私たちがデザインを通じて生み出しているのは、単なる「モノ」だけではありません。その裏側にある資源、社会システム、そして人間のあり方そのものを、どう設計していくべきなのでしょうか。
2026年4月13日、東京・虎ノ門ヒルズの「Glass Rock」にて、デンマークを代表するブランディング・ファーム、Kontrapunkt(コントラプンクト)CEOのヨハン・ラウェッツ氏を迎え、トークイベント『「デザイン」という未来への招待。デンマークのKontrapunktと考える、効率を超えた“誠実さ”の作法』を開催しました。その対話の様子をお届けします。
加藤 佑(ハーチ株式会社|代表取締役)
社会をもっとよくする世界のアイデアマガジン「IDEAS FOR GOOD」創刊者。循環経済専門メディア「Circular Economy Hub」、横浜市における循環都市移行プラットフォーム「Circular Yokohama」を展開。企業・自治体・教育機関との連携によりサステナビリティ・循環経済推進に従事。ニッコー株式会社・社外取締役。大学院大学至善館 Circular Futures Design Center センター長・特命准教授。東京大学教育学部卒。
Johan Lawaetz(Kontrapunkt|CEO & Partner)
コンサルティング、スタートアップ、金融業界でのキャリアを持つ戦略スペシャリスト。ブランド戦略と企業経営、そして現場の戦術を統合する論理的かつ構造的なアプローチを得意とする。欧州、アフリカ、中東、アジアなど世界各地でのプロジェクト経験から、常にグローバルで包括的な視点を戦略策定に持ち込む。
デザインが引き起こす「意図せぬ結果」と、その気づきにくさ
イベントの前半、ハーチ株式会社 代表の加藤は、デザインが社会や環境に及ぼす影響力の大きさを、こんな問いかけから提示しました。
「EUの公式文書では、製品が環境に与える負荷の8割は設計(デザイン)段階で決まると言われています。しかし、私たちはそもそも『何を』デザインしているのかを、見失っていないでしょうか?」
加藤は、「A House and a Hole(家と穴)」という記事を紹介。モロッコのある家には、すぐ横に大きな穴が開いています。家は、そこから掘り出した土や石で建てられているからです。つまり、家をつくることは、すなわち「地面に穴をあける」ことでもあるのです。


「建築家からすると家(プロダクト)をデザインしているかもしれないけれど、家をデザインしてるということは、穴(資源の採掘場)をデザインしていることでもある。 このように一つのデザインによって『今どこで穴が作られているか』も理解する必要があります。 ただ、現代においてこの距離は非常に遠くなり、見えにくくなっているのです」
今や多くのビジネス現場において、デザインを決める場と、資源の源泉が遠く離れています。素材の採掘地、製造、流通が分断され、私たちは“どこに穴が開いているのか”を意識しにくくなっているのです。また、その「意図せぬ結果」は、遠く離れた場所だけでなく、身近なところでも現れているにもかかわらず、見過ごされがちだと言います。
「例えば、スマートフォンの利便性をデザインした結果、私たちは電車内で全員が下を向くという風景を副産物としてデザインしてしまいました。また、傘の取っ手の使いやすさが『どこにでも掛けられる』という便利さを生んだ一方で、それが置き忘れを誘発し、年間約1億本の傘の廃棄に繋がっているという皮肉もあります。デザイナーが意図した『便利さ』の裏側で、意図せぬ『穴』がどこかに開いている。そのインパクトに目を向ける必要があります」

こうした実情に、私たちはどう向き合うべきか。加藤はそのヒントとして、香川県高松市の事例を紹介した。庵治石(あじいし)を素材に職人とともにプロダクトを開発する「AJI PROJECT」です。
庵治石は「花崗岩のダイヤモンド」と称される石である一方、墓石などに加工される過程でその多くが端材として埋め立てられてきました。そこで、この捨てられるはずだった端材に職人の技術を注ぎ込み、美しいブックエンドやプロダクトへと生まれ変わらせたのです。これが、「READY MADE」と呼ばれる取り組み。
さらに興味深いのは、その後に始まった「READY MADE +」というプロジェクト。
「『READY MADE +』は、端材からプロダクトを作る際に出てくる『端材の端材』を扱う試みです。当初、プロジェクトメンバーは『これはただのごみではないか』と戸惑ったそうですが、唯一無二の一点ものの形状に価値を見出す人々が大勢現れたのです」

