ソーシャルバンクがつくる、もうひとつの経済。ドイツ・GLS銀行50年の実践

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50年前、銀行が見放した小さな学校があった。

場所はドイツ・ルール工業地帯。当時、シュタイナー教育という、まだ珍しかったオルタナティブな学び舎をつくろうとする教師や親たちがいた。だが、どの銀行も首を縦に振らなかった。彼らの情熱や理念は、融資の条件にはならなかったからだ。

どこからも資金を得られなかった弁護士、ヴィルヘルム・エルンスト・バルクホフ氏は別の道を模索した。「熱意に燃えた教師や、モチベーションを持った親たちに勝る担保があるというんだろうか?」──そう問いかけ、共に資金を出し合う「貸付共同体」を立ち上げた。この取り組みこそが、後にドイツ初のソーシャルバンク、そして今や世界の銀行を巻き込む存在となったGLS銀行の原点である。

そして50年後。2024年ドイツのボーフムで開催されたGLS銀行第50回年次総会の幕開けを飾ったのは、あのとき最初に融資を受けたBochum-Langendreerのシュタイナー学校の学生オーケストラだった。

Bochum-Langendreerのシュタイナー学校の学生オーケストラ

Bochum-Langendreerのシュタイナー学校の学生オーケストラ

この記事では、GLS銀行の年次総会の様子をレポートしながら、その50年の歩みと、あらためて注目されるソーシャルバンクの可能性を紐解いていきたい。

そもそもGLS銀行とは?協同組合銀行としての「年次総会」の大切さ

GLS銀行は、1974年3月11日にドイツ西部のボーフムに設立された協同組合銀行である。正式名称は「Gemeinschaftsbank für Leihen und Schenken(貸付と寄付のための共同組合銀行)」であり、銀行として認可される以前は、寄付事業を基盤に活動していた。その名のとおり、営利を第一とせず、環境や社会への影響を考慮した融資を行ってきた。再生可能エネルギーやオルタナティブ教育、福祉、持続可能な経済活動などへの融資も早くから手がけている。

2009年には、オランダのトリオドス銀行、バングラデシュのBRAC銀行とともに、持続可能な銀行の国際ネットワーク「Global Alliance for Banking on Values(GABV)」を設立。設立当初は、バランスシート総額52万6,155.21ドイツマルク(約5,000万円)、従業員9名、会員101名という小規模な銀行であったが、現在では36万6,000人の顧客、13万人の会員、約940人の従業員を抱える規模に成長している。

ヨーロッパで花開く「ソーシャルバンク」の存在から、お金の役割を考える

この協同組合銀行の運営に欠かせないのが「年次総会」である。そもそも協同組合の特徴は、利益の最大化ではなく、組合員の利益や福祉を最優先にする点にある。組合員は出資者であると同時に利用者でもあり、すべての組合員に一人一票の平等な意思決定権が与えられる。いくら出資していても一票は一票。この民主的自治が実践される日が、年次総会なのである。

19世紀から続くドイツの協同組合運動は、農村や中小企業に広がり、今ではドイツが「近代協同組合発祥の地」としても知られる。その理念や実践は、2016年にユネスコの無形文化遺産にも登録され、また今年2025年は国連から国際協同組合年と宣言されている(※)

年次総会には、GLS銀行に対して出資をしている利用者(口座保有者)なら誰でも参加でき、郵送で送られる案内状と投票権を持って出席する。総会では、財務報告や取締役の選出、配当、デジタル化や気候変動への取り組みなど、銀行の方向性が話し合われ、議案によってはその場で投票が行われる。質問や意見も自由に発言できる時間があり、銀行の執行役員たちと直接対話できるのも特徴である。

今年の50回目となる年次総会では、例年の総会に加え、サステナビリティメッセ(見本市)も同時開催され、より多くの人が集まった。

開幕と、共同体へのメッセージ

「まず、始めてみよう。これがGLS銀行の精神であり、私たちを特徴づけるものです」

開幕でマイクを取ったのは、2017年からGLS銀行の取締役を務め、2023年からは取締役会のスポークスパーソンを担うアイセル・オスマノール氏である。彼女の確信に満ちた言葉が、会場に集った共同体に向けて語りかけられた。

