食をハブに、世の中をつなぎとめる。レストランの労働を変える三ツ星・米田肇シェフ【持続可能なガストロノミー#3】

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山があって、川があって、田んぼがあって。春夏秋冬があって、春になったら葉っぱが出始めて、夏になったら蝶々が飛んで、真夏になったら蝉が鳴いて、蝉が鳴きやんだらコオロギが鳴き始める。紅葉になって、葉っぱが落ち始めて、木に枝がなくなったら、雪が降る。また春になって、虫を探すと石の裏にミミズがいて。葉っぱから芽が出始めたと思ったら、またそれが真っ青になっていくんですよ。

空に鳥が飛んでいて、風が吹いていて、そこに自分がいて。そんな記憶をパッと思い出したときに「美しい」と思った自分がいた──「そこから、この美しさは僕が初めて感じた、僕自身の根底にある“美意識”だと思ったんです」

地球

料理名は『chikyu 地球』。これは、そんなあるシェフの美意識から生まれた自然、地球、宇宙に存在する均衡と調和という秩序の美が表現されている、料理を超えた“芸術作品”である。大地のミネラルを吸収する野菜と、海のミネラルを吸収する貝。大きな皿の上で海と陸を表し、2人の人間がシェアしながら食べることで地球の循環を表現する。

この作品を生み出したのは、レストランオープンからミシュラン史上世界最短の1年5か月で三ツ星を獲得した、日本を代表する名店『HAJIME』の米田肇(よねだ はじめ)シェフだ。ガストロノミーで、生命学や生物学、宇宙科学などの独自の世界観を表現し、塩1粒、0.1度にこだわる圧倒的な料理への情熱で、人々を魅了し続けている。

“Social Food Gastronomy(ソーシャルフード・ガストロノミー)”を提唱し、日本サステイナブル・レストラン協会のプロジェクト・アドバイザー・シェフも務める杉浦仁志シェフが、サステナブルな未来を目指す料理人を紹介し、今あるべき食の在り方を社会に伝えていく本連載。第3回となる今回は、米田シェフだ。

「単なる人間だけの一方向から見るものの見方ではなく、昆虫や植物、多方面から見て、そのバランスを『食』を通していかに整えていくか。それがミッションであり、ビジョンです」

料理界のイノベーターとも言われる米田シェフが見る、「環世界」とはなにか。地球と社会にいいレストラン業界のあり方と「食」が果たす役割を米田シェフに聞いた。

杉浦シェフ(左)と米田シェフ(右)

杉浦シェフ(左)と米田シェフ(右)

話し手プロフィール

米田肇シェフ米田肇(よねだ はじめ)シェフ
大学卒業後、コンピュータ関連のエンジニアを経て料理の世界へ。「ガストロノミーを通して、人類の未来に貢献する」というビジョンを掲げ、様々な分野に挑戦をしている。世界最短でミシュラン三つ星を獲得、Foodie Top 100 Restaurants、Asia’s 50 Best Restaurants、OAD Top30 Japanese Restaurants、100 chefs au mondeなど世界のランキングにランクインする。The Best Chef AwardsではアジアNo1シェフ、2021年GAULT&MILLAUではBest of The Yearにあたる「今年のシェフ賞」を受賞する。JAXAの宇宙と食の未来を考えるSPACE FOODSPHEREのメンバーやSony AIのアドバイザーとして活躍。

聞き手プロフィール

杉浦仁志シェフ杉浦仁志(すぎうら ひとし)シェフ
ONODERA GROUPエグゼクティブシェフ。2009年に渡米し、料理業界のアカデミー賞とされる「ジェームス・ビアード」受賞シェフであるジョアキム・スプリチャル氏のもと、 LA・NYCのミシュラン星つきレストランで感性を磨き技術を習得。海外で培った国際的な食経験を通じ、日本におけるヴィーガン・プラントベースの第一人者として貢献し多数の受賞歴を持つ。現在は“Social Food Gastronomy”を提唱し、より多角的な視野から社会貢献とイノベーションを展開。2050年に向けた次世代のシェフモデルとして注目される。現職を務めながら日本サステイナブル・レストラン協会プロジェクト・アドバイザー・シェフに就任。

「料理人は、お前が思っているような仕事ではない」

高校時代は数学に没頭し、大学では電子工学を学んだ米田シェフが、卒業後の就職先に選んだのは料理の道ではなく、世界中に研究所を持つ大手部品メーカーだった。料理上手な母親や周囲の影響で、幼い頃から料理人に憧れていたが、両親には反対されていたという。

