【後編】成長ではなく繁栄。石川県・金沢から考える、価値を創造するまちづくり

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世界経済が、「成長」から「繁栄」へと視点を転換している中、私たちが住むまちにおいても、より持続可能でレジリエントな都市への移行が議論されてきた。今回、「文化」を基点に持続可能でレジリエントな都市を体現しようとしている石川県金沢市を訪ねた。

前編では、金沢のまちづくりを「グリーンインフラ」から考察した。後編では、「金沢市民芸術村」を事例に、価値を創造するまちづくりについて考えてみたい。

「市民が主役」金沢市民芸術村とは?

誰もが演劇や音楽、美術などの芸術活動を行える施設として、1996年に誕生した金沢市民芸術村。かつての紡績工場をそのまま残しているため、吹き抜けの高い天井や赤レンガの壁、建物内の木組みは、当時のままだ。実際に建物の中に入ると、吹き抜けが気持ちがよく、100年前からそこにある木の香りに癒される。

紡績工場がそのまま残存している

紡績工場がそのまま残存している

100年以上前から変わらない高い天井や木組み

100年以上前から変わらない高い天井や木組み

もともと工場を壊す予定であったが、備蓄倉庫があり金沢駅からも近いことから、市民の防災用の場所としての活用が考えられた。また、金沢は文化の都市であるが、実際に練習や発表をする場所が少なかったため、市民が気軽に文化・芸術活動をできる機能も選択肢として挙がった。結果、災害時の避難所に加え、平時はクリエイティブスペースという二つの役割を持った施設に生まれ変わったのだ。

災害時には避難場所として機能する広場

災害時には避難場所として機能する広場

緑豊かな広場のなかに建つ施設

緑豊かな広場のなかに建つ施設

金沢市民芸術村の特徴は、「市民が主役」を基本とする施設運営である。まず、全国の公立文化施設として初めて、365日24時間利用可能な施設を実現した。学生から社会人、リタイアした人まで、早朝でも夜中でも、それぞれが都合の良い時間に利用している。最低限のルールしか存在せず、「現状復帰」を原則に、自主管理が徹底されている。

2時間1100円で借りることができるスペース

2時間1100円で借りることができるスペース

また、ユニークな「市民ディレクター制度」もある。「ドラマ」「ミュージック」「アート」の三つの工房には、利用者を代表する立場として公募された民間人ディレクターが起用され、工房運営が任されている。数年間の任期期間中、工房の運営から市民が身近に参加できるアクションプラン事業の企画・立案までを行っている。管理・運営元の金沢市は、「金は出すが、口は出さない」という方針で、各工房の運営やイベントの企画は、予算を与えらえる市民ディレクターたちに任されているのだ。

秋の音魂2019 芸術村の豊穣祭

ミュージック工房 「秋の音魂2019 芸術村の豊穣祭」 2019年9月開催(写真提供:金沢市民芸術村)

アート工房 「バカゲタ図工塾!マジックロール」

アート工房 「バカゲタ図工塾!マジックロール」 2017年12月開催(写真提供:金沢市民芸術村)

「ものづくりとひとづくり」。楽しむ人を作るのも大事

このように、金沢市民芸術村は運営から市民に任せることで、「市民が主役」を体現した全国的にも珍しい施設である。実際、「現状復帰」や「火気厳禁」という数少ないルールの中でこれまで問題なく運営ができているのは、「市民自らが運営しているという意識を持っているからだ」と、金沢市民芸術村の村長である後藤さんは言う。

後藤村長

後藤村長

「お互い意識し合いながら施設のメンテナンスを行うという、一種の『文化』が形成されています。舞台照明や客席の作り方など、ボランティアの人が安くワークショップを開催して知識を共有してくれます。」

また、文化・芸術が一部の上級階級の人や美術を学んだ人だけではなく、誰にでも開かれているのも、親しみやすさにつながっている。

「文化・芸術を広め維持していくには、それを楽しむ人を作ることも大事です。その意味で、金沢市民芸術村はものづくりだけではなく、ひとづくりにも役立っています。金沢市民芸術村も、現代美術館である金沢21世紀美術館も、子どもたちに目線を合わせ、手に触れられる美術を大事にしています。」

21世紀美術館には、誰もが無料でアートを楽しむことができるスペースがある

21世紀美術館には、誰もが無料でアートを楽しむことができるスペースがある

市民が芸術や文化をしっかり楽しもうという気持ちがあり、自分たちが主役になって「文化」を守り、発展させている金沢。芸術を作る人だけではなく、それを楽しむ人が増えることで、街が元気になり、ビジネスにもつながる、と後藤村長は考える。

「成長」から「繁栄」への移行に必要な、価値を創造するまちづくり

金沢市民芸術村から、もう一つ大事な考え方を教わった。それは、「成長」から「繁栄」へ、だ。

金沢市民芸術村の利用者数は、1996年の開村以来、概ね年間20万人をキープしている。もっと利用者を増やしたいという目標はあるのかと後藤村長に尋ねたところ、次の回答があった。

「特に数字的目標はないですね。この20万人をいかに維持し守っていくかが大事だと考えています。金沢の人口も、1990年代から概ね45万人前後をキープしています。この多すぎず少なすぎない人口規模がちょうど居心地が良いんです。」

常に右肩上がりに成長することが当たり前である世界に生きていると、「維持すること」は良くないことだと感じてしまいがちである。しかし、前編の「グリーンインフラ」も、昔からある自然を「グリーンインフラ」と捉え直すことで、「環境」を「文化」や「経済」とリンクしやすくなり、より多くの人に魅力を感じてもらうことができる。後編の「金沢市民芸術村」も、芸術や文化を楽しむ人を増やすことで、その価値が認められたり広まったりする。

つまり、人や建物などの数を増やすのではなく、程よい規模感の中で、すでにあるものの新たな価値を発見したり、自分自身の感受性を高めたりすることで、繁栄したあり方につながっていくのではないか。現に、前編で出てきた国連大学IAS OUIKのファン研究員も後藤村長も金沢のちょうど良いサイズ感の心地よさを語っている。

「成長」から「繁栄」を目指すには、今ある資源の価値をアップデートし、新たな価値観を学べるような「価値を創造するまちづくり」が必要なのではないだろうか。後藤村長から、「金沢の変わらない数字の話」を聞いて、そう感じた。

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【参照サイト】金沢市民芸術村

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