人間を含む哺乳類の鼻は、身に迫る危険を敏感に察知する能力を持っている。動物は1万マイル先の危険な匂いも嗅ぐことができ、その匂いに基づいてシナリオを推測することができる。私たち人間も同じで、何かが燃えている匂いを嗅ぐと、どこにいようと瞬時に危険を察知することができる。
1937年に米国テキサス州の学校で、無臭ガスを使用していたためにガス漏れに気づくことができず、295名が死亡するという悲惨な事件が起きたことがある。この事件以降、ガスに匂いをつけることで同様の事件の発生が著しく減少した。このように、嗅覚は今まで人間の生存にとって非常に重要な役割を果たしているのだ。
しかしながら、生活の中心がデジタル環境へと移行した現代では、この嗅覚が察知できる危険の割合は徐々に少なくなりつつある。人々はオンライン上で毎日のようにウイルスやハッキングなど、深刻な結末をもたらしかねない様々な危険と隣り合わせで暮らしているが、残念なことに私たちの鼻はオンライン上に存在するそれらの潜在的危機について警告を与えてはくれない。ガスに匂いをつけることはできても、データは無臭だからだ。
もし、このインターネット上に存在する危険についてもガスや火災と同じように匂いで直感的に察知することができたとしたら、情報漏洩などインターネットセキュリティの不備がもたらす悲惨な事故を減らすことができるのではないだろうか。そう考えたオランダのデザイナーLeanne Wijnsma氏は、映画監督のFroukie Tan氏と協力し、ユーザーにインターネット上の危険を匂いで警告することができるデバイス、「Smell of Data」を開発した。
Wijnsmaはオランダ文化メディアファンドから「Smell of Data」プロジェクトの研究開発助成金を受け、香りディスペンサーと、情報漏洩リスクを知らせる独特な香りを作成した。 ユーザーは、スマホやタブレット、PCなどの端末と香りディスペンサーとをWi-Fi経由で接続する。ユーザーが、セキュリティ保護されていないウェブサイトやWi-Fiネットワーク、またはホットスポット(公衆無線LAN)にアクセスした場合、ディスペンサーが反応し、警告信号として「データの匂い」が放出されるという仕組みだ。
「Smell of Data」自体は、情報漏洩から私たちを直接守ってくれるものではないが、きちんとしたセキュリティ対策と組み合わせれば、情報漏洩の危機を正確に知らせてくれる。インターネット上に潜む危険な匂いを嗅ぐことができるのは、最も効果的な方法ではないかもしれないが、私たちの脳の「fight-or-flight」反応(恐怖への動物的反応)を、バーチャルな領域と結びつけ、感覚をデザインに組み込んだ優れた事例だと言える。
「情報漏洩」と聞いて、自分にはあまり関係のないことだと感じる人も少なくないだろう。しかしながら、実際には私たちが普段何気なく使用しているインターネットには、あらゆるところに情報漏洩の危機が散らばっており、しばしば本人が気づかないうちに情報漏えいは発生してしまう。「Smell of Data」は、その危機が迫っていることを感覚的に知らせることができるため、インターネットユーザーのセキュリティ意識の向上にも繋がるだろう。人々がインターネットを安全に利用できるよう、人間の原始的な感覚反応とテクノロジーとを結びつけた非常にユニークなアイデアだ。
【参照サイト】Smell of Data
(※画像:Smell of Data より引用