2022年12月、ロンドンにある主要ターミナル駅の一つ、キングス・クロス駅の入り口に、高さ4.3メートルの巨大な彫刻が設置された。クリスマス直前、この世界的に有名な駅に突如として現れた彫刻のモデルは、サンタクロースではなく、なんとホームレスの人だった。
現在イギリスでは、ホームレスの人々の数が急増している。イギリス政府は、新型コロナウイルスのパンデミックで生活困窮者が増えたことから、賃金補助や事業給付金、家賃滞納による強制退去禁止措置などのさまざまな救済措置を実施してきたが、世の中が「ウィズコロナ」へと移行していく中で、それらの措置は次々と終了。そんな中、ウクライナ情勢によるエネルギー価格の高騰や家賃の上昇は収まることなく、何万もの貧困世帯が住居を失う状況が生まれているという。慈善団体crisisとヘリオット・ワット大学が共同で発表した調査によると、このまま政府が対策を講じない場合、来年には30万世帯がホームレス状態に陥るという(※)。
「アレックス」と名付けられたこの彫刻は、慈善団体crisisの依頼を受け、ロンドン在住の特殊造形専門家、ソフィー・デ・オリベイラ・バラタ氏によって形造られた。やつれて、どこか不安の漂う顔は、crisisが支援する17名のホームレスの人々のプロフィールをコンピューター技術で掛け合わせ、リアルに表現させたものだ。
遠くからでも見える巨大なアレックスは、キングス・クロス駅を行き来する多くの人々に、ホームレスの人々が置かれた厳しい状況を、無視できない大きな問題として意識させるだろう。彫刻の周りにはQRコードが印字されており、読み取ると支援サイトや寄付サイトへと誘導される仕組みになっている。
作者のバラタ氏は除幕式でこう述べている。
「(前略)この彫刻が期待どおりのインパクトを与え、人々の足を止め、この問題について考えるきっかけとなってほしい。可能であればホームレスの人々を支援するチャリティーに参加してもらえることを、心から願っています」
アレックスは、キングス・クロスでの展示期間を終えた後、バーミンガムの商業区域、ブル・リングに移動し、イギリス第二の都市でもこの啓蒙活動を行う予定だ。
生活に困っている人々……目には見えていても、つい見て見ぬ振りをしてしまう。しかし、私たちは少しのきっかけさえあれば、当事者の視点に立って、行動を変えることができる。この巨大な彫刻はまさに多くの人々にとって、そのきっかけとなるに違いない。
自分以外の誰かのために声をあげたり、支援活動をすることが当たり前の社会は、誰もがいきいきと暮らすことができる──そしてそれはつまり、自分自身にとっても生きやすい社会と言えるのではないだろうか。
今後、ホームレスに留まらず、さまざまな状況で困っている人々と支援できる人々をつなげる取り組みが広がっていくことを願う。
※ The Homelessness Monitor: Great Britain 2022
【参照サイト】Homeless sculpture is ‘impossible to ignore’ | Crisis
Edited by Erika Tomiyama