ウクライナの“戦時”サーキュラーエコノミーを考える。世界循環経済フォーラムの議論から

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大聖堂や教会、旧市街で知られる美しい街並み。心まで温まる料理に温厚な人々。知る人ぞ知る観光地としても愛され、農業が盛んなことから「世界の食糧庫」としても役割を果たしていたウクライナは、2022年に「戦場」と化してしまった。

ウクライナの首都・キーウの風景 Image via Shutterstock

ウクライナとロシアの間に起こっている戦争は、もちろん二国だけに影響を及ぼすわけではない。それらの国と貿易をしている国々はもちろん、ヨーロッパ諸国では武器の輸出や人道支援についても議論されている。

ヨーロッパ各国はサーキュラーエコノミーについて議論すると同時に、武器を製造して輸出する。そしてその武器が街を破壊する道具になる。現地では壊されなくても良かった建物が壊され、必要なかった廃棄やリサイクルの工程が発生するだろう。しかしこれらは戦時中だから「仕方ない」ことだ──果たして本当にそうなのだろうか。

2024年4月にベルギーのブリュッセルで開催されたWorld Circular Economy Forum(世界循環経済フォーラム)では、その問いに正面から向き合うセッションが行われた。それが「Ukraine’s circular reconstruction(ウクライナの循環型再建)」だ。このセッションでは、ウクライナの産業構造や社会的課題をサーキュラーエコノミーの観点から捉えて分析した上で、戦時中および戦後のより「公正で」「循環型の」復興に向けて、ヨーロッパとしてどのような動きを取るべきかを検討するものだ。

本記事では、当日のプレゼンテーションやディスカッションを参照しつつ、ウクライナが歩むべき方向としてヨーロッパを中心に議論されていることをまとめていきたい。

当日の会場の様子(筆者撮影)

「もともとサーキュラーエコノミーへの転換に苦労していた」ウクライナの現状

欧州はサーキュラーエコノミーの「先進地域」であると言われることもあるが、欧州と一言でいっても地域や国によって状況は様々だ。一般的に西側の経済大国ではサーキュラーエコノミー政策が抜本的に進む一方で、東側の国々ではそのスピードがゆっくりであり、足並みが揃わないことがEUのルール策定などの局面でも問題になってきた。

戦争が始まる前から、ウクライナの「循環率」は欧州の中では低めであったと言われている。(具体的な循環率の数値や欧州内での順位は明らかにされていない。)これは、ウクライナがEU加盟国ではないことから、EUのサーキュラーエコノミーに関する政策や支援を直接受けることができなかったことも影響している。

サーキュラーエコノミー移行が困難だった要因の一つは、同国の主要産業でもある「製造業」だ。旧ソ連時代のインフラや技術への依存が続いていることから、エネルギー効率が低く、廃棄物の再利用やリサイクルのシステムが未整備だった。また、農業分野も同様で、大規模農業が盛んであるものの、農業廃棄物の再利用やバイオマスエネルギーの活用はなかなか進んでいない。廃棄物管理の面でも、廃棄物処理のインフラが不十分であり、分別収集やリサイクル率が低く、不法投棄が問題となっていた。ウクライナのリサイクル率は2020年の時点で4%であり、ヨーロッパの中でも最低水準だと言われている(※1)

しかし、一部では循環の仕組みづくりが進んでいたのも事実だ。再生可能エネルギーの導入が積極的に行われており、風力や太陽光発電のプロジェクトが進行中だった。また、一部の都市や地域ではリサイクル企業の育成が進められ、プラスチック、ガラス、金属などの資源が再利用されるようになっていた。

戦争で想定外の廃棄物が発生。サーキュラーエコノミー推進における注力産業は?

そんなタイミングで、引き起こされたのが戦争だった。

戦争がウクライナのサーキュラーエコノミーに関して大きな課題となるのは、それが「想定外の」「扱いにくい」廃棄物を生むからだろう。特に爆発の危険性がある武器・燃料デブリなどは、それを安全に処理するのに高い技術と多くのエネルギーが必要になる。実際にWorld Circular Economy Forumのセッションの中でも、EU諸国がどのように技術提供をできるかが大きな議論になっていた。

Image via Shutterstock

さらに、戦争に大きな影響を受けたのは「建設」の業界だ。もともと建設においてはそこで使われるエネルギーの多くが化石燃料由来のものであったこと、バイオマスが利用されていなかったことなどの問題があった。そこに戦争で爆破された建物の処理や修復などの問題がさらにのしかかってきた。そのため「建設」の分野では今後、資源の効率的利用や廃棄物の最小化を試みるだけではなく、建物の設計段階から持続可能性を考慮し、そうした建築に対してインセンティブを与える政策を整備する必要があるという。

また、「製造」の業界ではエネルギー効率を高めるためのイノベーションが必要であると強調される。洋服などの製造においては、多くのローマテリアルが使用されているため、資源効率を向上させ、さらに製品のライフサイクルを延ばせるようなシステムや技術開発が必要になってくる。さらに「農業」においても、肥料依存度が高くそのほとんどが輸入されたものであること、さらに使われるエネルギーのほとんどが化石燃料由来であることなどが指摘された。

