仕事の側が、個々人に合わせて形を変えたら。難病とともに働くRDワーカーが「働きやすさ」の未来を問う

2026.08.20

Yagihashi Pachi
【特集】私たちの「働く」は、どんな社会を再生産しているのか?

私たちが人生の多くの時間を費やす「働く」こと。それは単に生活費を得るための手段であるだけでなく、私たちが社会に変化をもたらしたり他者とつながったりする身近な手段の一つです。しかし今、多くの人々が数字に追われ、規則に縛られる中で、本来のやりがいやパーパスを見失いそうになっています。そうした問題を、組織として、あるいは社会のシステムとして、乗り越えることはできるのでしょうか?本特集では、このモヤモヤを個人の問題として片付けるのではなく、組織、ひいては社会のシステムを規定する「ガバナンス」というレンズを通して見つめ直します。

難病がある人は、「働くことが難しい人」なのだろうか。

もちろん、病気によって仕事に大きな制約が生じることはある。一方で、治療を続けながら働く人もいれば、働く意思や強みを持ちながら、自分に合った働き方や職場に出会えていない人もいる。

そうした人々を表す言葉として、NPO法人両育わーるどが事務局を務める研究会にて2025年から提唱しているのが「RDワーカー」だ(※1)

RDワーカーとは、難病や希少疾患、慢性疾患を抱えながら働く、あるいは働こうとしている人たちを指す言葉である。希少疾患(Rare Disease)を由来とする「RD」を取り巻く、支援制度の不足や社会認知の乏しさ、働く選択肢の少なさなど、さまざまな「Rare」を変えていこうという思いが込められている。

2026年7月14日(火)、順天堂大学 本郷・お茶の水キャンパスで「RDワーカーフォーラム 2026」が開催された。企業関係者、難病当事者、支援機関、研究・医療機関の関係者など、主催団体関係者を含む約300名が一堂に会し、RDワーカーを取り巻く現状や課題、そして今後の可能性について、多角的な議論と情報共有が行われた。

このレポートでは、なかでもフォーラム終了後に大きな反響が寄せられた「実践企業による事例紹介『RDワーカーの雇用について』」と、筆者も担当した「RDワーカー事例パネルツアー」を中心に振り返る。

難病のある人が働きやすい職場を考えていくと、やがて見えてくるのは、難病者だけに限らない問いだ。「働きやすい職場」とは、そもそも誰のためのものなのだろう。

「働けるか、働けないか」ではない。RDワーカーという言葉に込めた思い

NPO法人両育わーるど理事長・重光喬之氏 開会講演

「RDワーカーという言葉を、ぜひ覚えて帰ってほしい」

重光氏は、この日この呼びかけを何度となく繰り返した。

重光氏が仲間たちとともに「難病とともに働く人」を意味する「RDワーカー」という言葉を生み出した背景には、難病当事者の実態と社会の認識との間に大きなギャップがあるという問題意識がある。

難病という言葉から、「働けない」「働くことが難しい」と連想する人もいるかもしれない。しかし、働きながら治療を続ける人もいれば、働く意思や能力を持ちながら機会に恵まれていない人もいる。

重光氏自身も、難病当事者として就労や社会参加に苦労した経験を持つ。そのなかで気づいたのは、「病名が違っても、困りごとは似ている」ということだったという。

同時に、難病のある人の働き方を一律に捉えることもできない。フルタイムで働ける人もいれば、半日程度の勤務が適した人、短時間や柔軟な働き方を必要とする人もいる。同じ病気でも症状は人によって異なり、同じ人であっても日によって体調は変化する。

だからこそ重要なのは、「働けるか、働けないか」と二分することではなく、その人がどのような条件であれば働き続けられるのかを考えることだ。

こうした課題に向き合うため、研究会ではこれまで難病白書の発行、就労事例の発信、自治体との連携、政策提言などを行ってきた。さらに、RDワーカーのロゴやポスター、絵本、コミュニケーションスタンプなども制作し、難病と働くことをより身近に伝える活動を進めている(※2)

講演の最後、重光氏はこう強調した。

「働いているRDワーカーはたくさんいるし、働きたいRDワーカーもたくさんいる」

病気ではなく、その人自身と、その人が持つ可能性を見ること。RDワーカーという言葉は、そんな社会への転換を促すために生まれたのだ。

NPO法人両育わーるど理事長・重光喬之氏

RDワーカーが働きやすい職場は、誰にとっても働きやすいのか

では、企業は実際にどのような環境をつくっているのだろう。「実践企業による事例紹介『RDワーカーの雇用について』」には、セールスフォース・ジャパン、ゼネラルパートナーズ、電通九州の3社が登壇した。

業種も企業文化も異なる3社だったが、発表を通じて共通していたのは、「難病者」という属性から出発するのではなく、「一人ひとりの社員」と向き合おうとする姿勢だった。

「難病者」ではなく「Mさん」として向き合う──セールスフォース・ジャパン

セールスフォース・ジャパンからは、アクセシビリティ推進を担当する白氏と、ベーチェット病の当事者であるM氏が登壇した。M氏は指定難病受給者証と障害者手帳を所持しているが、障害者枠ではなく一般採用で入社し、現在は戦略マネージャーとして働いている。