「料理人なんて休日がないし給料も安くて、長時間労働だぞ。何を言ってるんだ、と。『お前が思っているような仕事ではない』と、散々言われていました」

それでも料理人になることを諦められなかった米田シェフは、就職して2年が経った頃、調理師専門学校への入学に必要な資金が貯まると同時に「世界一の料理人になります」と言って、仕事をやめた。調理の専門学校で1年学んだ後、「日本で1番厳しいお店に入る」と決意し、お皿に指紋1つあるだけで大騒ぎになるような完璧主義者のシェフのもとで働くことになる。

「朝6時半にお店に行って、仕事が終わるのは夜中の3時半。そんな1年間を過ごし、身体がボロボロになりながら、飲食業界の厳しさを経験しました。当時の給料は10万円ほどで、キッチン用の洗剤で手もボロボロ。休みの日に母親の買い物袋を持とうと思っても、持てないわけです。料理人をやめるか、人生を断つか、お店をやめるかと悩んだときに父親から、『世の中にはたくさんの店があるから違う店に行きなさい』と言われ、お店をやめることを決意しました」

そうして神戸のレストランに移って2年半働き、2002年にフランスに渡りパリ近郊の二ツ星レストランで1年半修業を積んだ。そして2008年5月12日、レストラン『HAJIME』を大阪にオープンした。

米田シェフ

独自の美意識から伝えたいこと。「人間は、この地球を少しだけシェアをさせてもらっている」

お店では、1回作ったメニューは作らないと頑なに決めていたという米田シェフ。半年ほどで、勉強していた料理をすべて作り終えてしまった米田シェフは再びフランスに渡り、友人の店で修業をした。

「最終日にシェフから『肇はどんな料理を作っているのか?』と、聞かれ、写真を見せたら『ダメだ』と、言われたんです。『コピーじゃないか。これはあなたの料理ではない』と。料理人はお店で修業して勉強する過程で、自分が作る料理の中に、これまで働いたお店のカラーがどうしても出てしまうんです。言われたときは、かなりショックを受けました」

フランス料理の中に、自分の根源はない。その自分がフランス料理を作っている限り、自分に嘘をついているような葛藤がありました。じゃあ自分の料理って何だろう──それが、ずっと米田シェフのテーマだった。自分自身が美しく、美味しいと思うものは、何なんだろうと。

「最終的に、学校へ行く前だけが、人から影響を受けていないときだと気づいたんです。本来、美意識は育てるものではなく、人それぞれがすでに自分の中に持っていて、それと世の中にあるものがピタッと組み合わさったときに出てくるもの。周りから影響を受けたものではなく、最初に自分がいいと思ったものを良いと言えるかどうか、それが美意識を持つということです」

そんな葛藤から、子どもの頃に感じていたことを思い出した。幼い頃は京都と奈良の府県境の、自然に囲まれた場所で育ったという米田シェフ。自然との距離感、その美しさこそが、米田シェフが初めて感じた、自身の根底にある美意識だと気づいたのだという。そうした独自性を追求した先でできあがったのが、冒頭で紹介した米田シェフのシグニチャーディッシュ『chikyu 地球』だった。

地球

「たとえば、牡蠣をおいしくするためには、山に植林をします。その落葉樹の葉っぱが落ちて腐葉土になり、そこに雨が降って栄養素が川に流れ着く。それを大地の草が全部吸って、その残っている部分が海に流れ着き、それを貝が吸収して、栄養素が増えていく──この生態系を、料理で表現したいと思ったんです。貝と植物の調和がなくなってしまったら、地球がおかしくなってしまう」

「フランス料理をやめようと決めたリニューアルの前、ちょうど3.11の震災が起こりました。『人間はとうとうやってしまった』と思ったんです。私たちはこの地球上に、自由に気ままに家を建て、道路をつくり、公害を撒き散らし、好きなものを食べ、好きなものを捨てているけれど、そんなことを続けていたら地球がおかしくなることなんて一目瞭然でした」

「その中で私たち人間が『この地球を少しだけシェアをさせてもらっている』という気持ちを持つことが必要だと思いました。私たちの生き方に対してメッセージを込めた作品を作りたいと思い、この『chikyu 地球』を、2人でシェアをする料理にしたんです」

労働集約であるレストラン産業の構造を変える。HAJIMEは、なぜ価格を10倍まであげられたのか?

