服の修理が、人とモノをつなぐ。「人生の交差点」パタゴニア京橋店を訪ねて

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平日の昼下がり、東京の中心で、オフィスビルから解き放たれたスーツ姿のビジネスパーソンが足早に通りを横切る。その傍らには、高級ブランドの紙袋を提げた外国人観光客。ここは、東京・京橋。100年以上続く老舗企業が立ち並ぶビジネス街であり、近くにはブランドショップが軒を連ねる銀座がある。この場所に、2025年9月、アウトドアブランド・パタゴニア東京・京橋店がオープンした。

パタゴニア京橋店

どんなものであっても、ものづくりは地球に負担をかける。だからこそ、つくるのであれば、長く使えるもの、環境にも動物にも人にも配慮したものをつくる。つくるけれど、大量につくらず、お客さんにも購入を勧めない。むしろ、「本当にそれ、必要ですか?」と問いかけ、一歩立ち止まらせる。

一般的なビジネスとは真逆の、「消費を促さない」哲学を貫いてきたパタゴニアが、今回店舗を構えた、京橋。江戸時代、鍛冶屋が立ち並んだその特色を生かし、店内は明治時代から続く漆塗りのミッションステートメントや当時の写真などが装飾されている。

京橋という場所で、パタゴニアは一体どんな存在になっていくのか。店舗の一角で、広報担当を務めるロジャース通子さんに、創業時から大切にしてきたパタゴニアの考え方、「サーキュラーエコノミーのハブ」を目指す京橋店の未来について聞いてきた。

話者プロフィール:ロジャース通子(ロジャース・みちこ)

ロジャース通子さんパタゴニア日本支社にて、PR&コミュニケーションズを担当。幼少のころからガールスカウトでアウトドアを経験。留学先のオーストラリアで環境マーチに参加して以来、自然環境を守る活動を始める。好きなアウトドアスポーツはスキーとアウトリガーカヌー。最近は自宅の屋上菜園で20種類の野菜をオーガニックで育てている。

パタゴニアが提案する「買い物のアップデート」。非物質的なものへの価値の移行

1973年に米国で誕生したパタゴニア。創業当初から“自然の代弁者”として、「今ある地球を大事にしていくこと」を掲げ、地球環境に配慮したものづくり、自然を守る活動を行ってきた。

店内の壁に漆塗りで書かれているパタゴニアの標語「地球を救うためにビジネスを営む」。

そんな同社が、長年提案してきたのが、「買い物のアップデート」。「欲しい=買う」「買う=新品」というビジネスのあり方を変えたい。そうした考え方から、パタゴニアは、現代の常識とは異なる購買のあり方を促してきた。

「たとえば、製品が欲しいと思ったら、まずは中古品から見てみる。そこになければ、新品を検討する。新たにチャレンジするアウトドアスポーツならば、友達に借りてみる。買う以外の選択肢の優先順位を考えてみるのも面白いと思います」

50年以上もの間、そうしたビジネススタイルを貫いてきた背景には、形ある物質ばかりに目を向けるようになった現代人への問いも含まれていた。

「創業者であるイヴォン・シュイナードは、昔、大学での講演で時間とエネルギー(お金)の使い方について話したことがあります。彼は、『旅に出たり自然の中で学び遊んだり、探究心を満たす研究にエネルギーを使ったりすることこそ、真に豊かな人生なのでは?』と言いました。

そうした考えから、彼はかつて大学生に向けて『お金がないなら、パタゴニアのような丈夫な製品を購入するのはどうだろう?長持ちするし、僕たちはちゃんと最後まで面倒みることを保証する。すぐに壊れるものを買って来年ダメになったら、また買わないといけないでしょ』と笑いながら伝えたそうです」

「私たちが人生において最も重要と考えるのは、自然との触れ合い、仲間との連携、そして人間的な調和といった、精神的な豊かさです。物質的な消費で一時的な幸福を得る方もいるかもしれません。しかし、本質的な価値を持つ非物質的なものを、必要以上のショッピングという行為で忘れ去ってほしくはありません。これが、パタゴニアのブランド哲学を支える根幹の考え方です」

「心と心の循環」を生むWORN WEAR。持ち主の想いをつなぐ再販の場

新たな買い物のあり方を提案するパタゴニアは、モノに第二の人生を与えるべく、リペア(修理)や中古ウェアの販売を促進する「WORN WEAR」の取り組みを行ってきた。京橋店では、東日本初の古着販売コーナーを常設しているほか、修理の受付も行っている。

