CSVのアイデアは現場にある。MS&ADグループに学ぶサステナブルな事業のつくりかた

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2015年9月、国連で2030年までの世界全体における持続可能な開発目標、通称「SDGs(Sustainable Development Goals)」が設定されてから早3年。最近では日本でもようやく「SDGs」という言葉を聞く機会が増えてきた。

グローバルに事業を展開する大手企業を中心に、SDGsをどのように事業に統合すべきかについての議論が活発化してきている。また、最近ではESG投資(環境・社会・ガバナンスへの取り組みを重視した投資手法)に代表されるように投資家から企業に対する要求も高まっており、長期的な成長を考えるうえで「サステナビリティ」は欠かせない経営テーマとなりつつある。

一方で、企業がサステナビリティや事業を通じて社会的価値の創造を目指すCSV(Creating Shared Value:共通価値の創造)といった取り組みを推進していくうえで常に課題となるのが「社内浸透」の問題だ。

企業として社会課題の解決に取り組むことがなぜ重要なのか、長期的にどのような経済的メリットがもたらされるのかなど、サステナビリティやCSVに取り組む意義について社内での共通理解がなければ、真の意味でサステナビリティの観点を事業に統合することは難しい。

このサステナビリティと社内浸透の問題に、とてもユニークな方法で取り組んでいる企業がある。それが、三井住友海上火災保険やあいおいニッセイ同和損害保険などを傘下に抱える国内保険会社大手のMS&ADインシュアランスグループ(以下、MS&ADグループ)だ。

日本を代表する機関投資家でもあるMS&ADグループは、2015年6月に投資活動においてESGを考慮することを宣言する国連のPRI(責任投資原則)に署名するなど、多額の資金を運用する機関投資家として積極的にサステナビリティを推進してきた。

そして、2018年にはグループ全体としての新しい中期経営計画「Vision2021」を策定し、2030年に目指す社会を「サステナブルでレジリエントな社会」と定め、CSVに基づく経営展開を中核に据えることを公表した。

そのMS&ADグループは、この「Vision2021」の実現に向けてSDGsやCSVに対する社内の理解を深め、日常業務への浸透を図るべく、今年はじめて国内外も含めたグループ会社全体が参加する「サステナビリティコンテスト2018」を開催した。

サステナビリティコンテスト発表会当日の様子。審査員としてグループ会社役員61名が全国から集まった。

最近では新規事業を創出するための施策の一環として「ビジネスコンテスト」を実施している企業は増えてきているものの、「サステナビリティ」をテーマに据えた全社横断のコンテストはあまりない。

初の試みとなった今回は、結果として海外法人からも含めて合計526件の応募があり、MS&ADグループ会社の役員61名による審査のもとで最優秀賞が決定した。最優秀賞に選ばれたのは、三井住友海上北海道支店が実施した『「空想会議」でSDGsを体現!』という取り組みだ。

CSVのアイデアは、現場にある

「空想会議」は北海道支店独自の取り組みで、もともとは新しいマーケットを想像して未曽有の保険契約を成約することを目的として始まったものだ。2017年の4月からスタートし、任意で参加した社員が集まって半年にわたり月に一度の会議を重ねたものの、どうしても大口成約をとることばかりが頭をよぎってしまい、なかなか成果は出なかった。

プレゼンテーションを行なう三井住友海上北海道支店のプロジェクトメンバー

そのような状況を打開するべく、10月からは発想を転換して会議の目的を「社会の問題解決をすること」に再設定し、改めて顧客や業界関係者のもとに足を運んで課題やニーズのヒアリングを行った。

その地道な取り組みの中から新たに生まれたのが、病院向けの「高額医療機器補償」という商品と、肉牛牧場向けの「牛補償」という商品だ。

地域医療の拠点となる全国の公立病院のうち実に7割が赤字に苦しんでいるという問題に目をつけた北海道支店は、高額な医療機器の保守コスト(修理費)を保険化することで病院のコスト削減と業務効率化を支援するというスキームを企画、医療機関向けのコンサルティングを手がける企業とも提携しながら病院向けの新たな保険商品を創り出し、契約することに成功した。

また、肉牛牧場の経営者や農協へのヒアリングにより、せっかく手間と時間をかけて育てた肉牛が屠殺場やせり場市場へと輸送される間に死亡することがあることを知ったプロジェクトチームは、20ヶ月以上の肥育中の肉牛に対する傷害保険を全国として初めて商品化し、見事成約に結び付けた。

他にも、高齢者の運転免許返納を促すためのタクシー定期券や、除雪サービス付の住宅補償など、地域社会が抱える課題の解決に目をつけたユニークなプロジェクトが多数進行しているという。

