新興国で活躍するベンチャー企業と夢中になって仕事をしてみたい、自分の力を試してみたい、観光よりも深く新興国の裏側を知りたい、そんな思いを抱えたすべての人に開かれたプログラムがある。一般社団法人GEMSTONEが主催する「新興国ソーシャルベンチャー共創プログラム」だ。参加者たちは3か月の間、新興国の社会起業家の経営課題に挑戦するが、本業は辞める必要がなく、平日の定時後や土日にミーティングを重ねる。
本プログラムは、2回の現地渡航と中間報告、最終報告で構成される。今回レポートするプログラムは2回目の開催となり、2019年6月から9月にかけて行われた。インドネシアの小規模農家に研修と農具の提供をする高級チョコレートメーカー「Krakakoa」と、インドネシアの医療をクラウドファンディングのプラットフォームで支えるIT企業「WeCare.id」の2社に対して14名の日本人がチームに分かれてそれぞれソーシャルベンチャーの経営課題に取り組んだ。
第一弾のプログラム動画
一般社団法人GEMSTONEは「共想」「共走」「共創」というアプローチを軸に、人や組織に寄り添う事業を展開しており、本プログラムの運営のほかにも、新興国における事業開発支援や社会的事業の企画を行っている。これまでケニアやブータンといった幅広い地域で国際機関やNPOと連携して現地の社会課題解決に向けた数多くのプロジェクトの実績を残してきた。
本プログラムでは、実績のあるGEMSTONEならではの視点をもとに日本チームのファシリテーション、チームで考え出した事業のフィードバックや、個人の成長に寄り添ったコーチングを展開している。
今回は、筆者も参加した2019年6月から9月にかけて行われた本プログラムのレポートと、12月に行われた「自分から世界を変えるアジア・ソーシャルベンチャーとの共創体験」第二弾報告会&ワークショップの様子をお伝えする。
プログラム中の流れ
キックオフ(6月中旬)
6月中旬に開催されたキックオフでは、GEMSTONE深町さんがプログラムの全体について説明し、その後メンバーそれぞれがプログラム参加にあたっての想いを共有した。深町さんは「5年前の自分に必要なプログラムだった」と話した。そして「新興国の社会起業家の熱量に触れ、自分の力の腕試しになると同時に、志を共にする仲間を得ることでこの3か月を経験したあとは次の一歩を踏み出さずにはいられない、そんなプログラムになる」と語った。
「今の会社で働き続けることにモヤモヤしている、変わりたい」「今の自分の力で海外の起業家に何ができるか試してみたい」「楽しそう、インドネシアに行ってみたい」そんな想いをぶつけた参加者たち。
チーム分けではWeCare.idかKrakakoa、どちらの企業と共創するかを参加者が自分自身で選ぶ。どちらの企業も魅力的だったため、参加者たちはチーム選びに苦戦している様子だった。
WeCare.id :インドネシアのインフラである、島嶼医療の最前線を実際に見ることができ、同じ島国である日本にとっても学ぶ点が多い。
Krakakoa:滅多に行ける機会のないカカオ農家のもとでフィールドワークができ、さらにプロジェクトの成果がわかりやすい。
チーム分けの後はいつ渡航するか、ホテルをどうするかといった話し合いが進み、「プログラム参加者」から主体性を持った「共創企業のメンバーの一員」に変わった瞬間だった。
1回目の渡航~第1回報告会(7月)
渡航に向けて、国内ではチームで週1回以上のミーティングを重ねた。本業が終わり次第夜中までオンラインミーティングをしたり、多忙なメンバーがいるチームでは休日の朝早くからPCを開けたりすることも。
ミーティングの内容はチーム全体の方向性やメンバーがやりたいことのすり合わせ、渡航中に知りたいことや現地企業への質問事項の精査など、多岐にわたる。業種も年齢も違うメンバーだからこそ新鮮な議論があり、時に冗談を言い合いながら渡航に向けた準備を進めた。
現地渡航では3日ほどの短期間の中で、社会起業家やマネージャー、さらに患者や農家へ訪問する。最中には、社会起業家の人生観や起業に至る熱い想いを深く聞く場面もあり、参加者たちも強い刺激を受けた。1日の最後は参加チーム内で振り返り、お互いのいいところを言い合う。初めての慣れない環境で大量の情報を濃密な時間の中で消化する大変さや、仲間で一緒に受け止める心強さを実感しながら過ごす渡航となった。
参加者の香月さんは「国内外を飛び回っているサブリナ(Krakakoa CEO)が、私たちの渡航中に時間を割いて、(略)チームの想いや取り組みに向き合ってくれていると感じ、非常に感謝しています。」とコメント。日本チームの熱量に応えようと、多忙な中でスケジュールを調整する現地企業家に筆者を含め多くの参加者が胸を打たれた。
1回目の渡航後、渡航前に考えた施策を練り直しになったチームや、渡航で生まれた何十ものやりたいプロジェクトを絞るチームもあった。改めて「自分たちだからできること」を内省しながらチームで議論して編み出した案を帰国後の第1回報告会で社会起業家に提案した。
本プログラムの特徴の一つは、早い段階で社会起業家にフィードバックをもらえることだ。第1回報告会、第2回の渡航時という計2回のPDCAを回しながら、ブラッシュアップした成果物を出すことができるプロジェクト設計だからこそ、中だるみせず集中して取り組むことができる。