Patagonia WORN WEAR

「BETTER THAN NEW」の標語と共に、設置された古着販売コーナー

その背景には、京橋店を単なるショッピングの場所ではなく、長く使い続けるための「サーキュラーエコノミーのハブ」にしていきたいという強い想いがあった。

「ここで再販されている中古品は好評です。ただ、新品を買うよりも安いからという理由で買ってすぐに使わなくなるのであれば意味がありません。私たちはパタゴニアの考え方や製品を好きな人、大事に長く使ってくれる持ち主を探したいので、新品を販売する時と同じようにサイズや使い方のアドバイスなどを伝えて接客をしています。

また、不要になった古着を持ち込むお客様の多くは、自分の愛用した製品を次の誰かにきちんと使ってもらいたいという思いでお店を訪れています。なので、持ってきてくださった方には、できる限りメッセージを書いてもらうようにしているんです。『こんなふうに使っていました』といった思い出や手放した理由、『次の持ち主には、こんな風に使ってもらいたい』といった想いを書いてくれる人もいます。そこには、あたたかさ、心と心の循環があるんです」

Patagonia worn wear

中古品に付けるメッセージタグ

修理や製品の循環が、モノと人との関係をつないでいく

かつての持ち主の想いが、新たな持ち主へと届けられ、モノを介してあたたかさが生まれていく。中古品の販売は、単なるモノの循環だけではなく、「心と心の循環」を生み出していた。そんな循環を生み出すもう一つの核となるのが、製品のリペアだ。ロジャースさんは、「リペアは先進的な行動」と言い、かつてWorn Wear Tourのマネージャーとしてリペアトラックで全国の大学を巡っていた際のエピソードを話してくれた。

「あるとき、破れたジャケットを持ってきた学生がいました。その人は、スタッフがミシンで一生懸命横で縫って自分のために直してくれる姿を見て、涙を流したんです。理由を尋ねると、『自分とモノとの関係だけでなく、自分と親、友人との関係も希薄だったことに気づいた』と話してくれました。そのときにいた大学生や若者のなかには、生まれた時から使い捨てのモノに囲まれてきたせいか、『愛着が何かわからない』と話かけてくださる学生さんもいました。

パタゴニアworn wear

全国を回ったパタゴニアのリペアトラック

また、リペアトラックでの活動では、普段お客さんと接することのないリペアスタッフが、直接感謝されたり、お客さんが喜ぶ姿を見たりして、修理する価値を再認識する場面や、スタッフ同士の団結力が生まれる場面を目の当たりにしました。修理される側だけでなく、修理する側にも深い気づきが生まれる。リペアには、人間関係や自分自身の心までも修復する力があると感じ、『様々な関係性を濃厚にしていく』意味を強く実感しました」

ライフスタイルの変革を促す「人生の交差点」のような場所

一人ひとりの心が揺さぶられ、感動が生まれる。パタゴニアの店舗という場所自体も、そんな「きっかけの場所」として機能している。物を買うことを越えた「心が動く場所」であり、「地域のハブ」、そして「マインドセットを育む場所」でもあるとロジャースさんは言う。

「地球は、永遠にある資源ではありません。 限られた資源であり、私たちと同じ命ある存在です。そのために、私たちが長年取り組んできたのが、お客様のライフスタイルへのアプローチなのです。地球を大切に思う気持ちは、きっとご自身を大切にする気持ちと等しいと、私たちは考えます。自分を大切にすることが一人ひとりの心に深く腑に落ちること。それが、自然環境を守ることへつながっていくと確信しています。

そうやって少しずつ『地球を想う気持ち』が日々の生活のなかに浸透していくように、私たちは、自然の素晴らしさやアウトドアを楽しむライフスタイルを、イベントや接客など多岐にわたる形で発信してきました」

パタゴニア京橋店

アウトドアグッズだけでなく、食品や書籍など、さまざまな分野を通して自然環境への理解を広げている。

循環やサーキュラーエコノミーを実践していくことは大事なこと。ただ、何よりも自分と自然を大切にする「ライフスタイル」が大事であり、その感覚を取り戻せる場所であり続けたい。そうした想いから、パタゴニアのストアでは、クライマーやサーファー、ランナーなどを招いたトークイベントやフィルム上映会など、世界観を広げながら、未知への探求心や好奇心を刺激するような企画を行っている。

