激動のサステナビリティ時代で、一流ホテルのシェフは何を大切にするのか【持続可能なガストロノミー#4】

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“Social Food Gastronomy(ソーシャルフード・ガストロノミー)”を提唱し、日本サステイナブル・レストラン協会のプロジェクト・アドバイザー・シェフも務める杉浦仁志シェフが、食の分野におけるサステナブルな未来を目指すキーパーソンを紹介し、これからの食の在り方を社会に伝えていく連載「持続可能なガストロノミー」。

今回は、ザ・キャピトルホテル 東急の副総支配人でもある、曽我部俊典総料理長を紹介する。曽我部総料理長は、杉浦シェフと1年にわたり食に関するサステナブルな活動の発信と促進を目指したイベント「サステナブル テーブル」を開催。総料理長という立場で「食」の分野を総括しながらも、ホテル業界では先人を切ってサステナブルな活動に取り組んでいる。

曽我部俊典総料理長

曽我部総料理長。サステナブルテーブル にて

今回は、時代に合わせたホテルのあり方や後進の育成など、幅広い視点で食の未来を見据えている曽我部総料理長に、サステナブルな活動を推進されるようになったきっかけや、ホテルにおけるサステナブルな取り組み、今後についてお話いただいた。

話し手プロフィール:曽我部 俊典(そがべ としのり)総料理長

曽我部総料理長ザ・キャピトルホテル 東急 総料理長 兼 副総支配人。神奈川県生まれ。大阪の調理師専門学校卒業後、愛媛県のホテルに入社。26歳でフランスに渡り、本格的にフランス料理を学ぶ。帰国後、1987年名古屋東急ホテルに入社。2001年セルリアンタワー東急ホテル「クーカーニョ」シェフへ就任し、2007年「ミシュラン東京’08」一ツ星を獲得。2008年横浜ベイホテル東急 総料理長へ就任し、2017年からは副総支配人も兼任。2019年4月から現職。お客さまの心に残るおもてなしの追求と、絵画をイメージしたメニューの創作など、新しい料理の世界を開拓し続けるほか、後進の育成にも力を注いでいる。

聞き手プロフィール:杉浦仁志(すぎうら ひとし)シェフ

杉浦シェフONODERA GROUPエグゼクティブシェフ。2009年に渡米し、料理業界のアカデミー賞とされる「ジェームス・ビアード」受賞シェフであるジョアキム・スプリチャル氏のもと、 LA・NYCのミシュラン星つきレストランで感性を磨き技術を習得。海外で培った国際的な食経験を通じ、日本におけるヴィーガン・プラントベースの第一人者として貢献し多数の受賞歴を持つ。現在は“Social Food Gastronomy”を提唱し、より多角的な視野から社会貢献とイノベーションを展開。2050年に向けた次世代のシェフモデルとして注目される。現職を務めながら日本サステイナブル・レストラン協会プロジェクト・アドバイザー・シェフに就任。

きっかけは、『日本の縮図』を見て危機を感じた幼少期

曽我部総料理長がサステナブルな活動を推進するようになったきっかけには、自身のルーツが関係していると話す。

父方が林業、母方が農業と、明治のころから代々、第一次産業に関わってきた家庭に生まれた。その影響もあり、子どもの頃から、心のどこかで自然と直接関わるような仕事をすることをイメージしていたという。

「戦前は林業も農業もとても盛んで、私の家系も比較的裕福だったと思います。ですが戦後、世の中の状況は大きく変わり、徐々に家業は立ち行かなくなり、父は山を売ってそのお金で東京に出てきました。時代の流れの影響を大きく受けてきて、ある意味『日本の縮図』を見てきたような気がしているんです」

好きで入った料理の世界に長く携わり、時代の変化を肌で感じていく中で、食の分野においてもサステナビリティ抜きには考えられない、取り組まないといけない状況になってきたという。

「北極や南極の氷は溶け、温暖化も進み、いろいろなところで地球環境を無視して進んできた結果が、今です。一番の原因は、人口増加だと言われていますが、これほどまでの状況になったのは、わずか数十年の話ではないでしょうか。良い悪いという次元ではなく、もはやサステナビリティを無視した食は考えられない」と警鐘を鳴らす。

曽我部総料理長はフレンチの一料理人としてだけでなく、企業人として様々な役職を担い、現場や経営のマネジメント、人材育成などに携わってきた。現在は本社役員の傍ら、総料理長と副総支配人という立場で、経営的な観点からサステナビリティに取り組むというのは職務のひとつであるが、個人としての使命感を強く感じているという。

「会社がサステナビリティを掲げている以上、企業に属する人間として“自分の預かった責任の範疇をいかに全うするか”は重要で、それが使命であるとも思っています。ただ、それを差し置いても、これからの社会、日本、世界にとって必要なことだと考えています。特にこの1年、杉浦シェフをはじめ、サステナビリティの活動に最前線で取り組まれている方々の考えや活動を目の当たりにして、一企業人としてはもちろんのこと、個人としてもやっていかなくてはならないと、より強い気持ちが芽生えたのは確かです」

曽我部総料理長と杉浦シェフ

曽我部総料理長と杉浦シェフ

「技術」よりも「考え方」を伝えていく

東京の中心に位置し、日本をはじめ世界各国の要人が多く利用するザ・キャピトルホテル 東急は、まさに日本のホスピタリティ産業の中核となる存在といっても過言ではない。だからこそ「業界の先陣を切って取り組んでいかなければならない立場にある」と、曽我部総料理長は言う。

「スタッフにサステナブルな意識を自発的に持ってもらうためには、私のような総料理長という立場である人間が関わる業務で積極的に取り組んでいくべき。それに影響されて『やらなくちゃ』と思うようになるのではないかと。私の姿を見て「本当にやりたい!」と思ってもらえるような刺激を与えたい。そうして“知らないうちに総料理長のペースにのっかっている”というのが理想ですね」