深町さんによると「美しい計画書を最後に提出だと、使われないことも多いので、何度も叩いてもらって使われるものにしていくというアプローチにしている」という。
2回目の渡航~最終報告会(8月)
第1回報告会で得たフィードバックからさらに中身を詰め、第2回目の渡航中にはほとんどのチームが、第1回目の渡航中に調査したデータや、第2回目渡航までのチーム内議論を踏まえて用意した施策を社会起業家やマーケティングチームに思いを込めて発表した。
本プログラム参加者で現在GEMSTONEプロジェクトプロデューサーの寺澤さんは「WeCare.idのビジョンや戦略、業務の改善点を明確にしていくためのワークショップを実施しました。その前夜の準備、チームメンバーそれぞれが個性や才能を発揮しての深夜作業&ディスカッションがバッチリはまった翌日のワークショップで、WeCare.idチームの想いやエネルギーが場に満ちていく様子は、きっと一生忘れないと思います」と振り返った。
WeCare.idのCEOギギ氏は日本チーム渡航後のインタビューで「もっと日本チームと並走していきたいのに時間が足りない。日本チームに考えてもらった施策の効果測定をしてもらうためにも、再会できる機会があるといい」と話していた。KrakakoaCEOのサブリナ氏も「Krakakoaの関係者でもなかった日本人チームが、Krakakoaのチームと一丸となってくれたことに勇気づけられた」とコメント。サブリナ氏は第三弾以降のCo-pro参加にも意欲的だという。
また、渡航前や渡航中にはGEMSTONEのメンバーやチーム内で個人の成長に向けた話しあいの場が設けられ、チームに対する思いやメンバーそれぞれの目標に向けた達成度合いを確認しあう。個人面談の場だけでなく、振り返りシートの記入を通しても自分の思考の変化を振り返ることができる。
これはGEMSTONEが形だけのプロジェクト完遂を目的とするのではなく、個人の想いや満足度と向き合うことで、自分の豊かさや生き方に対する自身の感度を高めることを含めてプログラムの成功だと捉えているためだ。参加者の荒木さんは「会社で長く働いている中で社外の人とのコミュニケーションが減り、視野が狭くなってきているのではと危機感を持っていた。プログラムを通じて多種多様な人と出会い、もっと自分をさらけ出していいんだと思えるようになった」と渡航中に語っていた。
実際に多くの参加者がこのプログラムをきっかけに自身のキャリアを見直し、志に沿った新しい道を歩みだしている。
「自分から世界を変えるアジア・ソーシャルベンチャーとの共創体験」第二弾報告会&ワークショップ
2019年12月に一般向けに公開されたプログラム報告会では、GEMSTONE代表深町さんとプログラム終了後に独立した寺澤さんをはじめ、プログラム参加者も上記のようなプログラムの内容を振り返る場となった。
そこで最も印象的だったのは寺澤さんの言葉だ。
「人が持つポジティブ、ネガティブな感情は、それぞれ個人が持つ価値観が無意識のうちに生み出している。たとえば『つながりを大事にする』価値観を持つ人はコミュニティの中で居場所を感じられたときにポジティブな感情を持つようになり、つながりが壊されたときにネガティブな感情を持つようになる」
「価値観が満たされたときに幸せを感じる一方で、仕事や我慢せざるをえない状況が多くなると価値観が満たされなくても『仕方がない』『諦めよう』という思考になることに慣れきってしまう」
「今回のプログラムのように、今まで出会ってきた人とは違う仲間との出会いや見たことのない光景から、能動的に自分が本来持っていた価値観や感情に気づき、『もっとこんなことをしてみたい』『こんな自分になりたい』というこれまで隠されてきた、内面的欲求が引き出されていく」
会社に行けば肩書のついた自分、家庭に帰れば母・父としての自分というように、年齢を重ねるにつれて、自身の思いを隠して「やるべきこと」や組織の中の責任感を優先するようになる。無意識に身に着けていた鎧を脱いで、しっかり時間を取って自分の気持ちに耳を傾け、客観的にフィードバックをもらう機会はなかなか取れない。
周りの人や環境を大きく変えて新しい世界に飛び込んだことで「仲間」「自分が変わるきっかけ」「グローバルな視点」「成功体験」それぞれを獲得した自分がどんな感情に出会うのかを知り、新しい自分に出会えるプログラムだった。
レポート後記
今回のプログラム参加者を見ていると、自分らしい生き方を考えてキャリアチェンジをした人や定時後の時間に語学の勉強やスクールに通う人が何人も見られた。実際に、3か月間通常の業務以外に「やりたいことがやれる」世界に目を向けて本プログラムに相当な時間をかけたため、「やりたいことをやろうとする前のめりな自分」や「いざとなれば時間を作ることができる自分」に気づいたのだろう。
肩書きも職種も関係ない人同士が同じ方向を向いて、応援したい誰かのために3か月間もの時間を使う、そんな経験は一度自分の生き方を問いなおす大きなきっかけになっているのだと思う。
報告会の中で深町さんは「熱量と使命感に掻き立てられているもののリソース不足な新興国の社会起業家にとって、スキルがあり、当たり前のようにしっかり仕事をする外部の人はそれだけでも既に大きな価値ある存在」だと話した。家と職場の往復だけでは自分が何者でもないように感じられても、自分の持つ個性は世界のどこかで歓迎され、必ず活かされる。そんなメッセージが感じ取れるプログラムだった。