私たちが日々、当たり前のように行っている「検索」という行為。何かを知りたいとき、私たちは無意識のうちにスマートフォンやパソコンを開き、キーワードを打ち込む。約40億人という世界のスマホ利用者数を踏まえると(※1)、Googleでの検索数は1人当たり1日約3.4回に過ぎないが、世界全体で見れば1日約137億回、年間約5兆回の試算になる(※2)。しかし、その検索の裏側で、遠く離れた国のデータセンターが常時忙しなく稼働し、膨大なエネルギーが消費されていることは想像し難い。
インターネットは、雲の上にある魔法のような存在ではなく、物理的なサーバーとケーブルによって支えられ電力を必要とする巨大なインフラだ。デジタルの力が加速度的に広がる現代において、このデジタル分野の環境負荷は、気候変動対策において隠れた課題となっている。
この検索という日常的な行為を環境再生の力に変えてきた先駆者が、ドイツ発の検索エンジン「Ecosia(エコジア)」だ。ユーザーがEcosiaを使って検索をすると、検索連動型広告から収益が生まれ、その利益の100%が世界各地での植樹や生態系保護に充てられる。「検索するほど木が増える」というモデルは、環境問題への意識の高まりと共に支持を広げ、これまでに約177億円を気候変動アクションに資金提供してきた(2025年12月時点)。
そして2025年12月、Ecosiaが日本語版サイトを正式にリリースした。これまで日本から利用しても主に英語が使われていたインターフェースが日本語になり、日本語での検索精度も最適化されるという。
IDEAS FOR GOODでは、Ecosia創設者兼CEOのクリスチャン・クロル氏に独占インタビューを実施。Ecosiaが歩んできた道のりと、日本語版サイト開設の狙い、そしてAIと環境負荷という現代のジレンマとの向き合い方を聞いた。
話者プロフィール:Christian Kroll(クリスチャン・クロル)

Photo by Pako Quijada, via Ecosia
利益を植林活動に活用するグリーン検索エンジン「Ecosia(エコジア)」の創業者兼CEO。2009年に、旅をする中で深刻な社会的不平等や大規模な植林破壊の影響を目の当たりにしたことをきっかけにEcosiaを立ち上げる。同社はその後、35カ国以上で2億4,000万本以上の木を植える、世界最大の非営利検索エンジンへと成長した。2018年には、エコジアの売却や、会社からの配当を受け取る権利を放棄。2021年には、気候変動対策を加速させるために設立された欧州最大のクライメートテックVCファンド「World Fund」の創設を支援した。最新の取り組みとして、EUを拠点とする検索インデックス「European Search Perspective」がある。
環境に優しい検索エンジンの先駆者の今と、日本進出のワケ
Ecosiaは、単なるテック企業ではない。利益を目的としない「スチュワード・オーナーシップ(管理者所有)」という経営形態をとっていることでも知られている。
「Ecosiaは基本的に、GoogleやYahoo!のような他の多くの検索エンジンと同じように機能します。検索したい言葉を入力すると検索結果が表示され、場合によってはその横に広告も出ます。しかし大きく異なる点は、私たちは利益の100%を気候保護のプロジェクトに使っていることです。主に植樹への資金提供をしており、これまでにEcosiaを通じて2億4,000万本以上の木を植えてきました。
そして、私たちは従業員が所有する企業、つまり非営利の企業です(※3)。会社が売られることはありませんし、私が自分にお金を支払うこともできません」

Chief Tree Planting OfficerのPieter van Midwoud(中央)がブルキナファソの植樹パートナーと話している様子|Image via Ecosia
クロル氏は同社を「小さな存在」と表現する。そんな組織が、乾燥地帯の緑化から絶滅危惧種の生息地の再生まで、多岐にわたる現場でインパクトをもたらしているのだ。そんなEcosiaが、なぜ今、日本というマーケットに注目するのか。
