【パリ現地レポ】世界最大級のスタートアップ施設で見る、フランスの気候テック最新動向

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2023年11月7日~8日、フランスのパリのインキュベーション施設「Station F」で、気候テック交流イベント「Meet’up GreenTech」が開催された。会場の「Station F」は、フランスのスタートアップ文化を象徴する拠点であり、世界中から視察に訪れる人が絶えない。2023年5月には、西村経済産業大臣もこの施設を訪問して、日本のスタートアップエコシステム形成に向けた意見交換を行っている。

「Meet’up GreenTech」の主催は、フランスの環境連帯移行省とエネルギー移行省だ。経済政策の一環としてスタートアップ支援を進めるフランス政府は、こういったイベントを通して、公共政策の加速とスタートアップ企業のビジネス機会創出を目指している。

昨年の同イベントでは、参加者2,400人、スタートアップ1,227社、投資家194人が参加し、期間中2,000件以上の商談が行なわれたという。今年のイベントも、政府の強いバックアップのもと、スピーカープログラムやピッチ、企業展示のブースなどを通して、関係者が交流を深める場となっていた。

このレポートでは、フランスのイノベーションの中心地である「Station F」の紹介とともに、「Meet’up GreenTech」の活気あるイベントの様子や、現地で出会った注目のスタートアップ企業についてお伝えしたい。

今、世界から注目されるスタートアップの集積地「Station F」

Station F の外観 – 筆者撮影

「Station F」は、パリ市内東部のセーヌ川沿い都市開発地区に位置する。旧国鉄の駅舎を改装した施設は、エッフェル塔を横に倒した大きさという巨大さだ。施設内には、天井と側面のガラスから自然光が降り注ぎ、いたるところに現代アートやゲーム機を配した休憩所がある。駅舎の面影を残す開放的な空間は、入居者のコミュニケーションとクリエイティビティを引き出すような設計だ。

驚くのは、この施設が個人の私財によるプロジェクトということだ。2013年、世界的な富豪で投資家のグザヴィエ・ニエル氏が、「フランスのスタートアップのハブをつくる」という構想のもと、私財2億5,000万ユーロを投じて旧駅舎を購入・改装、2017年に「Station F」をオープンした。ニエル氏は、通信会社Freeの創業者であり、現在シリコンバレーやパリ市内で無料のコーディングスクール「42」を展開していることでも知られている。

施設には、毎年厳選された1,000を超えるスタートアップ企業が在籍し、「Station F」やパートナー企業が運営する起業家支援プログラムに参加しているという。パートナー企業には、アメリカ系の巨大IT企業のほか、LVMH、ロレアル、トタルエナジーズなど地元フランスの大企業も名を連ね、独自の視点で企業を選抜しサポートしている。

特徴的なのは、「Station F」が独自に運営するプログラムだ。社会的背景や偏見にとらわれずに全ての人が起業できる環境を整えることを目指し、過去に逮捕歴があるなど社会的に弱い立場の人々や、女性起業家向けのプログラムなどを提供しているという。

施設内には、投資会社やビジネススクール、政府機関のデスクなども設置され、起業家はそれぞれのサービスの間を自由に行き来できる。プログラムが終了すると起業家は施設を卒業することになるが、退所後もコミュニケーションを取り続けられるシステムが整備されているという。そんな配慮が、フランスのスタートアップの拠点と言われる理由だろう。

Station F

旧駅舎にちなんで貨物列車がディスプレイされているレストランエリア 筆者撮影

併設のレストランエリアは、フランスで大人気のイタリア料理レストラングループ「ビッグマンマ」が手掛けているとのこと。入居者以外も利用可能なこのエリアでは、カフェやカクテル・バー、ビアガーデンなどのドリンクや、ピザ、バーガー、イタリアンなどさまざまな食事を楽しむことができる。市内のビッグマンマ他店舗はいつも行列なので、一般の人もちょっとここまで足をのばして食事を楽しむのも良いかもしれない。

広々とした店内には、ゲームコーナーや図書室もあり、仕事の合間に気分転換をするのには最適だ。近くには入居者用の宿泊施設もあるといい、起業家が生活の心配をすることなく事業の立ち上げに集中できる環境を提供しているのが「Station F」といえる。

