より複雑で、より予測が困難になっていく未来に、わたしたちはどう向き合えばいいのだろうか。
以前IDEAS FOR GOODでは、不確実な未来を進むための手引きとして未来洞察の手法を取り入れたデザイン思考「Futures Design」を紹介した(記事:デンマーク発の「未来を自ら創造する」デザイン思考。ありたい未来に向けた課題解決を)。今回は「Futures Design」を体感・理解してもらうべく開催されたワークショップの様子をお届けする。
2019年5月28日・29日の両日、東京・大崎にて1日完結型のワークショップ「Futures Design Basic Course」が開催された。CSV(共有価値の創造)のマーケティング支援を行う株式会社エンゲージメント・ファーストが主催となり、同社と業務提携しているデンマークのデザイン会社Bespokeの共同代表であるニックとルネの2人がイベントを進行した。
普段仕事で企業やプロダクトのブランディング、企画に関わる社会人が両日合わせて40名以上参加し、「ブランドの未来」をテーマにFutures Designのワークショップを体験した。
イベントレポート前編では、Futures Designの概要、その片鱗に触れるワークの様子を、後編では、Futures Designのツール「THE FUTURES CANVAS」を活用したブランドの未来の創造についてお伝えする。
Bespoke(ビスポーク)
デンマーク・コペンハーゲンに本拠を置くデザイン会社。“世界で最も刺激的”と言われるビジネスデザインスクール「カオスパイロット」の卒業生らが創立した。未来の洞察を取り入れたデザイン思考の手法「Futures Design」を、ワークショップなどを通して広め、世界で20か国以上で業界を超えてビジネスを行っている。
自ら未来を創造するメソッド「Futures Design」
“ 未来を予測する最良な方法は、未来を創り出すことである ”
アメリカ合衆国の計算機科学者で、「パーソナルコンピュータの父」とも呼ばれるアラン・ケイの言葉だ。冒頭の「不確実な未来にどう向き合うか」という問いに対する、ひとつの解になり得るだろう。
わたしたちが望む未来を自ら創り出すため、Bespokeが開発したデザイン思考のメソッドが「Futures Design」である。戦略的な未来洞察により現在を読み解き、未来の兆しを探索してインサイトを得る。そして、そのインサイトをもとに、企業や個人が「理想の未来」を想像し、そこへ至るためのシナリオとアクションプランを創るためのメソッドだ。
「知らないということを知る」ためのフレームワーク
現在持っている知識だけでは、未来を創造することは困難だ。ニックは「知らないということすら知らない領域まで踏み込んでいく必要がある」と語る。Futures Designでは、「知らないことを知る」ため2つのフレームワークを活用する。
1つ目は、「STEEPV」というフレームワークだ。社会(Social)、テクノロジー(Technological)、経済(Economic)、環境(Environmental)、政治(Political)、人々の価値観の変化(Values)の6つの視点を行き来して、物事を複数の側面から把握する。
もう1つは、Bespokeオリジナルのフレームワークだ。Situate、Search、Sense、Scale という4つのフェーズに分けて、発散と収束を繰り返し未来の戦略を立てていく。
日本の「Futures Designer」を増やす
Bespokeでは戦略的な未来洞察を用いた企業に対するコンサルティング事業「Bespoke work」のほか、Futures Designerを世界中で輩出するためのワークショップ「Bespoke academy」を展開している。日本におけるFutures Designワークショップの開催は今回で3回目。その3回を主催してきたのがエンゲージメント・ファーストだ。
同社は、未来の暮らしや地球にとって意義あることを企業や生活者とで共創し、持続可能な社会を創造することを目指している。デンマークのBespoke社と業務提携したのも、幸福度ランキング常時上位国がもつ、社会をデザインする力や未来を創造していく思想・思考法に着目したからだと語る。
日本における社会課題がより一層深刻化していく中において、日本の未来をどうデザインしていくかを共に考え、望ましい日本の未来を共に創っていくfutures designerをつくろうと、今回のようなワークショップを開催しているのだ。
世界各地で事業を展開するBespokeのニックとルネにとっても日本は特別な国であり、仕事・プライベートともに訪れるほどの日本好きであるという。
「国土の大きさなどデンマークと日本とは多くの違いがある一方で、文化的共通点が見られます。例えば品質へのこだわりや、伝統を大切にする心。組織や人、そして地球にとってより良い未来を実現するために、Bespokeは日本を重要なパートナーと位置付けています。」
彼らは日本でも未来を創る人材「Futures Designer」を増やすべく、エンゲージメント・ファースト社と本格的に活動を始めている。