出典:AJI PROJECT

加藤はこのエピソードを通じて、デザインの新たな可能性を提示しました。
「何がプロダクトで、何が廃棄物なのか。その境界は実は非常に曖昧です。自分たちが『負の遺産』や『ごみ』だと思い込んでいるものの中に、実は新しい価値を見出される可能性がある。インパクトというものは決してネガティブなものばかりではなく、デザインのルートを少し変えるだけで、ポジティブな価値へと反転させることができるのです」
デザインの視野を広げる。システム、脱中心、そして「共愉」へ
さらに加藤は、これからのデザイナーが向き合うべき4つの重要な視点を提示しました。
1. 製品からシステム全体への拡張
フィンランド・アールト大学のイディル教授らが提唱する、サステナビリティのためのデザインのスコープ移行のモデルに基づき、デザインの対象を「素材や製品」という限定的な範囲から、サービス、ビジネスモデル、そして「社会システムやエコロジカルなシステム全体」へと引き上げることが重要であると指摘しました。
2. 「人間中心」というメタファーの再考
「人間中心(ヒューマンセントリック)」という言葉に潜む「中心の方が周辺より価値がある」という価値観そのものを問い直す必要性を指摘。人間中心ではないデザインの思考法についての書籍『スマートシティとキノコとブッダ』の中で触れられている、久保田晃弘氏の「人間周辺主義」という考え方を引き合いに、中心ではなく周辺や周縁にこそ価値があるといった思考が今の時代に求められているのではないかと問いかけました。
3. デジタルの裏側に潜む「抽出主義」と「植民地主義」
一見クリーンに見えるAIやデジタルインフラも、大量のCO2排出やレアメタルの採掘という環境負荷の上に成り立っています。さらに、私たちの身体や行動が「データ」という資源として不当に採掘される「データ・コロニアリズム(データ植民地主義)」といった新しい搾取の構造についても、デザインの責任として認識すべきだと警鐘を鳴らしました。
4. コンヴィヴィアリティ(自立共生)と道具の分水嶺
哲学者イヴァン・イリイチが唱えた「コンヴィヴィアリティ」を引用し、道具と人間の関係性を深掘りしました。「人間の能力を高める第一の分水嶺(自転車のように、使うことで人間の力が拡張されるもの)」と、「人間の能力を奪ってしまう第二の分水嶺(過度な自動化により、人間から自律性が失われるもの)」の違いです。
「例えば、習得に訓練を要するピアノという道具が、人間に努力の機会と喜びを与えるように、AIという新しい道具も、人間の能力を奪うのではなく、人間が自律的に喜びを生み出すためのものでなければなりません」
このような社会的状況に置かれている、デザイン分野。では、その中にある一企業は今、デザイナーとしてどのような実践をしているのでしょうか。
誠実な差異化が「ムーブメント」を起こす。デンマーク再エネ大手・Ørsted社の石油産業からの変革
このバトンを受け取った、Kontrapunkt CEOのヨハン・ラウェッツ氏。Kontrapunktは、1985年にデンマーク・コペンハーゲンで設立されたブランディング・ファーム。戦略、デザイン、テクノロジー、ストーリーテリングの4つを統合し、単なる見た目の美しさにとどまらず、変化を促すクリエイティブを提供しています。デンマーク国会や王立美術コレクション、公共鉄道といった国家規模のインフラデザインも手がけてきました。

Kontrapunkt CEO ヨハン氏

ヨハン氏は、企業が「単に利益を追う存在」から、社会を動かす「ムーブメントのリーダー」へと進化するための鍵は「誠実さ(Genuineness)」にあると説きます。
「ブランドが信頼されるためには、自分たちの核(コア)に対して誠実でありながら、他者から際立つ『Genuine Distinction(誠実な差異化)』が必要です。そして、その姿勢をあらゆるタッチポイントで調和させる『Orchestration(オーケストレーション)』が重要になります」