「『そこまで環境負荷を気にするなら、いっそ廃業すればいいのではないか?』そう問われることがあります。しかし、パタゴニアが事業を撤退したからといって、地球環境が良くなるとは、私たちは考えていません。それならば、モノづくりによって地球に負担をかけてしまう側面はありますが、新品の生産量を抑えながら、新しい技術や考え方、イベントなどを最大限活用し、お客様と直接対話できる機会を増やしたいのです」

ロジャースさん

「一つひとつのコミュニケーションを一期一会の機会と捉えるからこそ、お客様一人ひとりの関心や状況に的確に合わせ、本当に必要なメッセージを伝えることができると確信しています。私たちスタッフもお客さんから日々気づきをもらっていますし、パタゴニアのストアで、何か感じてもらえることがあれば嬉しいです。この場所がコミュニティの皆さんやお客さまにとっての『ギフト』のような場所になればいいなと思っています」

地球市民として、京橋から新しい価値観を灯す

パタゴニアは、これから京橋という地でどんな存在を目指していくのだろうか。

「この場所は、自然との接点が少ないビジネスエリア。ただ、だからこそ、私たちは新しい気づきやインスピレーションを広げていけると確信しています。『マイバッグをご持参ください』『本当にその服が必要ですか?』と問いかけられたり、オーガニックやフェアトレードの製品に触れたりしたときに、何を感じていただけるか。一般的なアパレル企業とは一線を画すビジネスのあり方を追求している私たちだからこそ、お伝えできることは多くあると考えています。

また、京橋という歴史あるビジネス街には、目利きがあり、上質なものを長く大切にする感覚を持つ方が多くいらっしゃいます。これは、私たちのブランドの価値観と深く共鳴する点であり、そのような方々にもご支持をいただける可能性は十分にあると感じています。この街に構える100年以上続く老舗企業の姿勢からも謙虚に学びつつ、地域に深く根ざし、長期的な視点で貢献していきたいと考えています」

patagonia京橋店

消費のあり方、そして生き方を人々に問いかけてきたパタゴニア。モノが循環する「サーキュラーエコノミーのハブ」として、一人ひとりの人生と地球への意識を変革する「マインドセットのハブ」として、ビジネス街の真ん中から、静かに、そして力強く、新しい価値観を灯し続けている。

編集後記

一人ひとりのライフスタイルから変えていく。仕事やイベントを通して、地球環境への取り組みを行うのではなく、心でしっかり納得したうえで生活の中で実践していく。本質的なアプローチを続けてきたパタゴニアが、そんなマインドセットの変化を起こすべく、大事にしてきたのが、コミュニケーションだった。一度しか会わないかもしれない一期一会の出会いだからこそ、「グッドリスナー」としてお客さんに丁寧に寄り添い、気づきのきっかけとなる種をどんどん蒔いてゆく。

「たとえ、街の中では人と人との物理的な距離があっても、パタゴニアに来れば居心地の良いホームのように感じていただける。そんな場所にしていきたいです」

ロジャースさんは、取材中、そんな言葉を口にしていた。

その姿は、メディアでありながら、直接のコミュニケーションを大切に、人々の心により良い人生、社会へのきっかけを与えていくことを目指す、私たちIDEAS FOR GOODの姿と重なった。決して一方方向でなく、共に声を交わし合い、模索していく。編集者と読者の壁を越えて、気づきを与え合う。良い未来を創造していくためには、そんな時間と関係性を大切にしていきたいと改めて思った取材だった。

目に見えるモノが価値として存在感を放つ京橋の街で、これからどんなモノや心が循環していくのだろうか。

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【参照サイト】パタゴニア 東京・京橋

ドキュメンタリー映画『リペアカフェ』上映プログラム実施中!

IDEAS FOR GOODでは、モノを大切に使い続ける「修理」という行為に焦点を当てたドキュメンタリー映画『リペアカフェ』の上映プログラムを提供しています。使い捨て文化が広がる現代において、「直して使う」という選択肢を見つめ直すことは、私たちの価値観や行動を変える第一歩になるかもしれません。本作品は、壊れたモノを修理しながら、人と人がつながり、持続可能な社会を実現するためのヒントを探る内容となっています。

本ドキュメンタリーは、社内のサステナビリティ意識を高めたい企業や、コミュニケーション活性化を図りたい組織、地域住民の学びの場を提供したい自治体など、さまざまな場面で上映いただけます。修理を通じて人と社会と地球をつなぎ、新たな気づきを得るきっかけづくりにぜひご活用ください。上映に関する詳細やお問い合わせは、こちらの特設ページから!

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