失敗を恐れず、共創するための場づくり
今回のFutures Designワークショップのテーマは「ブランドの未来」だ。参加者はFutures Designのメソッドを実践で学びながら、「これからのブランドはどうあるべきか」をグループで考察していく。このテーマを選んだ理由について、ルネは「組織も個人も日常的にブランドと接しているため、誰にでも関係のあるテーマを選んだ」と述べる。
ワークショップは朝10時から始まり、ランチを挟んで夕方17時に終わる。通常のプロジェクトであれば半年ほどかけて行うこともあるプロセスを、一日にぎゅっと凝縮した濃密スケジュールだ。参加者は一日を通してFutures Designのメソッドを体感し、「未来の可能性」の感触を得ることを目指す。
体を動かし、実践しながら学ぶ
ワークショップは全体でワークの説明、前提の共有をおこない、その後6〜7名のグループでグループワークをおこなう「Gather and Scatter(集まって散らばる)」形式で進められる。実践に移る前に、ルネからワークを進める上で大切なスタンスについて説明があった。
「Futures Designのワークショップでは、体を動かしながら、実践を通して学んでいきます。どうか失敗を恐れないでください。恥ずかしがらなくて大丈夫です。好奇心旺盛に挑戦し、学んでいきましょう!」 この一言で場の空気が和み、参加者の緊張がほぐれ始めたのを感じた。
「そして、途中で『今どこに向かっているのだろう?』と不安になることもあるかもしれません。そんな時は、プロセスそのものを信じてください。ワークショップの最後には、プロセスで得た気づきを持ち帰ってもらえるはずですから。」
多様な仲間と協働して学ぶ
最初のワークは、参加者の緊張を解きほぐすアイスブレイクから始まった。参加者は2人1組のペアになり、お互いの似顔絵を紙に書いていく。この時、手持ちの紙は見ずに、相手の目だけを見て描き進めていくのがユニークなポイントだ。
手元を見ずに描くのだから、あまり上手な似顔絵は描けない。だからこそ、お互い完璧主義を抜けだしてリラックスした状態でワークに取り組むことができる。それがアイスブレイクの狙いだ。
似顔絵を描くことに苦戦しながらも、和気あいあいとした雰囲気のなかワークを進める参加者たち。似顔絵を描き終えたら、相手に聞いてみたい「未来に関する問い」を書いて紙を手渡していく。
終始笑い声が途切れないまま、10分ほどのワークは終了。最後に全員で円を作り、ワーク中にもらった「未来に関する問い」に答えながら自己紹介を進めた。表面的な肩書きに囚われず、参加者の思考や想いに触れられる貴重な時間だった。
タイムスリップしてバックキャスティングの手法を体感!
2つ目のワークは、Futures Designの特徴のひとつであるバックキャスティングを体感できるワークだ。バックキャスティングとは、 理想的な未来を描き、そこから逆算して現在の戦略を考える手法である。
このワークでは、バックキャスティングの手法を“体感”してもらうために凝った演出が用意されていた。ニックとルネの手引きにより、わたしたちは1989年にタイムスリップしたのだ!
ニックとルネはとある映画配給会社のCEOに扮し、映画産業の今後について”30年後の未来から来た”参加者にアドバイスを求める。参加者はグループで現在(設定上の未来)から過去を振り返りながら映画産業にインパクトを与えた出来事を書き出し、CEOの2人に今後の戦略に役立つアドバイスを提言するという設定だ。
参加者は前述した「STEEPV」のフレームワークを用いながら、30年間に起きた出来事をグループで振り返っていく。参加者は「この出来事は関係あるだろうか?」と好奇心旺盛に、大胆にアイデアを出していった。
映画産業にインパクトを与えた事象として、インターネットやDVD、ストリーミングサービスの登場などテクノロジーの変化や、GAFAをはじめとする巨大IT企業の誕生が挙げられたほか、それらを起点に映画を家庭で楽しむ文化が生まれたことや、クリエイティブ制作が生活者にとって身近なものとなったことなど社会や価値観に関する洞察もなされた。
参加者はさまざまな視点で未来から過去を振り返るワークを経て、「時系列にイベントを並べて見ると、年代ごとにあるものが未来を形作るものすべてに繋がっていることに気づいた」と驚きを共有した。ワークを通して、現在から過去を見ることは未来を見ることのヒントになると体感することができたようだ。
編集後記
前編では、Futures Designの概要と、未来を創造する手法のひとつであるバックキャスティングを体感する導入のワークを取り上げた。全体を通して印象的だったのは、参加者全員が楽しみながら、安心してその場に参加できる仕掛けづくりだ。不確実要素の高い「未来」というテーマ、そしてほぼはじめましてのメンバーと協働する際には、どうしても不安や緊張が伴う。「未来を創造する」不確実な体験を遂行するからこそ、共に進む仲間たちとの信頼関係の構築が不可欠なのだろう。
イベントレポート後編では、Futures Designのフレームワークに沿って実際に「ブランドの未来」を創造するワークの様子をお届けする。