日本の食材を愛するフランス人シェフに学んだ哲学「テロワール」とは?【持続可能なガストロノミー#1】

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食は、私たちが生きていく上で必要不可欠なものであり、人生における大きな楽しみのひとつだ。その一方で、今地球が直面している多くの課題には、食が深く関わっている。畜産から排出される温室効果ガス増加による気候変動。森林破壊や、水資源の汚染や枯渇、農薬や化学肥料の問題。そしてプラスチック問題、食品ロス、労働問題──食の問題は山積みである。

そのような現状を目の当たりにした今、第一線で活躍するシェフたちがサステナブルな未来を作るために大きく動いている。本連載では、“Social Food Gastronomy(ソーシャルフード・ガストロノミー)”を提唱し、日本サステイナブル・レストラン協会のプロジェクト・アドバイザー・シェフも務める杉浦仁志シェフが、サステナブルな未来を目指す料理人を紹介し、シェフのサステナブルな一皿とともに、今あるべき食の在り方を社会に伝えていく。

ガストロノミーという言葉は、古代ギリシャ語の「ガストロス(消化器)」と、「ノモス(学問)」が語源とされていることから、食や食文化に関する総合的な学問のことをさす。「持続可能なガストロノミー」は今、世界でも重要なキーワードだ。

記念すべき第1回目は、第13回辻静雄食文化賞専門技術者賞を受賞した東京・銀座「ESqUISSE(以下、エスキス)」のエグゼクティブシェフ、リオネル・ベカシェフをご紹介する。日本に移り住んでから17年が経つリオネルシェフは、生産現場に自ら赴き、日本での食材との出会いを、自由な感性で料理として表現している。リオネルシェフの考える「持続可能なガストロノミー」とは何か?リオネルシェフが大切にする考え方「テロワール」とは?杉浦シェフとリオネルシェフによる対談をお届けする。

杉浦シェフとリオネルシェフ

対談する杉浦シェフ(左)とリオネルシェフ(右)

話者プロフィール:Lionel Beccat(リオネル・ベカ)シェフ

リオネル・ベカシェフフランス、コルシカ島出身。南フランスのマルセイユで育ち、20歳を過ぎて料理の世界に入る。1997年 ミッシェル・トロワグロのブラッスリー「ル・サントラル」、ミシュラン一ツ星レストラン「ギィ・ラソゼ」「ペトロシアン」で研鑽を積む。2002年 三ツ星レストラン「メゾン・トロワグロ」でスーシェフを務める。2006年 ミッシェル・トロワグロより、東京にオープンの「キュイジーヌ[s] ミッシェル・トロワグロ」シェフに任命され来日。エグゼクティブシェフを務める。2011年 フランス国家農事功労賞シュヴァリエ授勲。2012年「ESqUISSE」 エグゼクティブ シェフ 就任。2018年 Gault&Millau 「今年のシェフ賞」受賞。2021年「エスキスの料理 インスピレーションから創造する料理の考え方」を上梓。2022年「第13回辻静雄食文化賞専門技術者賞」受賞。

話者プロフィール:杉浦仁志(すぎうら・ひとし)シェフ

杉浦シェフONODERA GROUPエグゼクティブシェフ。2009年に渡米し、料理業界のアカデミー賞とされる「ジェームス・ビアード」受賞シェフであるジョアキム・スプリチャル氏のもと、 LA・NYCのミシュラン星つきレストランで感性を磨き技術を習得。海外で培った国際的な食経験を通じ、日本におけるヴィーガン・プラントベースの第一人者として貢献し多数の受賞歴を持つ。現在は“Social Food Gastronomy”を提唱し、より多角的な視野から社会貢献とイノベーションを展開。2050年に向けた次世代のシェフモデルとして注目される。現職を務めながら日本サステイナブル・レストラン協会プロジェクト・アドバイザー・シェフに就任。

「土」と「地球」を大切にし、料理に変換していく

銀座にあるミシュラン二つ星を獲得するフレンチの名店、エスキス。エスキスはフランス語で「素描(スケッチ)」を意味する。

リオネルシェフの生まれは、地中海にあるフランス・コルシカ島。自然豊かな南フランスのマルセイユで育ち、海がいつもそばにある環境で、海と共に生きてきたという。現在は日本の食材を探究して生産現場に自ら赴き、自然の豊かさを大切にした独自の世界観を持つフランス料理を日本で提供している。

Corsica, France

フランス・コルシカ島 Image via pixabay

今回のインタビューの中で何度も登場した印象的な言葉がある。「テロワール」という言葉だ。辞書では、「風土の、土地の個性の」と記されている。気象条件(日照、気温、降水量)、土壌(地質、水はけ)、地形、標高など全ての自然環境を意味しており、ワインだけではなく各地の特産食材などを語るときにも使われている。

「テロワールを理解しないと、なぜこの料理になっているのかを理解できません。実際の現場に足を運び、その土地の気候風土に触れて、味わったり、見たり感じたりしないとわからないものなのです。自然を感じたことがなければ、良い料理はできません。それは水温や、海水の味、森のにおいなど。もしかしたら身の危険を覚えることかもしれませんね。肉体的に自然と触れ合う経験が必要不可欠です」

