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「ポリウレタン」という素材を知っているだろうか。
スポーツシューズのインソールやマットレス、車のシートクッションなど、私たちの生活の中に多く使用されている素材だ。従来のポリウレタン原料は、石油からつくられるイソシアネートとポリオールと呼ばれるものだが、最近では、植物由来原料であるバイオマスを用いたポリオールが使われ始めている。
そんな動きに先がけて、化学メーカーである三井化学株式会社(以下、三井化学)が開発したのが、環境負荷の低いバイオマスから作られたポリウレタン原料「Econykol®︎(エコニコール)」だ。
IDEAS FOR GOODは、そんな三井化学と一緒に「素材の素材まで考える」連載をスタートした。サーキュラーデザインの世界でも「素材」が重要視されているなかで、サーキュラーなものづくりをするうえで環境に配慮された素材の調達は欠かせないものになっている。連載では、素材自らを変革していく三井化学や、パートナー企業の取り組みを追っていく。
第一弾では、新ブランド「BePLAYER®︎」「RePLAYER®︎」への想いを通して、素材の可能性について伺った。そして、第二弾の今回は、三井化学でポリウレタン原料のバイオマス化を進める橋上雅彦事業部長・金山学チームリーダー・吉永雄樹さんに「Econykol®︎」を通じて創りたい未来について取材。さらに、パートナー企業である雪ヶ谷化学工業株式会社(以下、雪ヶ谷化学工業)坂本昇社長に「Econykol®︎」を使用したきっかけや同社が取り組む人・社会・環境に配慮した各種活動について伺った。
話し手
橋上雅彦(はしがみ・まさひこ)
三井化学株式会社 ベーシック&グリーンマテリアルズ事業本部 ポリウレタン事業部 部長
金山学(かなやま・まなぶ)
三井化学株式会社 ベーシック&グリーンマテリアルズ事業本部 ポリウレタン事業部 グリーンウレタングループ バイオウレタンチームリーダー
吉永雄樹(よしなが・ゆうき)
三井化学株式会社 ベーシック&グリーンマテリアルズ事業本部 ポリウレタン事業部 CASEグループ 主席部員
坂本昇(さかもと・のぼる)
雪ヶ谷化学工業株式会社 代表取締役社長
食糧問題と競合しない“ひまし油”から作る「Econykol®︎」
ポリウレタンはプラスチック素材の一つ。反発弾性や吸音性、断熱性に優れているという特徴を持ち、私たちの身近なアパレル製品から吸音材などの工業用材料、住宅や冷蔵庫などの断熱材、ソファや自動車のシートクッションまで、さまざまな用途に使用されている。
そんなポリウレタンの原料には、ポリオールという成分が必要であり、従来のポリウレタンには石油由来のポリオールが使用されてきた。しかし、石油は限りある資源であり、燃焼時のCO2排出も問題だ。
そこで、環境への負荷を減らすために三井化学が注目したのが、ポリオールのバイオマス化だった。
金山さん「『Econykol®︎(エコニコール)』は、ヒマ(別名、トウゴマ)の実から得られるひまし油を原料としたポリウレタン用ポリオールです。ひまし油は解毒作用があるとされ、日本では古くから下剤として用いられてきました。そのひまし油を使って、プラスチックの一種であるポリウレタンの原料をつくっています」
なぜ、三井化学はポリオールの原料にひまし油を用いたのだろうか。
金山さん「カーボンニュートラルという点から注目しました。石油由来ポリオールとエコニコールのライフサイクルアセスメント(製品やサービスにおける環境影響評価)を比べた際、バイオマス原料はCO2を光合成によって吸収するので、最終的な焼却時のCO2排出量を大幅に削減することができます。
今はまだ、製造時のCO2排出量をゼロにはできていませんが、将来的には焼却時だけでなく、製造過程においてもCO2排出量ゼロを目指しています。
また、食糧問題と競合しない原料であるのも選んだ理由の一つです。大豆油やなたね油も候補に挙がりましたが、ポリウレタンはあくまで工業用途として使われます。なので食用として使われていないものを選ぶこともポイントでした」
