気候危機、資源制約、生物多様性の喪失。こうした地球規模の課題に対し、今、国や企業だけでなく、市民一人ひとりが「経済のあり方そのもの」を問い直す時代に入っている。その中心にあるアプローチが「サーキュラーエコノミー」である。
この潮流の最前線を共有する国際フォーラムが、World Circular Economy Forum(WCEF)だ。フィンランドのイノベーション基金Sitraを中心に、世界中の政策立案者、企業、研究者、市民団体が集う場として、毎年開催されてきた。第9回となる2025年は初めて南米での開催となり、約1万人の参加者がブラジル・サンパウロに集まった。

Photo by Everton Amaro / Fiesp
開催国ブラジルは、2025年11月にアマゾン地域の都市ベレンで開催される気候変動枠組条約締約国会議(COP30)を控え、サーキュラーエコノミーを「気候アクションの中核に据える」ことを世界に訴えかけた。
開会セッションでは、世界の生物種の約40%、森林の23%、そして淡水の31%を有するラテンアメリカおよびカリブ地域の圧倒的な自然資源に光が当てられた。その豊かな自然環境を背景に、「循環型イノベーションが、いかにして包摂的かつ持続可能な経済を実現するか」を議論。行き過ぎた経済成長を前提としない新たな発展のビジョンを描くには、グローバルサウスの視点を取り入れるとともに、資源供給地としての責任、そして金融・政策面での国際的な協調が不可欠である。そんなメッセージが、会場から発信された。
本記事では、WCEF2025の中から4つのセッションを取り上げ、サーキュラーエコノミーの「次のステージ」を読み解く手がかりを探っていきたい。
目次
1. インフォーマリティなくして循環なし。サーキュラリティに欠かせない「見えない労働」
セッション「インフォーマルワーカーのエンパワーメント:包摂的なサーキュラリティへの道筋」では、グローバルサウスを中心に、世界のプラスチックリサイクルの約6割を担っているとされる「ウェイストピッカー(廃棄物収集者)」の現状と役割に焦点が当てられた。彼らは制度の外側で、環境サービスの担い手として社会を支えているにもかかわらず、その役割はこれまで十分に評価されてこなかった。
WeGoのソニア・ディアス氏は、ウェイストピッカーの存在がいかにサーキュラーエコノミーにとって「不可欠」であるかを強調したうえで、5つの道筋を提示した。地域に根差した知識の活用、インフォーマルワーカーの組織化支援、公正な報酬と社会保障を伴うEPR(拡大生産者責任)制度の再設計、気候資金へのアクセス保証、そして彼らの温室効果ガス削減貢献の公式な認定である。サーキュラーエコノミーはテクノロジーだけでは成り立たない。そこには、働く人の尊厳と暮らしをどう守るかという問いが常につきまとうのだ。

