「スロー」は気候危機への処方箋となるか。ファッション・建築・テクノロジーの実践からの考察

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気候変動にブレーキをかけようと、数え切れないほどの実践が生まれている。脱炭素、再エネ、バイオ素材、サーキュラーエコノミー……しかしどんな技術も、魔法のように一瞬で気候変動を解決することはない。じりじりと、私たちは気候変動の「不可逆的な転換点」に近づいている。

気温が上昇し気候危機の深刻化が進む中、社会は「何に優先的に取り組むか」を議論している。このとき、何を重視するか(What)だけではなく、それにどう取り組むか(How)にも注目してみることを、本コラムでは提案したい。

その軸は、社会経済の「スピード」を制御する力を取り戻すこと。各地で広がるスローを掲げた取り組みに触れながら、スローという観点が環境負荷を軽減するツールとなる可能性を探っていく。

多分野に広がるスローという共通項

まずは、世界各地で起きているスローを前面に出した活動を見てみよう。今回集めたのは、ファッション、建築、テクノロジー、食・農分野の動き。近年注目を集めるものから長く続いているものまで、規模こそ異なるものの、実はさまざまな分野でスローという言葉が共通項となりつつある。

服に手間をかける喜びとしてのスロー【ファッション】

フランス南部・マルセイユで2025年6月、1週間にわたり同国初となるスローを看板にしたファッションウィーク「Slow Fashion Week Marseille」が開催された。主催したのは、非営利組織・Baga Collective。50以上のイベントを開催し、80以上のデザイナーが参加、1万人以上が来場した。

Slow Fashion Weekは、環境負荷の高い従来のファッションウィークに異を唱え、包括的かつ責任あるイベントを目指す。期間中は、服のリペアや刺繍を学ぶワークショップも実施され、誰でも無料で参加できるイベントも多く実施されたようだ。同様に「スロー」を掲げるファッションウィークはイギリス・ブライトンでも開催されている。

ファストファッションの対極にある言葉が、受け入れられつつある。それが閉鎖的でハイエンドに偏ったスローではなく、開かれた場として設計されていることも前向きなポイントだろう。

土地と素材をケアする建物を「スロー」から問いかける【建築】

続いて、建築。デンマーク・コペンハーゲンで2025年9月〜10月に開催された、建築と空間デザインの実験の場「コペンハーゲン・アーキテクチャ・ビエンナーレ」。ここで掲げられたテーマが「Slow Down」であり、このテーマでの建築コンペも開催され2作品が受賞した。デザイナーに、建築と時間、意識、そして変容との関係性を根本的に再考するよう促し、壮観よりもスローさ、効率よりもエコロジー、消費よりもケアを重視することを問いかけた。

Slaatto Morsbølによる受賞建築「Inside Out, Downside Up」|Photo by Maja Flink, via Copenhagen Architecture Biennial 2025

Tom Svilans & THISS STUDIOによる受賞建築「BARN AGAIN」。使われなくなった納屋から回収された木材が使用されている|Photo by Maja Flink, via Copenhagen Architecture Biennial 2025

このビエンナーレはゲストに、こんなメッセージを投げかけていた。

もし社会が、急速な消費よりも深い思索への投資を真に優先したらどうなるだろうか? そして、企業や国家が、短期的な利益ではなく、長期的な環境的・社会的影響という観点から、成功の基準を真に再定義したらどうなるだろうか?世界の二酸化炭素排出量の37%、世界の廃棄物排出量の30%、そして地球規模の生物多様性損失の約30%を占める建設業界は、今後訪れる目もくらむような経済減速において、間違いなく重要な役割を果たすことになるでしょう。

Copenhagen Architecture Biennial ウェブサイトより

建築の業界は、個人の選択で変化を生むことが難しい。だからこそ、こうしてスローのテーマが交わりつつあることは大きな一歩のはずだ。

高速で発展し続ける技術をスローにする挑戦【テクノロジー】

同様に環境負荷の増加が懸念される、テクノロジー分野。実はここでも、スローの動きが注目されつつある。スペイン・バルセロナとメキシコを拠点とする3名のデザイナーによるデザイン組織「Slow Lab」は、スローとローテクの交差性を探求する。

「スローキッチンコミュニティ」というワークショップでは、身近な地域資源だけで食品を保存、冷却、調理するためのローテクキッチンツールを設計など、スローを体感できるようなテクノロジーの新たな使い方を、人々を巻き込みながら実験している。

速いほど良いとされるテクノロジー分野において、技術がもたらす便利さや幸福の意義を問い直そうとする流れが感じられる事例だ。

 

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暮らし・まちに広がり続けるスローフードの波【食・農】

同じく生活に身近なテーマから、食分野でもスローの観点は注目されてきた。1980年代イタリアを発祥とする社会運動としてのスローフード。主要な取り組みの一つである食の祭典「Terra Madre」は、食を共通項としつつ、文化だけではなく気候変動や生物多様性との接続も明示されている場だ。