発表でM氏が繰り返したのは、「難病者というひとくくりで見ないでほしい」ということだった。ベーチェット病では、発熱や倦怠感、関節炎、口腔内潰瘍など全身に症状が現れることがある。しかし職場でのM氏は、「難病患者」としてではなく「Mさん」という一人の社員として扱われているという。上司との対話でも、病気だけではなく、業務やキャリア、成果について話す。

その働き方を支えているものの一つが、「誰もが使える制度」である。同社にはリモートワークやフレックスタイムに加え、EAP(従業員支援プログラム)、無料カウンセリング、コーチング、マインドフルネスプログラムなどが整備されている。それらは難病のある社員だけを対象としたものではなく、すべての社員が利用できる。だからこそ、必要になったときに「自分だけが特別な配慮を受けている」と感じることなく使える。M氏は、「自分だけが制度を利用しているという後ろめたさがない」と話した。

また、同社ではマネージャーを単なる「管理者」ではなく、社員の成功を支援する存在と位置づけている。働く時間や場所を監視することよりも、その人が成果を出せる状態をどうつくるかを考える。その関係性が結果として、困りごとや体調の変化も共有しやすくなり、心理的安全性の高い職場環境につながっている。

さらに、同社にはERG(Employee Resource Group)と呼ばれる従業員コミュニティがあり、障害や育児、LGBTQ+などさまざまなテーマで社員同士がつながっている。こうした仕組みも、多様な人材が安心して働くための土台となっている。

「本人に直接聞く」を続ける──ゼネラルパートナーズ

続いて登壇したのは、ゼネラルパートナーズの田中氏と、その上司である西原氏だ。ネフローゼ症候群の当事者である田中氏は、社会人3年目で発症し、その後約20年にわたり病気と付き合いながら働いてきた。現在は新卒向け就職支援事業のリーダーを務めている。

同社でもリモートワークやフレックス制度を導入しているが、二人の発表でとりわけ印象的だったのは、制度よりも「対話」の存在だった。田中氏と西原氏は、週に1回、30分ほどの1on1を続けている。話すのは業務だけではない。体調や働き方、今後のキャリアについても率直に話し合う。

西原氏が重視するのは、「本人に直接聞くこと」だという。企業側が良かれと思って用意した配慮が、必ずしも本人の必要としているものとは限らない。「何に困っているのか」「何があれば働きやすくなるのか」を、本人と確認しながら考える。

そのため、田中氏への配慮も固定されたものではない。体調や業務状況に応じて、出社頻度や面談日程、仕事量などをその都度見直している。

症状が変化するのであれば、働き方もまた変わってよい。一度決めたルールを守り続けることよりも、状況が変わるたびに話し直せる関係をつくること。その柔軟さが、田中氏の「西原さんとは何でも話せる」という言葉につながっていた。

「配慮される側」だけで終わらない──電通九州

最後に登壇したのは、電通九州の人事担当・呉氏と、黄斑ジストロフィーの当事者である扇氏だ。

黄斑ジストロフィーは、視野の中心部が見えにくくなる眼疾患である。扇氏は電子ルーペや携帯型ルーペを使いながら仕事をしており、会社側もフレックス勤務やリモートワーク、チームによるダブルチェックなどで働き方を支えている。

しかし、この発表で中心にあったのも、設備や制度そのものではなかった。

扇氏は、「一方的に配慮される側でいてはいけない」と語った。

必要な支援を受けながらも、自分自身も組織に貢献する存在でありたい。そのために、健康管理や情報収集、メンタルケアなど、自分自身の状態を整えることも大切にしているという。

一方、呉氏からは「難病者の雇用は慈善事業ではない」という言葉があった。企業が必要な環境をつくり、社員も自分の能力を発揮する。どちらか一方が支える・支えられるという関係ではなく、互いが持てる力を出し合う関係であることが、働き続けるためには重要なのだ。

メイン会場後部に飾られていたRDワーカーを紹介するさまざまなクリエイティブ

30人の働き方を、一つの「属性」にまとめないために

会場ロビーでは、30名のRDワーカーの仕事や日常を紹介するパネルが展示されていた。

筆者が担当した「RDワーカー事例パネルツアー」では、参加者とともにそれらのパネルを見て回り、その後、会場にいるRDワーカー本人と直接話す時間が設けられた。

RDワーカーの岸さんから、働く上での工夫を聞くツアー参加者

企画の狙いの一つは、「RDワーカー」「難病者」という一つの言葉のなかにも、まったく異なる人生や働き方を持つ人がいることを感じてもらうことだった。

もう一つは、普段の生活では出会っていたとしても、その人が難病とともに働いていることを知る機会は必ずしも多くないなかで、実際に言葉を交わすことだ。抽象的な「難病者」という言葉の向こう側に、一人の人の顔や仕事、暮らしが見えてくる。

