日本の身体障がい者の人口は約436万人。なかでも、聴覚に障害を持つ人が人口の約2割を占める。耳が不自由なことで、日々の仕事に影響が及ぶことも少なくない。
多様な人が活躍できる社会をつくるため、いま企業に求められているのは、あらゆる場面でのアクセシビリティ向上を考えた環境づくりをすること。具体的には社内インフラの整備や、誰でも使いやすい情報通信機器の活用、そして社員同士の理解を促進していくことだ。これに積極的に取り組んでいるのが、携帯電話サービスでよく知られるNTTドコモである。
同社は、聴覚や視覚、上肢が不自由な人向けに『らくらくホン』などの製品や『みえる電話』などのサービスを提供している。またドコモショップでもバリアフリー化に取り組んでおり、90%以上が車いす対応店舗となっている。これらのサービスは、身体に障害を持つ社員の協力によって作られたものだ。
今回、自身も難聴を持ちながらドコモで働き、耳が不自由な人向けのサービス『みえる電話』を発案した青木典子さんに、ドコモが取り組む障がい者支援について伺った。
話者プロフィール:青木典子(あおきのりこ)
大阪府出身。生まれつきの難聴を持つ。NTTドコモ入社後、自身の希望で障がい者向けサービスの企画に従事。2016年には、『みえる電話』を発案し、2017年度のグッドデザイン賞も受賞した。現在はスマートライフ推進部にて、CSR系サービスの主管業務を行う。
聴覚に障害をもった社員の挑戦
『みえる電話』は、通話相手の話す言葉を文字変換してスマートフォンに表示するサービスだ。こちらが文字を入力すると相手に音声で伝える「入力発話機能」も付いている。
まだお試し版ではあるが、難聴などの聴覚障がい者をはじめ、相手の言葉を聞き取るのに苦労する人にとって画期的なサービスとなりそうだ。
Q: 青木さんが『みえる電話』を作ろうと思ったきっかけは何でしたか?具体的なエピソードがあったら教えてください。
青木:自分自身が生まれつき難聴を持っているので、その経験をいかしたサービスを作れたらいいなと以前から思っていました。
やはり日常の中で特に困っていたのが、電話だったんです。私は学校でも健聴者の同級生に囲まれて生活してきたのですが、周りの人は頻繁に電話をしていました。たとえばアルバイトの面接から、友達同士の何気ないおしゃべりまで。そういう環境で、電話ができない不便さを感じていました。
聴覚に障害があると、どうしても「電話をせずに済む範囲」で生活してしまうのですが、私は、電話でいろんなことをしている人を日常的に見てきたので、それができない悔しさを感じていました。今考えれば、だからこそ『みえる電話』というサービスを考え付くことができたのだと思います。
Q: 青木さんは、『みえる電話』を通してどのように生活が変わりましたか?
青木:日常の選択肢が広がりましたね。たとえばお店の予約をするときは、今までだったら電話でのみ予約を受け付けているお店を避けて、妥協してネット予約できる場所を選んだり、わざわざお店まで出向いたりしていたのですが、それがなくなりました。
企業へのちょっとした問い合わせも電話でできるようになりましたし、クレジットカード紛失などの緊急時などにも使えます。いま、社内でも健聴者の方と同じくらい電話をしています。
Q: 『みえる電話』はまだお試し版ですが、実際にモニターとして利用した方からはどんな声が届いていますか?
青木:すごく喜んでくださる方が多いです。実際、「十数年ぶりに電話ができた」とか、「聴覚障がい者の自分に電話ができるなんて思っていなかった」「こんなサービスを待っていました!」という声が届きました。
変換が一言一句正確ではないこともありますが、いち難聴者としては、これまで相手の声だけを頼りに電話していたので、文字で言葉が表示されるだけでもとても助かります。同じように感じているお客様の声も寄せられています。
職場全体でつくる、障がい者も働きやすい仕組み
ドコモでは『みえる電話』の他にも、「製品・サービス開発」「お客さま窓口」「使い方の普及」の3つを柱とし、障害のあるなしに関わらずすべての人が使いやすいサービスを追求している。
そんなドコモの職場では、どのような障がい者支援が行われているのだろうか。「ダイバーシティ推進室」で働く築崎真理さんのコメントをまじえながら聞いていこう。
Q: ドコモ社内では、障害を持つ人でも働きやすいような取り組みはあるのでしょうか?
