みなさんは「コンポスト」と聞くと、どんなものを想像するだろう?
コンポストとは、家庭から出る生ごみや落ち葉、雑草などをコンポスト基材に混ぜて分解させ、堆肥を作る道具のこと。環境に良いという側面を除くと、「汚い」や「面倒くさそう」というイメージが持たれやすく、私たちの生活の中になかなか根付いてこなかった。そんなコンポストだが、最近では人々の間での環境意識の高まり、誰にでも取り組みやすい手軽なコンポストの普及などにより、手を伸ばす人が増えているようだ。
日々の食事の中で出るごみを活用し、より人間の体に優しい食べ物をつくる。その循環を支える「コンポスト」の普及を20年以上前から支えてきたのが、福岡を拠点に活動を行うNPO法人、循環生活研究所だ。家庭のベランダでできる都市型の段ボールコンポストの販売やコンポストを通じたコミュニティづくり、コンポストの指導者養成や子ども向けの菜園やイベントなど教育活動にも力を入れており、食とコミュニティづくりに関わるあらゆる取り組みを行っている。
現在は、九州はもちろん、関東、中部地方など全国に189名の指導者がおり、各地でコンポストの普及やコンポストを通じたコミュニティづくりを行っている。循環生活研究所のネットワークでつながり、どこにいても同じ情報を共有し、知ることができるからこそ、全国、全世界にそのノウハウを広めることができるという。
今回編集部は、国内外でコンポストの普及に努め、幅広く活動を展開する循環生活研究所の理事長である永田さんに、コンポストが秘める可能性や魅力を伺うことができた。
目次
「子どもくるくる村」とコンポスト活動
かつては放送局でレポーターをしたり記事を執筆したりと、環境活動とは全くかかわりがなかったという永田さん。結婚を機に家庭に入り、子どもを持ったことで、「将来どういう風景を子どもに残せるか」を強く考えるようになったという。そこで思い出されたのが、生まれ育った自然豊かな山口の風景。「幼い頃に自分が見ていたような自然を残すために何かしたい」と思ったことがきっかけで環境の分野に興味を持ち、母として子どもに遊ばせたいと思いつくったのが、環境版キッザニア「子どもくるくる村」だったという。
「子どもが小さいときにどういう環境にいるのかが大事。そのきっかけ作りをしたかったんです。オリジナルで仮想の村に入り、ハローワークで自分で仕事を探し、仕事をしてお給料をもらって村の中で買い物をする。仕事を通して、リサイクルや環境について考えることができる仕組みになっています。主に小学生を対象としていますが、スタッフとして学生が入るので、環境に関心が薄い学生たちに対する啓発の場としても機能しています。今年はキャンセルになってしまいましたが、大事な人材育成の場です。」
では、コンポストの活動はどういう経緯で始めたのだろうか。
「私はくるくる村さえできればよくて、コンポストをやりたかったわけではなかったんです。しかし料理をすれば生ごみは必ず出るので、日々の暮らしの中で常に隣り合わせ。メンバーの中にコンポストをやっている人がいたので教わりながら一度やってみました。すると意外と簡単で、『環境!環境!』といわない私でさえも手軽にでき、それからコンポストを普及させることが私の使命だなと思い始めました。子育てしながらでも、ごみ箱に捨てる手間を考えればコンポストにだって同じように入れられるのではないか、そう感じるようになったことがきっかけで普及の指導者になり、今に至ります。」
半径2キロの小さな循環が自分ゴトをつくる。高齢者の見守りも
次に、主な事業の一つであるローカルフードサイクリング(LFC)の活動について教えていただいた。LFCは各家庭でコンポストした堆肥をコンポストクルーが回収して菜園へ運び、そこで育てられた有機野菜をマルシェで販売、それを購入した消費者がまた生ごみをコンポストをする「たのしい循環活動」のこと。その活動は半径2キロ(一つの街)圏内で行われる。
「食べた後に生ごみをコンポスト、できた堆肥を使ってまた野菜を育てて食べるということをしてほしいが、そこまでできないという人が多い。自宅で育てるのは大変なので誰かにやってもらい、それを買うことができればいいというところから始まりました。地域の中でコンポスト、地域で回収、地域の畑で栽培、そのガーデンで販売されたものを食べる。ベランダしかなくても地域の中でLFCの活動に参加することができる取り組みです。」
LFCの活動は、福岡県の照葉・美和台・天神の3か所で行っているが、中にはコンポストを進めることが高齢者の見守りにつながっている地域があるという。コンポストクルーが堆肥を回収して回る際に、高齢の人たちが元気かどうか確認できるからだ。
