「シェアサイクル墓地」と聞いて、どんな景色を思い浮かべるだろうか。
中国では2014年、北京大学の在学生が起業した「ofo社」がシェアサイクルのサービスを始めたことをきっかけに、数十社の会社が一気に参入し、急速にサービスが拡大した。その3年後の2017年には、合わせて約2000万台のシェアサイクルが都市に投入されたが、シェアサイクルユーザーのマナーの悪さや、業者の乱立による自転車の供給過多により、行政はシェアサイクルに対する規制の強化を余儀なくされた。これによりofo社やその他のシェアサイクル事業者が、シェアサイクルビジネスから撤退。約1000万台もの自転車が捨てられ、廃棄場にはシェアサイクルが溢れようになった。
日本でも、都市部や観光地を中心に市民権を得ているシェアサイクル。国土交通省の発表によると、現在225の市町村が導入している。
シェアサイクルは、1965年にオランダのアムステルダムではじまった、「無施錠で誰でも利用可能なシェアサイクル」というプロジェクトが発祥と言われている。しかし、その最初のプロジェクトは、無施錠が故に盗難や自転車の破壊により途中で頓挫してしまった。それが2010年代に磁気カードによる無人管理システムに発展。スマートフォンを用いた、どこでも乗り捨て可能な「ポートレス型」が導入され、テクノロジーの発展とともに世界各地でシェアサイクルサービスが利用できるようになった。
そうしたシェアサイクルサービスの利用が進む一方で、自転車の無秩序な駐輪や放置、投棄等が社会問題となっている。特にポートレス型に対する規制は各国で導入され、規制に対応できない事業者や、自転車の破損・破壊等に苦しむ事業者が各都市で撤退している。
今回は、「廃棄される大量のシェアサイクル」という社会問題解決に挑戦する大学教授の活動について紹介したい。
話者プロフィール:羅 宇傑(ラ ウケツ)さん
中央美術学院建築学部 建造基礎課題グループ教師。受賞歴:Dezeen AWARD:Dezeen ‘s top 10 Chinese:LEAF AWARDS:Best Achievement in Environmental Performance:87ヵ国から4,500以上のエントリーを集める、建築デザイン業界で最も国際的アワードの一つ。リーフ賞は、世界の建築家コミュニティーにおいて次世代の基準となる作品を評価し、建築デザインの発展を目的とする国際建築賞。ヨーロッパ主要建築家フォーラム(Leading European Architects Forum、LEAF)の運営で、2004年に始まり、年に一度開催される。現在の正式名称は、スポンサーの名前を冠し、ABB・リーフ賞(英:ABB LEAF Awards)。
廃棄されたシェアサイクルをどうにかしてアップサイクルできないか?
中国で「最も著名な美術大学」と言われる、中央美術学院(中央美术学院・Central Academy of Fine Arts)の建築学部で教鞭をとる羅 宇傑(ラ ウケツ)さんは、ブームが去ったあとに大量に廃棄されたシェアサイクルに心を痛めていた。そして、設計者として、「ユーザーやシェアサイクル業者の都合により捨てられたシェアサイクルを分解し、単純なリサイクルよりも良い方法で、有効なアップサイクルができないか」と考えはじめたという。
2013年、北京建築デザイン研究所の1A1クリエイティブセンターが、デザイントピックとして「再設計」を選び、身の周りにある廃棄物の再利用を行っていた。そこで、当時デザインディレクターであった羅さんが中心となり、アップサイクルプロジェクトを生み出したという。
羅さんが生み出したプロジェクトは、教育に携わる羅さんの友人から「教材がたくさんあるときは、スーパーの買い物カートのようなものを使って教材を運んでいるが、重くて移動させるのが大変だ。」という話を聞いたことがきっかけとなって始まった。
「彼のために手頃でおしゃれな教材カートを、廃棄されたシェアサイクルを使って作れないか?」そう考えた羅さんが、さらに調べてみると、その友人以外にもたくさんの教師が、教育現場で同じような悩みを抱えていることを知った。そうしてできたのが「小さく手頃でおしゃれな教材カート」だ。
誰もが自由に本を読むことができる「てんとう虫図書館」
大量の荷物を乗せても安定するよう、基本のデザインは車尾に補助車輪を追加した三輪車タイプとし、教材や物品を運ぶ際に荷物が崩れ落ちないようにシェルで荷台を覆う設計とした。荷台を覆うシェルも廃棄物を再利用し、シェルのデザインは、てんとう虫が羽を広げる様子をイメージだ。
このアップサイクルされた三輪車を、教員の友人の教材カートに利用するだけではもったいないと考えた羅さんは、「ミクロ・シェア本屋」というコンセプトをこのカートに与え、世に送り出すことにしたという。そのために、完成したプロトタイプを改造し、荷台に陳列棚を設置し、床部分の幅をより広くすることで子どもたちが腰掛けて本を読める空間を設けた。
さらに羅さんは、読まなくなった本を一人一冊以上提供するよう友人たちに呼びかけ、提供された書籍をこの三輪車に陳列した。「てんとう虫図書館」として都市空間に置き、誰もが自由に本を読むことができるようにしたのだ。その場で本を読むだけではなく、気に入った本があれば、自分の本と取り替えて持ち帰れるようにした。てんとう虫のように愛らしいデザインと、本のシェアというコンセプトが地域の住民に受け入れられた。今では多くの子どもたちが集まり、自宅から持参した「読み終えた本」と「新しく見つけた本」を交換して自宅に持って帰る姿が、ごく日常の風景として見られるようになったという。
自転車のアップサイクルで、読み終わった本も循環させるシステムに
こうして羅さんは、廃棄された自転車をアップサイクルしただけでなく、読み終わった本も循環させるシステムも考案したのだ。中国の都市における「シェアサイクル」は一度失敗し、自転車が大量に廃棄されてしまった。しかし、生まれ変わった自転車は、てんとう虫図書館として本の「シェア」に成功した。
羅さんは言う。「都市開発における新規事業の創造は、希望がある一方で、失敗をもたらす可能性があります。それでも希望を捨てず、廃棄物をリサイクルし、地球をケアしなければなりません。その点で、てんとう虫図書館は、『ビルという木々』を渡り歩く『益虫』のようなもの。それはてんとう虫のように小さな活動かもしれませんが、今後知られていくであろうアップサイクル活動に対して、良いきっかけを与えるでしょう。」
アップサイクル製品が価値を持つためには、原料となる製品が持っていたストーリーを、どのように引き出して磨き上げるかが重要だ。羅さんの活動は、廃棄されたシェアサイクルをアップサイクルしただけにとどまらず、それを使って「本が循環する」というシステムまで設計した。読者の方のアイデアのヒントになるのではないだろうか。
筆者プロフィール:東京都立産業技術大学院大学 越水研究室
アップサイクルのムーブメントを起こすためのプロジェクトに取り組む。プロジェクトの活動を進める中で出会った「アップサイクルの実践者たち」を、今後連載で紹介していく。
Edited by Erika Tomiyama