「映画に出てくる『アジア人』って、少し馬鹿にされてる?」
アメリカや、ヨーロッパの国々にいるときに何度か感じていた違和感。東アジア人は勤勉で大人しく、(他の移民と比較して)犯罪率も低い、いわゆる「モデルマイノリティ」とされている。ただのマイノリティではない。規範的で、「比較的成功している」マイノリティなのだ。
日本人をはじめとした東アジア系の人々は、貧困層のマイノリティとは違い、家が比較的裕福で学歴もある人が多いが、背が低く痩せていて、見た目から軽視されやすい。また、何かあったときに「自分で経済を支えられるので、支援の優先度は低い」と判断されるが、彼らはそんな状況にあまり文句も言わない。そんな偏見が、モデルマイノリティの概念には含まれている。
今回この「西洋社会でのアジア人の見られ方、表現され方」について書こうと思ったきっかけは、世界最大級の写真画像代理店ゲッティイメージズ(Getty Images)が2023年10月に公開した、企業や広告代理店向けのビジュアルコミュニケーションガイドラインだった。
「(企業やブランドの広告に使うときに)写真素材サイトから多くダウンロードされている画像の中で、アジアの実際の姿を反映するものはわずか10パーセントであり、(西洋から見た)固定観念を強化するようなものばかりです」ガイドラインには、このように書かれている。
Webで情報を発信するメディアとして、そして写真素材サイトを日頃から使っている人間としてふと覚える違和感。そして大手写真素材サイトによる、人種や文化的なステレオタイプを是正しようとする動き。今回は、そんなことについて書いてみようと思う。
メディアで表現される「アジア人」の幅の狭さ
以前、黒人系の人々による未来思考「アフロ・フューチャリズム」についての記事で、「黒人系のキャラクターが映画や小説などの作品に登場しても、せいぜい白人系の男性主人公の“助っ人”に位置付けられてしまう」ことに言及した。それと似たようなことが、アジア人にも起きている。
フィクション作品に登場するアジア人
ハリウッド映画で、アジア人が登場するのはどのようなシチュエーションだろうか。また、どのようなキャラクターとして描かれているだろうか。少し想像してみてほしい。
ニューヨークのイサカ・カレッジは、映画やテレビにおけるアジア人の典型的な描写として、「訛りなしには英語を話せない」「賢くてオタク」「タイガーマム(子供に厳しいアジア系の教育ママ)」「従順な使用人」などを挙げている(※1)。
ジャーナリズムスクール USC Annenbergは、世界で最も興行収入の高い映画に登場するAAPI(アジア系アメリカ人と、太平洋諸島民)キャラクターの4分の1以上が、不幸な結末を迎えた(※2)とする調査を発表。またリサーチ大手のNielsenは、AAPIの人々がメディアに登場するときのスクリーンシェアは、他の人種に比べて限定的だ(※3)としている。
実際のアメリカにおけるアジア人の人口と影響力(※4)に比べて、遥かに少ないスクリーンシェアが与えられる状況。Nielsenはこれを、「メディアを見ている他の多くのアメリカ人に『アジア人は永遠の外国人』という偏見を与え続ける」と主張する。
写真で表現されるアジア人
メディアの人間が日々使う写真素材サイトでのビジュアルコミュニケーションについて、課題はあるのだろうか。ゲッティイメージズは、自社の写真素材サイトで、アジア人に関する人気ビジュアルの多くが「企業(ビジネス)や、医療の文脈で使われる」「若々しく、ほっそりしており、肌の色が明るいものとして描かれている」と指摘している(※5)。
筆者が働くWebメディア運営の会社でも、海外について書く記事のサムネイルを探すときは特に、できるだけ人種や見た目のイメージに偏りが出ないように意識しているが、これがなかなか難しい。写真素材サイトでは所謂ヨーロッパ系の人の画像が「充実」しており、「海外での取り組みのイメージ画像」として使うには便利な素材が多いのだ。
大手の無料写真素材サイト「Pixabay」で、試しに「●●(人種)+people」と検索してみる。白人系では5,635件、黒人系では4,910件、アジア系では1,281件の結果が出た。
他にも社内で、英会話スクールの紹介のため「英語を教える人」のイメージ画像を探そうと思ったときに、サムネイル候補に上がるのが白人系・ヨーロッパ系の人(まれに黒人系の人)に偏ってしまう、という話を聞いたことがある。実際にはアジア系の講師も多くいるにもかかわらず、こうした素材サイトではぴったりのイメージが見つかりにくいのだという。
特定のコミュニティの人たちに関して限定的なイメージを発信し続けることは、偏見の強化につながる。英会話=ヨーロッパ系の顔をしている人、などいつも同じイメージを「不思議に思わない」状況こそ危険なのだ。では、どのように対策していけばいいだろうか。