「美和台は坂が多く、福岡市の中で1、2を争う高齢化の地域で、それが事務所のすぐ近くにありました。高齢者の見守りをしたいという福祉の方と、地域に入っていくことが大事だという地域の方の声が上がって、環境省の事業としてご提案させてもらい住民の方と一緒に作ってきました。」
コンポスト回収が地域の方々にとってどれほど大きな意味を持っているかが伝わるようなエピソードもあった。
「コロナ禍でなかなか人と会えないこともあり、スタッフが高齢者のお宅を訪れると皆さんとても喜びます。あと面白いのが、例えばスタッフ訪問の際にジャムなどの瓶の蓋を開けてほしいと頼む方がいます。以前はそんなお願いをすることがなかった人に頼まれると、力が落ちているのかな、と気づきます。そんなちょっとした変化にも気付き、連携している民生委員さんにお伝えすることもあります。こういったことも地域のために出来ることではないかなと思います。」
都市部などでは高齢者が孤立するというケースも少なくないが、頻繁でなくても、コンポストを通して定期的に人とつながれることは、地域の人々にとっても価値があることだ。
地域をつなげ、再生を促す菜園活動
次に天神など、にぎわっている都市部で行われている屋上でのプランター菜園について伺った。会社のビルやホテルの屋上などで堆肥を作って栽培をする取り組みで、パタゴニアや地元の放送局など様々な企業も始めている。社員食堂で出たごみから堆肥化をし、収穫した野菜はそのまま食べることもあれば、ドレッシングにして食堂に出されたこともあるという。あくまでも永田さんたちが行うのはサポートで、参加者の方々が主体的に動けるように工夫していることがあるという。
「全部を伝えない、ということですね。全部を知って大変だと思われるのも嫌ですし、やりながら困っているときに伝えるというやり方でいいのかなと思っています。自然界のモノはもともと土に還ろうとする力を持っているので、特別なことをしているわけではない。だから頑張りすぎないようにと伝えるようにしています。歯磨きする習慣のようにコンポストが暮らしの中に入り、できた堆肥でベランダが美しくなるとか、育てたミントでミントティーが飲めるようになるとか、そういう暮らしをしたいとみんなが思うようになれば続くのではないかなと思います。」
こういったプランター菜園を含む多くの活動は、環境にいいだけでなく、地域がつながり、コミュニティが再生されていくというのが魅力だ。
「コミュニティでの楽しさがないと続かないです。例えば、照葉という地域は人工島なんですけど、みんなよそからやってきた人ばかりでコミュニティのつながりが希薄なんですね。お隣にだれが住んでいるのかも分からない。40代前半など若い世代の方が多いので、高齢者が多い美和台とは全然違った人口構成になります。幼稚園や小学校などでつながる人たちはいらっしゃるのですが、そうではない人たちはなかなか入り込めなかったりするので、地域住民とつくるコミュニティガーデンやコンポストの存在は大きいと思います。菜園などのイベントに参加したり、コンポストで週に一回合うことで井戸端会議ができるような場ができ、つながりが形成されます。また、今まで農業などに興味がない方が堆肥を使った講座を受けるようになったなどの波及効果も既に見られます。」
自分の暮らしは自分で守りたいから、コンポスト
平成15年に立ち上げ、16年に法人格を取得したという循環生活研究所。最近では注目が集まっているコンポストだが、これまで10年以上活動してきた中で世の中の変化を感じることがあったか伺ってみた。
「昔は参加者がすごく多かったです。環境意識が高い方が多く、今ももちろんそういう方はいらっしゃいますが、もっと力を抜いた方が多いです。例えば、隣のお宅の花がとてもきれいで、その秘密は生ごみ由来の堆肥らしいから自分も作りたいといった声があります。あと、コンポストの知名度が上がって信じられないようなお洒落な人が取り組んでいるのに驚きますね。育てるほうに軸足が向いていらっしゃることや、栄養の循環の良さに気付いていらっしゃる方など、20代30代の若い方がすごく環境に配慮した暮らしや健康に興味を持っていて、そこにコンポストが存在しています。」
また、新型コロナ拡大の前後での変化も感じられているそう。
「今年はコロナの影響で中止になったイベントも多いですが、6月中旬から再開しています。なくなってしまったイベントの代わりに何か体験させたいと、コンポスト授業をお申込みになる小学校もあります。また、最近はECサイトからコンポストの注文をいただくことが増えています。これまでは講座を受講された方からの注文が多かったのですが、これもまた違った傾向ですね。おうち時間が増え、ベランダに出て植物を育てる方が増えている中で、自分の暮らしは自分で守るという意識を持つようになってきている感じがします。外食をやめて自炊をしたり、食や健康を見直すなど色々なところから健康への意識が変わってきているのかもしれないですね。菜園講座はどうなりますか、畑はどうなりますかというお問い合わせも増えています。」
