気候変動を、頭ではなく“心で”理解する。ドイツの音楽ライブ「サステナブル・リスニング」

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天井から吊り下がる柔らかな布に囲まれた広々としたスペースで、床に置かれたビーズクッションにもたれながら、目を閉じて耳を澄ませる観客たち。青い光に包まれた会場に響きわたるのは、弦楽四重奏による何とも悲しげなメロディーと、水を思わせるようなシンセサイザーの音、それにプラスチックの緩衝材を時折つまんで出すパリパリという音……。

その夜人々が集まっていたのは、瞑想の集会でも、一般的な音楽ライブでもない。これは、「サステナブル・リスニング」と題された、音楽と共に気候変動のメッセージを届けるコンサートだ。

冒頭で紹介したのは、「海」をテーマにしたこのコンサートシリーズ第一回目の様子である。海の豊かな生命の存在や、気候変動の危機に喘ぐ海の様子を表現した音楽。それらと共に語られたのは、多様な生命が発する豊かな音で満ちていた海が乱獲により段々と静まりかえりつつあることや、海中の酸素濃度の減少により生き物が生息できない「デッド・ゾーン」が増えているという事実などだ。

このコンサートで語られる内容は、いずれも科学的根拠に基づいた専門的なもの。語り手も気候変動の分野に精通した科学者だ。そうした場合、聞き手は往々にして話を“頭で”理解しようとし、ときにはファクトとなる数字の羅列に、嫌気がさしてしまうこともあるだろう。

だが、サステナブル・リスニングではそれがメッセージを表現した音楽と一緒になることで、観客の「頭」ではなく「心」に届く。コンサートシリーズの第五回目に参加していた心理学者のDina Rossbach氏は、Reasons to be Cheerfulの取材に対して、コンサートの感想をこう語る。

「音楽と一緒に語られたレクチャーは、(レクチャーだけを聞くのとは)全く違った方法で、私の中にこだましています」

サステナブル・リスニングの様子

出典:SUSTAINABLE LISTENING | #1 Ocean – Konzertreihe zu Klimathemen

このコンサートを主催するのは、音楽の持つ感情に訴えかける力で気候変動を止めようとするイニシアチブ「Orchestra of Change」の音楽家たちだ。コロナ禍の2020年に数名の音楽家たちによって設立されて以来、マダガスカルなどの森林保全プロジェクトからコンサートでの身近な環境問題の意識向上キャンペーンまで、多岐にわたる活動を行っている。2024年現在、ドイツ国内の40の国立オーケストラが加盟している。

団体の共同設立者、またサステナブル・リスニングの立役者でもあるのが、ヴィオラ奏者であるDetlef Grooss氏。気候研究者である兄弟と話している中で、人々が気候変動について話す際、それを頭で理解しようとする間、感情を置き去りにしていることに気づいたという。

このコンサートシリーズは2023年初頭に始まり、数か月毎にベルリン国立劇場で開催されてきた。第一回目の「海」に始まり、「森」「太陽と風」「食」「仕事と時間」といったように、毎回ひとつのテーマが設けられ、テーマに関するレクチャー、そしてそれに合わせた音楽が奏でられる。

例えば、森をテーマにした第二回目では、森の中の音の反響を思い起こさせるリズミカルな木琴が、太陽と風をテーマにした第四回目では、電子音で作り出されたリアルな風の音が弦楽器と共に奏でられた。また、2024年5月に行われた「仕事と時間」をテーマにした第五回目では、科学者が消費主義や資本主義へのアンチテーゼを唱え、アンペイドワーク(無報酬労働)とAIのインパクト、「ブルシット・ジョブ(クソどうでもいい仕事)」の話の合間に、ドラムが激しく連打され、弦楽器がメランコリックなメロディーを奏で、タイプライターが演奏されたという。

演奏するのはOrchestra of Changeに加盟するベルリン州立楽団の音楽家たちと、ドイツ国内で著名な兄弟2人組の電子音楽アーティスト「Gebrueder Teichmann」だ。観客が会場を自由に歩き回れたり、食がテーマの回にはカラフルで目を惹く軽食やビールが振る舞われたりと、毎回の演出も通常のコンサートとは一線を画す。こうしたカジュアルな雰囲気は、コンサート後の参加者同士のネットワーキングも促進しているようだ。

「音楽家としてできる最高の仕事は、感情を用いてコミュニケーションすることです」とGrooss氏は語る。伐採される木の痛み。住処を追われる動物たちの焦燥感。年々暑くなり、調子を狂わされていく地球の悲鳴。たった1分程度の動画であったが、サステナブル・リスニングの音楽は、守るべき自然やそこに棲む生命たちが、目の前で今まさに自分に語りかけてきているような感覚を呼び起こす。これが、音楽だけが持っている言葉や数字を飛び越えてメッセージを伝えられる力ではないだろうか。

サステナブル・リスニングは、少なくとも2027年まで続く予定だという。音楽が直接的に気候変動に取り組むことは難しいと感じてしまいがちかもしれない。だが、サステナブル・リスニングのように、むしろ音楽にしかできない方法で、人々の心を動かし、社会を変えていく。そんな美しいチャレンジに、心からのブラボーを贈りたいと思う。

【参照サイト】How Germany’s ‘Orchestra of Change’ Inspires Action
【参照サイト】SUSTAINABLE LISTENING #5
【参照サイト】ORCHESTER DES WANDELS
【参照サイト】SUSTAINABLE LISTENING: IT’S TIME TO LISTEN TO THE OCEANS
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