食の未来を紡ぐのは、文化と人。デンマーク「noma」髙橋シェフと日本の食を考える【持続可能なガストロノミー#11】

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“Social Food Gastronomy(ソーシャルフード・ガストロノミー)”を提唱し、活動を広げる杉浦仁志シェフが、食の分野におけるサステナブルな未来を目指すキーパーソンを紹介し、これからの食の在り方を社会に伝えていく連載「持続可能なガストロノミー」。

今回杉浦シェフが訪れたのは、デンマークの人気店、nomaの京都でのポップアップ「noma kyoto」。2024年10月8日から12月18日まで京都のエースホテルで開催された。

nomaは、地元での消費とどまっていた北欧料理に、10項目の「新北欧料理マニフェスト」を枠組みとして加えることでニュー・ノルディック・キュイジーヌ(新北欧料理)へと生まれ変わらせた。「世界のベストレストラン50」では過去5度にわたって世界1位を獲得し、デンマークの観光需要を底上げする存在ともなったのだ。その拠点は同国コペンハーゲンにありながら、世界各地でポップアップも開催しており、京都では2回目の開催となった。生産者の方々とのさらに深い協働からさまざまな料理が生まれたようだ。

京都のエースホテル3階の一室がnoma kyotoの舞台となった|Image via noma

今回、nomaでヘッドR&Dシェフを務める髙橋惇一さんにインタビューを行った。ポップアップに向けて日本に渡り、厨房に立った髙橋さんは、nomaで北欧の食文化に触れながら、こうして日本の食文化と出会い直すことで、どのような気づきを得ているだろうか。日本の食文化が持つ特長や、それを未来へ繋げるにあたっての姿勢について聞いた。

nomaでシェフを務める髙橋さん

日本の食文化が持つ魅力と可能性

2024年で2度目となった、京都でのnomaポップアップの開催。日本の食材がふんだんに使用された。

髙橋さんが注目するのは、その食材の多様さと、それを育む地域文化だ。今回も、北陸地方のイカや、四国の柑橘、愛媛のベリー類など、さまざまな地域に行き現地の食と文化に触れて準備を進めたという。

「日本に限らず、ポップアップを開催する際は、必ず数年から1年前、半年前と、何度かその国に足を運び、いろんな生産者のもとを訪れます。訪れた生産者さんを通じて、ほかの生産者の方を紹介していただくこともありました。

前回は北海道、今回は四国や福井に行って農家さんに会い、ポップアップの時期に何があるのかを相談して、何をどんな背景で作っていらっしゃるかも伺いました。ただレストラン側が単に使いたいものを注文するのではなくて、 その人の想いを尊重することが大切です」

料理人と農家は本来、発注者と受注者という関係だけではなく、共に自然のめぐりと向き合う関係にあるのだろう。

Image via noma

さらに、髙橋さんは、海外の視点から日本の食材の特徴を評価する。柑橘類の豊富さや発酵文化の奥深さが、特に海外のシェフたちにも驚きを与えているという。

「例えば、日本には、特に柑橘類の種類が豊富で、そのまま皮ごと食べられるものもありますよね。一方、ヨーロッパなどでは、レモンなどの柑橘類は皮を剥いて中身だけを使うのが一般的です。そのため日向夏など、中の白い皮も含めて食べられる柑橘は、すごく驚かれます」

Image via noma

地域の食材と、その地域でのいただき方。独自の食文化が散りばめられている日本は、それぞれ奥深さを探求する余白がまだ多く残されているのではないだろうか。

多様な日本の食をどう伝えていくか

nomaが軸とする北欧の食文化は、独自の進化を遂げている。北欧料理はもともと保存食やシンプルな調理が主流であった中、nomaが先駆者となりニュー・ノルディック・キュイジーヌ(新北欧料理)を生み出した。

この保存食という特徴は、寒さに備える北欧の食文化と、食材の腐敗を防ぐ日本の発酵食文化に共通する。髙橋さんは、その違いをこう語った。

「北欧では、冬を乗り越えるための保存技術が発達していますが、生命を維持するためのものという認識が強いです。

一方で日本は、保存食であっても『旨味』を大切にする食文化。保存するだけではなくて熟成させることもありますよね。今でこそ北欧料理のシェフが旨味の勉強をすることもありますが、nomaができる前はそうした文化は馴染みがなかったと聞いています」

そんな日本の食文化は、物価高騰や生産者不足により厳しい状況にある。nomaがけん引し、ニュー・ノルディック・キュイジーヌへと変革した北欧料理から学べることとは、何だろうか。

その一つは、個々の高い技術や魅力を、一つのスタイルとして発信すること。北欧の食文化は、かつては地域内での消費が中心で、外部に向けた発信は少なかった。しかし、nomaやその創業者レネ氏が世界にその価値を伝える役割を果たし、地域にも新しい活力を生み出したのだ。