ツアー終了後、参加者からはこんな声が寄せられた。

「RDワーカーの話を聞きながら、“働きやすい社会とは何か”という、誰もが向き合うべき問いを考え続けたいと思った」

「当たり前のことだが、難病患者の前にRDワーカーたちは“一人の人”だった」

RDワーカーから見えた、これからの働き方

30名のRDワーカーのパネル(※3)と当日の対話を振り返ると、それぞれ病名も職業も生き方も異なる一方で、働き続けるための実践にはいくつか重なる部分があった。

それは「難病のある人に共通する性質」というより、体調の変化や制約と付き合いながら働くなかで培われてきた工夫と捉えたほうがよいだろう。

1. 「どこまで頑張れるか」より、「どうすれば続けられるか」

展示パネルには、「昼寝を取り入れる」「こまめに休憩する」「仕事量を調整する」「あえて余力を残す」といった工夫がいくつも紹介されていた。

疲労や慢性疼痛、筋力低下、ブレインフォグ、倦怠感など、症状と付き合いながら働くためには、一時的に限界まで力を出すことよりも、翌日も、その先も働ける状態を保つことが重要になる。

そのため、自分は何をすると疲れやすいのか、どの程度であれば無理なく続けられるのかを観察し、自分に合った働き方を探している人も多かった。

「頑張れる人」を基準に仕事を設計するのではなく、「続けられる条件」を考える。それは、難病の有無にかかわらず、持続可能な働き方を考えるうえで大切な視点ではないだろうか。

2. 人を仕事に合わせるのではなく、仕事の側を変えていく

リモートワークやフレックス、仕事量の調整、補助機器の利用など、今回紹介された働き方はさまざまだった。

共通していたのは、既存の働き方に本人を無理に合わせるのではなく、「どうすればこの人が力を発揮できるか」から仕事の条件を見直している点である。

働く時間を変える。場所を変える。役割を調整する。道具を変える。

仕事とは一度設計したら変えられないものではない。人の身体や生活が変化するのであれば、仕事の側にも変わる余地があっていい。その柔軟性が、働くことを諦めずに済む人を増やしていく。

3. 働きやすさをつくるのは、制度だけではない

今回パネルで紹介された人々のなかには、自身の症状や必要な配慮について職場と共有しながら、働き方をつくっている人もいた。

もちろん、病気をどこまで開示するかは一人ひとりが決めるべきことであり、開示すること自体が「望ましい働き方」なのではない。

重要なのは、必要なことを伝えたいと思ったときに、それを伝えても不利益を受けないと思えることだ。

どれほど優れた制度があっても、「使ったら迷惑をかけるのではないか」「評価が下がるのではないか」と感じれば、制度は存在していないのと同じになってしまう。

働きやすさを支えていたのは、制度の数だけではない。「困ったときには話してもいい」と思える、日々の対話と信頼だった。

「働きやすい職場」は、誰のため?

今回のフォーラムを通して印象に残ったのは、RDワーカーが「制約があるにもかかわらず働いている人」としてだけでは捉えきれないことだった。むしろ、自分自身の身体や生活と向き合い、周囲と対話しながら、働き方そのものを調整し続けている。そこから見えてくるのは、「難病のある人をどう働けるようにするか」という問いだけではない。

そもそも、一日8時間、週5日、決められた場所と時間で安定して働き続けられる人を「標準」としてつくられた職場は、どれほど多くの人にフィットしているのだろう。病気だけではない。子育てや介護、加齢、心身の変化。私たちの身体も暮らしも、人生のなかで変わり続ける。

それにもかかわらず、人の側が変わらない仕事の仕組みに合わせ続けなければならないとしたら、そこからこぼれ落ちる人が生まれるのは当然なのかもしれない。

この日最後に撮った交流会集合写真

RDワーカーの実践が教えてくれるのは、すべての人に同じ働き方を用意することが「公平」なのではなく、一人ひとりが力を発揮できる条件をともに探していくことの大切さだ。

人を仕事に合わせるのではなく、人の変化に合わせて仕事も変えていく。そう考えれば、RDワーカーが働きやすい職場をつくることは、一部の人のためだけの取り組みではなくなる。

「働きやすい職場」は、誰のためにつくるものなのか。30人のRDワーカーの働き方を見たあとでは、その問いへの答えは意外とシンプルに思える。おそらくそれは、今ここで働いている人だけでなく、いつか働き方を変える必要が生まれるかもしれない、私たち全員のためなのだ。

※1 NPO法人両育わーるど
※2 「難病×はたらく」クリエイティブ プロジェクト~ 難病の当事者団体と広告会社のクリエイターがコラボし発信 ~
※3 RDワーカーパネル

【参照サイト】RDワーカーフォーラム 2026

この記事を書いたライター

八木橋 パチ

Yagihashi Pachi

八木橋 パチ(やぎはし ぱち)。「#混ぜなきゃ危険」をタグラインに、つながりをエネルギーに変え、組織や個人の力を引き出すコラボレーション・エナジャイザー。近年は、障害のある方や外国ルーツの方など、声が届きにくい人たちの「働きにくさ」を起点に、すべての人にとっての「誇りある就労」を探究している。人間の矛盾や多様性を愛し、雑談と好奇心から豊かな時間と新しい可能性を生み出そうと、常になにかと格闘中。(この人が書いた記事の一覧