ロシアによるウクライナ侵攻が始まって約7か月。2022年9月現在、現地では未だ激しい戦争が続いており、これまでにウクライナの周辺国に逃れた難民は1,150万人を超えた(※1)。
しかし、未だ戦争終結の兆しは見えず、隣国などへ逃れた人々の避難生活は長期化し、引き続き支援が求められている状況だ。そんな今、私たちは何を考えるべきなのだろうか。
今回IDEAS FOR GOODは、「認定NPO法人 難民を助ける会(AAR Japan、以下AAR)」の駐在員として、多くのウクライナ避難民が逃れるウクライナ隣国のモルドバで人道支援に携わる平出唯さんに、現地での支援の様子をうかがった。
本記事では、戦争に巻き込まれてしまった人たちをいかに助け、どう向き合うかという部分に焦点を当てて考えていきたい。
話者プロフィール:平出唯(ひらで・ゆい)
大学卒業後、繊維商社勤務やネパールでの教育支援ボランティアを経て2019年にAAR入職。東京事務局でロヒンギャ難民支援やミャンマーの緊急支援事業を担当。2022年5月よりモルドバ事務所駐在。東京都出身。
長期化するウクライナ難民への支援
AARは1979年、ベトナム戦争終結後に日本にも訪れたインドシナ難民の支援を目的に「インドシナ難民を助ける会」として発足した。以来、紛争や災害、感染症などによる人道危機の際の支援活動、また地雷除去や途上国での障がい者支援などを世界各地で行ってきた。
2022年2月末に始まったロシアによるウクライナ侵攻直後には、ウクライナ国内、そして多くの人が避難しているウクライナ隣国のポーランドとモルドバでの緊急支援を開始。平出さんは2022年4月から、現在9万人近くが避難生活を送るモルドバでの支援に携わっている。
「モルドバでは、国内に設置されている一時避難所の一部にシャンプーや生理用品といった物資を配付したり、洗濯機や冷蔵庫などの生活に必要な家電などを提供したりしています。また、難民が身を寄せる寮の中にキッズルームも作りました」
ウクライナ避難民の特徴は、そのほとんどが若い母親とその子どもたちである点だ。そのため、子どもが子どもらしく過ごせる環境の整備や、避難生活が長期に及ぶ中での母子の心のケアが急務となっている。
「ドアが閉まる音や雷の音で爆撃を思い出して怖がるお子さんもいますし、お母さんたちも普通に話している時は気丈に振る舞っていますが、よく話を聞くと精神的ストレスの大きさを感じます。
避難している方々はみなさん、戦争が早く終結して一刻も早く国に帰りたいと話しています。一方で、戦争が終わってもすぐにウクライナに戻れないということもみなさん実感していて、モルドバに中長期的に滞在することを考えていると話す人も増えてきています」
モルドバ自体も今回の侵攻により経済的打撃を受けているが、ウクライナ難民への支援には積極的だ。しかし、EU加盟国ではないと難民に就労の資格を正式に与えることはできない。そのため、モルドバで働きたいけれど仕事がなく困っているという声も聞くという。
AARでは現在、地元行政などによって開設されている、モルドバのホストファミリーとウクライナの人たちの共存を助けるためのコミュニティセンターでの支援も積極的に行っている。
支援の格差が生まれるのは、被害に遭っている人たちに対する想像力
今回のウクライナ支援で印象的だったのは、世界中からこれまでにないほど多額の寄付が集まったことだと平出さんは話す。日本からも4億円近くの寄付金が集まり、AAR事務所はその対応に終われるほどだった。多くの人がこの問題に関心を寄せ、ウクライナの人々の力になろうと行動したことは、素晴らしいことである。
一方で、世界の他の地域で起こっている人道危機に対してはどうだろうか。
例えば、2011年に勃発し未だ続いているシリアでの内戦や、2021年2月に軍事クーデターが発生したミャンマー、また同年8月に政権が崩壊したアフガニスタン。これらの国々からは、今も多くの人々が難民として国内や国外に避難し、生きるための支援を必要としている。このほかにも、世界中には政治的な不安定さや貧困、宗教や民族間の争いなどから自らが生まれ育った場所を追われる人々が大勢いる。
しかし、そういった地域や紛争に関わる人道危機に対しては、今回のウクライナ侵攻ほどの関心を人々が持っているとは言えず、集まる寄付金の額も十分とは言えない。
このような、「支援の格差」は、なぜ生まれるのだろうか。
「ウクライナ侵攻は、ヨーロッパの人たちが平和に暮らしていたところに侵攻があったという点で、日本人がイメージしやすく、自分の身にもある程度起きうることだと感じたからかもしれません。
一方、ミャンマーやアフガニスタンに関しては、日本人にとってはどうしても文化的な馴染みが薄く、感情移入しにくいのかもしれません。また、日本人があまり知らないような民族同士の争いが長く続いていると聞くと、それは内輪の揉め事で、巻き込まれている人たちにも原因があるのではないか、と感じてしまう人も少なくないでしょう」