「Econykol®︎」でインドのヒマ農家への貢献を
エコニコールは、インドのVithal Castor Polyols社(VCP社、Jayant Agro-Organics50%、三井化学40%、伊藤製油10%)で製造されている。インドは世界約7割の生産量を誇るヒマの一大産地。多くのヒマ農家が生活を営んでいる。その近隣エリアでこのポリウレタン原料は製造されている。
一方、インドのヒマ農家は小規模農家であることが多く、生活が安定していない農家も多い。
吉永さん「エコニコールは、インドのヒマ農家への経済的支援にもつながると考えています。農家さんの収穫高の安定化と収入の向上、雇用機会の創出などです。
当社は、環境や社会に配慮した持続可能なヒマ農業を推進するNGO(Sustainable Castor Association)に加入し、インドの農家さんの支援を行っています。このNGOは、ヒマ農家の生活向上、安定収入の確保、栽培技術の向上などを目的としています」
ヒマ農家を含め、世界には多くの農産物を生産しているにも関わらず、農家が貧困に陥るケースが多い。世界の貧困・飢餓人口の8割が農村部に集中し、貧困層の6割が農業に従事しているといわれている(※1)。ヒマ農業を持続可能なものにするためには、継続的な支援が必要だ。
金山さん「今年、パキスタンでの洪水が話題になりましたが、インドでも一部の地域が影響を受けました。気候変動など、自然環境が変化している中でヒマ農家がいかに安定的な生産ができるのか、この問題は農家自身だけでなく三井化学にも影響する問題です。今後は、生産に関するサポートも進めていきたいと思っています。三井化学グループでは農業関連事業も手掛けているので、総合的にサポートできればと思います」
※1 JICA「みんなが豊かになる農業を実現し貧困と飢餓をなくす」より
人権問題解決から始まった雪ヶ谷化学工業のサステナブルな取り組み
三井化学が開発したエコニコールを自社の製品に使用しているのが、1951年の創業以来、特殊発泡体専業メーカーとして各種発泡製品を製造している「雪ヶ谷化学工業」だ。近年は化粧用スポンジの製造を主力事業とし、化粧用スポンジで世界トップシェアを誇り、「B to B(美)to The Future 今からできることを、これからのために、一歩ずつ。」というスローガンのもと、坂本社長が率先してサステナブルな未来の実現に向けてさまざまな取り組みを行っている。
2021年1月には「第3回 SDGsクリエイティブアワードGOLD AWARD」、経済産業省「東北経済産業局 東北地域カーボンオフセットグランプリ」を受賞するなど、その取り組みは高く評価されている。
そんな雪ヶ谷化学工業は、サステナブルスポンジの第一弾として、フェアトレードの天然ゴムを100%使用した化粧用スポンジ「NR-FT」を発売。強制労働や児童労働をしておらず、公正な取引が行われた原料で作られたスポンジだ。
坂本さん「コーポレートガバナンスコード(上場企業のガイドライン)を学ぶなかで、世界の人権問題について知り、しっかり向き合わなければならないと思ったんです。人権を侵害されながら働いている労働者、つまり強制労働者が世界に1億5,000万いることをその時、初めて知りました。
いくら環境に良いものをと思い石油の使用量を減らしても、人権問題を増やしてしまったら意味がないとその時気づいたんです」
そして、第二弾として作られたのが、エコニコールを使った化粧用スポンジだった。エコニコールを使った化粧用スポンジは、従来のものとも同品質だという。化粧用スポンジは直接肌に触れるものなので感触なども重要だが、エコニコール製は肌触りもよい。
坂本さん「三井化学さんに弊社のサステナブルな取り組みについて話したんです。その時、エコニコールという素材があることを教えてもらったのがきっかけでした。
使用することを決めてから半年後には量産化できました。早いスピードで進めることができたと思います」