より「リアル」なビジュアルコミュニケーションに向けて
ゲッティイメージズが10月に公開したガイドライン「Inclusive Visual Storytelling for Asian Communities Guidelines」では、日本人や中国人、韓国人、タイ人、インドネシア人、さらにはオーストラリア人などの歴史的・文化的な価値観を分析しながら、ビジュアルで表現する際の注意点を伝えている。
日本を表現する際に考慮すべきポイントは、以下の通りだ。このガイドラインはもともと世界中のメディア・広告代理店に向けて書かれたものだが、日本国内のメディアとしても「確かに(他の多くのイメージと比較して)描かれることが少ない」と感じるものだった。
- 男性を家庭生活への積極的な参加者、そして家庭内活動の責任者として描く
- あらゆる年齢の女性を、職場のリーダーおよび権威ある人物として表象する
- ワークライフバランスを描く。誰もが受け入れられ、尊重される職場環境を
- LGBTQ+の人々を常にレインボーフラッグと一緒に描いたり、恋愛関係の文脈で描いたりするのではなく、職場や日常的なシーンのさまざまな状況や役割の中で描く
- 日本での日々の活動に従事している、異なる民族的背景の人々、多民族グループ、異人種家族を描く
(ガイドラインの文章から一部要約)
これらの考慮ポイントをもっと私たち自身、そして広告代理店やデザイナーなどが日常的に考え、記事や広告などのビジュアルに採用し続けたら──より多様な人の「普通の日々」を目にする機会が増え、より生きやすくなる人もいるのではないだろうか。
ガイドラインでは、文化的に細かな差異を取り入れ、多様な背景を持つ個人としてのアジア人キャラクターを表現できているメディア作品の具体例も示されている。
たとえば映画『エブリシング・エブリウェア・オール・アット・ワンス』やNetflixのドラマ『BEEF/ビーフ』では、アジア人キャラクターの文化的アイデンティティを振り返りながら、その苦労と幸福に向き合う様子が見られるとしており、『パラサイト』『転校生ナノ』は、ローカルでありながら、共感できる社会的な不平等や課題を描いたとして高く評価している。
いちアジア人、日本人、メディアとして
アメリカや、ヨーロッパの国々にいるときには、自分がどうしようもなくアジア人だということを肌で感じさせられる。見た目の違いは当然だが、周囲からの扱われ方、メディアでの描かれ方など、社会のなかでのマイノリティだと感じる機会もより多い。
そんなとき、型にはまった「アジア人」「日本人」像ではなく、自分自身の実態をより正確に映してくれるビジュアルイメージを目にすることができたら、どうだろう。
ゲッティイメージズが26カ国13言語で1万人以上の消費者と専門家を対象に行った調査では、アジアコミュニティの8割が「企業の広告において、多様なライフスタイルや文化を反映したビジュアル」を求めているという結果が出た。特に、広告の中で「自分自身を反映したような姿」の描写があると、その企業やブランドを好む傾向にあるという(※6)。
メディアで表現される「アジア人」像が、完全に間違いであるとは思わない。しかし歴史的・文化的・民族的な背景の違い、そして個々人の違いに敏感なビジュアルコミュニケーションが、より偏見を減らし、ポジティブな感情を形作っていく。いちアジア人、日本人、メディアとして、自分とは違うコミュニティの人々を表現するときの自戒も込めて。
※1 Portrayals of Asians in Film and Television
※2 USC Annenberg – Asians & Pacific Islanders Across 1,300 Popular Films
※3 grancenote – Inclusion Analytics
※4 Asian-American Consumers are Predictive Adopters of New Media Platforms, Online Shopping and Smartphone Use
※5 Reimagining Asian Pacific Stories
※6 Creative Insights – VisualGPS
【参照サイト】Inclusive Visual Storytelling for Asian Communities Guidelines
【参照サイト】What You See Isn’t What You Get: The Role of Media in Anti-Asian Racism
【参照サイト】Inclusion Analytics
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