フランス政府主導の気候テックイベント「Meet’up GreenTech」

フランスでは、スタートアップによるイノベーションが経済成長・雇用創出の原動力になると見据え、政府主導でエコシステムの構築に取り組んでいる。マクロン大統領が構想した「フレンチ・テック」と称するスタートアップ支援政策が功を奏し、2025年までに25のユニコーン(企業の評価額が10億ドル(約1,250億円)以上の若い非上場テック企業)を創出する目標を、3年前倒しの2022年1月に達成している。

フランス政府主催が主催する今回のイベント「Meet’up GreenTech」は、パートナーにフランス環境エネルギー管理庁(ADEME)や、フランス規格協会(AFNOR)、公的投資銀行(Bpifrance)などの政府機関が名を連ねる。開会式には経済・財務・産業及びデジタル主権省のバロ デジタル担当大臣が登場し、まさにフランス政府横断で気候テックエコシステムを盛り上げようとしていることがうかがえる。

「Station F」のイベント会場では、中央のオープンスペースに70社ほどの企業展示ブースが設置されていた。案内ボードには、分野別に色分けされた会場見取り図があり、中央には政府関係機関(白)が出展、企業分野で出展数が一番多かったのはモビリティ(赤)、続いてエネルギー(黄)、建物と都市(黄緑)だった。

出展ブースの案内ボード  筆者撮影

会場2階では、複数の小会議室でスタートアップ企業によるピッチセッションが行われていた。それぞれの資金調達ステージの企業が、ピッチを聞きに来た参加者と活発に質疑応答しながら、資金調達の機会と事業の構想を深めていたのが印象に残った。


欧米のイベントでは、開催に必要な機能をすべて網羅するオンラインプラットフォームの活用が進んでいるが、「Meet’up GreenTech」もフランス発のオンラインイベント開催ツールVimeetを活用していた。イベントの限られた時間の中で効率的に商談をするためには、この面談予約機能が非常に役に立った。

会場には、個別に仕切られた商談用のエリアも設けられており、サポート専属スタッフが待機していた。すべてオンラインで予約できたとしても、実際に合う際には行き違いも起こりえるので、スタッフがアポイントの相手を見つけてくれたり、約束の時間に現れない面談者に電話をかけてくれるなどのサポートはありがたい。

個別商談ができるスペース。個別ブースを予約するか、ミーティング番号が印刷された紙を持って商談相手と落ち合うシステム。筆者撮影

会場で出会ったフランスの気候テック関連の人々

今回はイベント用オンラインプラットフォームにて、数社と面談のアポイントを取り、彼らの取り組みについて話を聞いた。また、展示会場を回る中で、気候テックに関連する人々との興味深い出会いがあった。ここでは、会場で筆者が出会った人々の一部を紹介する。

EcoLab(エコラボ)

エコラボのブースでフレンドリーに対応してくれたフランス政府の担当者 筆者撮影

イノベーション・ラボラトリーである「EcoLab」は、環境連帯移行省とエネルギー移行省が、持続可能な社会への移行を推進するため2020年に設立した組織だ。主な活動は、公共のデータをエコロジカルな移行に役立て、気候スタートアップと公的機関をつなげることだという。

活動の一環として、革新的な技術を持つ国内の気候テック企業の発掘とネットワークづくりがあり、これまでに215社を気候テック・イノベーション企業に認定した。認定企業には、政府のあらゆるネットワークを活用してサポートを行っている。

Carbon Saver(カーボン・セーバー)

Station F

テクニカルマネージャーのコーン氏(左)と、創業者のバリー氏(右) 筆者撮影

インテリアデザイナーだったバリー氏が2020年に立ち上げたのが、建物のリノベーションにエコデザインを取り入れることを支援する「Carbon Saver」だ。「Carbon Saver」のアプリでは、リノベーションに使用する材料や設備をAIで簡単に比較し、より環境負荷が低い選択肢を選ぶことができる。

「Carbon Saver」は、ビジネスユーザー向けに有料版を提供しているほか、個人向けには無料版もリリースし、リノベーションにおける持続可能性の向上に貢献しているという。2024年には、国際的に普及が進む米国の建築物環境性能総合評価システムLEED(Leadership in Energy and Environmental Design)に準じたスコアリング機能を搭載する予定とのことで、業界の規制強化の動きと相まって、需要の高まりが大いに予想されるサービスといえる。

