日本初のBIO HOTEL「カミツレの宿 八寿恵荘」に聞く、サステナブルな宿の秘訣

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長野県、北安曇郡池田町の山あいにたたずむ宿、『八寿恵荘』。施設内に一歩足を踏み入れると、やさしい木のにおいが広がった。人々は裸足で上がり、広い窓から差し込む太陽の光をいっぱい浴びながら、自社農園で採れた野菜をつかった食事に舌鼓をうちながら、カミツレ(カモミール)エキスのたっぷり入ったお風呂に入りながら、夜には薪ストーブのある「らうんじ」で談笑しながら、自然と調和した宿泊を楽しむ。

カミツレの宿 八寿恵荘 外観

カミツレの宿 八寿恵荘 外観

ここは、2015年に日本国内で初めて「BIO HOTEL®認証」を受けた宿である。BIO HOTELとは、オーストリアで発祥した、世界で唯一ホテルへの厳格なBIO(オーガニック)基準を設ける団体だ。日本では一般社団法人日本ビオホテル協会が、八寿恵荘を含め三つのBIO HOTELを認証している。(参考:BIO HOTELS JAPAN代表理事への取材記事

八寿恵荘は、いかにして始まったのか。そしてなぜ、BIO HOTELに選ばれたのか。健康と環境にいい「癒し」の宿から、宿泊体験をもっとサステナブルにするヒントを探る。

カミツレの宿 八寿恵荘(やすえそう)

カミツレの宿 八寿恵荘
住所:長野県北安曇郡池田町広津4098
Webサイト:http://yasuesou.com/
長野県安曇野の豊かな自然に囲まれた宿。日本初のBIO HOTEL認証を受けており、健康や環境に配慮した安心な宿泊体験を提供する。 ホテル名となった「八寿恵」は、カミツレ研究所代表・北條さんの祖母の名前。

八寿恵荘が「日本初のBIO HOTEL」になったワケ

受付カウンター

受付カウンター

笑顔で筆者らを迎えてくれたのは、八寿恵荘でコミュニケーション、マーケティング等を担当する松澤英(まつさわすぐる)さん。もともと大阪のIT企業で働いていたが、1日中パソコンに向かう生活によって体調を崩してから数年後、八寿恵荘にたどり着いた。

八寿恵荘 松澤さん

松澤英(まつさわすぐる)さん

Q. とても素敵な空間ですね。館内には、どんなこだわりがあるのでしょうか?

館内で安心して心地よくお過ごしいただくため、食事は自社農園の無農薬野菜を中心に提供し、化学調味料なども使っていません。

アメニティは、すべて自社製品のカモミールにこだわったスキンケアシリーズ『華密恋』をご使用いただけます。そして寝具などはオーガニックコットンを使用しており、ホテルの建材もできるだけ地元の無垢材などの自然素材をつかっています。たとえば八寿恵荘では、アカマツやケヤキなど9種類の木を使用しているんですが、ほとんど池田町内からとれた木なんです。建てるときも合成接着剤はつかっていないので、床や階段は少しきしんだ音がするかもしれませんね。客室には館内で使われている木の名前が付けられ、ルームキーもそれぞれの木材でつくられています。

ルームキー

ルームキー

館内は裸足で快適に過ごせるように床暖房を入れていますが、これはお湯でヒーティングしているんですよ。床下にホースを張り巡らせ、製材の副産物や間伐材などを砕いた木質チップをつかったボイラーでお湯をあたためています。CO2を実質的に増やさない仕組みをつくっているんです。お風呂の熱源も同じですね。

もともと、印刷会社の社員のための保養所をリノベーションした宿なので、建物自体はシンプルなつくりです。

お部屋

お部屋

人々が集まる「らうんじ」

人々が集まる「らうんじ」

Q. BIO HOTELに認定される前から、健康や環境にいい取り組みをしていたのですか?

そうですね。八寿恵荘の原点は、1984年にこの町で創立したカミツレ研究所でした。農薬を使わず、土づくりからこだわった国産カモミールの栽培、そしてカモミールを使用したスキンケアブランド『華密恋(かみつれん)』の商品開発をすることから始まったんです。

そして、カミツレエキスをたっぷり入れた「華密恋の湯」の体験の場としてできたのが、八寿恵荘です。はじめは地元の方がお風呂だけ入りに来る銭湯のような場所になり、花粉症やアトピーなどのアレルギーをお持ちの方も多くいらっしゃっていました。また、お客様から「ここに来るとリラックスでき、元気になれる」という声をいただくようになり、もっと多くの方にご利用いただきたいという想いのもと、宿泊施設として本格的に始動したのです。