また、宮城県仙台市も2003年に「気仙沼スローフード都市宣言」をおこない、イベントを展開。アジアでは、2012年から始まった台湾・台東のスローフードの動きも近年注目され、2021年に台東スローフード・フェスティバルがグッドデザイン賞を受賞した。

自然と人間の暮らしの媒介として大きな役割を果たす食分野は、引き続き身近なスローの実践の場となるだろう。

イタリア・トリノで開催されたTerra Madreの様子|Image via Shutterstock

スローが環境負荷軽減の「ツール」になる希望

ここまで見てきたように、環境との共生に向けてスローという言葉が用いられる場面はさまざまだ。これは、何をするか(What)だけではなく、どう働きかけるか(How)の議論として、社会経済活動をゆっくりにする選択が生まれていることも注目すべき点だろう。

気候変動をめぐる議論は着実に前進しており、まずは、変化の計測や可視化、問題の特定が進んできた。プラネタリー・バウンダリーにもとづいて毎年地球への環境負荷が公開されることで、炭素の削減量が計算できることで、私たちは進捗を確認できる。それに続いて、オルタナティブの提案も増えてきた。再生素材や修理しやすいデザインから、ドーナツ経済脱成長まで、今の世界をどう捉え、どんな未来を描くかをシステムレベルで議論する場も増えている。

その未来を実現するための具体的な手段は、まだ模索が続いている。その一つが「スロー」という速度の調整であるとも考えられるのだ。再生素材も短期スパンでリサイクルし続けると環境負荷が高まる。修理しやすいデザインでも大量に生産すると環境負荷が高まる。各分野の実践も、素材やエネルギーの選択と併せて社会経済活動そのものをゆっくりにする、WhatとHowの両輪に光を当てる試みである。

生態系や動植物に与える影響を考慮し、あらゆる生命を中心に設計する概念「ライフセンタード・デザイン」を提唱するスクールの創設者・Jeroen Spoelstra氏は、次のように記した。社会がどのように動くかは、つまるところ私たち自身がどのように思考するかに左右されるのだろう。

今日の気候変動や社会課題への答えを見つけるには、よりゆっくりとした全体論的、探究的、そして発散的な思考が必要です。私たちを困らせているのは、最初から収束的かつ直線的な思考に陥っていたことなのです。

Life Centered Design School ブログ記事より

現代経済が生む、スロー「だからこそ」の負荷

しかし残念ながら、現代においてスローという選択は万人に開かれたものではない。時間をかけて移動することで環境負荷を下げようとしても、交通費が跳ね上がったり、腰が痛くなるような椅子に座り続けなくてはならなかったりする。

▶︎ 飛行機に乗れるのが特権ならば、陸路の長距離移動は「超特権」か?

では、なぜゆっくりにする選択が、我慢や負担の上で成り立つ状況になっているのか──その理由は、スローというツールの使い方を決めるアクターが民主的ではないからではないだろうか。

スローにすると、値段が高い。スローにすると、身体的な負荷が大きい。これは、現代経済において物事を「サービス・商品」として受け取る、つまり他者が決めたルールやデザインに従うしかない場面が多いからかもしれない。時間も空間も「商品化」されている社会では、どうしてもスローが息苦しいものになってしまうのだろう。

とはいえ、どの立場であっても「脱・商品化」は簡単ではない。市民にできることは、世界各地の事例が示すように、小さくスローの実証実験をしたり、身近な活動をスローというレンズから再評価したりすること。今はその実践の量を増やしていくことが、変化の種になるはずだ。

コペンハーゲン・アーキテクチャ・ビエンナーレは、こんな言葉を残している。

The architecture of the 21st century will be an architecture of the slow. For it’s really not about whether we slow down, nor if we need to. It’s about how slowness will arrive.

21世紀の建築は、スローな建築となるでしょう。重要なのは、私たちがスローダウンするかどうか、あるいはスローダウンする必要があるかどうかではなく、いかにスローさが訪れるかです。

Copenhagen Architecture Biennial ウェブサイトより

今、Slowness(スローさ)が訪れるとしたら、それをツールとして私たちは社会や経済の仕組みをどう変化させることができるだろうか。小さな実践は、それが訪れる日に向けた準備になるのかもしれない。

【参照サイト】Slow Fashion Week Marseille
【参照サイト】PRESS RELEASE – SLOW FASHION WEEK 2025 – Marseille, FRANCE
【参照サイト】France’s first Slow Fashion Week champions a simple, recycled approach to fashion|Le Monde
【参照サイト】南仏で初開催「スローファッションウィーク」 リサイクルや持続可能がテーマの地元密着型|ELEMINIST
【参照サイト】Copenhagen Architecture Biennial
【参照サイト】Slow Lab
【参照サイト】Terra Madre Salone del Gusto 2024
【参照サイト】Slow Food Taitung
【参照サイト】Life Centered Design School
【参照サイト】The Uncertain Future of Japan’s Slow Fashion Makers|Atmos
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Left cover photo by SALE COLLECTION, via Baga Collective
Middle cover photo by by Maja Flink, via Copenhagen Architecture Biennial 2025

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