曽我部総料理長がこうして「教育」に力を入れ、継続している点に、杉浦シェフは注目している。

「本来は、個店レベル、個人レベルでやるものですが、企業としてテーマを持って取り組むことで、スピードと幅が広がります。それを牽引しているのが、曽我部総料理長なのではないかと思うのです。これまで様々な国のシェフと一緒に活動していますが、曽我部総料理長ほど温かく紳士的に、これまでのご自分の知識や経験を惜しみなく教えてる方はなかなかいらっしゃらない。きっとご自身は昔、『見て覚えろ』などと言われていたはずなのに、それをみじんも感じさせない。そんなお姿に個人的に感銘を受けています」

曽我部総料理長の根底にあるのは、人との出会いや縁を大切したいという気持ちだ。

「単純に『スタッフたちのこれからの生活、未来をより良くしたい』という想いが強いのかもしれません。やはり何かの縁があって、こうして一緒に仕事をしているわけですから。これからの時代を作っていく後世のために何かをするというのは、経験を積んできた人間の役割ではないかと。そのために、技術よりも考え方を伝えていくことが大事だと思っています」

曽我部総料理長

曽我部総料理長

品格を保ちながら時代にあわせていく

「年齢を重ねている割には、新しいものが好きで変化をあまり気にしないんです。時代の変化というのはすごい。時とともに常識も価値観も変わっていきますからね」と、曽我部総料理長は昔ながらのやり方や既存の価値観に固執するどころか、常に新しいものにアンテナを張り、むしろその変化を楽しんでいる。また、料理人とマネジャーという両方の視点で、常に物事を見据えている。

そんな曽我部総料理長は、ホテルそのものが「サステナビリティを意識した価値観」に変わっていく必要があると語る。

「アメニティひとつでも、これまでの5つ星ホテルなら”一流ブランドのもので持ち帰れるような小さなサイズ”というのが当たり前でした。ですが今、海外の一流ホテルでも環境に配慮して大きなボトルを使うようになっています。日本の感覚では安いビジネスホテル=大きなボトルというイメージですが、海外ではそれでもラグジュアリーなブランディングは保ちつつ、5スターをキープしている。そういう時代がきたんだなと」

『品格を保ちながら、時代にあわせる』という考え方に、杉浦シェフも深く共感する。

「世の中の状況、社会的なあり方を常に見て、そのポイントをしっかりとキャッチしながら現場に落とし込むことができるのは、きっと『料理人』と『マネージャー』という両方のチャンネルがあるからこそでしょう。それがサステナブルな活動の推進にも繋がっていると思います」

また、タイミングも大切だと曽我部総料理長は言う。

「常に『お客様がついてきているか』は考えていますね。サステナビリティの取り組みを推し進めるにあたっても、お客様の態度や表情をしっかりと読むことは大事で、とても意識しています。あとはタイミングでしょうか。いくらその取り組みが良くても、タイミングが悪かったらダメ。常にいろんなことに興味を持っていて、今だというチャンスを狙っているんだと思います」

人も、企業もサステナブルであることが不可欠

飲食業やホテル業は「人が動いてお金が動く」仕事。そもそも人材が不可欠な業界であるにもかかわらず、待遇や労働環境面において常に多くの課題が山積みだ。加えて、ここ数年はコロナの大打撃を受け、多くの人材が他業界へと流出してしまった現状がある。だからこそ、両氏はサステナブルな食の未来のために、業界に携わる人や企業のサステナビリティトランジションの必要性を強調する。

「料理人は、世界から賞賛される職業のひとつ。アメリカであれば『シェフ=待遇が良く、ステータスもある』という一つのドリームで、経済的な豊かさが保証されています。ですが、日本においては対価も地位もとても低い。「経済的なポテンシャル」が全く違うんです」と杉浦シェフ。

杉浦シェフ

杉浦シェフ

曽我部総料理長もまた、飲食業界の労働スタイルや給与のしくみから抜本的に変えていく重要性を指摘する。

「世界で『貧困』は深刻な問題の一つです。それと同様にホテルや飲食など食に関わる業界自体の貧困についても、考えていくべきではないかと感じています。将来への不安、対価の問題、労働環境など、我々の世代でなんとか解決していきたい。そのためにも、例えば『売上が上がってから給与を増やす』のではなく『まず給与を先に上げて、それを実現するためにどうすればいいか』といった逆の発想が大事でしょうね」

こうしたしくみから転換できれば、ホテルや飲食業界に入りたい・携わりたいという人は増え、夢のある職業になってゆくのではないだろうか。

料理人自身も考え方や働き方を変えていかなければ、ほんとうの意味でサステナブルにはならないと杉浦シェフは語る。

「コストを削減してどうリユースしていくかも大事ですが、もっと大切なことは『売り上げをどう積んでいくか』という志向。そのためにはセンスや戦略が必要で、そうしたものを持っている曽我部総料理長のような方がトップに立たないとやっていけないし、業界自体が持続可能になっていかないでしょう」

曽我部総料理長もまた、自身の仕事観、食の未来を次のように考えている。

「料理人として、やはりお客様に喜んでいただく料理を作るのが仕事です。私がモットーとしているのが『忘れえぬ食卓』というキーワード。フレンチでは約2~3時間、自分のお店で過ごしていただくわけですから、それをしっかりと記憶に残していただきたい。何よりもお客様との接点がファースト。それが料理人としての根本的な考え方ではあります。

同時に、企業としての経営的な部分や、スタッフたちの生活も考えていく。お客様に満足していただきながら対価をいただき、全てをうまく回していく。そういった社会を目指して行きたいですね」

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