忘れ物や失くし物が多い、時間や予定の管理が苦手、じっとしていられず集中できない。これらは発達障害の一種であるADHD(注意欠陥・多動性障害)の特性の一例だ。
「あれ、鍵がない!」「いつの間にか書類の提出期限が過ぎている」「どうしても気が散って、仕事が進まない。集中し続けられない」
──「不注意」「多動性」「衝動性」といった特性があることによって、ADHDの人々は、日常のなかで様々な困りごとに直面している。
そんななか注目されているのが、ADHD症状を軽減するための「ゲームアプリ」だ。
アメリカの企業・Akili Interactiveは2023年6月、注意力や認知機能を向上させADHD症状の改善を目的としたビデオゲームアプリ「EndeavorOTC」を発表した。これは以前に小児向けADHD治療用に開発された「EndeavorRx」の技術を応用し、18歳以上の成人向けに新たに開発されたものだ。
このゲームは、乗り物に乗った主人公を操作する、レースゲームのようなものだ。ユーザーは端末を左右に傾けて乗り物を操縦し、障害物を避けながらコースを進む。さらに、気を散らすようなモノに惑わされないようにしながら、ターゲットとなる生物を見つけてタップし、捕獲する作業も行わねばならない。この両方を同時に行うことで脳の神経回路を変化させ、注意力と集中力を高めるのだという。
下記はEndeavorOTCのベースとなったEndeavorRxのデモ動画である。これを見ると、実際のゲームのイメージがつきやすいだろう。
ゲームの難易度はプレイヤーのスキルレベルに合わせて調整され、上達するにつれて操作が難しくなる。また、ゲームの目的は「勝つ」ことではなく、脳のトレーニングをすることなので、主人公を最後に待ち受ける敵、いわゆる「ラスボス」などは登場しないそうだ。Akili Interactiveは、十分な効果を引き出すために、1日あたり約25分、週に5日ゲームをプレイし、このルーティーンを6週間続けることを勧めている。
臨床データではこのゲームにより、ADHD成人の83%で集中力が改善されたことが示されている(※)。具体的には、「プロジェクトの時間管理が以前よりうまくできるようになった」「複数のタスクを同時に管理できるようになった」「鍵や財布といった重要なモノを管理しやすくなった」「他者との関係が改善され、日常的に気分がよくなった」といった変化が見られているという。
サブスクリプション料金は、月間契約で24.99ドル(3,770円相当)、年間契約で129.00ドル(19,465円相当)。残念ながら今のところ、日本では提供されていないようだ。
Akili Interactiveのホームページには、「当社は、錠剤や注射器ではなく、独自の魅力的なビデオゲーム体験を通じてデジタル治療薬を提供します」
と書かれている。
しかし、処方箋を必要とせずとも「服用」できるEndeavorOTCは、薬物療法、カウンセリング、認知行動療法など従来の治療法にとって代わるものではない。しかし、従来の療法を行う/行わないにかかわらず、この「デジタル薬」は、前向きに治療を進めるための新しい選択肢となるのではないだろうか。
前述の小児用ゲームEndeavorRxは、FDA(Food and Drug Administration:アメリカ食品医薬品局)認可を受けているものの、EndeavorOTC自体はまだ認可を受けていない状態。現在、EndeavorOTCのFDA認可も目指している最中だという。
【参照サイト】EndeavorOTC
【参照サイト】Akili Interactive
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