長期海外生活を送る筆者がたびたび実感するのが、日本はきわめて美食な国だと言うことだ。和食はもちろん、イタリアンやちょっと変わったエスニック料理、ファストフードから高級料理に至るまで、世界中のさまざまな料理が手軽に食べられる。
しかしこの豊かな食文化の裏で、食料消費全体の2割にあたる約1,800万トンの食べ物が、毎年のように捨てられているという現状を知っていただろうか。世界で貧困・食糧危機問題が深刻化する一方で、日本では食料が大量に廃棄されている。何とも皮肉で深刻な事態だ。
このアンバランス状態は日本だけに限ったことではない。カナダでは国民の7人に1人が貧困状態にある一方で、年間の食料廃棄率はなんと全体の4割にのぼる。この問題の解決のため立ち上がったのが、有名カナダ人シェフのジャガー・ゴードン氏だ。彼は6月トロント市内に、全米初となる「値札のないスーパーマーケット」をオープンした。
彼が採用したのは“pay-what-you-can”方式。言葉通り「あなたが払える金額だけをお支払いください」というシステムで、各商品に払う金額は購入者が決める。商品ラインナップは、新鮮な野菜やお惣菜、ペットフードまで多岐におよび、隣にはベーカリーカフェも併設している。販売されている商品はすべて、他のスーパーやレストラン・食品製造工場・野菜ファームから寄付されたものだ。経済的に余裕があってもなくてもさまざまな食べ物を購入でき、同時に食料廃棄も削減できる。
「ちょっと見た目が悪かったり賞味期限が近かったりするだけで、本来美味しく食べられたはずの食べ物が山のように捨てられている。だったらそれらを全部集めて、必要としている人たちに届けたいと考えました。」そう語るゴードン氏。
これまで彼は、ケータリング事業で余った食べ物を一般提供するサービスや、“pay-what-you-can”方式のレストランなどさまざまな事業を手がけてきた。そして今一番力を入れているのが、この値札のないスーパーというわけだ。
店舗は月曜から日曜まで休まず営業。売上はすべて、維持費や商品の運送費などに充てられる。店舗の運営を行うボランティアスタッフや寄付金を募集したところ、これまでに600人を超える人々からの支援があったという。
ゴードン氏は「この営業形態を無謀だと言う人もいます。しかし、ヨーロッパの多くの国々では実際に、この“pay-what-you-can”方式が成功する実例もあるのです。だから私はカナダの人々に、このサステナブルなモデルが実際に成り立つという事実を知ってほしいのです」と語る。
現代日本ではあまり見られなくなった、「ご近所同士で余ったものを分け合う」という習慣。元来この“分かち合い”は、大切な食べ物を美味しく無駄なく頂くための知恵であったはずだ。
今更お隣さんのドアをノックして食べ物を届けるのはハードルが高すぎるとしても、たとえば本当に必要な分だけ食材を購入したり、賞味期限が近いものを買ってすぐに食べたりといった小さな工夫を積み重ねることは誰にだってできる。そうやって食料廃棄を少しずつ減らしていくことが、恵まれた環境に生きる私たちが負う、せめてもの責任だと思う。
【参照サイト】Feed it Forward