学校で嫌なことがあった。もともと友達は少ない方だったし、先生だって頼れるかわからない。「なんだか今日はお腹が痛い気がする。学校に行きたくない」そう小声で親に訴えてみても、いいから起きて準備しなさいと言われる―― そんな経験をしている子供は、どこで学び、どこに自分の居場所を見つけたらいいだろうか。図書館?地元のクラブチーム?違う学校?それとも、ネットの世界?
福岡には、日本の教育に「オルタナティブ(他の選択肢)」を増やそうとする団体がある。ICT(情報通信技術)を活用した学習塾やフリースクールを運営する、NPO法人エデュケーションエーキューブだ。同法人のミッションは、“Anyone can be anything!” どのような家庭環境で育ったとしても、誰もが夢を持ち、自分の持っている才能や特性をいかして将来への道を切り開くことができる、という意味である。
新型コロナの影響で子供を取りまく環境が変わったいま、オルタナティブなスクールではどのような取り組みが行われているのか。家庭環境による教育の格差は、是正することができるものなのか。
従来の教育システムの問題点に切り込みつつ、学校に通えない子供たちを「テクノロジー」と「場づくり」ですくいあげる。本記事では、そんなエデュケーションエーキューブの活動にせまる。
話者プロフィール:草場勇一(くさばゆういち)
1970年福岡県生まれ。大学卒業後、国内外のベンチャー企業への投資業務・経営支援業務に20年間携わる。自身も母子家庭で育ち、奨学金を利用し大学を卒業した経験から、経済的な困難を抱えている家庭の子ども達の学びをサポートするNPO法人エデュケーションエーキューブを立ち上げる。ICTを活用し、誰でも、いつでも、どこでも教育が受けられる環境づくりを行う。
コロナ禍で訪れた「機会」と、日本の現状
エデュケーションエーキューブは、学校と同じ出席扱いになる公教育を補完するフリースクールであり、高校卒業の資格が取得できる通信制高校でもある学習拠点「スタディプレイス」を、現在福岡県内で4校展開している。経済的に厳しい環境にいて、
スタディプレイスに通う生徒には1人1台iPadを支給し、eラーニングを通して自律的に基礎学力(国語・数学などの五教科)を学ぶ環境、そして将来必要になる知識や力として、環境教育やキャリア教育、企業と連携した体験学習、
代表の草場さんは、もともと20年間にわたって、ベンチャーキャピタル業界でベンチャー企業の投資業務・経営支援業務を行ってきた。そんな草場さんが、教育の場を作ろうと思ったきっかけとは。
Q. オルタナティブな教育が受けられる場を作った理由は?
人生の転機になったのは、2011年の東日本大震災です。災害のような自分でコントロールできないことが起こり、自分の一生がいつ終わるかわからないと悟ったときに、42歳にして新たな挑戦をしたいと思ったんです。そのときに頭に浮かんだのが、日本の教育格差の問題でした。
国内で相対的貧困(平均所得の半分以下の水準)の子供の数は約320万人。約7人に1人が貧困状態です。ひとり親世帯の子供に限っては、2人に1人が平均以下の水準で暮らしています。教育格差は、本人の努力の話ではなく、住んでいる地域や親の経済状況などさまざまな要因によって生まれます。下記のグラフに表れていますが、経済的に厳しい環境の子供が頑張っても、経済的に豊かな環境の子供に追いつくのは難しい状態なんです。
子供の学習や体験の格差が、就学率の低下につながり、就業の困難さにつながり、その子が親になったときの次の世代の子供の格差が生まれる。学びたい意欲はあるのに、生まれ育った環境によって学べない子たちはいっぱいいるんじゃないか。そう思いました。
僕自身も高校生のときに両親が離婚して、行きたかった東京の大学に経済的な理由から行けなかったという実体験もあります。だから人生の次の挑戦として、機会をもたない子供たちの教育の場をつくり、社会的自立を応援したいと考えました。
Q. 日本の教育の現状について、詳しく教えてください。
日本って、国連が掲げたSDGs(持続可能な開発目標)の目標4「質の高い教育をみんなに」はすでに達成しているんですよ。就学率も識字率もほぼ100%だから。だけど実態を見ると、小・中学校の不登校児童(30日以上の欠席)は、18.1万人(※1)。さらに、中学生を対象としたNHK調査では、文科省発表の4倍にあたる「部分不登校」が存在し、 不登校および部分不登校の中学生だけで、約60万人(全体の18.3%)いることがわかっています。僕らの運営するスクールにだって、10人に1人は学校にまったく合わない子もいます。これって、みんなが教育を受けていると言えるでしょうか。
しかし学校に行きたくない子供をたとえばフリースクールに行かせようと思ったら、公立であればかからなかったはずのお金が毎月かかってきます。だからよほど経済的に余裕がある親でなければ「あんた学校いきなさい」と言うことになる。それは決して保護者が悪いのではなく、社会システムとして学校以外の選択肢が無いことが問題なんです。