「私たちは以前から、日本市場が非常に大きく、人々が環境問題に関心を持っていると認識していました。ただ、日本市場は私たちにとって馴染みがなく、いつどうやって参入すべきか、ずっと踏みとどまっていました。また大きな投資をせずに日本で認知されるのは難しいかもしれないとも感じていたので、様子を見ていたのです。
しかし今、日本でスマホソフトウェア競争促進法によりGoogleやAppleが検索エンジンの選択肢をユーザーに提示することが義務になり、これを契機だと考えています。すでにウェブサイト全体の日本語化などに投資を行い、機能が正常に動作するか再確認を進めています。日本語は英語やドイツ語と非常に異なる文字体系なので、動作確認に時間を要しました。現在第1弾のバージョンも完成し、2025年12月18日に正式にリリースされます」
スマホソフトウェア競争促進法(スマホ法)とは、2025年12月18日から施行される法律で、スマホ上のアプリやソフトウェアの公正かつ自由な競争を確保するもの。いくつかの具体的な禁止事項や義務化が伴う。例えば、A社が提供するスマートフォンのOS機能について、A社以外が開発したアプリが、A社のアプリと同等の性能で機能することを妨げる行為が禁止される。
また、多くのスマホで特定のブラウザが初期設定(デフォルト)されているが、スマホ法の施行によりユーザーが選びやすい形で複数のブラウザをリスト化した画面の表示が義務付けられる。このリストの中に、Ecosiaも登録しているのだ。
これまでも日本からEcosiaは利用できていたものの、日本語の表示や検索結果の最適化は公式には確認されていなかった。今回のリリースにより、日本語はEcosiaの公式言語の一つとなり、日本語でのサイト動作が確認・保証され、日本語での検索精度も最適化されるという。日本でも環境負荷を軽減する選択肢を求める人が増える中、日本語でも使いやすいエシカルな検索エンジンの登場は毎日の習慣を変える身近な手段となるはずだ。
「私たちの使命は、気候保護のためにできる限り多くのことを行うことです。日本語版のリリースのおかげで、ユーザーが選択画面からEcosiaを試してみる機会が増えればと願っています。日本人口の1%だけでもEcosiaを使えば、数千万本もの木を植えることができます。これは非常に大きな成果になるでしょう。本社のあるドイツでEcosiaの市場シェアは約1〜2%と大きくはありませんが、それでも2億4,000万本以上の木を植えることができたのです」
環境に優しいウェブサイトと、AIは矛盾するのか
そして今、検索エンジンの世界にはもう一つ、避けては通れない大きな波が押し寄せている。生成AIの台頭だ。質問を投げかければ即座に答えが返ってきたり、自ら検索しても冒頭にAIによるまとめが現れたりする時代。非常に便利である一方で、AIによる回答生成は、従来の検索に比べて膨大なエネルギーを消費すると指摘されている。
そんな中、同社は2025年2月「世界で最もグリーンなAI」の試験運用を発表した。いかにして環境負荷を抑えたAIを実装したのか。その背景と、EcosiaならではのAI機能の特徴について聞いた。
「私たちは他社と比べてかなり慎重にAIに取り組んでいます。非常に強力なツールであり、現代の職場で生産性を上げるにはAIを使わざるを得ません。そのため、使用禁止などと言うことはできないでしょう。人々が必要としていますし、他社との競合には、私たちも何か提供しなければならないのです。
そこで、2025年2月に導入したのが、検索結果のAI要約を小さく表示する機能でした。検索も要約も完全に自社技術で開発しています。そして12月2日、Ecosia初の本格的なAIバージョンをリリースしました。これはChatGPTなどにより近い形で、質問を投げかけて回答を得ることができます。AIモードという機能もあり、そこに長い質問を入力すればAIからの回答を得られます。この取り組みを環境負荷なく進めるため、AIの運用に必要な電力を賄うのに十分な再生可能エネルギーの生産を準備しており、実際に2024年は消費量の3倍のエネルギーを生み出しています」

検索結果の地域をイギリスに設定して表示されたEcosiaのAI要約の様子。日本語版ではこれが日本語でも表示される見込み。「Turn off Overviews」をクリックすればすぐにAI要約をオフにできる。