その代表的な事例として紹介されたのが、デンマークのエネルギー最大手、オーステッド(Ørsted)社の変革です。同社はかつて「DONG Energy(デンマーク石油天然ガス)」という名前で、化石燃料を主力としていました。
「彼らは2006年から、象徴的に言うと、黒いエネルギーから緑のエネルギーへの大転換を決断しました。Kontrapunktは、彼らのビジネス戦略とブランドを統合するプロセスを支援しました。まず社名を、電磁気学の発見者である科学者の名を取った『Ørsted』へと変更。単なるロゴの変更ではなく、存在意義を『完全にグリーンなエネルギーで動く世界を作る』と再定義したのです」
このプロジェクトは、機密性の高い変革を伴い、上場企業として秘密裏に進められ、週末の間に一斉にサインや内装を架け替え、月曜日の朝にCEOが社員と世界に発表するというドラマチックな方法でローンチされました。現在、オーステッドの再エネ割合は98%に達し、世界最大規模の洋上風力発電会社となっています。

もう一つの事例として挙げられたのが、サントリーとのプロジェクト。「中学生にも伝わる形で、サステナビリティの取り組みを伝えたい」という依頼に対し、ヨハン氏らは既存のパワーポイントによる説明を捨て、新しい視点を導入しました。
「サントリーのフィロソフィーである『水と生きる』を真に体現するため、私たちは『水』を物語の語り手に据えました。すべてのイニシアチブを水の視点から捉え直し、その波及効果を『Ripple Effect(波紋効果)』として視覚化したのです」

具体的には、マテリアリティ(重要課題)の流れを「水の動きで」表現したインタラクティブなデジタルプラットフォームや、インフォグラフィックスを駆使したレポートを作成。単に報告書をデジタル化するのではなく、ユーザーが水を動かすように情報を探索し、インスピレーションを受け取れる体験をデザインしました。
「事実をただ羅列するのではなく、ブランドの核心にある誠実なストーリーを、一貫性(オーケストレーション)を持って伝えること。それが、人々の心を動かすデザインの力です」

企業とデザイナーは、どこまで変化に伴走できるのか
イベントの最後には、ヨハン氏と加藤によるクロストークが行われました。
加藤「ヨハンさんは多くのグローバル企業と仕事をされていますが、日本企業に対してどのような印象を持っていますか?」
ヨハン氏「日本企業の『長期的な視点』には非常に感銘を受けています。短期的な利益ではなく、歴史を大切にしながら未来を考える姿勢は、他国が学ぶべき強みです。しかし、AIの台頭や地政学的リスクにより、世界はかつてないスピードで変化しています。この『長期的視点』を保ちながら、いかに『素早く』動くか。この矛盾(パラドックス)への対処が、日本企業のこれからの鍵になるでしょう」

さらに、視点は自社からクライアントとの関わり方へ。前向きな変化を起こすデザインの可能性を広げるにあたって、心がけるべき「協働のあり方」とはどんなものなのでしょう。
加藤「Ørstedの例は素晴らしいですが、金融業界では Divest or Engage(手を引くか、働きかけるか)という議論があるように、よい企業ではなく問題を抱えた企業とどのように向き合うか、も重要だと思います。Kontrapunktでは、クライアントを選んだり、従来型からの改善を導いたりすることもあるのでしょうか?」
ヨハン氏「クライアントのビジネスが生み出すインパクトを注意深く吟味して、プロジェクトへの参加を決めるようにしています。変化を目指している企業でも、その『意図』がどこまで真の思いであるのかを、見極めることが重要です。多くの場合、良い・悪いという二元的に分けられるものではないので、クライアントが真により良くなる手助けをするのが私たちの役割だと考えています」
ヨハン氏は、デザインの役割について、ブランドとその顧客の間に共有される「意味」を設計することであると位置付けるといいます。その源泉であろうブランドの意図や願いが、形を伴って社会に現れる影響と責任の両方を、デザインは背負っているのかもしれません。
未来から現在へ。デザインは、今の世界を受け止めてデザインし、それが数歩先の未来を形作ることを自覚する必要があります。
「デザイン」という言葉が持つ範囲は、今、かつてないほど広がっています。そんなデザインという行為に求められるのは、もはや単に見た目を整えることではないはずです。それは、生活の背後にある副産物をも見つめ、人間が自律的に生きるための誠実なシステムを再構築すること、その入り口へと社会を誘うことであるのかもしれません。
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