お気に入りの服のボタンが取れたとき、長年使った家電が動かなくなったとき、あなたはどうするだろう。
かつて、私たちの暮らしのそばには「直して使い続ける」という当たり前の風景があった。今、世界ではこの「リペア(修理)」という文化が、新しい形で息を吹き返している。
それは単にごみを減らすためだけではない。壊れた箇所に手を加え、再び命を吹き込むプロセスは、モノへの愛着を深め、ときに私たちの心や、人との繋がりまでをも優しく整えてくれる力を持っている。教育や雇用、さらには心のケアまで、リペアというアクションが社会をどう変えていくのか。今回は、リペアを通じて社会や未来を「紡ぎ直す」世界のGOODアイデアをご紹介していく。
編集部が選ぶ「リペア」にまつわるGOODアイデア5本
01. モノと人との関係を取り戻す。パタゴニア京橋店が目指す「人生の交差点」のような場所
パタゴニアが2025年、東京・京橋にオープンした新店舗。ここは、単なる衣料品店ではなく「サーキュラーエコノミーのハブ」として機能している。同社が長年注力する「WORN WEAR」プログラムを軸に、店内には古着販売コーナーとリペア(修理)受付を常設。「新品を買う前に中古や修理を検討する」という、消費を促さない独自の哲学をビジネス街の中心から発信している。
リペアは、単なる製品寿命の延長に留まらない。修理を通じてモノへの愛着を育み、希薄になりがちな人間関係や自分の心をも修復する力を持つ。京橋店は、かつての持ち主の想いをメッセージタグでつなぐ古着販売やリペアを通じ、物質的な消費を超えた「心と心の循環」を生む場所を目指している。
02. 給料をもらいながら学ぶ「修理の学校」フランスに開校。VEJAが挑む、環境と社会の同時修復
フランス発のサステナブルスニーカーブランド「VEJA」は、修理文化の再興と社会課題の解決を両立させる「L’École de la Réparation(修理の学校)」を2025年に開校した。かつて繊維産業で栄えたものの現在は貧困問題を抱える北部のまち・ルーベを拠点に、失業や困難な状況にある若者に対して1,400時間のフルタイム研修を実施している。
特筆すべきは、研修生が最低賃金相当の給与を受け取りながら、国家資格取得や起業知識を含む高度な技術を学べる点だ。これは「修理」を正当な価値ある職業として再定義する試みでもある。LVMHやアニエスベーなどの競合を含む業界全体を巻き込んだ本活動は、単なる技術伝承を超え、環境負荷の低減と若者の自立を同時に叶える社会修復のモデルとなっている。
03. 修理体験が、生きた学びに。学生がPCをリペアし寄付する、NZのデジタルデバイド解消プロジェクト
ニュージーランドの非営利団体が運営する「Recycle A Device(RAD)」は、電子廃棄物の削減とデジタル格差の解消に同時に挑む革新的なプログラムだ。企業等から寄付された旧式PCを、学生たちがSTEM教育の一環として修理・再生し、経済的理由でデバイスを持たない人々へ無償提供する仕組みである。
2024年には約650人の若者が参加し、約3,000台のPCを再生。5.8トンもの電子廃棄物の削減に成功した。単なるリサイクルに留まらず、若者が「直して分かち合う」精神を実践的に学ぶ場となっており、循環型経済への移行と社会の公平性を両立させる、持続可能な未来に向けた希望のモデルといえる。
04. ガラクタの修理が、心の修繕にもつながる?米国のクリエイティブ・ジャンク・セラピーとは
米国フロリダ州の「Creative Junk Therapy」は、廃材の再利用を通じて創造性と心の回復を支援する団体だ。「不完全さこそ得意分野」を掲げ、地元から回収したボタンや古布などの不用品に新たな命を吹き込む場を提供している。
施設内の「メイクン・テイク・ルーム」では、無価値とされる素材から作品を創り出すプロセスを通じ、参加者のメンタルケアや自己肯定感の向上を図る。この活動は、単なる環境保護に留まらず、手を動かすことで「ごみを宝物に変える」という達成感を生み、個人の癒やしと地域コミュニティの繋がりを育んでいる。大量廃棄社会において、モノと自身の価値を再発見させる革新的なセラピーの形といえる。
05. 修理アプリに、職人ネットワーク。欧州で加速するリペアサービスの最前線【欧州通信#37】
欧州では、サーキュラーエコノミーの実現に向け「修理(リペア)」を身近にする先進的な取り組みが加速している。フランスでは修理補助金制度の導入により衣類修理が急増し、パリの拠点「Envie Le Labo」は、家電の修理支援や再生品の販売を通じて使い捨て文化からの脱却を促す。
衣類リペアを新たなカルチャーにすることを目指すオランダの「URC」は、難民等の雇用創出と衣類リペアを両立し、「修理はクール」という新価値観を提唱。ロンドン発の衣類修理・リメイクサービス「SOJO」は、大手小売と提携しアプリで手軽な修理サービスを展開している。また、ウィーンでは、自治体が支援する修理業者ネットワークを通して、市民がサイト上で簡単に修理業者を見つけることが可能。同ネットワークでは、年間5万件以上の修理を担い、年間約750トンの廃棄物削減につなげている。
まとめ
ご紹介した5つの事例に共通するのは、リペアが単なる「モノの修繕」に留まらず、社会的な格差や孤独、教育、そして雇用といった複雑な課題を「紡ぎ直す」力を持っているという点だ。
2025年のリペアシーンでは、利便性や経済合理性を追求する従来のモデルから一歩進み、修理のプロセス自体に「エモさ(愛着)」や「自己肯定感」を見出す動きが顕著になった。パタゴニアやVEJAの事例が示すように、企業側も修理をコストではなく、顧客や地域社会との深い信頼を築くブランディングの機会と捉え始めている。また、デジタルデバイド解消やメンタルケアに繋がる活動からは、リペアが個人のウェルビーイングを支えるインフラになり得ることも見えてきた。
「壊れたら、捨てる」から「直して、より良くする」へ。この価値観の転換は、モノを通じて他者と繋がる喜びを思い出させてくれる。そして、地球の資源が有限である以上、モノとの関係を修復することは、私たち自身の未来を修復することに他ならない。まずは手元にある、少し綻びた一着を手に取ってみること。そこから新しい循環の物語を始めてみてはいかがだろうか。
ドキュメンタリー映画『リペアカフェ』上映プログラム実施中!
IDEAS FOR GOODでは、モノを大切に使い続ける「修理」という行為に焦点を当てたドキュメンタリー映画『リペアカフェ』の上映プログラムを提供しています。使い捨て文化が広がる現代において、「直して使う」という選択肢を見つめ直すことは、私たちの価値観や行動を変える第一歩になるかもしれません。本作品は、壊れたモノを修理しながら、人と人がつながり、持続可能な社会を実現するためのヒントを探る内容となっています。
本ドキュメンタリーは、社内のサステナビリティ意識を高めたい企業や、コミュニケーション活性化を図りたい組織、地域住民の学びの場を提供したい自治体など、さまざまな場面で上映いただけます。修理を通じて人と社会と地球をつなぎ、新たな気づきを得るきっかけづくりにぜひご活用ください。上映に関する詳細やお問い合わせは、こちらの特設ページから!
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Edited by Tomoko Ito