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また、北米からは、現在もウェイストピッカー(廃品回収労働者)として生計を立てるソニア・ラテベル氏がビデオで登壇。「私たちウェイストピッカーなしに行われるリサイクルや再利用は、ただのごみにすぎない」と強調した。自身が所属するウェイストピッカー団体「Ground Score」が、拠点とするアメリカ・オレゴン州ポートランドで市や流通業者と交渉を重ねた結果、「People’s Depot(ピープルズ・デポ)」という独自の回収拠点を運営するための資金を確保した事例を紹介。
この拠点では、廃品回収を通じて働く人々に適正な賃金や福利厚生を提供するだけでなく、ID取得や銀行口座の開設、住まいの確保、そしてそれぞれの状況に合った正式な仕事を得るための支援も行う。つまり、これらが社会的な孤立を防ぎ、自立へのステップを支える場にもなっているのだ。
さらに、インドにおける衣服や携帯電話、靴などの修理文化や、アフリカの都市部に根付くインフォーマル経済を例に、パネリストたちは3つの「正義」の視点を強調した。
- 認識(Recognition):インフォーマルワーカー、特にウェイストピッカーが果たしてきた不可欠な役割、貢献、知識、スキル、能力を正式に認めること。
- 代表性・共同開発(Representation/Co-development):ウェイストピッカーなどのインフォーマルセクターの代表者が意思決定が行われる場に参画し、最初から共に政策やプログラムを共同で作り上げていくこと。
- 分配的正義(Distributive Justice):ウェイストピッカーに対して公正な報酬を保証すること。これは、彼らが長年行ってきた労働に対する再分配であり、貧困問題への取り組みでもある。
サーキュラーエコノミーの本質は、単なる物質のループではなく、人と社会の関係性の再設計にある。だからこそ、技術だけに目を向けるのではなく、見えない労働への正当な評価と包摂が求められているのだ。セッションの最後に紹介された「私たちは含まれたいのではなく、すでに含まれている。ただ、認めてほしい」という、ウェイストピッカーのセベリーノ・リマ氏の言葉は、あらゆる経済システムの再構築に必要な視点を私たちに突きつけた。
2. 森林=バイオリファイナリー。森の再定義がもたらす、新しい経済と社会のかたち
「森林を、木材供給源としてだけ見る時代は終わりつつある」。ブラジル植林産業協会(IBA)のジョゼ・カルロス・ダ・フォンセカ・ジュニア氏は、セッション「森林を活用したソリューションが実現する、バリューチェーンの循環性と持続可能性」で植林木を何百、何千ものバイオ製品を生み出す「バイオリファイナリー(生物精製所)」として捉える視点を提起した。伝統的なパルプ・紙製品にとどまらず、森林由来の価値創造は今や多様な産業に広がっているという。
たとえば、パルプ製造設備大手・Valmetのセルソ・タクラ氏は、製造過程で生じる副産物であるリグニンやバイオスラッジを原料に、化学薬品や複合材料、バイオエネルギーを生み出す技術を紹介。産業横断の研究開発イニシアチブ「Beyond Circularity」には、290以上の企業・団体が参画しており(これは当初の目標のほぼ3倍)、サーキュラーエコノミーを基盤とした新産業が創出されている。
さらに、フィンランドのイノベーション基金・Sitraのティム・フォースルンド氏は、フィンランドにおけるイノベーションとして、電気自動車のバッテリーに使用される黒鉛ベースのバッテリーを、木材ベースの副産物で置き換える技術があることを紹介。森林資源がクリーンエネルギーのサプライチェーンにも貢献し得ることを示した。また、クリスマスツリーのレンタルサービスというPaaS(サービスとしての製品)型の実践からは、身近な文化習慣を循環型に転換する創造性も垣間見えた。
注目すべきなのは、森林資源の価値が「木材などの素材としての利用価値」だけでなく、「社会や自然環境を再生する手段」として再び捉え直されている点だ。ブラジルの製紙大手Suzano社のマリーナ・ネグリ・ゾリ氏は、植林地と原生林を組み合わせて管理する「モザイク景観」という森林管理の考え方を紹介し、自然を回復させるような土地利用の重要性を強調した。
「森林をシステムとして捉える視点が重要だ」と語るフォースルンド氏の言葉どおり、木材だけでなく森林が持つ生態系サービスや炭素吸収、再生の力などの多様な価値をいかに活かすかが、これからの産業や社会のカギとなりそうだ。
3. 権力を再分配するサーキュラーエコノミーへ。貿易と国際協力がもたらす新たな社会契約とは
セッション「循環型貿易システムのためのグローバルおよび地域的な取り組みの連携」では、現在の貿易の仕組みをサーキュラーエコノミーの観点から再構築する重要性が語られた。循環型製品やサービスが当たり前となる未来を実現するには、既存の国際貿易ルールや地域連携のあり方に根本的な変革が求められる。
「いま、世界では物語(ナラティブ)の書き換えが起きている」と語るのは、元ブラジル環境大臣のイザベラ・テイシェイラ氏。サーキュラーエコノミーは単なる環境施策ではなく、グローバルな力の構造や社会契約そのものを再定義する新しい物語の軸となり得るという。
一方、ブラジル政府関係者(元WTO高官)のタチアナ・プラゼレス氏は、WTOの既存の国際貿易ルールには、貿易と環境・持続可能性に関する構造化されたルールがないことを指摘。そのうえで、今後WTOが国際社会における役割を維持していくためには、「気候」と「貿易」という2つの柱を両立させることが不可欠だと強調した。これまでの「経済成長を最優先する」ルールから、「持続可能な開発」と調和する新たな枠組みへの転換が急務だという。
地域レベルの取り組みとして、アフリカ開発銀行のアル・ハムンドゥ・ドルスマ氏は、アフリカ大陸自由貿易圏(AfCFTA)にサーキュラーエコノミーを組み込むことで再生資源の活用が進み、域内貿易の割合を現在の15%から2045年までに45%に引き上げることを目指していると述べた。これにより、アフリカは外部への依存を減らし、域内の製造業や新たなビジネス機会を生み出すことができると指摘。ブラジル工業連盟(CNI)のダヴィ・ボンテンポ氏は、議論の締めくくりとして「今はパワーシェアリングの時代である」と述べ、サーキュラーエコノミーは価格やコストを削減することで競争力を高め、国内外の市場へのアクセスを広げる可能性があると語った。
また、制度設計や政策の側面では、EUのエマニュエル・シャポニエ氏(欧州投資銀行)らにより、EU域内市場の規格・認証や、より国際的なレベルでのエコデザインとサステナビリティ製品規則(ESPR)、デジタル製品パスポート、CBAM(炭素国境調整メカニズム)といった具体策が、公平な競争条件を作り出すために必要であると説明した。
セッションを通じて見えてきたのは、サーキュラーエコノミーへの移行を制約ではなくイノベーションの機会として捉える前向きな姿勢である。経済全体の再構築が求められる中、貿易も循環の視点で見直され、持続可能性と経済活動を両立させるための制度や連携のあり方が模索されている。