シュタイナー学校と設立当初の歴史をGLS銀行の第一次世代とするならば、第二世代は、カリスマ的銀行員であり執行役員を務めたトーマス・ヨルベルク氏の時代である。彼は1977年に職業訓練生としてGLS銀行に入行し、2022年に執行役員を退任するまでの45年間にわたり活躍した、ドイツでも高く評価されるバンカーだ。

「精神性や、未来を見据えた彼の資質は、私たち銀行にとってかけがえのない資産でした。そして社会的にゆれているテーマを取り扱うことを始めたのがこの時代と言えるでしょう」

象徴的だったのは、1986年のチェルノブイリ原発事故をきっかけに、人々が「エネルギーを自分たちの手に取り戻したい」と考え始めたことである。この動きを受け、ドイツでは初となるエネルギーファンドが創設され、その資金によって、ハンブルク近郊のダンヴィッシュ農場にドイツ初の風力発電機の一つが設置された。この融資は、GLS銀行が再生可能エネルギー分野において先駆的な役割を果たしてきたことを示す象徴的な事例となった。

また、風力発電の普及に大きく貢献してきたエネルギー協同組合プロコン(Prokon eG)も、当時の執行役員であったノイキルヒ氏とともに立ち上げられた。プロコンは、風力発電所の開発、建設、運営を手がけ、持続可能なエネルギー社会の実現に力を注いでいる。

その後50年の時を経て、かつては「日曜銀行」と呼ばれたGLS銀行は、オコバンクとの合併を経て普通預金の取扱いを開始し、建設融資など融資の幅も拡大した。現在では、政策提言を通じて政治にも一定の影響力を持つまでに成長している。その背景には、2007年の金融危機があるのだと言う。

「金融危機によって、たくさんの人が『お金を取り巻く環境で何が起きているのか』と考え始めました。当時、銀行員でさえ状況を把握できない混乱の中で、GLS銀行には多くの新たな顧客が訪れました。私たちが、圧倒的な透明性を持ち、預金がどのように使われているのかを明確に説明できる、唯一の銀行だったからです」

近年、多くの若い世代が「所有する」という概念そのものに疑問を持ち始めている。物質的な所有から共有や循環への移行が進み、消費社会の限界が見え始めている。企業は誰に所有されているのか、エネルギーは誰の手にあるのかという問いは、企業のガバナンスや資源の配分、そしてその影響を受ける地域社会との関係を再考するきっかけとなっている。戦争の現実は、リジェネラティブ(再生型)の経済への転換が不可欠であることを突きつけている。これは、単に資源を消費するのではなく、資源を再生し、持続可能な形で循環させる経済システムへの移行を意味する。また、環境や自然もまた、私たちに同様の問いを投げかけており、自然環境の損失や生態系の破壊が、私たち自身の未来にどれほど大きな影響を与えるかを教えている。

「私たちが50年前に背負ったリュックサックは、今もなお私たちの背中にあり、私たち銀行、会員、そして個々人が、未来に向けて背負い続けていくものです」

アイセルの開会の言葉には、大きな拍手が沸き起こった。彼女はこの数年、GLS銀行のスポークスパーソンとして、地方支店も巡り、各地で力強いメッセージを届け続けている。

パネルディスカッション3つの論点

その後、トーマス・ヨルベルク氏をはじめとする4人によるパネルディスカッションが行われた。議論では、気候変動や社会課題に対する金融の役割、そして今後の展望について、多角的な視点が交わされた。その対話の中で印象的だった論点を、以下に整理する。

短期的視点と長期的視点

ディスカッションでは、短期的に気候変動対策やESG(環境・社会・ガバナンス)への投資を怠れば、将来的に膨大なコストが発生するという課題が強調された。気候変動やその影響による人間への過酷な状況について、補助金に依存するナラティブは、今後見直されなければならない。ドイツがこれまで投資してきた気候政策、エネルギー資源、マーケットのダイナミクス、さらには過去の商品やインフラへの年間約1,200億ユーロの投資は、補助金なしでは成り立たないのが現実である。