Q. では、経済的に困窮している家庭の子供がスタディプレイスに通える理由は何でしょうか?
スタディプレイスでは、NPOとしていただいた寄付金や助成金を使い、ひとり親世帯や、生活保護世帯、住民税非課税世帯など経済的に厳しい世帯を対象に、授業料の最大50%~70%を奨学金として免除しています。2020年10月からは、1人1台のiPadも支給できるようになりました。
私たちの奨学制度を利用している人のうち91.7%は、働いている年収300万円以下の母子家庭です。経済的に厳しい環境においても、自分の子供に対して周囲の子供たちと同様に良質な学びや体験の機会を求めるニーズがあることがわかります。
Q. コロナ禍で子供の教育環境はどのように変わりましたか?
私立の学校と公立の学校の差が出たと思います。はじめからICT設備の整っていた私立と、テクノロジーに関する知識もなく、休校で完全に学びが止まってしまった公立。一方で、新型コロナの広がりが、元からあった格差を埋めるきっかけになったことは事実です。オンライン通話サービスが普及し、家からでも学校とつないだり、海外とつないだりできる、という風潮が生まれました。
スタディプレイスでも、グローバルな視点を学ぶため、アメリカのニューヨークやサンフランシスコ、インド、カンボジアなどさまざまな地域に住んでいる人とつないで授業をしました。休校になった子たちが家でゲームをしている間、もともと通っていた学校に行けなくなってフリースクールに行った子たちが海外の人と話すようなキャリア教育を受けている。そんな逆転現象が起こったんです。
僕たちは今回のパンデミックを機会と捉えてオンライン授業を展開しましたが、これができたのはほんの一握りだということも理解しています。実際、市内のフリースクールの中で新型コロナをきっかけにオンライン授業に切り替えられたのは僕たちと、もう1校だけでした。
校長先生は犬?「学校らしからぬ」学校での毎日とは
スタディプレイスの校長先生は、なんと犬(トイプードル)だ。スタッフはお互いを「先生」と呼び合わず、学校というよりはカフェのような内観である。オランダで広く普及しているイエナプラン教育(※2)をお手本とし、異年齢の子供たちによる対話を中心として授業が進んでいく。
そんなスタディプレイスには、学校に行けなくなった子以外にも、私立学校に通う子や、先進的なプログラミング教育・STEM教育を受けたい子などが垣根なく集まってくる。
学びの場では、何が起こっているのかを聞いてみた。
Q. スタディプレイスの朝は「対話」から始まると聞きました。普段、子供たちとどのようなことを話されているのですか?
何気ないことから、哲学的なことまで、さまざまですね。前に「小さな幸せがたくさん続くのと、大きな幸せが一気に来るならどっちがいい?」といったテーマで話をしたこともありました。正しさは議論せず、できるだけ多様な意見が出るようなテーマを毎回スタッフが考えてくれています。
これは、自分の意見を考えて発言し、人の意見もよく聞く練習なんです。日本の教育のなかでは、あまり自分の意見を言うことがないですが、大人になっていざ世界に出るとすごく不利になる。そのギャップを埋めるために、子供たちに早くから対話の場を提供しています。