企業の少しの変化が社会問題を解決するかもしれない
環境はもちろん、社会にも良い影響をもたらしているエコニコール。提供している三井化学は、どのような未来を目指しているのだろう。橋上事業部長はこう語る。
橋上さん「理想は、石油由来のものを全てバイオマスに置き換えること。しかし、原料の供給バランスやコストの問題もあり、まだまだ解決すべき課題は多いです。
ただ、リサイクルも同時に進めていくことで、最終的に日本国内で資源を回せるバイオ・サーキュラーな社会システムを構築できる可能性もあります。一度輸入したエコニコールを回収して再使用すれば、新たな資源を使用する必要はないですし、輸送コストも減らせます。
そのきっかけに、エコニコールがなれたら良いと思います」
雪ヶ谷化学工業の坂本社長は、化粧用スポンジを通して多くのメーカーや消費者が動くきっかけになれば、という。
坂本さん「企業が作っている製品に少し手を加えるだけで、社会問題の解決につながると思います。当社の場合であれば、従来の原料からエコニコールやフェアトレードの原料に変えることで、環境問題や人権問題の解決に少なからず良い影響を与えます。
少しの変化で社会が変わることを、多くの人に知ってもらいたいです。
また当社では、会社の立ち位置や目標の達成度などを積極的に情報公開しています。さらに社会課題の解決につながる製品も用意しており、製品が売れれば売れるほど、CO2排出削減目標の達成度が高まる仕組み作りを行いました。
製造者としてはユーザーに選択してもらえるメニューを用意することが責務だと考えています」
サステナビリティへの温度差を底上げするために公開する
SDGsに取り組む企業のモデルとして、走り続けてきた雪ヶ谷化学工業。坂本社長は、どのような未来を描きたいのだろうか。
坂本さん「サステナビリティに上場企業が取り組む必要性は、コーポレートガバナンスコードにも明記されています。でも、企業によって温度差があるのが現状です。その温度差を、もっと底上げする必要があると思います。
そして、日本で働く人の9割が中小企業で働いています。中小企業がもっとサステナビリティや社会課題に取り組めば、世の中全体の意識が底上げされるんです。
なので、もっと積極的に企業の取り組みや活動を発信していきたいですね」
雪ヶ谷化学工業のように、積極的に情報公開を行う企業が増えれば、サステナビリティや社会問題に関心を持ち、課題解決にアプローチする企業の製品を選ぶ消費者を増やすことにもつながる。
最後に、この記事を通して伝えたいメッセージを三井化学の橋上事業部長に尋ねると、こう答えた。
橋上さん「バイオマス化は、現状では収益性に捉われずに進めている部分があります。それは、将来にわたって会社としてバイオマス化に取り組むことが重要だと考えているからです。三井化学は会社全体として、環境や社会に対する負荷の低減を考えていて、それを各製品の事業方針に落とし込んでいます。
今回はエコニコールについてお話しましたが、他の製品や素材についても環境や社会に貢献できるものを提供していきたいと思います。
雪ヶ谷化学工業さんは、いち早く社会課題に取り組んできた企業です。しかし、どの企業も今から取り組みを始めたとしても遅くはないと思います。より良い未来に向けてまずは動き出すことが大切です。ぜひ、一緒に良い未来を作り上げましょう」
編集後記
大企業だからできること、中小企業だからできることがある。
「コストがかかるから、サステナビリティには力を入れられない」
このように思っている人は少なくないかもしれない。
だが、原料を少し変えてみる、リサイクルしやすい形に変えるなど、いち企業でもできることは足元にも多くある。そして、そんな企業の取り組みを後押しするのは、消費者の力だ。
「この商品はどんな会社が作ってるのかな?」
まずは製品が作られるまでの背景や想いを想像してみる。そうして製品を選ぶことが、より良い未来を創ることになるはずだ。
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Edited by Tomoko Ito