これらの空想会議から生まれたプロジェクトに共通するのは、高齢化が進む北海道地域の医療インフラ維持や衰退しつつある畜産業の支援といったその地域特有の課題がアイデアの基となっているという点と、社会貢献だけではなく保険会社としての事業性もしっかりと追及しているという点だ。

高額医療機器補償の潜在マーケットは全国で200億円以上あり、大型肥育牧場のマーケットも42億円超におよぶ。空想会議が生み出したアイデアは、北海道だけではなく全国にスケールする可能性を秘めており、まさにCSVを体現した内容となっている。

最優秀賞を受賞した三井住友海上北海道支店のメンバー一同

こうしたアイデアは地域社会のニーズをしっかりと把握できる現場の従業員だからこそ生まれるもので、トップダウンによる戦略推進だけでは実現することが難しい。CSVというと非常に抽象的で分かりづらいコンセプトに聴こえるが、その具体的なアイデアは現場にたくさん落ちているのだ。

社内浸透のコツは、理論よりも日々の業務から

今回のサステナビリティコンテストでは、最優秀賞を獲得した北海道支店以外にも、海外からも含めて500件以上ものユニークなアイデアが集まった。日々の業務に追われている現場の社員や管理職からは、こうしたコンテストに貴重な業務時間を割くことに対する反対意見などはなかったのだろうか?

コンテストを企画した総合企画部部長兼サステナビリティ推進室長を務める山ノ川実夏氏は、「反対意見は聞かれなかった。応募は任意であり、必ずしも日常業務と離れた特別なことを取り上げてもらうのではなく、日々の活動がサステナビリティにつながっている点を意識してもらい、応募を促進した」と語る。

サステナビリティへの取り組みと日常の業務を切り離すのではなく、むしろ日々の業務からサステナビリティにつながる要素を探し出し、アイデアを出してもらう。それが社員を巻き込んでいくコツなのだ。

コンテストが役員と従業員をつなぐ

また、今回のコンテストはグループ会社の社長も含めた全役員が審査員を務めるというまさに全社一丸のイベントとなったが、山ノ川氏は「グループ各社の社長をはじめとする役員が審査員として参加することで、新しい中期経営計画におけるCSVの考え方がいかに重要であるかというメッセージを社員に伝えることができる。また、役員にも、CSVやSDGsをともに考えていただくよい機会となった」とその意義を語る。

サステナビリティやCSVの考え方を現場に浸透させていくうえでは、経営側がそのテーマについていかに本気で考えているかを従業員に示すことも効果的だ。MS&ADグループでは、サステナビリティを全社で推進する上で鍵を握る「経営陣」と「従業員」という2つの重要なステークホルダーが相互に理解を深め、お互いに同じ方向を向くための機会としてもコンテストを上手く活用しているのだ。

大事なのは、社会課題を事業機会に変える仕組みづくり

MS&ADグループのような保険会社の場合、そもそもが社会のリスクと向き合う事業なので、その意味では社会的課題に対する意識を社内に浸透させやすいとはいえるかもしれない。

顧客の資産を数十年にわたって預かる以上、常に数十年先の未来も見据えた長期的な目線で事業の環境を考える必要があるし、顧客の生命リスクや損害リスクが高い状況では保険事業を運営できないため、気候変動や大気汚染といった環境問題について真剣に取り組むことは、経済性の観点から考えても合理的だ。

一方で、そうしたあらゆる社会が抱える課題やリスクが新たな事業の創出機会になるという意味では、保険会社に限らず全ての企業が同じフィールドに立っている。

そして、その課題やリスクを一番身近に感じることができ、ジブンゴトで考えられるのは、顧客や地域社会と毎日接している現場の社員だ。サステナビリティやCSVの推進にはトップのリーダーシップが欠かせないが、一方で、真に課題解決につながる具体的なアイデアは現場にこそたくさん落ちている。

サステナビリティコンテストは、そうした現場のアイデアを上手く吸い上げながら、アイデアを形にしていくうえでとても有効なツールとなる。そして、コンテストがもたらす成果は、出てきたアイデアだけではない。むしろ、コンテストに参加するプロセスを通じて社員ひとりひとりにサステナビリティについて考えるきっかけを提供することが、長期的には大きな企業価値となって跳ね返ってくる。

MS&ADのサステナビリティコンテストには、どんな企業も参考にできるヒントが数多く詰まっている。今後、同様の取り組みが業界を問わず幅広い企業に広がっていくことを期待したい。

【参照サイト】中期経営計画 – MS&ADホールディングス

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