国際観光振興機構の調べによると、2019年の訪日外国人数は3188万2千人。前年比2.2%増で1964年に統計を取り始めて以来、最多を記録した(※1)。外国人観光客の多くが日本旅行に期待することの第1位は「日本食を食べること」だそうだ。
しかし、彼らの28.5%は「飲食店でのコミュニケーションに困った」と回答している(※2)。言語の壁に加え、ベジタリアンや宗教の戒律により食べられないものがあることの多い人にとって、日本語メニューでニーズにあったものを選ぶのは難しく、これでは旅の楽しみも半減してしまう。
そんなさまざまな「壁」を打開するツール「フードピクト」が今、急速に広がっている。フードピクトとは、牛や豚といったお肉や乳製品、魚介類、アルコールなど14品目を図柄でわかりやすく示したもの。メニューなどに表示することで、言語の壁を超え、飲食を提供する側と利用者がスムーズにコミュニケーションできるように作られた。
成田空港などの空港や、ショッピングモール、万博やアジア五輪選手村など世界1,500か所で使われ、2020年1月には、日経優秀製品・サービス賞 優秀賞 日経MJ賞も受賞したフードピクト。今回は、その開発者であり普及に務める株式会社フードピクト 代表取締役の菊池信孝さんにお話を伺った。
飲食店でのコミュニケーションにおける「三つの壁」
フードピクトの誕生のきっかけは、菊池さんが大学生の頃にさかのぼる。サウジアラビアからはじめてやってきた友人が日本食を食べてみたいというので、蕎麦屋さんや寿司屋さんなどをめぐったものの、宗教上食べられない豚やお酒が料理に使われているかどうかが分からず、結局ハンバーガーチェーン店で食べることになってしまったという。
せっかく日本食を楽しみにしてくれていたのに、一緒に食べられなかった気まずさ。菊池さんはこの経験をもとに、宗教上の戒律やアレルギーがある方や、ベジタリアン・ヴィーガンなど多様な人が食事を楽しめるようにしたいと思い、フードピクトの素案を作り始めた。
菊池さんによると、飲食店の表示にかかわるコミュニケーションについては、「言葉」「制度」「管理」の三つの障壁があるという。まず、メニューや掲示などが日本語のみの場合、当然それが読めない人には伝わらない。
次に、制度の壁。日本の食品表示法はアレルギー物質については表示義務があるが、宗教上食べられないものについては表示義務がないのだ。たとえばゼラチンはアレルギー表示の推奨品目ではあるがゼラチンという表記だけでは、イスラム教徒の方にとってそのゼラチンが植物由来か動物(豚)由来かが分からないため、選べなくなってしまう。そして管理。各店舗のスタッフに任せるのではなく、会社全体で表示のコミュニケーション改善に取り組んでいかなくてはならない。
これらの前提として、「食事に制限のある人々が食べられないものは何か?」という理解も必要だ。菊池さんは、ある方がベジタリアンであることを飲食店に伝え注文したところ、ベーコンがのったサラダが出てきたことがあると語る。理解と共に、原材料を把握し、伝わるツールできちんと表示をしていく、そんな取り組みが欠かせないと言えるだろう。
誰もが使いやすいデザインができるまで
フードピクトは一見シンプルで何気ないデザインだが、開発は苦労の連続だったという。
2009年、菊池さんは、学生時代から試行錯誤をして作ってきたフードピクトを世界的に通用するものにしようとリニューアル作業を行った。ISO(国際標準化機構)、JIS(日本産業規格)、そしてCUD(カラー・ユニバーサルデザイン)のガイドラインを準用し、色覚異常・白内障・緑内障などさまざまな色の見え方にも配慮するようにしたのだ。作業にあたって、理解度(作成したデザインで伝わるかどうか)、視認性(ISOの規格では8ミリ角にしても見えやすいかどうか)、そして必要品目、この3点について、日本人750人、外国人750人、合計1,500人を対象に調査を行った。
当時は今のようにSNSの気軽なアンケート機能などはなく、デザインをしてはコピーをし、知り合いの留学生に回答してもらい、その結果をエクセルで集計する、という作業が続いたという。
特に苦労したのは理解度調査だった。たとえば乳製品は当初、酪農をイメージさせるデザインだったが、酪農がない国の人には伝わらず、牛乳パックのデザインにすると「牛乳は紙パックに入ってない」という人もおり、何度もデザインを変えては反応を確かめたという。こうした紆余曲折を経てできあがったのが、現在のデザインというわけだ。
フードピクト利用の際は、1店舗につき年間12,000円でライセンス購入した上で、表示板やシール、指差し会話カードなども追加で購入できる仕組みになっている。研修は必須ではないが、空港などは年1回以上行っているそうだ。
フードピクト利用のメリットとは?
フードピクトの利用は売り手側、買い手側双方にさまざまなメリットを生み出している。フードピクトを利用する飲食店からは「接客にかかるコミュニケーションコストが減った」という声が届くという。
導入する前は、店舗スタッフが利用客から質問を受け、厨房に質問し、その内容をまた利用客に伝えて、場合によってはまた質問され…… と堂々巡りになっていた。しかし、導入後は一目で使用食材がわかるため、問い合わせに時間を取られることなく、また安心して料理を提供できるようになったという。「以前よりも外国人やアレルギーのお客さんが増えたという声もあります。見るだけで判断できるので、安心して選べるのだと思います」と菊池さん。
食品にアレルギーを持つ人々からの感謝の声も多い。アレルギー持ちの児童がいるお母さんから、旅行先でもアレルギーフリーメニューがある全国チェーンのファミリーレストランを利用していたが、フードピクトの広がりによってそれ以外の飲食店にも行けるようになったという声が届いたそうだ。さまざまな食の制限を持つ人の楽しみが着実に広がっていっているようだ。
多様性を大切にした食品表示を日本から広げる
2020年夏には東京オリンピックが開催され、2025年には大阪万博の開催もひかえている。菊池さんは「世界中の方が、日本でストレスなく食事を楽しめる環境をつくりたい。今後は海外展開も予定している。たとえばイスラム圏にはハラール表示はあるが、アレルギー表示はまだ少ない。多様なニーズを含めた食品表示を日本から提案していければと考えている」と意気込む。
言葉や文化の壁、宗教上の戒律やアレルギー、ベジタリアン・ヴィーガンといった事情を超えて、多様な人が食事を楽しめる世界が実現できれば、食からはじまる国際理解はもっと進むかもしれない。フードピクトの今後のさらなる進展に期待したい。
お知らせ
フードピクトをみつけて、 #findfoodpict をつけてSNSに投稿すると抽選でキャンバストートとマスキングテープをプレゼントするキャンペーンを実施中。期限は2020年3月31日まで!詳しくは下記リンクへ。この記事をシェアする際に #findfoodpict をつけて投稿してもOKです!
▶ #findfoodpictで投稿しよう
フードピクトは株式会社フードピクトの登録商標です。
※1 (独)国際観光振興機構 訪日外客数(2019年12月および年間推計値)
※2 国土交通省「訪日外国人旅行者の受入環境整備における国内の多言語対応に関するアンケート」結果(2017年度)
【参照サイト】株式会社フードピクト