戦時中のウクライナにおいて、これらの課題を一朝一夕に解決することはできない。多くの工場や施設が損壊し、廃棄物の処理やリサイクルのための基盤が失われている。また、戦闘によって多くの人々が避難を余儀なくされ、専門知識を持つ技術者や労働者の不足が顕著となっている。戦争自体の環境汚染も深刻だ。

戦後の復興に向けて、EU諸国が取り組むべきこと

2024年の世界循環経済フォーラムが、EUの本部であるベルギー・ブリュッセルで開催されたこともあり、セッションの中では、戦後のウクライナの復興に向けて、EU諸国が取り組むべきことが議論された。まず、EUの国々ができることとして、インフラの再建は最優先事項である。戦争で破壊された道路、橋、電力網などを迅速に修復し、基盤を整えることが重要だ。これにより、サーキュラーエコノミーの実現に必要な物流網やエネルギー供給が安定する。

次に、強調されていたのは「技術」だ。戦争で失われた人的資源を補うために、専門技術を持つ人材の育成が不可欠である。

また、資金援助と投資の促進も重要なポイントだ。ウクライナの経済が回復し、自立したサーキュラーエコノミーの仕組みをつくるには、ヨーロッパからの長期的な資金援助が必要となる。これには、インフラ再建のための資金だけでなく、サーキュラーエコノミー関連のプロジェクトやスタートアップへの投資も含まれる。

短期的な回復、中期的な移行、長期的な変革

最後に強調されたのは、環境とサステナブルな開発を重視する政策の導入についてだ。戦後の復興にあたり、環境に配慮した再建計画を策定し、再生可能エネルギーの利用や廃棄物のリサイクルを推進する政策を導入することが求められる。

欧州で環境保護と持続可能な開発を推進するEU4ENVIRONMENTのプレゼンテーションの中で強調されていたのは、短期・中期・長期それぞれの過程におけるウクライナの変化だ。彼らは回復、移行、変革という言葉を使って、その過程を説明した。

  • 短期(H1)戦争被害の回復:ウクライナは、広範囲にわたる戦争被害の課題に直面しており、回復に直ちに焦点を当てる必要がある
  • 中期(H2) 移行への推進:短期的な回復の必要性に加えて、サステナブルで価値の高い経済を目指す中期的移行を目指す
  • 長期(H3)体系的変革の構想:新しい機会を模索するためのイノベーションの道筋を示し、戦後のグリーン回復における短期・中期的障壁に対処する

こうしたEUからの働きかけだけではなく、ウクライナ政府もサーキュラーエコノミー推進に向けた政策を進める意欲を見せている。政策レベルでの取り組みのリストには、次のものが含まれている。

  • グリーン公共調達
    • 包装マークの標準化、新しいプラスチック包装におけるリサイクル材料の含有量に関する基準の確立
  • プラスチック規制
    • 代替品がある使い捨てプラスチック製品の禁止(カトラリー、皿、ストローなど)
    • プラスチックボトルを回収するためのデポジット制度の導入
    • プラスチック回収とリサイクルを促進するための、バイオ、堆肥化可能、生分解性プラスチックの使用規制
  • 電気機器および電池の分別
    • 廃電気電子機器(WEEE)に関する法案の採択
    • 拡大生産者責任(EPR)および目標指標の確立
    • 廃電気電子機器の収集および処理の導入

(ウクライナ経済副大臣であるナディア・ビグム氏のプレゼンテーションより抜粋・翻訳)

もちろんこれらの目標を達成するためには、国際的な協力と連携の強化が不可欠である。ウクライナの復興は一国だけでは成し遂げられない。EU諸国が連携し、国際機関や非政府組織と協力して、包括的かつ持続可能な復興支援を提供すること、そしてこうした戦争の状況を打破しうる糸口を探す努力が必要となる。

編集後記

筆者がこのセッションに参加する前は「戦時中“だけど”、サーキュラーエコノミーを考える必要がある」ことを議論するのではないかと想像していた。しかし、出席してみて感じ取った趣旨は「戦時中“だからこそ”、サーキュラーエコノミーを考える必要がある」ことだった。

BBCの報道によると、ウクライナでは「砂盲デバネズミ」という絶滅危惧種の動物の個体数が、ここ数年の戦争によって半分ほどになってしまっているようだ(※2)。戦争の影響を受けるのは人間だけではない。そしてその土地の生態系が崩れると、人間を含むすべての動物に長期的な影響が及ぶだろう。戦争、そして破壊という行為が持つ不可逆性を改めて思い知らされる。

ウクライナの循環型の再建はいかにして可能だろうか。これは、経済、気候変動、文化など様々な側面でウクライナとつながる全員が考えるべき問いなのかもしれない。

※1 Reform Index Focus: Waste Management Reform. What will change in Ukraine?
※2 The unlikely species entangled in Ukraine’s resistance to Russia
【参照サイト】Ukraine’s circular reconstruction
【参照サイト】Towards the Circular Economy in Ukraine
【参照サイト】The Present State of the Circular Economy in Ukraine
【参照サイト】「欧州のパンかご」から「世界の食糧庫」に。ウクライナ農業を支える直販事業とは
【参照書籍】欧州サーキュラーエコノミー 政策・事例レポート2022
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