日本と同じ少子高齢化社会であり、定年退職者の増加と労働人口の減少に直面する香港では、労働者の確保が課題となっている。ITを活用した労働生産性の向上や労働環境の改善は、多くの国や企業が注目しているソリューションだが、刑務所の運営もその例外ではない。
香港の刑務官の職場環境は、特殊な勤務時間、遠い勤務地へのアクセス、シフト制、厳しい内部規定、危機的状況への対応などの特徴があり、早期離職が問題になっている。年間で17,340人の受刑者が新しく入所し、1施設あたり平均8,000人以上の受刑者を抱える香港全土の刑務所で、刑務官の負担軽減は避けられない。
香港の矯正局はこの現状に対応するために、「スマート刑務所」の運用を開始する。構想自体は2018年11月に発表されており、プライバシー保護に関する政府担当者の議論の結果、問題がないとみなされ、試験運用が実現した。この構想には大きく3つのテクノロジーが導入される。「ロボットアームによる排せつ物管理」「ウェアラブルリストバンドによる生態情報の監視」「人工知能による監視動画分析」を導入予定で、費用は約5,000万円にのぼる。
「受刑者の排せつ物の管理」は、入所者による違法薬物の持ち込み防止につながる。従来は刑務官が木の棒で排せつ物に薬物が混入していないか確認していたが、ロボットアーム導入後はアームが自動で水を噴出しながら排せつ物を確認することで、刑務官の心理的な負担を減らすことができる。
「ウェアラブルリストバンドの導入」は、受刑者の自傷行為を防ぐ狙いがある。自傷のケースは2017年の99件から2018年には48件に減少しているが、そのうち2名が自ら命を絶った。リストバンドによって受刑者の心拍数をリアルタイムで把握し、異常がみられると警告が発生する仕組みによって異常の早期発見を促す。
「人工知能による監視動画分析」では、試験的に12のビデオカメラが4つの男子刑務所棟に導入される。カメラは受刑者同士の喧嘩や自傷行為、受刑者が倒れるなどの異常を検知し、ビデオを監視している刑務官に自動で警告する。モニター室にいる刑務官が常にビデオを監視する体制は変わらないが、すべて人力で行っていた監視業務の負担を減らすことが目的だ。
矯正局の担当者によると、スマート刑務所の試験運用に併せて、刑務官の通年採用や採用時研修の強化を行うなど、負担軽減のための人的体制も充実させるようだ。刑務所の業務管理とIT活用の両軸で、働きやすい職場と離職防止をねらう。
テクノロジーの普及により、生体情報の把握やビデオ監視によってプライバシーが侵害されることへの懸念は全世界で広がっている。今回は刑務所という比較的特殊な環境であり、試験導入にあたって行政担当者同士で議論が行われたものの、社会全体での議論は十分とは言えない。今後は医療や福祉の現場でも、意思決定が難しい本人の安全確保のためにプライバシー情報が取得される可能性が生まれている。テクノロジーとプライバシーの関係は今後も議論を深める必要があるだろう。
【参照サイト】CSD to develop smart prison system
【参考サイト】Tracking wristbands, video monitoring systems and drug-detecting robots – Hong Kong tests how to make its prisons ‘smart’
【参考サイト】Hong Kong prisons to test new CCTV system that can detect suspicious behaviour by inmates
【参考サイト】‘Smart Prison’ facilities soon to get pilot run in HK