「飲食店って、朝から晩まで働いて休む暇もなく、給料も安いんだって」。消費者はそんなふうに、飲食店がブラックであると知りながらも、安くて美味しいお店を探す。

「それは、あなたが1,000円を支払っているからでしょうと、僕は思うんです。飲食店の労働環境が改善されないことに関して、実は消費者もグルなんです」

「三ツ星シェフになると『肇さんですよね、尊敬しています。あなたみたいなお店を作りたいです』と、みんなが言ってくれるようになりました。一方で実際には、朝早く出勤して、休憩もなく、電話も一日に500本かかってくるような状況で、自分自身もスタッフも、みんなフラフラなわけですよ」

みんながここを目指してきたら、日本中のレストランがダメになる──労働集約であるレストラン産業の構造を変えなければならない。米田シェフはそう確信した。新型コロナによって、その飲食業の脆弱性はさらに顕になったと米田シェフは話す。

「社会構造がどんどん経済合理性を進めていくと、質の高いクオリティを保ち続けることが求められます。そこで最も合理的ではないのが、人間です。人は体調を崩したら休みますし、用事があれば有給をとる。だったら人間ではなくAIを入れようという話になるのです。その一方で飲食業は、この経済合理性を中心とした社会の中でも未だ人を使っている、前時代的な産業であることが明確になったのです」

米田シェフが修業の中で自ら経験して感じてきた、労働集約であるレストラン産業の構造の問題点。米田シェフは現在、ソニーAIが主導する、「ガストロノミー・フラッグシッププロジェクト」のアドバイザーとしても活動している。同プロジェクトでは、AIとロボティクスを活用した、未来のレストランの在り方を根本的に再定義している。杉浦シェフが切り込むのは、「レストラン業界が今後、どうAIを活用していくのか」という話だ。

「肇さんご自身もAI開発に携わられている中で、まだAIは人の労働を奪うところまでは行ってないと伺いました。私自身も、人と寄り添うAI、人の労働を守りながら人の助けになるような、AIと人の関係性が生まれればいいなという考えです」(杉浦シェフ)

杉浦シェフ(左)と米田シェフ(右)

「人が働く場所はどこにあるのかと考えたときに、私たちのような労働集約産業のもとに、ポイントがあるんじゃないかと。私たちは人を雇用し、時間もコストもかかるけど教育して、一緒に成長していく産業なんですよね。だからそうした産業に、AIやロボットをどのように組み込むか。そうなったときに人というものが、この地球の中でどのようにして生きていくことがいいのかを、もう一度今考える必要があると思います」

「人の成長や自分自身のその能力を、さらに発見するということが私たちの喜びで、人の生きる意味だと思うんです。世の中にないものを想像力で生み出すことをずっとやっていくのが、人なのではないでしょうか」

米田シェフ

そんななかでも、レストラン『HAJIME』は労働環境改善のために、もともと昼と夜で2本ずつあったコースを、2012年から1本に変更し、夜のみの営業に変えて単価を上げたという。お昼は4,000円、夜は6,500円だったコースメニューの価格は今、その10倍の金額まで上げられている。労働環境を改善しながらも、着実に売り上げも伸ばしているというが、一体どのようにしてここまで価格を上げていくことができたのだろうか。

「原価に、創造性をどれだけのせることができるかが大切で、いつも1本のニンジンをどれほど高く売れるかが料理人の仕事だと話しています。私たち料理人は、加工業。いかにクリエイティブに素材を加工するかが大切だと思っています」

植物から学ぶ、平行的なコミュニケーションシステム

社会課題を俯瞰的に見ながら、飲食業界の変革を推進する米田シェフが疑問視するのは、現代の経済合理性を優先しすぎている資本主義の構造である。

「多様性が大事だと最近よくいわれていますが、主要軸が『貨幣』である現代では、その価値基準がお金である限り、多様にはなりません。貨幣を基準にしてしまうと、たとえば厨房で働いていても、やはりテキパキと合理的に動く人が優遇されてしまいます。だからこそ、価値基準をお金じゃないものでつくることが、次の文化として大切だと思いますね」

そんな思想を持つ米田シェフが生み出す組織とは、どんなものなのだろうか。お店の教育に関しては、ブロックチェーンのように複数人で管理するシステムを採用しているという。

