躊躇した経験はないだろうか。立場が異なれば、仕事に取り組むモチベーションや、使う言語が異なることは当たり前なのだが、そのちょっとした違いが地域としての変化を起こす可能性をつぶしてしまうことがある。

Barcelona+Bは絶妙な立場を使って、その通訳者になろうとしている。しかも、ただ異なるセクター同士をつなげるだけではなく、それがより開かれた形で、公正なまちづくりができるよう、まったく新しいシステムを作っているようにも見えた。自社のインパクトを測る導入のワークショップは無料にしたり、アートワークショップを市民の目に触れるところで開催したり、異なる企業のCEOが「対等な立場」で対話できる場作りをしたりと、一つ一つの取り組みに彼らの細かな工夫が光っていた。Barcelona+Bのような存在は、街全体にとってどれほど心強いだろうか。

誰もが納得する施策はないかもしれない。だとしたらせめて、安心して議論できる場をつくろう。議論から生まれるバルセロナの活力は、今日も少しずつ街を良い方向に変えようとしている。

【参照サイト】Barcelona+B
【参照サイト】Liderazgo responsable desde la educación ejecutiva
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