しかし、気候中立(Climate Neutral)に向けた投資の80〜90%は、すでに民間セクターによって実行されている。資金は既に存在し、特に再生可能エネルギー分野を中心に、多くのアイデアや取り組みが始まっている。民間経済からのさらなる投資が必要であり、そのためには明確な政策とCO2価格の設定がカギとなる。

民間企業の58%が、自社のカーボンフットプリントを把握しているが、実際には、既存の生産設備を改修するための計画や資金が不足している。また、必要な財務情報を提示できなければ、GLS銀行も融資を行うことができない。明確なCO2価格設定は、今後導入される予定である。外部からの圧力はすでに存在しており、優れたエンジニアたちは、すでに行動を開始している。

銀行の役割

困難な時期においても、銀行は価値に基づいた行動を取り、コミュニティとしての力を発揮する必要がある。社会の中で信頼される存在となり、困難な状況にも注意を払い、耳を傾けることが重要だ。特にGLS銀行は、単に資金を提供するだけでなく、コミュニティや人々のつながりを強化し、変革を共に成し遂げる役割を果たしている。銀行は、変革の「助産師」の役割を果たし、新しい未来を生み出す手助けをする。銀行の使命は「お金を人々のために使う」ことにあり、力のある者と弱い者の間で公平な解決策を追求する。試行錯誤を恐れず、失敗を受け入れながらも前進することが重要である。

社会的受容性(Social Acceptance)

社会的・環境的に抜本的な改革を進める必要がある一方で、製品価格の高騰が懸念されている。価格が上がった場合、その負担を誰が、どのように引き受けるのか。特に経済的に困難な立場にある人々に対して、どのような配慮がなされるべきかが課題となっている。実際、多くの人々は変革の必要性については理論的に賛同していても、実際にレジでお金を支払う段階になると躊躇してしまう。このような「社会的受容性」の問題は、持続可能な経済への転換において避けて通れない課題である。

例えば、牛肉の生産コストをすべて考慮すれば、将来的に価格は現在の5倍から6倍にまで跳ね上がる可能性があると言われている。だからこそ、必要なのは人々が納得し、前向きに変化を受け入れるための「事実」と「具体的な解決策」の提示である。近年施行されたサプライチェーン法のように、企業に対して倫理的・環境的な基準を求める法整備は、変革を推進する大きな力となっている。

「銀行」を超えたコミュニティ。多岐にわたる参加型ワークショップ

ふと「ここは本当に銀行なのだろうか?」と思わされた。そんな錯覚すら覚えるような議論の後、会場では各ブースに分かれてワークショップが行われた。

ワークショップは、行員が進行役を務め、時には執行役員も加わりながら、参加者と双方向で対話を重ねる形式で行われた。テーマは「トランスフォーメーションにおける自己資本の役割」「インパクトファイナンスとは何か」「どの企業に融資すべきか」「過去の融資事例から学ぶケーススタディ」など多岐にわたり、持続可能な金融の最前線が深く掘り下げられた。

なかでも「どの企業に融資すべきか」をテーマにしたワークショップでは、実際の事例をもとに、参加者自身が銀行の融資審査を体験した。画期的な技術を持つ企業であっても、たとえば農薬の使用といったネガティブな要因を抱える場合、どのようにバランスを取るべきか。参加者は、単純に「可・不可」で判断するのではなく、価値観やリスクのバランスを慎重に見極めながら融資判断が行われていることを実感した。

ワークショップは、単なる金融教育の場にとどまらず、参加者自身が問いを立て、考え、対話するなかで、新しい経済のあり方を探る実践の場となった。まさに、GLS銀行が単なる「銀行」を超えたコミュニティであることを体現する光景であった。