当時から食事の調味料にもこだわっていたり…… 誰でも安心して泊まれる宿を目指しました。八寿恵荘での体験を通して、自然や地球環境のことを考えるきっかけになればいいですね。

華密恋のプロダクト

華密恋のプロダクト

華密恋の湯

華密恋の湯

Q. 人々の健康だけでなく、環境にまで配慮するようになったのはなぜですか?

自身の健康と、環境を保全していくことは、切り離して考えられるものではないと思うんです。

健康に気を付けようと思えば、ストレスがたまって病気になる前にケアをしなくてはいけないし、環境に対しても同じ。地上で循環するようにものづくりをしたいですよね。どちらも、最終的に持続できることが大事じゃないですか。カミツレ研究所自体が、人の健康と自然環境の役に立つことがコンセプトで、さらに地域社会がいつまでも続くように、という願いをもって創立されたので。

Q. BIO HOTELに認定された要因は何だったのでしょうか?

もともとBIO HOTELとの出会いは、オーガニック関連の展示会で華密恋のブースを出していたところに、日本ビオホテル協会代表の中石さんが立ち寄ってくださったことでした。2015年の宿のリニューアルを伝えたことから、今のご縁につながっています。

日本でBIO HOTELの認証を受けるには、三つの条件があります。フード類、そしてコスメ類がガイドラインに適合しているかどうか、CO2排出削減に関する取り組みを一つでもしているか……

八寿恵荘の場合は、やはりカミツレ研究所で薬用入浴剤をはじめとしたオーガニックなスキンケアシリーズを提供していたことが大きいのだと思います。館内のシャンプーや石けんなどのアメニティには、すべて自社製品である華密恋をつかっていますから。この点に関しては、中石さんからも太鼓判をいただきました。

八寿恵荘 松澤さん

CO2削減に関しては、さきほどお話したチップボイラーの取り組みですね。間伐材って、結局木を切って燃やさずに置いておいたとしても微生物が分解してCO2を出すんですよ。チップボイラーの仕組みは、石油などの化石燃料を使わず、地下に閉じ込められた炭素をCO2として地上へ排出しないということ。このボイラーの導入なども評価いただきました。

そして…… あえて最後にしたんですが、食事が重要です。トレーサビリティがとれている食材しか宿でつかわないということが、認証の要となっています。私たちは、何か新しい食材をつかうときは一つひとつ中石さんに確認していますよ。

Q. 食事は重要なのですね。八寿恵荘の食材は、どこから調達されているんでしょうか?

できるだけ地元の農家さんから調達するようにしています。あとはちょっと山を登ったところに自社の畑を持っていて、そこでレタスやキャベツ、ナス、きゅうりなどの野菜を育てています。

BIO HOTELの使命の一つに、「サステナブルな農業をする農家さんを地元で増やすためのハブになる」ということがあります。農家さんも、いくらオーガニックで美味しいものをつくっても売り先がないとやっていけませんから、八寿恵荘がその買い取り先となって、農家さん自身の意識も変えていこうと、リニューアル時からずっと働きかけています。

キッチンスタッフが実際に農家さんに会いに行って、「この野菜、すごく美味しいんですが無農薬でつくれませんか?」と提案したりね。いま、頻繁に取引がある農家さんは町内だけで5件いらっしゃいます。

土間

Q. BIO HOTELは、かなり厳しい基準だと聞きます。実際に認証を受けられてみてどうでしたか?

とても厳しかったですよ!今でも一年に一度、検査が入っています。

特に厳しいのは、やはり食材の部分でしたね。取引のある農家さんの土の状態や、動物の飼育環境までチェックする必要がありました。化学肥料をつかっているかどうか、鶏のえさには何をつかっているのか、のびのびとした環境で育てられているかどうか、など。たしかに、ある程度の基準がないと、どこかで負荷がかかって、 長い目で見ると持続可能にならないのではないかと思っています。

野菜に関しては、有機JAS認証が一つの基準ではあるんですが、それをとっていない農家さんでも、栽培履歴で安全性を証明していただくことはできます。

誰でも手が届きやすく、続けられる仕組みが大事

八寿恵荘 松澤さん

Q. お食事は、雑穀米や玄米ではなくあえて白米にしていると聞きました。それはなぜでしょうか?

玄米は苦手な方もいらっしゃるので……。もちろん玄米を食べたい方は、選ぶこともできます。

八寿恵荘はBIO HOTELではありますが、お客様にとって良い意味での「ハードルの低さ」を大切にしています。思い切り「健康宿です!」と打ち出してしまうと、さまざまな食事制限、そしてアルコールなどの制限をしなくてはいけなかったりするので。私たちはそこまでストイックにせず、かまどで炊いた美味しい白米や、オーガニックワインを提供しています。