HD RAIN(エイチディー・レイン)

情熱的に会社の説明をしてくれたHD Rainのマーケティング担当者 筆者撮影

衛星と独自のスマート・センサー・ネットワークを通じて、高精度の気象情報サービスを提供するのが「HD RAIN」だ。フランス気象局(Météo-France)に勤務する同僚2人が、気象観測・予測インフラ投資コストを10分の1に削減できる技術を開発し、2018年に会社を立ち上げたという。

「HD RAIN」のプラットフォームでは、正確なリアルタイムデータと最大2時間前の気象予測を提供し、異常気象が発生した場合は警告を発する。主な顧客は保険会社や消防署とのことで、集中豪雨が発生した際の消防隊員の配置などに有効活用されているそうだ。気象インフラが未整備の国における需要も高く、すでにコートジボワール、ブラジル、グルジアに進出の実績があるという。

Parcoo(パルクー)

CEOのガウティエ氏(左)とCOOのクレメント氏(右) 筆者撮影

近年、欧州の大都市圏では、大気汚染や気候変動対策の一つとして、自転車利用を推奨する施策が進められている。2023年10月には、EUが自転車利用促進について宣言を発表。自転車の個人・社会・経済的利点を強調し、欧州の全ての都市で安全なインフラと法規制している。そんな自転車シフトの流れを阻むのが、増加する自転車盗難だ。

イベントのモビリティエリアにブースを構えていたのは、安全な駐輪設備を提供する「Parcoo」だ。「パリ市民の自転車保有率は約70%、そのうち日常的に自転車を利用するのは約3%です。なぜなら、自転車を安全に駐輪できるスペースが無いから。パリ市内での自転車盗難のほとんどは、たった2時間の駐輪で発生しています」と、ガティエCEOは起業のきっかけを語った。

「Parcoo」では、店舗型の駐輪場サービスに加えて、路上の駐車スペースに設置できる設備を提供する。車一台分のスペースに自転車6台を収納できる設備には、監視カメラと頑丈なロックを装備し、自転車を安全に収納できる。利用者は、予約や決済をオンラインで完結することができ、利便性が高い。箱型の設備の素材には、フランスの老舗再生プラスチック企業「Plas eco」社の強化再生プラスチックを利用しているといい、持続可能性を意識したビジネスモデルを構築している。設立は2021年とまだ若い会社だが、2024年にはフランス国内3か所の都市圏にビジネスを拡大することを目指しているという。EUの自転車利用促進宣言を追い風として、国内外で事業拡大が期待されるスタートアップの一つだ。

Hyboo Bike(ハイボー・バイク)

竹製自転車HybooのCEOのSarantellis氏 筆者撮影

参加者としてイベントに来ていたのは、元ファッションデザイナーであり起業家のサハンテリ氏だ。「Hyboo Bike」の竹製自転車は、15㎏と軽量でありながら、時速60キロメートルで100キロメートル走行可能。竹はアジアからの輸入だが、組み立てやアフターサービスはフランスで行うため、EUの厳しい安全基準をクリアしている。

サハンテリ氏は、アジアに居住していた経験があることから、バイクの素材に軽くて丈夫な竹を選んだ。フランスでファッションのキャリアを積んだ後、ベトナムや中国などアジアに約20年居住したという。その際、ベトナムの少数民族が作り出す伝統的なテキスタイルに魅了され、地元女性の活躍の場を広げるために、そのテキスタイルを用いた洋服やファッション小物をデザインし欧米で販売するNGOを立ち上げた。そんなパワフルな彼女は、自身の3人の子供が独立しNGO活動も軌道に乗った2015年、新たな挑戦として、天然素材を使ったデザイン性に優れた自転車を開発するために未知の分野で起業したのだ。

2023年、「Hyboo Bike」は、由緒ある発明コンテスト「パリ国際レピーヌコンクール 」の輸送及び産業部門で、3つのメダルを獲得した。ラスベガスの展示会や、世界最大級のテクノロジーイベント「VIVAテクノロジー」にも出展し、多くの人々の注目を集めたという。

