「手を差し伸べたいけれど、どうしていいかわからない」
脳の発達に凹凸がある発達障害や、生まれつき突出した才能を授かるギフテッドの方が身近にいる方なら、一度はそう感じたことがあるのではないだろうか。
発達障害・ギフテッドの特性は、人によって様々だ。本で読んだ知識や、人から貰ったアドバイスが当てはまらないこともある。こんなとき、どうしたらいいのか……知りたいときに、知りたいことを教えてくれる、そんな発達障害・ギフテッド支援者向けの専門動画メディアを今回はご紹介したい。
それが、株式会社voice and peaceがダイバーシティ&インクルージョン実現のため立ち上げたメディア「incluvox〜インクルボックス〜」(以下、インクルボックス)である。代表を務めるのは、現役アナウンサーで発達障害とギフテッドの子どもを持つ赤平大さん。月額770円で、現役TVスタッフ、発達障害支援有識者たちが作成するハイレベルの動画をいつでもどこでもスキマ時間に視聴できるのが特徴だ。
今回、IDEAS FOR GOOD編集部は、代表の赤平さんのもとを訪ね、インクルボックスのサービスや、発達障害・ギフテッドをどう捉えるかについてなど、様々なお話を伺った。
話者プロフィール:赤平大(あかひら・まさる)
元テレビ東京アナウンサー。現在はフリーアナとしてWOWOW「エキサイトマッチ」「ラグビーシックスネーションズ」ジェイ・スポーツ「フィギュアスケート」など実況、ナレーターとしてテレビ東京「モーニングサテライト」、NHK BS「晴れ、ときどきファーム!」「ザ少年倶楽部プレミアム」など担当。
2015年から工藤勇一校長(当時)のもと千代田区立麹町中学校でアドバイザーとして学校改革をサポート。2022年から工藤勇一校長の横浜創英中学・高等学校でサイエンスコース講師を担当。発達障害学習支援シニアサポーター、発達障害コミュニケーション指導者などの資格を持つ。早稲田大学ビジネススクール(MBA)2017年卒 優秀修了者。
即効性のある解決策を
Q. インクルボックスとは、どんなサービスですか?
赤平さん:インクルボックスは、発達障害やギフテッドの支援者向けの動画メディアです。対象は、例えば、発達障害のお子さんをお持ちの親御さんや、幼稚園・保育園・学校の先生、同僚に発達障害者の方がいるビジネスパーソンなど。イメージとしては、発達障害・ギフテッド支援者向けの専門テレビ局ですね。映画専門チャンネル、スポーツ専門チャンネルなどがあるように、発達障害やギフテッドに関心の高い人のための専門チャンネルを作りたいと思いました。
今、動画の本数は410本を超えています。毎週新しい動画を2本ずつ出しているので、毎年100本くらいのペースで増加していく計算になっていますね。
発達障害・ギフテッドの悩みに対し1分以内でソリューションを紹介する「インクル1~支援1分動画~」をはじめとして、基礎知識を学べる動画から、ニュース紹介、書籍のダイジェスト、専門家インタビューまで、様々な動画を取り揃えています。
手軽に視聴できるよう、動画時間はだいたい10分以内と短め。動画検索ができる機能もあり、支援者の方が、困ったときに辞書のように使えるメディアを目指しています。
Q.赤平さんがインクルボックスを開発したきっかけは、ご自身のお子さんが発達障害であることにあると伺いました。具体的には、どんな困りごとを感じていたのでしょうか?
赤平さん:困りごとは山ほどありますね(笑)
例えば、うちの子の場合は「切り替えが難しい」というADHD(注意欠陥多動性障害)とASD(自閉スペクトラム症)のひとつの特性があって、勉強に取り組むまでに時間がかかってしまうんです。
「こういう手順を踏めば切り替えられる」というパターンがあれば楽なのですが、勉強モードに切り替えられる手順が日によって違うので、どうすれば机に向かわせられるか、毎日いろいろ試しては違うな、っていうのを繰り返しています。
また、癇癪持ちだったり、怒りのスイッチが入りやすかったりする特性があるので、いったん機嫌を損ねてしまうともう勉強に向き合えなくなってしまうんです。イライラのスイッチを押さないように勉強に向き合わせるのは難しくて、まさに「綱渡り」のような感じです。
生活面だと、会話が難しいですね。よくあるのが、主語や目的語が抜けること。また、自他の分離が難しいので、本人と他者の感情がごちゃ混ぜで語られることもしばしばです。
今後のことを考えると本人の口で説明できるようにしたほうがいいと思うので、なるべくどういうことなのかを聞くようにはしているのですが、「誰が?どこで?なんで?」と1つ1つ聞いていくと、またストレススイッチがオンになってしまうんです。癇癪を起さないようにしようと思うと、こちらがとにかく会話の意味を推測しなければいけないので、それはすごく大変ですね。
Q.お子さんが発達障害と診断されたことをきっかけに、ギフテッドと発達障害に関する学術論文を500本以上読み漁り、複数の民間資格を取得されたそうですね。勉強するなかで、気づいたことはありましたか?