他国で自然災害が起こった場合、日本から多くの寄付が集まるという。これも、地震をはじめとした自然災害の多い国だからこそ、被害に見舞われた人たちに共感しやすいという部分が関係している可能性が高い。しかし平出さんは、こう続ける。
「国内での紛争に巻き込まれてしまっている人たちの状況も、他国からの侵略を受けて戦争に巻き込まれた人々や、災害によって被害を受けた人々と、何ひとつ変わりません。そこに住んでいる人たちは、ただそこで平和に暮らしていただけで、紛争には全く関係ない場合がほとんどです。また、そういった難民の方と実際に会ってみると、その方々も自分と全く変わらない人たちなのだということがわかります。
ですから、ウクライナをきっかけに紛争や人道支援といったことに興味を持った人がいれば、それを他の地域への関心にもつなげていって欲しいと思います」
恵まれた環境に生きていることを自覚し、それを無駄にしないこと
最後に平出さんは、私たちが世界で危機的状況にある人々に「いかに日々の関心を向けられるか」という問いについて、意外な観点を語ってくれた。
「私たちは、仕事をはじめ、家事や育児、介護など、毎日が忙しすぎるのではないかなと思っていて。モルドバの人たちは比較的ゆったりと過ごしてしているので、日本に帰ってくると、ここは目まぐるしい国だなといつも感じます。
そんな風に自分の生活で精一杯な状態でニュースを見ても、世界の裏側の人たちのことを気にしていられないと思うのは仕方がないのかもしれませんし、そうできない状況の人がたくさんいるのも事実です。
ただひとつ言いたいのは──これは難民の人たちと話すなかでひしひしと感じることなのですが──日本のような環境は、世界の中では本当に恵まれている部分が多いということです。
まず、民主主義国家であること。そして、多くの日本人は、住む場所も勉強したいことも、ある程度自由に決められること。その権利を当たり前に持って生まれていることは、ありえないぐらいラッキーなことで、実は世界の多くの人たちが喉から手が出るぐらい望んでいることなのです。ですから、その“ありがたさ”をみんなが自覚し、無駄にしないことが大事なのではないかと思います。
そのうえで、紛争や難民のニュースを見て少しでも関心を持ったら、インターネットで調べてみたり、そこから信頼できる団体に寄付してみたり、ボランティアに参加したりしてみて欲しいと思います。さらに、それを発信することで、支援の輪は少しずつ広がっていきます。
また、寄付や人助けをすると、実は自分が一番幸せになるんです。私自身この仕事をしていて、人の役に立てるありがたみや幸福感を、たくさんもらっているなと思います。
日本で忙しく働いていると、あまりそういったことを感じられない毎日を送っているかもしれません。けれども、大それた難民支援でなくても、空いた時間を使って誰かのためにアクションしてみたり、自分の地域や職場でちょっと人に優しくしてみたり……まずはそういうことでも良いと思うんですよね。それによって、自分の仕事や毎日の生活では得られない何かが返ってくると思います」
編集後記
平出さんは質問に、一つひとつ実直に答えてくださった。その中で感じたのは、今まさに世界で起こっている大きな問題を解決するのは、何か「これ」というひとつの解決策ではなく、私たちひとりひとりがそれぞれの日々の中で、少しでも「善い」と思うことを積み重ねてつくっていく、社会の空気なのだろうということだ。
そして、そのために必要なことは、平出さんが言うように、自分が持っているものに改めて感謝し、本当の意味で自分を大切にして、少しスローに生きてみること。人道支援とは一見無関係に感じるかもしれないが、それが「苦しんでいる人を助けたい」と自然に感じるための外せない「基礎」なのではないかと改めて強く感じた。
最後に、取材の中で最も印象に残った平出さんの言葉で終わりたい。
「AARには、『できることがあるから支援する』という合言葉があります。
遠くで苦しんでいる人たちに対して、自分にできることは何もないと思うかもしれません。私たちが活動する現場でも、できることの小ささを感じることの方が多いです。
しかしそれは、できることをやらない理由には、ならないと思うのです」
※1 Operational Data Portal(UNHCR)
※ 本記事に掲載されている情報は、9月21日時点のものです。ウクライナ情勢については最新情報をご確認ください。
【参照サイト】認定NPO法人 AAR Japan[難民を助ける会]
【参照サイト】世論調査 3.難民認定制度の在り方(内閣府)
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