食材を調達する際にも、実際に生産現場を訪れ、土の匂いをかぎ、五感をフルに使い、食材を全身で感じているというリオネルシェフ。自然とともに育ち、自然を全身で感じているリオネルシェフだからこそ、「土」の大切さを熱く語る。

「料理人として、今この世界で起きている問題に立ち向かうには、まずは地球上の土、自然を大切にすることが大切です。それから料理に変換をする。料理に変換することによって、自然と土の大切さを、食べる方に理解してもらうことができるようになるのです」

杉浦シェフとリオネルシェフ

杉浦シェフ(左)とリオネルシェフ(右)

料理を通して“おいしい食材とは何か”を伝えていく

食は、私たちが生きていく上で必要不可欠なものだ。しかし、リオネルシェフが問題視するのは、人々が食べ物をロボットのようにただ摂取しているだけという食事のシーンがあまりにも多いこと、だ。

「みなさんは普段、どのように食事をしていますか?おいしければ良いということではなく、自分の身体をつくるために有機物を体に取り入れているので、目の前にある料理に使われている食材というものに対して、どれだけ意識を持って消費できるかが重要です」

そこでエスキスでは、お料理に使う食材を、お客様に見せているという。

「今日お召し上がりになる料理に使う野菜はこれですと、お客様にお見せすると、みなさん目を丸くして『素晴らしい』と言ってくださります。一方で、私は少し複雑な気持ちになるのです。“見せないといけなくなってしまった”からです。現代では、食材を見せることが、非常に贅沢なことになってしまったのです」

安くてそれなりにおいしいものが溢れ、利益中心で流通が動いている今の日本では、食材の価値が見えにくくなっているのが現状だ。チェーン店では、安く大量の食材を仕入れており、そこに「人間性」というものは介入しにくい。

おいしい食材を手に入れるには、探すのにかなりの労力を要し、価格も上がる。自然栽培で作られ、味がしっかりしている野菜。環境負荷の少ないお肉、そして海に負担をかけない漁法で獲られた魚介類など、価格が高いものには理由があるということを理解する必要がある。リオネルシェフは、「お客様への啓蒙もとても大事」だと話す。

「何かを語るのではなく、その料理を通して“おいしいとは何か”、“おいしい食材とは何か”をお客様に伝えていくこと。それが料理人としての役割の一つだと思います」

また、リオネルシェフは「料理人という職業は人間性を保つために非常に重要な職業」であると強調する。

「30年たってもなくなることはないと思います。もし料理人という職業がこの世の中からなくなってしまったら、人間というものもいなくなってしまうというほど、人間の営みに直接的に関わる仕事です」

リオネルシェフ

Image via ESqUISSE

料理が、「食材」から地方に光を照らす一助に

日本で料理をすることは、日本を深く理解することが大切だというリオネルシェフ。エスキスでは石川県の能登半島にある能登島で、赤土の土づくりから味にこだわる有機野菜を生産する「NOTO高農園」から野菜を仕入れている。

能登は、伝統的な農林漁業が守られ、多様な生物、植物が生息する。在来種の野菜栽培が盛んで世界農業遺産に指定されているほど、豊かな自然から生み出された食材の宝庫だ。また、能登を代表する文化であり、国の重要無形文化財でもあるのが、輪島塗である。

日本の食材を探求してきたリオネルシェフが今、最も尊敬し、憧れる人が輪島塗の塗師、赤木明登さんだという。2019年には赤木さんや、能登の地元シェフと共にコラボイベントも開催。料理を通して、輪島塗の魅力を伝えた。

石川県というと金沢というイメージが強く、能登の魅力を知る人は多くはないかもしれない。しかし、能登には伝統文化や豊かな自然、いい食材が溢れている。そこにリオネルシェフという有名シェフが加わり、イベントを行ったことで、県外からも多くの人が集まり、能登の魅力が広まるきっかけとなったのだ。

輪島塗にもられた料理

Image via ESqUISSE輪島塗

「リオネルシェフと能登の関わりには、多くのシェフが影響を受けている」と杉浦シェフは話す。

「リオネルシェフが地方の食材に触れてくださったおかげで、シェフによる取り組みで素材の価値が変わっていくことが証明できました。これにより地方が良くなっていき、サステナビリティが広がっていきます」

都市への人口流出によって地方は過疎化が進み、都市以外は街が死んでしまうといわれている。決してそれは地方だけの問題ではない。過疎地域では農業や林業など、一次産業が地域の基礎基盤だ。すなわちその地域が衰退してしまうと、都市部にも食料や、水、木材不足といった問題が出てくるのだ。リオネルシェフのような取り組みは、地方に光を照らし、土地が再度、輝きをもつ解決策の一つになるかもしれない。

編集後記

エスキスは、銀座という東京で最も煌びやかな場所にある。ビルに囲まれ、人々が忙しなく歩き、この場所で自然を感じることはあまりないだろう。

そんな都会の中で、リオネルシェフは自然の偉大さ、奥深さ、大切さを伝えている。言葉にするわけではないが、一皿一皿にその想いをのせている。自ら探し求めた食材の背景や、生産者の想いも共にのせ、人々に強く訴えかける。