赤平さん:論文を読み漁り、色々勉強するなかで2つの問題があることが分かりました。
1つはビジネスの問題です。
野村総合研究所が2021年に発表したレポート(※)では、日本は発達障害に関する知識が足りず、発達障害人材の活躍機会を用意できていないために2.3兆円の経済損失が出ているという報告がされています。
これに対し、発達障害人材の登用を進めるため、2021年の5月に改正差別解消法という法律が成立。日本におけるすべての民間企業で発達障害に対する合理的配慮が義務化されました。
合理的配慮というのは、簡単に言うと、発達障害者または障害者に対して「公平」な措置を取りましょうという話です。平等に同じサポートをするのではなく、人によってサポートの度合いを変えましょう、というのが合理的配慮の発想になります。
発達障害に対する合理的配慮というのは、これまで学校や公的機関においては義務だったのですが、実は企業に向けては努力義務だったんですね。それが昨年の法改正によって義務になったわけです。
足が不自由ならスロープを設ける、目が見えないなら点字を使うなど、身体障害の方に対する配慮は想像がつきやすいですよね。でも、目に見えない発達障害への配慮はどうしたらいいのか、とてもわかりづらい。そういったところで皆困っているのです。
もう1つは教育の問題です。
2004年の発達障害者支援法以降、国や自治体では発達障害者の支援が責務となり、保育園、幼稚園、学校などで教員向け研修が継続的に行われています。ところが、2010年代の研究論文で、教育現場では「発達障害に関する専門知識やスキルが不足」という回答が頻出。つまり、発達障害教育のために行われている研修に実は「あまり効果がない」ことがわかったんです。
このことについて、僕はレポートを作成し、昨年の6月に文部科学省へ提出しに行きました。文科省の返答は「問題については存じ上げております」とのこと。対面型研修は効果が出ていないので、喫緊の課題として、文科省と厚労省で2020年からプロジェクトチームを立ち上げたところですと言われました。
僕は、レポートのなかで教育研修には動画を活用すべきだとの提案をしました。コンテンツを用意しておけば、あとは困ったときにいつでもどこでも見られるからです。今年の7月には文科省がギフテッド教育を支援すること、教育研修には動画を活用することを発表しました。行政としても、動画を活用する方向にシフトしています。
勉強して、有識者にもなり、たくさんの専門家の方とお話するなかで、気づいたこと──それは、発達障害の人が100人いたら100通りの個性があって、パターン化できないということです。いくら知見を積み重ねても目の前にいるその子にとっての最適解が見つからないと意味がないんですよね。研修の意味がない一因はそこにもあるのではないかと思っています。
発達障害の場合、人によって特性が全く違っていて「こういう場合はこうしましょう」という対処法が必ずしも効くとは限らないんですよね。そうなってくると、年に数回の1回数十分の研修では、先生方が実践に活かせる知識は得られないと思うんです。だからこそ、即時性があって、いつでもどこでも使えるものがいいだろうということで、動画サービスのインクルボックスを思いついたんです。
Q.即時性があり、きちんと効果が出るものを──そんな想いから生まれたインクルボックスですが、動画を作っているのはどのような人たちなのでしょうか?
赤平さん:インクルボックスの動画を作っているのは、僕を含めてアナウンサーや、現役のTV番組を作っている人たち。また、メンバーのほとんどが、身近に発達障害の方がいる人です。専門家の方にも監修に入っていただいており、動画クオリティとしてはこれ以上ないものが出せているんじゃないかなと思います。
発達障害・ギフテッドに関しては、まず啓蒙が重要。そのためには、まずはプロが早く安く学べるコンテンツを提供することが大事だと思いました。だからこそ、インクルボックスはあまりビジネス色を出したくなかったんですね。いかに儲けなくても良いようにするかが課題でした。
インクルボックスの社員は僕だけで、他のメンバーは全員複業(副業)でやっているんです。それは、本業にすると利益を多くあげなくてはいけなくなってしまうから。プロジェクトベースで発注して複業(副業)でやってもらう構造にすることで、月額770円と言う低価格を実現することができています。
発達障害・ギフテッドは、ただの個性でしかない
Q.そもそも赤平さんは発達障害・ギフテッドをどのように捉えていらっしゃいますか?
赤平さん:一言で言うと、「特徴」「性格」ですね。よく言うのが、焼き肉屋さんに行ったときに、どのくらいの焼き加減が好きかって個人差がありますよね。カルビだったら軽くあぶり焼きでいい、けどロースだったらもうちょっとじっくり焼きたい、とか。それくらいの違いで、ただの個性でしかないと思っているんです。
でも、こう言えるのは、今だから。500本以上の論文を読んで、色々と勉強したからです。10年前は発達障害という言葉すら知らなかった。そこに出逢えたのは自分の子どものおかげだと思います。
Q.発達障害やギフテッドの界隈で、近年注目を集めているキーワードに「ニューロダイバーシティ」があります。これは、ASD(自閉スペクトラム症)やADHD(注意欠陥多動性障害)、LD(学習障害)など、発達障害を神経や脳の違いによる「個性」だとする概念のことで、日本語では「脳の多様性」あるいは「神経多様性」などと訳されます。この概念について、赤平さんはどう考えていらっしゃいますか?