築崎:3年前、社内で「ダイバーシティ推進ワーキンググループ」を立ち上げました。多様な方がもっと会社で活躍できるようになるために、障害を持つ社員が抱える課題を共有し、健常者に知ってもらうと同時に、一緒にその解決策を考えてもらう取り組みです。
でも、当事者が自分の苦労を堅苦しく伝えるだけの場じゃないんです。たとえば青木は、4コマ漫画で難聴のことを伝えていましたね。
青木:はい。自分が会議など大人数での会話で取り残されることを漫画にしてみました。タイトルは、「聞こえていると思っていませんか?」です。
築崎:他には、車いすを日常的に使用する社員から、フロアのあちこちに物が置かれていると通れない、といった意見が出たり、低身長の社員からはコピー機の利用に必要な社員証をかざすリーダーの位置が高すぎる、という意見が出たりしました。言われてみれば当たり前なんですけど、普段は気付かないことですからね。コピー機のリーダーの位置は横に取り付けるようになりました。
青木:今まではそういった困りごとを発信する機会もなかったので、社内に共有できるようになったことが、お互いに理解する第一歩かなと思います。
Q: ほかにも、障がい者採用などにも力を入れていると聞きますが、その理由はなぜですか?
築崎:ドコモでは、基本的に会社が行う事業に対して共感していただいた方を採用しています。そのときにたまたま障害のある方もいらっしゃる、という方が正しいでしょうか。障害のある、なしで一緒に働けるかどうかを区別しているわけではないんです。
そして、採用した方に何かしらの障害があったとしても、障害を持たない方と同じように活躍できるような配慮をそれぞれの職場で行っています。
ドコモが目指す次世代の電話サービス
『みえる電話』をはじめとして、障がい者と健常者の垣根をなくすアイデアを発案してきた青木さん。彼女が次に見据えているものはなんだろう。
Q: いま、何に一番を関心を持っていますか?今後やりたいことを教えてください。
青木:やはり電話に関連したサービスを向上したいです。たとえば、ドコモでは似たような機能を持つサービスも多いので、わかりやすく統一するといったことですね。
あとは今後本格版をリリースする予定の『みえる電話』に関しては、通話を始める前に相手に対して「あなたの声を文字でお伝えします。はっきりお話しください」とガイダンスが流れるんですけど、これもいつか無くすことができたらいいと思っています。
はじめに相手に『みえる電話を使用します』と短くお伝えするだけで、相手がその意図を理解できるくらいこのサービスが認知され、みなさんの生活にとっての当たり前になればいいなと。
誰もが活躍できる社会へ
日本の身体障がい者人口は、5年前と比較すると119%増加傾向にあるという。障害を持つ人が増えていくにあたって、ますます社会全体のバリアフリー化が必要になってくるだろう。
私たちが日常的に使う「携帯電話」というツールで、身体が不自由な人の悩みを解決してくれるドコモ。良いサービスを提供するためには、当事者の視点も必要となる。同社では、10年以上前から障害のある人とない人が一緒に働いていたという。
誰かが仕事をしづらそうであれば、周りも協力して解決策を探していたそうだ。少しの工夫で改善できることかもしれないし、新サービス開発のきっかけとなるかもしれない。
障がい者でも働きやすい会社。それがいつか、あたりまえになることを願って。青木さんのお話は、多様性のある社会への希望を与えてくれるものだった。
【参照サイト】内閣府「平成30年版 障害者白書」