TchaoMegot(チャオメゴット)


サーキュラーエコノミーの出展エリアにブースを構えていたのは、タバコの吸い殻のリサイクルに取り組む企業「TchaoMegot」だ。タバコのフィルターにはマイクロプラスチックが含まれており、世界で2番目に高いプラスチック汚染を構成しているという(※)。フランスで毎年廃棄されるタバコの吸い殻は2万5,000トントンとされ、それを収集し、リサイクルすることが「TchaoMegot」の目標だ。

「TchaoMegot」の吸い殻回収機は、企業や公共団体が購入することができる。集まった吸い殻は、サブスクリプションサービスで回収し、葉タバコの部分とフィルターに分別する。タバコは有機肥料にし、フィルターは独自に開発した水不使用の方法で洗浄する。汚染物質を取り除いたフィルターは、建物の断熱材やジャケットの中綿に再利用するという。

近年、世界では「生産者が製品の生産と使用段階から廃棄やリサイクル段階までの責任を負う」という概念が広がっている。フランスでは、2020年に制定された「循環経済法」で、リサイクルを義務づける製品群を拡大し、その中にタバコも含まれるようになった。「TchaoMegot」のビジネスは、企業のCSR活動として、またタバコ業界の拡大生産者責任として、今後も需要が高まりそうだ。

まとめ

「Meet’up GreenTech」のイベント自体の規模はそれほど大きくなかったが、フランス政府が選りすぐりの気候テックを集め、ビジネスにつながる関係者間の交流を全力でバックアップしている様子がうかがえた。スタートアップの成長段階別に開催されたピッチセッションは、悩みを同じくする起業家の交流や、投資家の関心を高める効果的な方法だろう。

出展ブースでは、一番出展数が多かったモビリティや、その次に多いエネルギー、建物と都市、会場中央に配置されていたサーキュラーエコノミーのエリアに人の流れが集中していた。会場では、気候変動に対応する革新的な技術の数々を垣間見ることができたが、時間の関係で全部を回りきれなかったのが残念だった。

後日、モビリティ分野をイベントプラットフォーム上で調べてみると、自律型の水素燃料供給ステーションを提供する「Enhywhere」、エネルギーインフラの検査用飛行船を提供する「Hylight」、新興国向け低価格で軽量かつ丈夫なハイブリッド自動車メーカー「Gazelle Tech」など、興味深い企業が多数出展していたことが分かる。イベント前後にもすべての情報が閲覧でき、参加者の交流を可能にするベントプラットフォームの利便性を改めて実感した。

世界最大級といわれる「Station F」を訪問して感じたことは、その物理的な大きさはもちろんのこと、フランス政府、大企業、投資家、ビジネススクールなど、スタートアップを応援するステークホルダーの存在感だ。「Station F」では、このイベントの直後に、Meta(旧Facebook)による世界初の「AIスタートアッププログラム」が開始し、日本の経産省による起業家育成・海外派遣プログラム「J-StarX(ジェイ スターエックス)」が行なわれるなど、フランスのスタートアップ文化を代表する施設としてますます注目が高まっているようだ。

日本政府は、2022年を「スタートアップ創出元年」と銘打ち、5年間でスタートアップへの投資額を10倍に増やす施策を掲げているが、それはフランスのスタートアップエコシステムへの視察や調査を重ねて策定したという。2023年11月27日には、「Station F」を参考にして整備された「Tokyo Innovation Base」が東京でプレオープンした。日本政府が目指す未来は、現在のフランスの成功状況ともいえ、フランスのスタートアップ・エコシステムやそのトレンド、フランス政府のサポート体制を知ることも重要となってくるだろう。日仏間の効果的な情報交換により、両国のスタートアップ企業がグローバルに飛躍することを期待したい。

WHO raises alarm on tobacco industry environmental impact(WHO)

【参照サイト】Station F オフィシャルサイト
【参照サイト】「Meet’up GreenTech」オフィシャルサイト - プログラムから参加企業一覧を閲覧可能
【参照サイト】J-star(経済産業省) 
【参照サイト】Tokyo Innovation Base
【参照サイト】Meta ニュースリリース
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