特集「お金と私たち。見えざる力を問い直す」
お金は、ただの紙切れでも数字でもない。生き方や価値観、人間関係、社会制度にまで影響を及ぼす「見えざる力」だ。便利で、時に残酷で、そして人間的なこの仕組みは、いつから私たちの「当たり前」になったのだろう。物価高騰や格差、資本主義のゆくえ──議論は世界中で交わされているが、日々の暮らしの中でお金の本質を見つめ直す機会は少ない。だからこそ今、問いたい。「お金」とは何か、そして私たちはそれとどう向き合っていけるのか。本特集では、経済だけでなく、アートや哲学、コミュニティの現場など多様な視点からお金の姿を捉え直す。価値の物差しを少し傾けてみた先に、より自由でしなやかな世界が見えてくることを願って。
実店舗に行かなくても、オンラインでモノが買える現代。クレジットカードやバーコード決済を使えば、一瞬で支払いができ、次の日には商品が手元に届く。そんな「スピーディーな買い物体験」に溢れている今、あえてすこし時間のかかる「スローな買い物体験」を提供しようとする試みがスウェーデンで行われた。
このプロジェクトを手掛けたのは、フレグランスブランドのKOYIAだ。彼らは、スウェーデン・スモーランド地方の森のなかに、住所のない無人のフレグランスショップを作った。GPS座標だけが目印のこの店舗「ザ・パフューマリー」の特徴は、支払いにお金が使えないこと。では何がお金の代わりになるのか。答えは、顧客の「時間」である。

Photo by KOYIA
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ザ・パフューマリーでは、 オンラインショップで599スウェーデンクローナ(約9,900円)で販売されている香油を買うのに、「599秒」が必要になる。来店客はその場でスマートフォンをスキャンしてカウントダウンを開始し、森の静寂のなかでただ599秒──約10分間ゆったり時を過ごす。その行為そのものが「支払い」となるのだ。
この背景には、都市生活者が自然と断絶されることで、心身に深刻な影響が出ているという現代的な課題がある。自然のなかにいるとストレス軽減などの健康効果が得られるといい、この店舗では、まさにその効果を買い物のプロセスに組み込んだわけだ。
「ザ・パフューマリー」を手掛けたデザインチームのうちの一人・ルーカス・モーテン氏は、WEBサイトにて「 私たちは、時間と対話する何かを作りたかったのです」
と語っている。世界が「より多く・より速く買え」と迫るこの時代に、“史上最も遅い買い物──自然と再び繋がるための買い物”をデザインしたかったのだそうだ。
SEK(スウェーデンクローナ)からSEC(秒)へ。この転換は、私たちが「何を価値とするか」について改めて問いを投げかけている。
【参照サイト】KOYIA
【参照サイト】Koyia trades perfume for time spent in a Swedish forest(Globetrender)