「日本の食文化において、長年一つのことを追求する力はすごく尊敬しています。海外の人は色んなことができるのですが、それは比較的浅く広く。日本では、天ぷらなり寿司なり、分野や地域ごとに一種類だけどそれを突き詰める精神は強みだと思います」

発酵や旨味以外に、それぞれの地域でも多様な文脈を持っている日本の食文化。すでに一部の料理は海外でも親しまれ人気となっている一方、一つの色に染まりきらない地域性の価値をブランドとして外に発信することも、日本の食を守るうえで重要かもしれない。

お二人が話している

日本の“食”をめぐる課題と、未来への一歩

もう一つ、日本の「食」の業界が抱えている課題の一つが、レストランでの価格設定の難しさだ。日本では「安くて美味しい」が特色でもある一方、第1次産業の従事者が減り、海や田畑の手入れが不足する今、身近だった食材すら希少なものになっていく可能性に直面している。

「食材や食文化が危機にあること、将来ある品種の米が食べられなくなるかもしれないことを、知っている人は少ないです。ただ単に美味しいものを作りたいという気持ちだけでは、飲食業は続かないかもしれません」

だからこそ多くの店が値上げに踏み切らざるをえない。そのとき、お店側は価格を上げるだけではなく、その価値をどう伝えるかが大切だという。

nomaでは、料理そのものだけでなく、提供までに費やした時間や労力、環境への配慮、研究開発に対する対価も含めた価格設定を行っているのだ。

「nomaでは料理そのものの値段というより、サービスとして全てを経験してもらうための値段に設定しています。メニューを作る前にリサーチもあって、そこにもお金と時間がかかっているんです。

今回も、およそ3年間にわたって何回も日本に来て、全国をまわって、人と話して、準備しています。料理を出す前はマイナスの状態です。そうした経緯も伝えていくことが大切ではないでしょうか」

nomaではオーガニックの食材にこだわり、生ごみの堆肥化や余った食材の寄付などを、環境面の取り組みとして続けている。こうしたアクションも、価格に反映されていくべきだろう。

Image via noma

もう一つ飲食業界で重視していくべき観点が、働く環境の改善だ。長時間労働が当たり前とされるこの業界では、いかに働き手のウェルビーイングを高めるかが課題となっている。

「飲食店では長時間労働をなかなか避けられないですよね。ただ、その中でも働く環境を良くするなら、褒めることが大切です。日本では、よくできた時でも褒められることが少ないように感じます。注意する時は注意しますけど、なぜ怒っているのかを、きちんと説明することも大事。相手が理解できる形で指摘することが重要です。『こうしたらもっと良くなる』というポジティブなアプローチが広がると、サービスにも現れてくると思います。

僕たち作り手側がハッピーじゃないと、良いものを作れないじゃないですか。疲れはありますけど、今もハッピーな状態は保てているんです」

そう語る髙橋さんは、柔らかな表情で笑みを浮かべていた。店内を行き交っていたnomaのメンバーも、緊張感がありつつも穏やかな面持ちだったことが思い出される。人が人として尊重される環境が、そんな姿勢を引き出し、世界の料理人を惹きつけ続けているのかもしれない。

「食」を紡いでいくために

客足の途絶えないように見えるnomaですら、現代のレストランビジネスモデルが持続可能でないと捉えている。nomaは、2025年から「noma 3.0」に移行し、常設型レストランを構えず巨大なラボに姿を変えるのだ。このラボでは、料理の技術や食材の可能性をさらに探求し、新しい食体験を生み出すことが目的とされている。今後テストキッチンでの開発成果は、世界各地で開催されるポップアップから世に出ていく。

その背景にあるのは、働く仲間だ。レネ氏は「レストランとして日々の生産に気を張っているレベルやそのあり方が、持続可能ではないことは明らかだった」と、Fast Companyの取材で語っている。

私たちは、そんなnomaの「地域の食と人」に向き合う姿から何を学べるだろうか。

日本の食文化が未来へと続くためには、伝統の価値を守りながら、それを“伝わる形”に変化させていく姿勢も大切かもしれない。地域に根ざした食材や技術を活かしつつ、それらを一つのスタイルとして調和させ、グローバルに発信する存在が、今必要とされているのだろう。

たとえその役割を担わなくとも、料理人ではなくとも、誰しも「食べること」と切り離して生きることはできないからこそ、nomaから得られる視点は多い。料理は、食卓だけで完結しない。その食材を作る土地や、農家の方の手間ひま、料理を考え作る時間と人……すべてが繋がって一つの皿へと仕立てられてゆく。

その一つひとつを認識し、尊重することが、地域の食材や食文化を守ることに繋がるのかもしれない。

Image via noma

【参照サイト】noma kyoto

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