ここは、病気になりそうなとき、ストレスが溜まったときに一度自分を解放しリフレッシュする、そんな癒やされる宿であればいいなと思っています。健康に関する気づきが、ちょっとでもあればいいじゃないですか。

栄養たっぷりの食事

栄養たっぷりの食事

かまどでご飯を炊く

かまどでご飯を炊く

Q. 健康でサステナブルな暮らしへのアクセスの良さも大切にしているということですね。

はい。やはり、いろいろと無理しないことが一番です。自分の健康に関して、ある日突然「やるぞ!」と思い立って生活を180度変えたとしても、続かない場合も多いので。日常の延長で、気軽に、癒やされたいときに来るイメージでいていただければ良いかなと思います。

多くの方に泊まっていただきたいので、宿泊費も特別高くは設定していません。ここは、華密恋の製品を体験していただく場でもあるので。

ヨガと健康

「宿泊」のこれから

Q. 日本には、まだBIO HOTELが三つしかありません。少ない理由はなんだと思いますか?

うーん、ホテル単体でサステナビリティに取り組むのは、なかなか難しいかもしれません。八寿恵荘の場合は、カミツレ研究所や華密恋という母体があったからこそ認証をいただけたのだと思っています。

個人的な意見ではありますが、特にBIO HOTEL基準で認められる食材の調達の難しさに関しては、日本の気候も関係していると思っています。基本的には、北ヨーロッパの気候に近く、涼しい地域の方が有機農業はやりやすいんじゃないでしょうか。農薬をまかなくても虫がつきにくくはありますし。しかし日本の温暖湿潤の気候では、そもそも有機農業の難易度が大きく上がります。

そういった意味では、涼しい長野の安曇野の地はBIO HOTELに適していたのだと思います。もともとこの地域は、オーガニックやサステナビリティへの意識が高く、都会から移住して有機農業を始められる方も多いので。

安曇野の農家

ただ、近年このようなサステナブルな事業の市場は拡大していますよね。需要もありますし、自然と増えていくと思います。いまは、基準を下げてまでBIO HOTELを増やすことを重視していないのかもしれませんね。

Q. もっと多くの宿泊施設がサステナブルになるために、できることは何だと思いますか?

まずは、食の部分をできるだけオーガニックに変えることではないでしょうか。リネン、コスメ類や、CO2の排出削減よりも早く、そしてダイレクトに地域に関わってくるものだと思うので。

遠くから食材を調達してくるのではなく、地元でとれた食材をつかうことはもちろん大事です。さらに、その食材がどのような環境でどのように生産されているのかを深くホテル側が追いかけ、それをうまくPRできれば、お客様も自然とついてくると思っています。

Q. これから八寿恵荘でやっていきたいことを教えてください。

八寿恵荘が取引をしている農家の方々は、もともとサステナブルな有機農業に関心を持って実践されてきた方が多いので、今後は、いままで特にそういう意識を持っていなかった農家さんへも、イベント等を通してこれまで以上にアプローチしていきたいですね。いろいろな側面から、健康や環境に対する気づきを得てもらえたらいいと思います。

地域に貢献するためには、ある程度の規模も必要だと思っています。八寿恵荘はもちろん、カミツレ畑やカミツレエキスの製造工場などを含めた「カミツレの里」全体を、癒やしの空間として広げていきたいですね。

笑顔

宿泊体験が“ちょっとした”気づきになるように

日本初のBIO HOTELである八寿恵荘。健康や地域に良い食事、オーガニックなリネン・コスメ類、CO2削減目標など、厳しい基準をクリアしてからも、日々サステナブルな取り組みを続けている。一方、宿泊客から見たときの「ハードルの低さ」を大切にしているというのは、意外な発見だった。気負わず、日々の喧騒から外れてリフレッシュしたいときに訪れる宿。そんな八寿恵荘には、ぜひ泊まってみたいと感じた方も多いのではないだろうか。

5月中旬から6月上旬、八寿恵荘の周りは、満開のカミツレで覆いつくされるという。美しい自然に囲まれた宿泊や、イベントなどの体験を通して、この宿はいつも、私たちに健康や自然に対するちょっとしたヒントを与えてくれることだろう。

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