バスから劇場までバリアフリー。ドイツにある、視覚障害者にやさしい都市

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目を閉じて家の中を少し移動してみると、どれだけ不便か身にしみる。ときに、視覚障害者は意外なほど自然に行動しているように見えることがあるが、生活のなかでの細かな苦労は人に理解されづらい現状がある。多くの人に理解されないことは、街のバリアフリー対応が進まないことにもつながる。

時をさかのぼり第一次世界大戦では、史上初めて毒ガス兵器が使用された。ドイツ中部の学園都市で重要な巡礼地でもあるマールブルクは、そのときを境に大きく様変わりしていく。大学病院の眼科に、3千人もの盲目の復員兵が、救いを求めて集まってきたのだ。

治療するだけでは人は幸せにはなれない。どれだけ活発な生活を送れるかが肝心だと考えた人々は、街に視覚障害者のための教育機関をつくりはじめる。そして今日、マールブルクはあらゆる意味で視覚障害者のための街(Hauptstadt der Blinden、盲目の人のための代表的な都市)となった。

この街では、いたる所に「見えない人・見えにくい人」のための工夫が凝らされている。信号機は音が鳴り、道には小さな突起があり、障害者をナビゲート。また、車が縁石に近づくと警告信号が発せられる。バスの運転手はバス停でなくても、視覚障害者が乗車を希望する場合は止まるように訓練されている。また、バス停ではボタンを押すと、運行状況が音声でアナウンスされる。

マールブルクの街を走るバス

Image via D.serra1 / Shutterstock.com

レストランでは、点字でメニューを提供。他にも、視覚障害者のための乗馬教室、サッカー・登山・スキークラブ等、アクセシブルなレジャー施設が市内に点在していたり、劇場の演目には、オーディオで説明が入ったりする。このように、障害のある人もワクワクし暮らしやすい街づくりが実践されている。この街は、「視覚障害者のためのスマートシティ」と表現されることすらある。人を中心にしてテクノロジーを活用し、スマートに支援するのだ。

視覚障害のあるソフトウェア開発者レオノーレ・ドレヴェス氏は、BBCの記事にて「最も困難な障壁は、人々の頭の中にある」と述べ、テクノロジーの革新よりも、人々が行動を変えることの方が大きな課題になることもあると指摘する。

欧州のとある街で筆者が遭遇した出来事があった。朝のラッシュアワーで車が猛スピードでせわしなく行き交う道の横断歩道で、他の歩行者が足早に歩みを進めているのとは対照的に、立ちすくんでいる男性がいた。「青信号とはいえ、これだけ激しく車が走っている音が周囲でしていて、盲目だったら怖いだろう。この人にとっては死活問題だ。手助けしよう」。そう思い、小走りの足を止め声を掛けた。「手をお貸しましょうか」。するとその男性は「はいっ」と切実そうな声を出して、筆者の腕にすがった。「見えないのに、声だけで腕の場所を把握するなんて流石だ」とそのとき、思った。しかし、その当時は、車の騒音が止む時代のことまでは想像が及んでいなかった。

電気自動車(EV)は環境に優しく音も静かで、私たちの多くが革新的だと考えているはずだ。しかし、視覚障害者は車の音をたよりに交通の流れを把握しているのだという。騒音としか認識していなかった音が、目の見えない人にとっては貴重な手がかりになっていたのは、思わぬ盲点だった。

「察する」ことは、日本社会で人が成長していく中で培う特技だと思っている。視覚障害者が耳を澄ませるように、私たちも周囲に繊細なアンテナを張り、困っている少数派の人々にも思いやりを持つことで、潜在的に障害者を支援できる方法は、もっと見つかるに違いない。

【参照サイト】A Smart City for the Blind: Marburg as a Case Study
【参照サイト】Marburg Hauptstadt der Blinden
Edited by Kimika

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