企業や団体が発信する「広告」や「メッセージ」の役割が、大きく変わり始めている。
単に自分たちの商品やサービスを売り込むためだけでなく、社会課題に対する人々の意識を動かし、行動へとつなげるためのツールとして機能しているのだ。「今、こんな問題があります」という事実の羅列でも、感情的な押し付けでもなく、ユーモアを持って伝える事例も多く見かけるようになった。
本記事では、世界のソーシャルグッドな取り組みをウォッチするIDEAS FOR GOODが2025年に目にした広告やキャンペーンの中から、「伝え方」の工夫が傑出していた事例を5つ厳選して紹介する。
世界の秀逸な広告事例5選
01. 地下鉄で見る「人気の観光地、やめとけ」広告
「夏のサントリーニ島より、パリのデモの方がマシ」。パリの地下鉄に、皮肉めいた広告が登場した。フランスの旅行会社Evaneos(エヴァネオス)によるものだ。
昨今のオーバーツーリズムの問題を受け、同社は人気の観光地であるサントリーニ島とミコノス島を、商品ラインナップから外すことにした。短期的な売上を犠牲にしてでも、観光地や地域環境の持続可能性を考えた末の決断だった。あえて旅行先をディスることで注目を集め、観光公害について考えさせる広告となっている。
02. “贈り物じゃなく、「時間」と「経済的な安心」をください”
アメリカの非営利団体「Paid Leave for All」による母の日の啓発キャンペーン。同国では、産休と育休の明確な制度がなく、出産や介護の際に約4人に1人が無給で休むか、働き続けるかという選択を迫られている。
そんな中で同団体は、「お母さんが本当に欲しいものは?」と問いかけ、母親に本当に必要なのは有給の育児休暇だと訴えた。約50社と連携して広がったこのムーブメントは、育児休暇を単なる労働者の権利としてではなく、ジェンダー平等であり、経済的な公正を実現するものだとしている。
03. 「外に出よう、外で遊ぼう」広告がそのまま遊具に
トルコのイスタンブールでは、他の都市と同様、子どもたちが屋内に閉じこもりがちだという問題がある。そこで、同国ユニリーバが展開する洗剤ブランド・Dirt Is Goodは、イスタンブールで「Out Of Home(家の外に出よう)」キャンペーンを実施した。
面白いのは、屋外広告をそのまま遊び場に変えてしまったこと。市内3ヶ所の大型広告を活用して、滑り台やサッカーゴール、バスケットボールコートが設けられた。子どもたちに自然と触れ合い、五感を刺激しながら、屋外で遊ぶ楽しさを感じてもらえる取り組みだ。
04. 広告なのに見えない。大気汚染と連動するNetflixドラマ
Netflixの広告が、「空気の質」の大切さを可視化する試みとして話題になっている。イギリスを舞台にしたドラマ『Toxic Town』の広告だ。
屋外スクリーンに映し出されたこの広告は、空気が澄んでいるときははっきりと映るが、大気質が悪化すると文字や出演者の姿が霞み、最終的には煙に包まれたように真っ白になってしまう。画面には、「この広告が見えないのは、現在の大気質が悪いためです」と表示されるのだ。番組内にとどまらず、変わりゆく現実を街中でありありと映し出し、作品のメッセージを人々の「感覚」にまで届ける役割を担った。
05. 毎日普通に通勤するだけで宝くじチャンス。インドの無賃乗車対策
ムンバイを中心とした人口密度の高い都市部では、有人の改札システムや混雑による監視の限界により、無賃乗車が日常的に横行していた。そこでインド鉄道と西部鉄道ゾーンが打ち出したのが「Lucky Yatra(ラッキー・ヤートラ)」キャンペーンだ。
通勤列車の正規チケットを購入した乗客に抽選で最大5万ルピー(約9万円)の賞金が当たるという“鉄道くじ”のような仕組みで、切符の購入をポジティブな体験に変えている。キャンペーン開始から数週間で、ムンバイ地域の正規乗車率が目に見えて改善されたという報告も出ており、成功例として国内外の注目を集めた。
まとめ
今年、東京・新橋のアドミュージアムで開催された「わたしたちはわかりあえないからこそ」展では、「女は○○」「男は○○」など、ジェンダーにまつわる「わかりあえなさ」をテーマに、自分とは違う性別への無意識の偏見や、先人たちの取り組みを取り上げていた。
伝え方に正解はない。しかし今回ご紹介した5つの事例は、ユーモアとクリエイティビティをもって、社会の課題を「自分ごと」として捉えさせる力を持っている。