「上司が部下をすべて見るという体制ではなく、組織全体で総合的にチェックするシステムが必要だと思ったんです。人にはそれぞれ、能力の違いがあります。料理に関しても、料理が得意だけど提供するのが苦手な人もいれば、料理が苦手だけど、優しい子もいるわけです。その子たちは切り捨てて良い社会なのでしょうか。その子たちがいることによって、みんなが穏やかな気分になり、社会が回っているのであれば、チームの中で大切な潤滑油としての役割をしているわけです。それぞれのよいところを活かし、相互関係の中で生きていくために、3人ほどでひとつのものをチェックしています。多様性を活かすためには、双方で100点を取れるシステムを作ることが大切です」

レストランHAJIME

こうした多様な物の見方をするためには、平行的なコミュニケーションシステムを作る必要があり、そのヒントは「植物」にあると米田シェフは続ける。

「植物って、実は平行的なんです。なぜなら植物は、根を張って移動せずに生きることを選び、そのためにはまず、大地の微生物との調和が必要だからです。さらに自分が移動できないので、飛んでいる昆虫とのコミュニケーションが重要。植物は花を開き、そろそろ葉っぱが落ちるという状況で、実は昆虫とコミュニケーションをとっているんです。実は植物は、人間以上に知識があるかもしれないともいえます」

もともと「食」は、人を幸せにするためのものだった

自然や人、社会、そのすべてに想いを馳せ、表現し続ける米田シェフ。話は今後の米田シェフが食を通して描く未来に進んでいく。その中で米田シェフは、「もともと食は、人を幸せにするためのものだった」と語る。

「人間は、進化の中で生存するために共同体を作り、生きてきました。猿が食事を目の前にすると、強い者がすべてを奪ってしまいます。そこでゴリラやチンパンジーが何をしたかというと、強い者が弱い者に分け与え、共に生存する道を選びました。それが人間に進化したとき、2足歩行ができるようになったので、どこかに果物がたくさんなっていると、誰かに持って帰ってあげるようになったんです」

「そこで、『じゃあ一緒に食べよう』と、食卓が生まれました。余剰品が集まったことによって食料の倉庫ができ、定住が始まった。そこで治水を始め、持ってきた野菜が腐り、種が芽を出してまた実ができ、だんだん農園になって、そこで土地を守る権力競争がうまれました。治安を守らないといけなくなり、官僚システムができ始め、それが共同体の形になり、政府がうまれた。つまり、人をまとめる1つの手段として、食卓や食があったのです」

「お互い様の文化の中で、色んなもののバランスをとりながら私たちは生きてきた。一方通行の社会を作ったのが『経済合理性』なのです。GDPばかり上げていても、人は幸せになっていない。そして経済が成長すればするほど、環境はおかしくなっている。元に戻るには、やはり人が、どうしたら周りの人たちや自分たちを幸せにできるのかを見直さなければなりません。そのとき1つのポイントとなるのが『食事』だと思っています。食をハブにして、この世の中をいかにつなぎとめるか。食は、単なるアートや快楽、健康の側面だけではなく、社会問題を解決することができる可能性を持っています」

「食」が社会課題に目を向けるまなざしを与える役割を果たす

取材の中で、一つのキーワードとして出てきたのが、「環世界」という言葉だ。環世界とは、生物が、それぞれ独自の時間・空間として知覚し、主体的に構築した世界のことであり、世の中には、昆虫や植物、人間などそれぞれから見た世界が存在するといわれている。

「それぞれから見た世界の中で、それぞれが幸せだと思える世界こそが、本当の意味で多様な世界なのではないでしょうか。単なる人間だけの一方向から見るものの見方ではなく、昆虫や植物、多方面から見て、そのバランスを『食』を通していかに整えていくか。それがミッションであり、ビジョンです」

『chikyu 地球』という作品を生み出した米田シェフは、人間から見た視点だけでなく、植物や昆虫などの視点「環世界」をも意識していた。そんな多様な視点を持つ米田シェフだからこそ、多様な組織をつくることができるのだろう。

「自分たちがもう辛抱しなくていいような労働環境を作っていかなければなりません。そんな世の中のシステムとは一体なんだろうか。飲食業が抱えている問題点を世の中の多くの人に知ってもらい、変革していかなければいけない時期に今、来ています。子どもが料理人になりたいと言ったときに、『いいね』と言えるようなシステムを作るのが、今後の僕の仕事の1つかなと思っています」

食がかつて人をつなぐ役割を担ってきたように、レストランというものが、あらゆるものの見方を伝える存在として、人々が環世界に想いを馳せる重要な存在として、これから大きな役割を果たしうるのではないだろうか。

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