日本語版で実装予定のAIサーチ|Image via Ecosia
またEcosiaでは、ユーザーがAI機能を必要としない場合、その機能を簡単にオフにできる。AIがユーザーについて多くの情報を得ることは、そのデータが企業に所有されることでもある。これに対しEcosiaは、ユーザーが企業に管理されるのではなく、ユーザー自身の意思が尊重される仕組みを作ったのだ。
「EcosiaのAI機能は完全に任意で、ユーザーに利用を強制しません。使いたくなければ使わなくて良いのです。
そしてEcosiaのAIのもう一つの特徴は、一般的なものより小さな学習モデルを使う点です。質問への回答を生成するためにバックグラウンドで動くこれらのモデルは、GoogleやOpenAIのものよりもはるかに少ないエネルギーで動作します。つまり、ユーザーが行うリクエストの環境負荷が非常に小さくできるのです」
私たちが普段何気なく使っている検索エンジンは、広い世界への扉であると同時に、地球上のどんなエネルギーを利用するかという「意図的な選択」にもなりうる。便利さの裏にある環境コストに無自覚でいるのか、それとも、日常の小さな行為を通じて地球の再生に繋ぐのか──Ecosiaの日本語版ローンチは、私たち日本のユーザーに改めて手の届く選択肢を提示してくれるだろう。
「Ecosiaの日本展開が、非常に楽しみです。私たちがドイツで目の当たりにしたのは、多くの企業がEcosiaをデフォルトの検索エンジンとして採用したということです。例えば、ソフトウェア企業のSAPや物流会社のDHLはEcosiaをデフォルトに設定しました。日本の企業や大学でも同じようなことが起こり得るでしょう。
もし数人の強い意志を持つ人が社内の変化を目指すならば、Ecosiaへの切り替えは気候変動のためにできる最も簡単なアクションの一つです。費用はかからず、良い影響をもたらします。多くの企業や組織が切り替えると突然、何万人もの人がEcosiaを使い、その結果多くの木を植えることができるのです」
取材後記
テクノロジーと地球環境の再生は、必ずしも対立するものではない。そう感じさせたのが、クロル氏が教えてくれた“種明かし”だった。
「実はEcosiaでは、AIが環境に優しい回答をほんの少し優先して生成するよう訓練しました。例えば、私がベルリンからパリへのフライトを探した場合、AIが列車の利用も勧めるかもしれません。ただしユーザーを教育するようなAIにはしたくなかったので、過度にならないよう慎重に調整しているところです」
ユーザー優先のデザインだけが最適解ではないことは、現代経済の発展と環境破壊を振り返れば明らかだ。Ecosiaが日本語版をリリースして事業を拡張する一方、環境負荷を抑えるために小さな学習モデルを選んだように、何が必要でどこからが地球環境の上限に迫るのかを自律的に判断することが重要だ。
今日から検索エンジンを変えてみる小さな変化や、クロル氏が明かしたような人間らしさのある一捻りが、少しずつ社会の視野を広げ、成長を求め続ける経済や技術発展の中で、地球環境と調和できるバランスへと社会を導くのかもしれない。
※1 Smartphone owners are now the global majority, New GSMA report reveals|GMSA
※2 Google now sees more than 5 trillion searches per year|Search Engine Land
※3 ドイツ本社は有限会社に該当, FAQs: How is Ecosia structured?|Ecosia
▶︎ Ecosiaのスチュワードオーナーシップについて詳細はこちら(外部サイト)
【参照サイト】Ecosia
【参照サイト】The world’s greenest AI is here
【参照サイト】グリーンな検索エンジンのEcosia(エコジア)、スマホ新法の施行を前に、検索インターフェイスの日本語提供を開始
【参照サイト】スマホソフトウェア競争促進法(スマホ法)|公正取引委員会
【参照サイト】チョイススクリーン特設サイト|公正取引委員会
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