最後まで楽しさが続くモノを提供したい
様々な活動に取り組み続け、忙しい日々を送っている永田さん。これから個人として、団体としてやっていきたいことを尋ねた。
「コンポストじゃなくてもいいのかもしれませんが、考えるきっかけを作っていきたいなと思います。その中でも特に、私たちはコンポストを用いて小学生など年齢が低いうちから実体験を伴う環境教育をやっていきたいです。経験しないと蓄積されるモノは狭まってしまうので、方法を考えたいです。あと、やっぱり楽しいなと思ってもらいたいです。キャッチフレーズは『たのしい循環生活』なのですが、どうやったらそれを伝えられるか、取り組んでもらえるか考えています。例えばくるくる村はとても楽しいんです。コンポストで出来たものはくるくる村で売られ、働いたお金でモノを買って帰るのですが、売っているモノもゴミにならないモノを作ります。最後まで楽しさが続く、そういうモノを提供したいなと思います。」
たしかに、キャッチフレーズ通り、循環生活研究所のホームページの写真も楽しそうな雰囲気が伝わってくるものばかりだ。また永田さんは、自らが理想とするコンポストのある社会についてもお話してくださった。
「マーケットが開かれてそこに生ごみ堆肥由来の野菜が並ぶ、そこにできた堆肥を持っていってその方たちがまたそれを使って野菜を作る、という小さなコミュニティがあちこちにできるといいですね。私たちがいなくてもできる、地域の人ができる循環のモデルをつくっているつもりです。例えば、私の娘は日頃は全くコンポストをしないのですが、私が出張に行っている間はします。コンポストがある暮らしが当たり前になったらいいかなと思います。出来た堆肥を自分が活用できなければ誰かに使ってもらう必要があり、その際にコミュニケーションが生まれます。さらに野菜を買う時には、『こっちの方が甘い』といった昔の八百屋さんで見られたような何気ない会話も生まれます。ミニミニマーケットみたいでワクワクしません?自分が作った堆肥でお野菜が育つのは楽しいと思うので、そういう小さなワクワクから初めて欲しいです。」
色々な人を頼りながら「とりあえずやってみる」
最後に、これからコンポストや家庭菜園に挑戦してみようかなと考えている読者の方へ、メッセージを頂いた。
「とりあえず、やってみましょう。怖がらずに。チャレンジしなければ始まらないから。基本的に楽しんで、自然の力に任せて、あとはちょっとそこに介入するくらいでいいと思います。私たちのような堆肥おたくを頼ってもらえればサポートするので、色々な人を頼りながら自分だけで頑張らないということが大事ですね。なのでやっぱり地域の中でやるといいと思います。地域の中にいるとみんなそこにいるので。ネット上のコミュニティでも励まし合いながらできるので良いですよね。」
「あとは、例えば会社でコンポストするとなれば、出来あがった堆肥で何をつくろうってみんなで話すと面白いですよね。小学校のコンポストでは先生が枝豆を食べたいから枝豆を育てるところもあるそうです。ワクワクがありませんか?環境のためにやるんだと思うと絶対続かないと思いますが、食べることが入ると仲良くなります。食べたいモノを育てるのが大事ですね。」
取材後記
お話の中で永田さんは「楽しむことが大事」という言葉を繰り返していた。コンポストは頑張ってやるモノではなく、気軽に始めるモノ。そのための土台作りをしているのがまさに永田さんたちだった。また印象に残っているのが、永田さんのお話の中で出てきた「半径2キロメートルの循環」という言葉。主婦の生活圏であり自転車でまわれる距離、顔が見える距離であもあり、自分ゴトで捉えることができる範囲だと定義されている。
都市部を中心に、多くの人が隣に住んでいる人を知らない、知っていても挨拶をする程度だと言われる今日。もしかしたら2キロメートルどころか、2メートル先の人の顔も見えにくいのかもしれない。そんな希薄になってしまった人と、そして自然とのつながりを修復してくれるのがローカルフードサイクリングの活動だと強く感じられた。
永田さんのアドバイスににあったように「とりあえず、やってみる」。これが出発点となり、寂しくなった人間関係や汚染されてしまった地球環境は今より少しずつ良くなっていくのかもしれない。
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