はじめは、自分の意見を言えない子もすごく多いです。だから僕たちは、どんな意見を言っても大丈夫なんだ、と思えるような安心感のある場づくりを心がけています。
Q. 大事なことですね。安心感のある場づくりをするにあたって、気を付けていることはありますか?
誰かが人と違う意見を言っても、馬鹿にしたり、茶化したりしないことでしょうか。スタディプレイスでは服装も髪型も自由ですが、唯一のルールが、他の人を傷つける発言・行動をしないことなんです。たとえば、誰かが他の子の発言を馬鹿にしたら、私たちは1対1で注意すると思います。
ただ、先生と生徒という立場の垣根を作りすぎないように、基本ひとりの人としてフラットに接するようにはしています。学校って結構、先生の言うことを聞くように教えられる場じゃないですか。僕たちの学校では、教員は愛犬の「にこ」校長と、AIスピーカーとして音楽を流してくれるAmazon Alexa教頭だけですよ(笑)。他のスタッフは「さん」付けや、あだ名で呼ばれています。
生徒の中には、にこ校長に会いたくて来ている子もいます。将来のビジョンを伝える役割は僕が担って、校長先生は、子供たちが少しでもリラックスできるように、ワンちゃんにしました。僕自身が「いかにも学校」な雰囲気が苦手なので、スタディプレイスも校舎のような感じにはしていません。
Q. スタディプレイスでは、どんな授業をしていますか?
五教科に関しては、生徒一人ひとりが自立して学習できるよう、eラーニングを使っています。つまづいたらもう一度基礎から学習できますし、先に進みたい子は進んでもいい、という学習ツールです。
生徒全体で行う授業としては、それぞれの興味のある分野に関する知識を深める「探求学習」や、将来につながるような体験をするようなものが多いです。たとえば大学の図書館にみんなで行ったり、ファッションブランドのGAPと連携してフリーマーケットの出店
また、身近で夢を叶えている人との対話の時間としてアイドルへのオンラインインタビューをしたり、知識を広げるためコンポストの普及活動をする団体の講演を聞いたり、プロのライターによる作文の授業を体験したりしました。作文の授業では、ライターの方に子供たちが書いた文章の良いところを見つけてもらいました。プロの視点で褒めてもらう経験は、自己有用感にもつながりますし、社会のことを学ぶ良い機会になったと思います。
Q. スタディプレイスの活動をしているなかで、うれしかった瞬間はいつですか?
印象に残っているのは、さきほどGoogleフォームで大人たちにアンケートを取った小学5年生の女の子のことですね。実はこの子は、学びたい意欲はあるのに学べなかった子でした。発達障害があり、お母さんと離れて生活ができない性質を持っています。母子家庭なので経済面はお母さんが何とかしなければならないのですが、お母さんも働きに出ることができず、困っていました。完全に社会から取り残されている存在だったんです。
そんなときに、スタディプレイスの授業料のうち最大50%~70%を免除する奨学制度の話をしたら、お母さんは涙を流されて喜んでいました。その子は普段お母さんと離れられないのでフリースクールへの登校はできませんでしたが、コロナ禍で授業がオンラインになって、iPadを配布してからは毎日顔を出すようになったんです。お母さんから感謝の手紙が届いたときは、僕たちも感動しました。
ただ、親御さんには「こんなにお金を免除してもらって、申し訳ない」と思ってほしくはないですね。教育環境があることに感謝しないといけない状況ではなく、どのような人でも、誰もが教育にアクセスできるような環境を目指しているので。
Q. 「申し訳ない」と思ってしまう親御さんには、どのようにコミュニケーションをしますか。
スタディプレイスは、誰かに施してあげる、助けてあげる、というスタンスではありません。家庭環境の厳しい子供への授業も、もともと僕の力があるから可能になったのではなく、テクノロジーの恩恵と支援者の皆様によって実現できています。
個人的には「支援」や「サポート」という言葉もできるだけ使いたくないと思っています。社会の中で強い者と弱い者を作り出してしまうので。みんなが公正な機会を得られるような社会になると良いですよね。