料理は決して綺麗な世界だけではない。お皿の裏では、必ず生き物の犠牲があり、その上で成り立っているということ。人間によって豊かな自然が傷つけられ、なくなってしまえば、この一皿は存在しないということ。そんな人間と自然が共生していくことの大切さが込められている。

私たちは、ついつい綺麗なものだけを見ようとしてしまう。都合の悪いことからは目を背けてしまうこともある。しかし、地球に生きる生き物として生と死と向き合っていくこと、消費者として口に入れるものを意識し責任を持つことを改めて考えていかなければならないと感じたインタビューだった。

HARMONY | Managatsuo, hyugehokan, Groseilles

Image via ESqUISSE

リオネル・ベカシェフのサステナブルな一皿
HARMONY | Managatsuo, hyugehokan, Groseilles

調和|真名鰹、弓削瓢柑、グロゼイユ
このひと皿には、「自分の役割を果たしたい」という私の願いから、3つの重要な、そして極めてシンプルな表現が含まれています(たとえ無力でも、山火事の際一滴ずつ水を運んだというネイティブアメリカンの鳥の話のように)。まず、誰にでも通じる言語のように、シンプルで詩的に語りかける方法を見つけることが必要です。私は、生け花の作品をつくるように、味覚、意図、形、色を表現することを選びました。そうすることで、それぞれの食材が自然に詩的な力を発し、料理全体に美しさと深みを与え、食べる人の心を動かし、自然の美しさを見つめ、その美しさを守るために自分ができることについて考えるきっかけになるのです。

次に、魚の選び方です。私は、適切な場所(山口県)で、魚にとって適切な時期に、持続可能性を尊重する漁師によって捕獲されたマナガツオを選び、そのアイデンティティを隠すことなく昇華させ、食べる人がこの生物のすべての生命を感じられるように調理しました。

最後に、このひと皿に命を与える大地の恵み(野菜)を選び、命を捧げた魚を迎えるための舞台を描きます。これらの野菜はすべて、私が尊敬し、信頼している小さな生産者のもので、すべて有機栽培(パーマカルチャー、バイオダイナミクス、4 per Mille 等)、無農薬、地球とその生命循環に敬意を表しています。
このプレートで使用している野菜の生産者:
– 能登・高農園
– 札幌・アグリスケープ
– 東京・Ome Farm
– 和歌山・倉光農園
リオネル・ベカ レシピ(書籍「エスキスの料理」より)
マナガツオ
1 マナガツオはフィレにして、砂糖をふり、5分〜10分おき、デゴルジェする。水気をよく拭き取る。
2 ソミュールの材料を合わせ、1を入れて1時間おく。
3 2 からマナガツオを引き上げ、水気を拭き取り、冷蔵庫に入れて表面を乾燥させる。
弓削瓢柑のナージュのベース
1 すべての材料を鍋に入れ、軽く沸騰させる。 2 1/3 の量になるまで弱火で煮詰めて、漉す。
弓削瓢柑のナージュ(ソース)
1 鍋に弓削瓢柑のナージュのベースとフュメ・ド・ポワソンを入れ沸騰させる。 弓削瓢柑の皮を加え、10 分アンフュゼする。
2 1 から弓削瓢柑の皮を取り除き、バターでモンテしてソースにする。塩・白胡椒でアセゾネする。
マナガツオ
マナガツオ……1尾
砂糖……適量
昆布出汁のソミュール
昆布出汁……適量 塩……昆布出汁に対して7%の塩分濃度 弓削瓢柑のナージュ(ソース) 弓削瓢柑のナージュのベース 白ワイン(ゲヴェルツトラミネール)……750ml ボトル2本
白ワイン……750ml ボトル1本 セロリ(エマンセ)……250g 人参(エマンセ)……200g 玉葱(エマンセ)……200g 紫玉葱(エマンセ)……100g 生姜(エマンセ)……25g 弓削瓢柑の葉……4枚 弓削瓢柑の皮(ピール)……30g (弓削瓢柑の皮をエコノムでむいて2回ブラン シール)
弓削瓢柑のナージュ(ソース) 弓削瓢柑のナージュのベース……100g フュメ・ド・ポワソン……175g
(1/3 に煮詰めたもの) 弓削瓢柑の皮(ピール)……10g (弓削瓢柑の皮をエコノムでむいて2回ブラン シール)
バター……400g

取材協力:日本サステイナブル・レストラン協会

SRA
食のアカデミー賞と称される「世界のベストレストラン50」でサステナブル・レストラン賞の評価も行う英国本部と連携し、格付けやキャンペーンを実施。サプライヤーやレストラン、消費者コミュニティの構築を通して、フードシステムの課題解決に取り組み、食の持続可能性を推進しています。
URL:https://foodmadegood.jp/

Edited by Erika Tomiyama

【参照サイト】サステナブルで健康な食生活の提案(環境省)
【参照サイト】ESqUISSE
【参照サイト】過疎化の3つの問題点、都市部にも及ぶ影響とは?
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