ボーフム初のサステナビリティメッセ。150の未来創造者たち

式典やワークショップと並行して、ドイツ史上最大規模となるサステナビリティメッセが開催された。全国から150を超える企業や団体が集まり、GLS銀行の顧客として、持続可能な未来に向けたアイデアやソリューションを紹介。GLS銀行監査役会のイレーネ・ライフェンハウザー=カルナート議長は、開会の言葉で「私たちはここに集まり、コミュニティとして新たなエネルギーを生み出すためにいるのです」と語った。

会場は、GLS銀行が重点分野として掲げる6つのテーマ──再生可能エネルギー、住宅・居住空間、健康・福祉、教育・文化、持続可能な経済、食料と農業──に沿って構成され、多様な展示が行われた。たとえば、電力供給の市民イニシアティブから生まれたエネルギー転換のパイオニア企業、Elektrizitätswerke Schönau。オーガニック農場を起点に、レストラン、ホテル、ヴィーガン食品を展開するTressBrüder。多文化共生型の協同組合住宅プロジェクトを手がけるHitzacker世代間村。さらに、社会的課題を抱える人々の雇用創出を目的としたミューズリー製造会社HEYHOなど、多彩な取り組みが一堂に会した。

ブースの様子

ブースの様子。WERKHAUSはドイツ発のエコ家具メーカー。工具不要で組立・収納ができる。写真は彼らが販売する小さな組み立て式の小屋で、自然の中がホテルになるというコンセプトで作られた商品。

ブースの様子

ブースの様子。ルール工業地帯に、果樹やベリー類、ハーブを植えて、サイクリストや町の人々が自由に「つまみ食い」できるポイントを増やす活動をしているSchlaraffen Band。

このメッセは、GLS銀行が単なる金融機関ではなく、持続可能な経済を実現するためのコミュニティであることを象徴していた。GLS銀行は、すべての会員が一人一票の平等な権利を持つ協同組合であり、預かった資金は持続可能な社会のために活用される。「50年の未来」というスローガンのもと、来場者たちは「どんな未来をつくりたいのか」という問いに向き合っていたように思う。

実際にメッセを訪れた顧客たちのGLS銀行との出会いもさまざまであった。もともとボーフムに縁がある人、親の代からの利用者、あるいは若い世代から勧められて口座を開いた人、従来の金融機関に疑問を抱き、積極的にオルタナティブを探して辿り着いた人──それぞれが異なる物語を持ち、この場所に集っていた。

編集後記

フェスティバルの最後を飾ったのは、音楽だった。エレクトロポップ・デュオ「2raumwohnung」は、土曜の夜の会場を大いに沸かせた。ボーカルのインガ・フンペは、「暴力が終わることを願います。戦争には勝者などいません」と語り、観客は大きな歓声で応えた。

GLS銀行で実際に働いた経験がある筆者が、今でも心を動かされるのは、行員たちが放つエネルギーである。年次総会や社内イベントでは、夜になると、必ずといっていいほど会場に踊る銀行員たちが現れる。GLS銀行の行員たちは、自分たちがいわゆる「普通の銀行員」とは違うということに、どこか誇りを持っている。自転車で通勤し、服装はジーンズ。そして、踊るときは心から楽しむ。そんな姿が、銀行という枠に収まらない彼ららしさを感じさせる。

筆者自身、GLS銀行の口座を持ち、年次総会に参加するようになって3年が経つ。そのたびに、会場に満ちる熱気と、共同体が持つ力強いエネルギーに鳥肌が立つ。2022年のテーマは「決然と危機に立ち向かう」、2023年は「経済に愛を」、2024年は「50年の未来」。戦争と平和、愛、未来。これほどまでに強く、真摯にメッセージを発信する銀行が、世界にもっと増えてほしいと心から思う。

そして、その実現を後押しするのは、私たち預金者一人ひとりの行動にほかならない。

🔽50周年記念のビデオはこちらで視聴可能(※ドイツ語)。
https://www.gls.de/videos/gls-bank-jubilaeumsfilm/

2025, Année internationale des coopératives

【参照サイト】GLS Bank
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Edited by Erika Tomiyama

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