WTOフィンランド代表部ジュネーブ事務所 参事官 リーサ・フォルケルスマ氏 Photo by Ayrton Vignola / Fiesp
4. 「2%未満」の現実が問う、サーキュラーエコノミーの資金の流れ
「資金の流れを可視化しなければ、何を変えるべきかすらわからない」
WCEF2025最終セッション「循環型バリューチェーンへの移行のための資金調達」の冒頭、Circle Economyのマービン・ヌセック氏はこう問いかけた。サーキュラーエコノミーの実現を目指すなら、資源の流れと同じように、資金の流れにも循環が求められているのだ。
Circle Economyによる最新レポート「Circularity Gap Report finance」によれば、世界の資本フローのうち、循環型経済に投資されているのはわずか2%未満(※1)。交通分野では従来型の車の修理や車のリースへの資金集中が続き、建築分野でも設計・生産段階は手薄なままだ。マービン氏は、こうした資金の偏在の背景に「資源や排出の価値が正確に評価されていない」「既存の金融リスクモデルに資源関連リスクが組み込まれていない」こと、そして「サーキュラーエコノミーの機会が十分に理解されていない」ことを挙げた。

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セッションでは、3つの異なる規模・業種の企業による資金調達例が紹介された。アルゼンチンの中小企業Jomsala社は、廃材を活用した製品開発を続けながら、金融機関からの信頼獲得に奔走してきた。担保不足や官僚的手続きといった構造的課題は今なお大きいが、産業団体との連携や大企業との技術協業が突破口となった。
一方、オランダのAvantium社は、植物由来プラスチックの商業化を目指し、Invest-NLとともにコンソーシアムを形成。環境性能とコスト競争力の両立、長年の実証データ、サプライチェーン全体との連携が、リスクの高い革新的事業への投資を可能にした。メキシコのProLada社もまた、パーム油の副産物をバイオ炭に転換する事業を展開し、IDB Investの支援のもと、複数の政府系ファンドとの協調融資に成功している。
こうした事例から浮かび上がるのは、資金調達の在り方自体がサーキュラーでなければならないということである。マービン氏は最後に、次の3点を強調した。第一に、資源と排出の正確な評価。環境負荷を「見えないコスト」にせず、金融の意思決定に組み込む仕組みが求められている。第二に、事業の成熟度や規模に応じた金融ソリューションの設計。すべての事業に同じ基準を当てはめるのではなく、ケースバイケースで柔軟に対応する金融機関側の姿勢が重要だ。
そして第三に、企業、特に中小企業(SME)から金融セクターへの「働きかけ」の必要性である。資金が来るのを待つのではなく、必要な情報を持って対話に参加し、共に資金の道筋をつくる主体となる必要がある。
サーキュラーエコノミーにとって、資金は“血液”であり、制度や認識の変化なくしては循環しない。求められているのは、良いアイデアを持つ企業だけでなく、それを支える新しい金融エコシステムの構築である。

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サーキュラーエコノミーは再利用から再構築へ。次なる舞台は、インド
Circularity Gap Report 2025によれば、世界の循環率は6.9%まで低下し、依然として一次資源への依存と大量廃棄の構造は変わっていない(※2)。こうした現状が示すのは、いま私たちに求められているのは「再設計(design)」「再定義(rethinking)」「再構築(rebuilding)」といった、システム全体の変革であるということだ。
2026年秋、インド・ムンバイで開催されるWCEF2026は、まさにこの次のフェーズを象徴する場となる。経済成長と環境負荷、インフォーマルセクターの包摂、都市と農村の分断など、多層的な課題を抱えるインドでの開催は、これまでの「先進国中心の循環経済像」に新たな視座を加えることになるだろう。
サーキュラーエコノミーはもはや環境施策のひとつではない。社会の在り方そのものを問う、統合的かつ倫理的なアプローチである。今、世界が注視しているのは、単なる循環ではなく、「誰のための循環か」「どのような未来をつくる循環か」という問いである。
※1 Circularity Gap Report finance
※2 Circularity Gap Report 2025
【参照サイト】World Circular Economy Forum(WCEF)2025