教育格差のない未来のために
Q. 教育に関して、今の日本には何が足りていないと思いますか?
従来型の教育システムには、限界がきています。同一性の高い学級で、みんなが同じことを同じペースで、同じやり方で、教科ごとの出来あいの答えを一斉に勉強させるこのシステムのことです。これでは、落ちこぼれも、吹きこぼれ(能力が高く、学校の学習内容に物足りなさを感じたり、疎外感を持ったりすること)も出てしまいますよね。もう完璧に覚えた漢字をみんなと同じく100回書かされることって辛いしですし、社会に出てそんなことをする機会もありません。
また、学校で身に付ける能力と社会に出てから必要とされる能力にギャップもあります。
- 学校で身に付ける能力
学力、記憶力、受動的、ITリテラシー低、従順さ、同調性 - 社会に出てから必要とされる能力
調べる力、課題解決能力、自発的、ITリテラシー高、クリティカルシンキング、独自性
スタディプレイスでは、プログラミングや国際感覚など、社会に出てから必要とされる能力を身に付けてもらいます。多様な子供がいる中で、その子一人ひとりの可能性を伸ばせる教育の形を提示できればいいなと。先生が一斉に教えることを考えたら大変ですが…… ICTの強みは、100通りの進行状況にいる生徒を少人数のスタッフで見ることができることなので。
Q. ”Anyone can be anything!”な社会にするために、何をしていけば良いでしょうか。
子供が教育や体験の機会を持たない状況は、本来その子の親だけが苦労するべき問題ではありません。みんなが社会で子供を育てる意識を持つのがいいと思います。今は同姓でカップルになる人や、結婚をしない人がそのことを表現しやすくなり、家族の形も多様化してきていますから。
少子高齢化も進んでいるこの社会では、今いる子供をどう社会に出すかが最大の課題となっています。社会で子供を育てるということは、将来の国力を高めるための重要な「社会的投資」だと言えます。子供やその親が可哀想だから助ける、ということではなく、教育による経済合理性も兼ねているんです。まずできる小さなステップは、メディアやSNSアカウントなどで教育格差のことをシェアして、周りの人に広めていくことではないでしょうか。
Q. 今後の展望を教えてください。
僕たちはこれからも、日本の教育にオルタナティブ(他の選択肢)を増やしていきます。公教育の代わりとなる教育の場を提供して、「学校に行かなくても、ここに来れば大丈夫」という居場所をつくっていきたいです。
とはいえ、現状学校に行けていない18万人の子供の居場所をつくるのは、一つの団体では到底無理です。だから、オルタナティブスクールで働きたい人や、新たに自分で学校を設立したい人のためのプラットフォームづくりを次に考えています。良いビジョンを持って教育に取り組みたい人はいるけれど、最初は資金もノウハウもないと思うので。エデュケーションエーキューブがスタディプレイスを通して培ってきたノウハウをいかして、全国に子供の教育の場と居場所を作る人が増えたら良いですね。
学ぶ場所も、学び方も多様化する社会へ
日本にいる不登校の小中学生は、行政が発表しているだけで18万人超。家庭の事情で学校に行けなかったり、学校でいじめを受けたり、先生に嫌な思いをさせられたり、なんだか居場所がないように思えてしまったりする経験は、もはや他人事ではない。そんなとき、自分の住んでいる地域に「学校に行かなくても、ここに来れば大丈夫」な場所があれば、どんなに良いか。
現在、文科省が進めている「GIGAスクール構想(※3)」では、1人1台の学習者用PCや高速ネットワークの整備が行われている最中だ。学習における格差を埋めるため、そしてさまざまな機会に触れる機会をつくるため、教育にテクノロジーをかけあわせる動きは今後も進んでいくだろう。
エデュケーションエーキューブの取り組みが画期的なのは、単にコロナ禍でも学べるICT環境を用意する、というテクノロジーの提供だけでなく、子供が尊重されてリラックスできる場づくり、そして企業の人や海外在住の人と接することができる体験の場づくりをしていることだ。団体を運営する草場さんからは、「あなたはどこで学んでもいいし、学校以外の居場所だってある。何歳からだって自分が好きなことを始めて、好きなことで起業したっていい。何にでもなれる」そんなメッセージが伝わってきた。
※1 文科省 令和元年度 児童生徒の問題行動・不登校等生徒指導上の諸課題に関する調査
※2 イエナプラン教育:ドイツ発祥、オランダで広く普及している教育の考え方。異年齢の子供たちによる会話・遊び・仕事(学習)・催しという4つの基本活動が行われるなどの特徴がある。
※3 一人ひとりの個性にあわせた教育環境の実現を目指し、義務教育を受ける児童生徒にICT環境などを整備する計画
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本記事は、ハチドリ電力とIDEAS FOR GOOD の共同企画「Switch for Good」の連載記事となります。記事を読んでエデュケーションエーキューブの活動に共感した方は、ハチドリ電力を通じて毎月電気代の1%をエデュケーションエーキューブに寄付することができるようになります。あなたの部屋のスイッチを、社会をもっとよくするための寄付ボタンに変えてみませんか?