赤平さん:ニューロダイバーシティは、脳と神経の多様性を指す言葉。ですから、ニューロダイバーシティという概念のなかに発達障害もギフテッドも含め、皆が包括されるんですね。ところが、アスペルガー症候群を公表したイーロン・マスク氏のような天才的人物が注目されやすいがゆえに、「ニューロダイバーシティ=(発達障害は持っているけど)ものすごく高い才能がある人」のみを指すという誤解が起こってしまっています。ニューロダイバーシティを高めよう、といったときに、ものすごく能力の高い人だけを活用しよう、という意味になってしまっているといいますか……それはすごく危惧しているところですし、僕はその誤解を解きたいと思っています。
一方で、「理由は何でもいいからニューロダイバーシティという概念に注目してほしい」という気持ちもあります。入口はどうでもいい。誤解してでもいいから、いったんこっちを見てほしいですね。
僕は、ダウンタウンの法則というものを唱えています。1980年代、お笑い芸人のダウンタウンがまだ世に出てきたてのころのことです。出演するバラエティ番組で、まだ新人の浜田さんは失礼ともとれる態度でガンガン大御所に絡んでいっていました。普通に考えたら怒られるようなシーンだったのですが、その後松本さんがボソッといった一言でその場は爆笑に包まれました。それが印象深かったんですよね。
10年以上たった後に、浜田さんが当時を振り返って言ったのは、「あの時はとにかくこっちを向かせなあかんと思ってた」ということでした。「こっち向かせたらチャンス、あとはうちの相方が落としてくれる。俺はこっちを向かせるだけでええねん」と。浜ちゃんは嫌われに行って、こっちを向かせたら、あとは松ちゃんが落とす。これはすごいなと思って、以降これを「ダウンタウンの法則」と呼んでいるんです。
まずは、こっちを向かせることが大事。ニューロダイバーシティについても、どんな理由でもいいから世間が注目してくれればいいんです。こちらを向いてくれさえすれば、あとは啓蒙すればいいだけなんですからね。
ニューロダイバーシティ「沼」──まずは学んでみて
Q.では、「社会からの理解」や「特性を受け入れる環境」を育むために必要なことは何なのでしょうか?
赤平さん:やはり「啓蒙」ですね。知らないと変わらないですから。発達障害は脳の個性でしかないということをわかってほしいですね。
Q.最後に、発達障害の方と関わりを持つ人々へのアドバイスをいただけますか?
赤平さん:何でもいいので、いっぱい勉強してみてください。発達障害について、僕自身も継続的に学習していますが、それでも知識が追いつかないくらい難しい分野です。僕の尊敬する村中直人先生(「ニューロダイバーシティの教科書」著者)は「ニューロダイバーシティ『沼』」という表現をしていました。深すぎて、専門家でも足がつかないほどの沼──そんな分野なので、本を一冊読んだだけで全部理解することは難しい。でも、学んでみてほしいと思います。発達障害の人は人口比約10%。いつかどこかで発達障害の人に出逢っているはずですし、学んだ知識は絶対に役に立つはずですから。
発達障害・ギフテッドの人たちは、僕らの見方とは全く違う見方をしていて、度肝を抜かれることがあります。彼らは、僕らが思考停止して当たり前だと思っているところを、違うふうに開拓することができるんです。だから、もし身近に発達障害の方がいて、言っている意味が分からないと思うことがあっても、いったん意見を受け止めてみる癖をつけてみてほしいですね。そうすると、案外「おお」って思わされることがありますよ。
編集後記
アナウンサーの仕事をしながら、送り迎えや勉強の指導など、発達障害の我が子の生活サポートに奮闘する日々。「今日も1時間しか寝ていないんです」と赤平さんは言う。
だが、その顔に疲れは微塵も感じられない。
大変ではあるけれど、子どもとの時間が貴重だし、何より楽しいのだと、彼は微笑んだ。
「僕が目指しているのは、優しい社会。とげとげした人たちすらも包み込めるようなやわらかい世界をつくりたいんです」
発達障害・ギフテッドの持つ痛み、喜び。それらがわかる赤平さんだからこそ、伝えられることがある。彼が率いるインクルボックスがどんな世界を作り出していくのか、非常に楽しみだ。
※ デジタル社会における発達障害人材のさらなる活躍機会とその経済的インパクト
【参照サイト】incluvox~インクルボックス~
【参照サイト】株式会社voice and peace
【参照サイト】NIHONBASHI NEURODIVERSITY PROJECT(武田薬品工業株式会社)